ビター&スウィート/荘川編〜ローカル路線バスの清見荘川線で咲いた甘くて切ない女子高生の恋
荘川から高山へ。
清見から高山へ。
毎朝、同じ路線バスに乗る二人の高校生がいました。
そば農家に生まれ、農業の未来を夢見る桜。
飛騨の木と木工に魅せられ、職人への道を歩もうとする陸空。
出会ったばかりのころ、二人が座っていたのはバスの一番後ろ――端と端。
けれど季節を重ねるたび、その距離は少しずつ近づいていきます。
好きなのに、言えない。
聞きたいのに、聞けない。
そして高校最後の冬、二人はお互いに「手袋」を贈ります。
やがて訪れる卒業。
東京と大阪。
離れていく二人。
あの日、伝えられなかった言葉は、長い年月を越えることができるのでしょうか。
ヒダテン!ボイスドラマ#81
「ビター&スウィート/荘川編」
ほろ苦くて、そして少しだけ甘い。
飛騨を舞台にした二人の物語をお楽しみください。
【ペルソナ】
・桜=さくら(26歳/CV:岩波あこ)=荘川出身/神山高校卒業後は東京の農業大学で食品技術研究(アレルゲンフリー食品専門/特に代替そばの開発を担当)を続ける
・陸空=リク(26歳/CV:田中遼大)=清見出身/城山工業高校卒業後は大阪で木工デザインの専門学校へ(木質空間・清見の飛騨材の活用/特に支障木を使ったSDG’sの提案)
【シーン1/出会い〜清見支所前=高校1年生の春】
▪️SE/春の小鳥のさえずり
「待ってくださ〜い!乗りま〜す!」
荘川から高山へむかう路線バス。
停車したバス停は、清見支所前。
開いた扉の向こうから、切迫した声が近づいてくる。
声の主は・・・男子高校生?
慌てて乗り込んでくるあの制服は確か・・・城山工業高校?
スタスタと車内を歩いてきて、最後列の私の横に腰をおろした。
と言っても私は一番左端。
彼が座ったのは右端。
横目でちらっと見ると・・・
あ、やっぱり、城山工業の校章だわ。
彼がこちらへ視線を向けると同時に、私は窓の外へ目をやる。
見られたかな・・・
ま、いっか。
男子高校生が席に着くのをバックミラーで確認すると
運転手さんはバスを発車させた。
私の名前は、桜。
春に美しい花を咲かせる、あの桜。
荘川にも有名な二本の桜があるでしょ。
少々遅咲きだけど。
2016年4月。
私の実家は、荘川のそば農家。
まだまだ寒い六厩で雪解けを待っている。
今日は、高山にある神山高校の入学式。
私の専攻は専門学科の農業科。
これからの時代のそば作り、真剣に学ばなきゃ。
がんばらないと。
早朝の路線バス、清見荘川線。
私は六厩の停留所から乗っていた。
バスは清見支所前から清見診療所を越えて市街地へ。
これから毎日、1時間以上バスに揺られていくのね。
モチベーション上げてかなきゃ。
なんて考えながら、視線を感じて右を向くと・・・
城山工業の彼が慌てて窓の方へ向き直った・・
ような気がした。
気のせいだよね。きっと。
【シーン2/きっかけ〜清見診療所前=高校1年生の初夏】
▪️SE/蝉の声
「あの・・・これ・・落としましたよ・・・」
「え?
あ・・・ありがとうございます」
2016年。同じ年の初夏。
いつもの路線バス。
いつもの最後部座席。
右端にはいつもの工業高校生。
彼が座席に座るとき、なにかを落とした。
あれ?これって・・・
木の欠片?木片?
「ああ、よかったぁ!
これなくしたら大変なことになってた」
私が不思議そうに小首をかしげると、
「これ、イチイの木片なんです」
そう言って、座席の右端から真ん中へ移動してきた。
「治郎兵衛のイチイ、知ってるでしょ?」
「あ、はい・・」
「これ、治郎兵衛のイチイの枝。削った欠片なんだ」
「え?」
「あー、違います、違います!
