↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
83/85

ビター&スウィート/清見編〜路線バスの中の告白は高校生の特権かも?

「毎日、あの子に会えるのか……」


高校1年生の春。


入学初日から遅刻寸前で、

清見支所前から路線バスへ駆け込んだ陸空。


ようやく乗り込んだバスで見つけた空席は、一番後ろ。


その左端に、一人の女子高校生が座っていました。


色白で、少し緊張した横顔。


彼女の名前は、桜。


毎朝同じバスに乗り、

いつも同じ最後部座席に座る二人。


最初は端と端だった距離は、

いつしか隣同士になっていきます。


けれど――


好きだからこそ、言えない言葉がありました。


「ビター&スウィート/荘川編」では桜の目から描かれた、二人の10年間。


今度は、清見に暮らす陸空の目から、その時間をもう一度たどります。


桜が知らなかった陸空の気持ち。


あのとき彼が言えなかった言葉。


そして、離れていた年月に彼が作り続けていたものとは・・・

【ペルソナ】

・陸空=リク(26歳/CV:田中遼大)=清見出身/城山工業高校卒業後は大阪で木工デザインの専門学校へ(木質空間・清見の飛騨材の活用/特に支障木を使ったSDG’sの提案)

・桜=さくら(26歳/CV:岩波あこ)=荘川出身/神山高校卒業後は東京の農業大学で食品技術研究(アレルゲンフリー食品専門/特に代替そばの開発を担当)を続ける


【シーン1/出会い〜清見支所前=高校1年生の春】


▪️SE/春の小鳥のさえずり


「待ってくださ〜い!乗りま〜す!」


▪️SE/バスの扉が閉まり発車する音〜バスの中を歩く足音


ふう〜っ

あぶないあぶない。

高校初日から遅刻なんて笑えねえ。


高山濃飛バスセンターへむかう路線バス・清見荘川線。

オレは、清見支所前のバス停から間一髪で乗り込んだ。


結構混んでるな・・・

って当たり前か。

清見と荘川の高校生はみんな、このバスで高山へ向かうんだもんな。


2016年4月。

今日はオレの入学式。


オレってのは・・・

名前は陸空。

「大陸」の「陸」に「大空」の「空」。


名付けの親はじいちゃん。

ホントは「ロック」って名付けたかったらしいんだけど

親父・お袋に猛反対されて・・・

「陸」って漢字は、数字の「六」を表す大字(だいじ)なんだって。


ま、なんでもいいんだけど。


じいちゃんは、一位一刀彫(いちい/いっとうぼり)の職人。

いわゆる飛騨の匠っちゅうやつ。

すっげえ頑固なじいさんだけど、オレのことは可愛がってくれてる。

高山の城山工業高校へ行くっつったら、一番喜んだのじいちゃんだもんな。


でもって、入学祝いにくれたのはなんと、一位一刀彫の墨壺(すみつぼ)。

これがまたすごいんだわ。


サイズは、8寸5分(はっすん/ごぶ)、25.8cm。

雄々しい飛騨牛の姿に『陸』という文字が彫りこんである。

一位一刀彫の世界で、牛は『天神様の使い』なんだと。

売ればきっといい値段がつくんだろうな・・・


なんて・・・罰当たりなこと考えちゃあかん。


それよりも・・・っと

空(あ)いてるのは・・・

一番後ろの席か。


左のはじっこに女の子座ってるけど、右端ならいいよな。


失礼しま〜す。


と、心の中で言って着席。

オレが座った瞬間、バスが発車した。


清見診療所前から、三日町口(みっかまちぐち)、内垣内(うちがいと)へ。

バスが小刻みに揺れる。

揺れでごまかすように顔を横へ向けると、左端のJKが目に入った。


色白で、少し緊張した横顔。

胸元に抱えた通学かばんを、ぎゅっと握りしめている。


・・・クソ可愛いな。


あのセーラー服は確か・・神山高校。

進学校か・・・どうりで頭良さそう。


どっから乗ってきたんやろか。

荘川の方だよな、そりゃ・・・


おっと、ヤバ、やらかした。

ガン見しすぎたわ。

JKがこっち振り返る。

オレは慌てて右側の窓の外へ向き直った。


バスは知らないうちに市街地へ。

オレ、どんだけあの子に見とれとったんや・・・


これから毎日、こやって30分バスに乗るんだな。

ってことは毎日、あの子に会えるのか・・・

こりゃあ、モチベーション上がるわ!