枝を折ったり、落ちている枝を勝手に持ってきたんじゃありません」
私がなにも言っていないのに、必死で理由を説明する彼。
「オレのじいちゃん、一位一刀彫(いちい/いっとう/ぼり)の職人なんだ。
台風とか大雪で枝が折れちゃうこと、あるだろ?
そういうとき、正式に回収して分けてもらうんだよ。
もちろん教育委員会の許可と立ち会いのもとでね」
「そうですか・・」
「いま学校で木組みの箱を作ってて、これ、その大事なピース。
天板にはめるんだ。赤い部分使って。
結構いい感じなんだぜ」
私がぽか〜んとして、話を聞いていると、
「あ・・・1人でベラベラ喋ってごめん。
オレは陸空。城山工業の一年生。
君は?」
「あ・・えっと・・私は桜。神山高校の一年生」
「神山高校〜。じゃ頭いいんだ」
「ううん・・そうじゃなくて・・・
農業科で近代農業を学びたかったから」
「農業?
ひょっとして、おうちがそば農家とか?」
「え・・そうだけど・・・どうしてわかるの?」
「だってほら・・・」
そう言って陸空は私のスカートの裾に手を伸ばす。
思わず、体を避けたけど、手につまんだのは・・・
「これって・・」
「あ・・・」
「ヤエムグラだろ?」
そば畑の畔道にびっしり生えてるひっつき虫。
「ホントはオレ、そばアレルギーなんだけどな」
「ああ、そうなの・・・」
「近代農業って、なんか面白そう。教えてよ」
こうして、私と陸空の距離はいきなり縮まった。
もちろん、バスの座席の距離だけど。
バスは内垣内を越えて市街地へ。
お互いのことを話していたら、
あっという間に高山濃飛バスセンターに着いちゃった。
高山駅からは北と南に分かれて歩いていく。
六厩と比べて、市街地の初夏の風はじっとりしている。
夏服はじわりと汗ばみ、肌にまとわりついていた。
【シーン3/待ちぶせ〜高山濃飛バスセンター=高校2年生の秋】
▪️SE/秋の野鳥の声
「あれ・・?
桜、今日も最終バス?」
「うん・・・部活だし・・」
「それな。
・・まあ、5時台のバス逃したら最終までないもんな。
よし、一緒に帰ろ」
そう言って、陸空は私と一緒にバスに乗り込む。
いつも決まって一番後ろの席。
私は、左側の窓辺に座り、陸空はその横へ。
2017年秋。
私たちは高校二年生。
陸空と私の距離は、もう少しでくっつきそうなくらい近づいていた。
「なあ、桜。
来年、卒業したらどうすんだ?」
「私・・・大学へ行こうと思って」
「岐阜の?」
「ううん・・・」
「東京か!」
「うん。
東京の農業大学なら研究環境がすごいから・・・
本格的に農業を学んできたいんだ」
「すごいな。
オレは大阪の専門学校へ行く」
「大阪・・・」
「大阪なら高山まで3時間半だろ。
通うのは無理だけど、いつでも帰ってこれそうじゃん」
「そうだね・・・」
「木工技術とインテリアデザインをバッチリ身につけてくるんだ」
そう言って、陸空は笑う。
そっか。
あと1年半で卒業・・お別れか・・・
お互いに進学することはわかっていたから、なんとなく予測できたけど・・・
いま、この時間を大切にしなきゃ。
だから私はいつも、5時からずっとバスセンターにいる。
陸空が来なければ5時台のバスはやり過ごして・・・
近代農業の勉強をしながら待ってれば、時間なんてすぐ経っちゃうから。
バスは国分寺を通ってビッグアリーナへ。
内垣内を越えればすぐに清見。
帳のなか、白山の稜線が黒いシルエットを映し出していた。
【シーン4/クリスマスプレゼント〜車内=高校3年生の冬】
▪️SE/北風の音
「桜はホントに寒がりだなあ。
六厩に住んでるくせに」
ダウンを着込み、完全装備の私を陸空がからかう。
2018年12月。
高校三年生の冬。
ふてくされた顔の私を陸空が覗き込む。
少しだけ真面目な顔になって口を開いた。
「なあ、桜。
クリスマスはどうすんだ?」
「え?年越しそばの出荷かなあ。
忙しくてクリスマスどころじゃないかも」
「そっか・・・」
「陸空は?
きっといろいろ誘われてるんでしょ」
「まあな・・・あっちこっちから」
「行けばいいじゃない」
「いいのか?」
「なんで?」
「いや、別に・・・」
「・・・」
「なあ、さくら・・」
「なあに?」
「おまえさ、好きな人とかいるのか?」
「え・・・」
「だって、クリスマスって、愛する人とすごすんだろ」
「知らない・・・」
「そっか」
「陸空はどうなのよ。
陸空こそ、いるんでしょ・・・好きな人」
「ああ、いるよ」
「え・・・」
「悪いか?」
「わ、悪くなんてないわよ・・・」
「ふうん」
そのあと、なにを話したかは覚えていない。
話の途中で、バスは清見支所に着き、陸空は降りていった。
バスの降車口が開くと冷たい空気が入ってくる。
清見から荘川へ。
外気はもう凍てつき始めていた。
その年のクリスマス。
年越しそばの出荷を手伝う私の元に
陸空からのプレゼントが届いた。
箱を開けると出てきたのは・・・手袋。
カシミアとディアスキンの天然素材。
ふふ・・・あったかそう・・
寒がりの私だから?
思いっきり被ってるじゃない。
きっと今頃彼の元に届いているのは・・・手編みの手袋。
いま私がしている桜色と、色違い。
シルクの黒い極細糸。
作業中も使えるように、指なしのミトン。
人差し指と中指と親指の第一関節から先が出るタイプ。
鉛筆でデッサンを描いたり、木組みの手触りを確認したり。
手袋をつけたままできるでしょ。
ある意味、これって『賢者の贈り物』?
年が明けて春になると、私は東京の農業大学。
陸空は大阪の木工デザイン専門学校へ。
東京-大阪。
500kmの距離は、私たちの心まで置き去りにしていった。
【シーン5/10年後の奇跡=26歳の晩秋】
▪️SE/高山濃飛バスセンターの雑踏+北風
8年ぶりの高山駅。
高山濃飛バスセンター2番乗り場。
懐かしいなあ。
結局私は東京で8年間勉強を続けた。
大学の国際農業開発学科。
海外留学までして 学んだのは、雑穀やサステナブル農業。
行き先はそばの起源でもある中国の山岳地帯。
過酷な環境での栽培技術を目の当たりにした。
そのあとは世界の雑穀やそばを研究しながら大学院に進学。
そばの品種改良や加工技術について、貪欲に知識を吸収していった。
目標も決めた。
近代的な農業経営と6次産業化。
生産から加工・販売まで一貫して行うビジネスモデルを作り上げた。
学びの場所はキャンパスだけではない。
東京の有名な蕎麦屋にオーガニック市場、流通ベンチャーの会社。
私はインターンシップやアルバイトを重ねていった。
人脈を広げるため・・・
8年ものあいだ、荘川の土を踏まず、
本当に本当に親不孝な娘だった。
感慨に耽りながらバスを待っていると、目の前がまっくらになった。
え?