気のせいか、高山の町並がキラキラ輝いて見えた。



【シーン2/きっかけ〜清見診療所前=高校1年生の初夏】


▪️SE/蝉の声


「あの・・・これ・・」


彼女からいきなり声をかけられたのは、3か月後の7月。


毎朝同じ時間の路線バス。

座るのもいつも同じ、一番後ろの席。

オレは右端に座り、彼女は左端に座る。

通路から席に辿り着いて半腰になったとき、彼女の声が耳に響いた。


「・・・落としましたよ・・」


「え?

あ・・・ありがとうございます」


それは・・・イチイの木片。

学校の課題、建築インテリア科の実習。

伝統的な『木組み』で作る木箱。

天板の真ん中部分にはめる、『鍵』のピース。

昨夜(ゆうべ)じいちゃんに見てもらいながら

イチイの木を彫って作ったんだ。


「これって・・」


「ああ、よかったぁ!

これなくしたら大変なことになってた。


これ、イチイの木片なんです」


「イチイ・・」


「治郎兵衛(じろべえ)のイチイ、知ってるでしょ?」


「あ、はい・・」


「これ、治郎兵衛のイチイの枝。削った欠片なんだ」


「え?」


「あー、違います、違います!

枝を折ったり、落ちている枝を勝手に持ってきたんじゃありません。


オレのじいちゃん、一位一刀彫(いちい/いっとう/ぼり)の職人なんだ。

台風とか大雪で枝が折れちゃうこと、あるでしょ?

そういうとき、正式に回収して分けてもらうんだよ。

もちろん教育委員会の許可と立ち会いのもとでね」


「そうですか・・」


あかん。

マジで嬉しすぎて、

ひとりでアホみたいに舞い上がってるわ・・・。


彼女は・・・?

ほら、ぽか〜んとした顔で、こっちを見てる。

やっべ、完全にやらかした。

はよフォロー入れないとマジで詰む・・・


「あ・・・1人でベラベラ喋ってごめん。

オレは陸空。城山工業の一年生。

君は?」


おっと〜

どさくさに紛れて名前きいちまったし。


「あ・・えっと・・私は桜。神山高校の一年生」


「神山高校〜。じゃ頭いいんだ」


「ううん・・そうじゃなくて・・・

農業科で近代農業を学びたかったから」


「農業?

ひょっとして、おうちがそば農家とか?」


「え・・そうだけど・・・どうしてわかるの?」


「だってほら・・・」


オレは無意識に、スカートの裾へ手を伸ばす。

ビクッとして、体を避ける桜。


あ、終わった・・・ガチで事案だわ、通報案件。


いや、でも・・・あーもういいや!

手につまんだやつを桜の前に突き出す。


「あ・・・」


「これって・・ヤエムグラだろ?」


「ひっつき虫・・・」


「ホントはオレ、そばアレルギーなんだけどな」


「ああ、そうなの・・・」


「近代農業って、なんか面白そう。教えてよ」

 

※「いいわ」


やった。


だけどマジで心臓止まるかと思った。

通報される一歩手前からの、奇跡の大逆転。 


さっきまで端と端にいた距離がウソみたい。


ヤバい、マジで嬉しすぎて語彙力崩壊するレベル。

これじゃ、バスの中がもう神イベントじゃん。


バスは内垣内(うちがいと)を越えて市街地へ。


話は終点までず〜っと途切れなかった。

あっという間に高山濃飛バスセンターに到着。


桜の神山高校は高山駅から北。

オレの城山工業は南。

こっからは別ルートか。

でも、明日もまた会えるからいいや。

それにワンチャン帰りも?

つい顔がニヤける。


興奮しすぎかなあ。夏服がもう汗ばんでいた。



【シーン3/待ちぶせ〜高山濃飛バスセンター=高校2年生の秋】


▪️SE/秋の野鳥の声


「あれ・・?

桜、今日も最終バス?」


「うん・・・部活だし・・」


そうか・・桜は、荘川の六厩だから、5時台のバスを逃したら最終までないんだ。

でも、オレにとっては・・・


「リクは?」


「オレは城山工業(シロコウ)の建築インテリア科だろ。

毎週課題が出るんだよね。

製図板(せいずばん)は学校しかないから、家持って帰れねーし。

毎日時計見ながらリミットギリギリまでやってる」


「そうなんだ・・・」


2人で一緒にバスに乗り込む。


2017年秋。

オレたちは高校二年生になっていた。


最近帰りもよく桜と一緒になる。


っていうより、知ってるんだ、オレ。

前に、バスセンターの手前で1本前のバスが行っちゃったことあって。

そのとき、桜はバス停の前。

そのままバスをやり過ごしてた。

あれって・・・


それからオレも決めた。

早く終わったときでも、桜がくるまで待とうって。


一番後ろがオレたちの指定席。

だけど、最初みたいに端と端じゃない。

今はもう隣同士に並んで座る。

桜が、左側の窓辺に座り、オレはその横へ。


「ここ、私たちの指定席みたい」


「指定席だし」


「陸空が我が物顔にしてるから、みんな遠慮して座んないんじゃない?」


「かもな」


「なに?なんか真剣な顔しちゃって。どしたの?」


「なあ、桜。

来年、卒業したらどうすんだ?」


「私・・・大学へ行こうと思って」


「岐阜の?」


「ううん・・・」


「東京か!」


「うん。

東京の農業大学なら研究環境がすごいから・・・

本格的に農業を学んできたいんだ」


「すごいな。

オレは大阪の専門学校へ行く」


「大阪・・・」


「大阪なら高山まで3時間半だろ。

通うのは無理だけど、いつでも帰ってこれそうじゃん」


「そうだね・・・」


桜が小さな声でつぶやいた。


確かに一位一刀彫や飛騨の匠を目指すなら、高山で修行した方がいいだろう。


だけど、できれば、大阪という大都市で

モダンデザインや店舗インテリア、それに最先端のアートを学びたいんだ。


バスは国分寺を通ってビッグアリーナへ。

内垣内(うちがいと)を越えればすぐに清見だ。

オレが降りたあとも、

桜は30分以上バスに乗って六厩まで行くんだな。


窓の外には、白山(はくさん)の黒い輪郭が夜空に浮かんでいた。



【シーン4/クリスマスプレゼント〜車内=高校3年生の冬】


▪️SE/北風の音


「う〜っ。さむっ」


ダウン着込んで完全装備の桜が、震えながら体を丸める。


2018年12月。高山濃飛バスセンター。

オレたちは高校三年生の冬を迎えていた。

桜がふてくされた表情で口を開く。


「悪かったわね、極度の寒がりで。

六厩に住んでたって、北極に住んでたって、寒いものは寒いの」


「なあ、桜。

クリスマスはどうすんだ?」


「え?年越しそばの出荷かなあ。

忙しくてクリスマスどころじゃないかも」


ああ、そうか・・・

そりゃそうだ。

桜がそば農家だってこと、すっかり忘れてた。


バカだな、オレ。

独りよがりの浮かれた計画を立てて・・・ 


24日は、市街地。

昼間古い町並で食べ歩きして、終バス前に中橋(なかばし)のライトアップへ。

手前の筏橋(いかだばし)から幻想的な景色を眺めながら高山駅へ。

雪でも降ればもう最高。


25日は、清見のウッドフォーラム飛騨へ。

巨大ツリーのクリスマスイルミネーションを2人で見る。

木工デザインの視点からも、ここの木造建築の美しさを桜に見せたい。


な〜んて、勝手に盛り上がってた。

桜の都合なんてなんも考えずに・・・


「陸空は?