私の目を塞いでいたのは・・・
シルクの黒い絹糸。
「おかえり」
聞き覚えのある低い声。
ゆっくりと焦点を合わせる。
「やっと帰ってきたか」
「陸空!?」
「桜の実家から帰ってくることを聞いて、朝からずっと待ってたんだぜ」
「え?」
「高校時代のお前みたいに」
「そんな・・・どうして?」
「8年前、言えなかったことを伝えるためさ」
「言えなかったこと・・・?」
「もっかい聞いてくれよ」
「え・・なにを・・・」
「好きな人はいるのか、って」
「あ・・・」
「さあ。早く」
「そんな・・・」
「桜。
オレ、高校卒業してからもずうっと後悔してたんだぜ。
だから、大阪の専門学校で必死こいて木工技術、学んだし」
「そう・・・」
「卒業してからは、清見の実家帰って修行の毎日さ。
じいちゃんめっちゃ厳しかったけど、一位刀彫りを教えてもらった」
「そうなんだ・・・」
「3年前、じいちゃんが亡くなってからはオレが工房を引き継いだ」
「すごいね・・・」
「なあ桜お願いだ。もっかい聞いてくれ。
好きな人はいるのか、って」
「わかったわ・・・」
「桜・・・」
「陸空・・・いま・・・好きな人はいるの・・・?」
「いるよ」
「え・・・」
「桜、お前だ。
お前に決まってるじゃないか」
「陸空・・・」
「なあ、東京で勉強してきたこと、オレに聞かせてくれ」
「うん・・・」
「オレはさ、いまサステナブル木工農具ラインを立ち上げたんだ」
「え???」
「そば農家で使ってもらうための陸空ブランドだよ」
「うそ・・・」
「支障木とか間伐材で作った、
超軽量・高耐久性の育苗箱、木製トレー!
イチイを使った調湿機能付きの、特製そばの実貯蔵箱!
なあ、桜。一緒に新しい農業をやらないか?
オレが木工技術で盛り上げてやるから!
オレ、今はもう・・・飛騨の匠なんだぜ!」
ひとまわりもふたまわりも大きくなった陸空が私を包み込んだ。
ほどなく、清見荘川線の最終バスが入ってくる。
「桜は農業大学で何を研究してきたんだい?」
「あなたに食べてもらえるそばよ」
「え・・・」
「品種改良を重ねて新しいそばを開発してきたの。
そばアレルギーの人でも安心して楽しめる代替そば。
低アレルゲンそば。
今は信濃1号の畑しかないけど、
これからだんだん代替そばを増やしていこうと思う」
「桜・・・」
「ホントに私のこと好きだったら、荘川そばを食べないなんてありえないもの」
「ああ。早く食べたい!」
陸空は私の手をぎゅっと握ってバスに乗り込んだ。
手には、擦り切れた黒いシルクの手袋。
私の手には、カシミアとディアスキンの手袋。
私たちは、10年前と同じように、一番後ろの座席に座る。
2人の間にはもう距離などない。
いま私たちを隔てるものは何一つなかった。
最後まで「ビター&スウィート/荘川編」をお読みいただき、ありがとうございました。
高校時代、桜と陸空が贈り合った二組の手袋。
年月を経ても、陸空の手には擦り切れた黒いシルクの手袋があり、桜の手にはカシミアとディアスキンの手袋がありました。
二人は離れてしまったけれど、あの日の気持ちまで手放したわけではなかったのだと思います。
そして、もう一つ描きたかったのが「故郷へ帰る」ということ。
桜が東京で身につけた農業の知識。
陸空が大阪、そして飛騨で磨いた木工の技術。
外の世界で学んだからこそ見えてくる、故郷の価値があります。
桜は、そばアレルギーの陸空にも食べてもらえるそばを目指す。
陸空は、支障木や間伐材など飛騨の木を活用し、桜の農業を支える道具を作る。
遠く離れ、まったく別の人生を歩いていたように見えた二人ですが、実はずっと同じ場所へ向かっていたのかもしれません。
そして再び乗り込む、清見荘川線のバス。
高校時代と同じ、一番後ろの座席。
けれど、あのころとは一つだけ違います。
もう二人の間に、距離はありません。
タイトルの「ビター&スウィート」には、伝えられなかった青春のほろ苦さと、長い年月を越えてようやく実った恋の甘さを込めています。
二人がこれから作っていく「新しい荘川そば」と「飛騨の木の道具」。
その未来も想像しながら、物語の余韻を楽しんでいただけましたら幸いです。