きっといろいろ誘われてるんでしょ」


「まあな・・・あっちこっちから」


「行けばいいじゃない」


「いいのか?」


「なんで?」


「いや、別に・・・」


「・・・」


「なあ、さくら・・」


「なあに?」


「おまえさ、好きな人とかいるのか?」


「え・・・」


「だって、クリスマスって、愛する人とすごすんだろ」


「知らない・・・」


「そっか」


「陸空はどうなのよ。

陸空こそ、いるんでしょ・・・好きな人」


「ああ、いるよ」


「え・・・」


「悪いか?」


「わ、悪くなんてないわよ・・・」


口にしたあとで、すぐに後悔した。でも、遅い。


ちがう、違うんだよ、桜。

オレが好きなのは・・・


あっという間にバスは清見支所に着き、オレは桜に背を向けた。


清見といえども、市街地よりは遥かに寒い。

バスを降りたオレはコートの襟を立てる。

最後部の窓際には桜。

寂しそうな、悲しそうな目で遠くを見つめていた。



その年のクリスマス。

じいちゃんの工房で一刀彫りを学んでいるオレに、

桜からのプレゼントが届いた。


可愛らしい桜色の紙でラッピングされていたのは・・・

手編みの手袋!


おお、すごい!

木工作業のときにも使えるように、指なしのミトン。

ブラックで細い絹糸だから手も動かしやすい。


そういえばオレが送ったのも・・・手袋。

カシミアとディアスキンの天然素材。

寒がりの桜がちょっとでもあったかくなれますように、って。


だって、年が明けたら、そばの寒ざらしまでするって言ってたからな。


ああ、そういえばこういうの、なんて言うんだっけ?


『賢者の贈り物』?

ウケる・・・


翌年・2019年春、オレは大阪の木工デザイン専門学校へ。

桜は東京の農業大学へ旅だっていった。


東京-大阪。

500kmの距離くらい、大したことない、って思ってたのに。

結局、そのあと7年以上も、桜の顔を見ることはなかった。




【シーン5/10年後の奇跡=26歳の晩秋】


▪️SE/JR高山駅の雑踏+北風


2026年11月。

JR高山駅の改札。

26歳のオレは、ソワソワしながら電光掲示板を見上げていた。


思えば、ここまでの道のりは楽じゃなかったなあ・・・


20歳で大阪の木工デザイン専門学校を卒業。

そのあと、じいちゃんの工房で一位一刀彫の修行。

じいちゃん、普段は優しいのに、仕事になるとめっちゃ厳しいんだもん。


3年目、オレの彫った「ふくら雀(すずめ)」を見てやっと口元が緩んだ。


でもそのあとすぐにじいちゃんは亡くなり、オレが工房を継いだ。


オレは、ずっと考えていたサステナブル木工農具の開発に没頭。

桜とはLINEでやりとりしていたから、

なんとなく桜が考えている近代農業についても理解していた。


桜が目指しているのは『地球に優しく、持続可能な近代農業』。


まずはそば農家をまとめている組合に話をきいた。

そこで見えてきたのは、意外な現状と課題。

農業のスマート化が進む一方で

使い捨てプラスチック資材への依存がいま増え続けている。


そのとき、オレの頭に木組みのピースがはまる音がした。


プラスチックなんて使わなくても、100年で土に還る『本物の木』があるじゃないか。


こうして開発した第一号が『調湿機能付き・木製スマート育苗箱(いくびょうばこ)』。

現代の農業ではドローンやセンサーによる徹底した水分管理が行われている。

だけど育苗に使うプラスチック製のトレーは劣化が早く、すぐに廃棄処分される。


オレは荘川や清見の森林組合と話し、杉の間伐材を分けてもらった。

同時に荘川支所・清見支所の基盤産業課にも掛け合い、支障木の再利用を提案。

SDG’sの観点からもすんなりと受け入れられた。


育苗箱だけじゃない。

『冷感・木製/そば粉用電動石臼(こよう/でんどう/いしうす)の木枠』。

「飛騨のホオノキ」を石臼の回転駆動部や木枠に採用。

熱伝導率が極めて低く、断熱性に優れた朴木(ほおのき)は

荘川そばの挽きたての香りを100%守り抜く。


『寒ざらしそば用・流体工学に基づいた木製(もくせい)漬(つ)け込み枠』。

現状のプラスチックをやめて『飛騨のナラ材』を使ったコンテナを開発した。

伝統の格子(こうし)技術を応用。

川の流れがスムーズに実を通り抜けるよう、計算された木製コンテナだ。


他にも、そば畑のセンサー専用・木製保護シェルター、

農業従事者用に、超軽量の人間工学対応・木製台車、

高級ブランドそばの流通・パッケージ用に、一位一刀彫のシリアルナンバーなどなど・・


スマート農業と一体化できる陸空ブランドを作り上げた。


最初から一番協力的だったのは六厩の、とあるそば農家。

なんと桜の両親のそば畑だった。


今日オレがここにいるのも、桜の帰郷を両親が教えてくれたから。

どうやら、オレにはサプライズで帰ってくるつもりだったらしい。


残念だったな。

オレは朝からここにいるぞ。


やがて、電光掲示板が、今日何本目かの特急ひだの到着を告げる。

オレは西側の匠通りに隠れた。


来た。桜だ。


エスカレーターを降り、高山濃飛バスセンターへ。

オレも距離をとってゆっくりあとをついていく。

なんか、やばいことしてるみたい・・・

いやいやいや、大丈夫。


桜は清見荘川線のバスの時間を確かめ、ベンチに腰を下ろす。

その瞬間、オレは桜の目を塞いだ。

不審者!?

って顔で、最初思いっきり驚いた桜だったけど、

目の前の手袋を見て、口角が上がる。


「え?」


「おかえり。

やっと帰ってきたか」


「陸空!?」


「サプラ〜イズ!」


「あ〜、ひょっとして、父さんと母さんね!」


「桜、おかえり」


「ただいま・・」


「バスの時間まで1時間。

六厩まではさらに1時間。

時間はたっぷりあるから」


「清見支所前で降りるんでしょ」


「ううん、今日は六厩の桜んちまでいく。

お父さんとお母さんも待ってるし」


「え・・・おのれ、はかったな」


「話したいことが、いっぱいあるんだ」


「私も」


オレは、8年前桜にプレゼントされた手編みのミトンで、桜の手を握る。

握り返す桜の手にも、オレがプレゼントしたカシミアの手袋。


ほどなくバスが到着。

オレたちは、10年前と同じように、一番後ろの座席に座る。


ぎゅっと手をつないだまま。

きっと未来永劫、この手を離すことはないだろう。


バスは発車して清見もすぎていく。

オレンジ色に照らされた白山(はくさん)が、オレたち2人を暖かく迎えてくれた。

最後まで「ビター&スウィート/清見編」をお読みいただき、ありがとうございました。


「荘川編」と「清見編」。


描いているのは、同じ二人の、同じ10年間です。


でも、人を好きになる気持ちは、同じ出来事を経験していても決して同じようには見えません。


桜が「ひょっとして私を見ていた?」と思っていたとき、

陸空は本当に桜に見とれていました。


桜が陸空を待つためにバスを一本見送っていたことにも、陸空は気づいていました。


だから今度は、陸空も桜を待つようになった。


そうして最初は「端と端」だった二人は、いつしか最後部座席で隣同士になっていきます。


それなのに、最後の一歩だけは踏み出せない。


「好きな人はいるのか?」


そう尋ねながら、自分の「好き」は伝えられなかった陸空。


そのほろ苦さこそ、この物語の「ビター」なのかもしれません。


そして時は流れます。


陸空は飛騨へ戻り、祖父から一位一刀彫の技を受け継ぎました。


けれど、ただ伝統を守るだけではありません。


支障木や間伐材を活用した木製育苗箱。

ホオノキを生かしたそば用石臼の木枠。

ナラ材を使った寒ざらしそば用の木製コンテナ。


飛騨の木工と、桜が目指す持続可能な農業。


高校生のころは別々だった二人の夢が、大人になって少しずつ重なっていきます。


そして、8年前に贈り合った二組の手袋。


桜から陸空へ。

陸空から桜へ。


再会した二人は、その手袋をしたまま手をつなぎます。


10年前と同じ清見荘川線。

10年前と同じ、一番後ろの座席。


でも、もう「端と端」ではありません。


バスは清見支所前を過ぎて、そのまま荘川・六厩へ。


陸空はこの日、自分がいつも降りていた場所では降りませんでした。


それはきっと、二人がそれぞれの故郷を越えて、同じ未来へ向かい始めた瞬間なのだと思います。


ほろ苦かった10年間の先に待っていた、ほんのり甘い未来。


「ビター&スウィート/荘川編」と「清見編」。


二つの物語を重ねながら、桜と陸空が見ていた景色の違いも楽しんでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。