縄文〜八尺の奇跡〜父を陥れた考古学会の教授を絶対に許さない!
昭和42年、飛騨久々野。
「この地には、縄文時代の大集落が眠っている」
そう信じた考古学者は、学会から否定され、志半ばでこの世を去りました。
その夢を受け継いだのは、まだ幼い一人の少女。
父の無念を晴らすため、少女は考古学を学び、仲間を集め、やがて地中深くに眠る歴史へと挑みます。
八尺――約2.4メートル。
それは、父が遺した希望の深さ。
飛騨久々野を舞台に、少女の情熱と仲間たちの友情、そして縄文時代へのロマンを描いた青春歴史物語です。
ヒダテン!ボイスドラマ第85話『縄文〜八尺の奇跡』を、小説としてもお楽しみください。
【ペルソナ】
・秀子=ひでこ(8歳-13歳/CV:坂田月菜)=久々野中学2年生。考古学会を追われた父の無念を晴らそうと1人で久々野に残り久々野中学校に入学。郷土クラブを発足して発掘を続ける
・大戸田鉄也(42歳/CV:日比野正裕)=飛騨山中に縄文時代の大集落が存在していたとする学説を発表し学会を追われた。その後失意のうちに他界。妻(秀子の母)は秀子を叔母に預けて転居
・寿勝=としかつ(13歳/CV:岩波あこ)=万博とカメラ好きの同級生。バイブルはアサヒカメラ
・明智=あけち(42歳/CV:田中遼大)=歴史の教師。実は父・鉄也と同級生
・ニュースアナ=(宮ノ下浩一さん)
【プロローグ/荒唐無稽な学説】
「間違いありません!
飛騨の山奥、飛騨川と八尺川の合流する地点。
その舌状台地には、『縄文時代の大集落』が眠っています!
東日本と西日本の文化が交わる、一大流通拠点が確かに存在したのです!」
1967年、昭和42年。
父・大戸田鉄也は日本考古学会に画期的な論文を発表した。
だが、学会の主任教授・黒川は、論文の協会誌への掲載を拒否。
父さんの発表を『荒唐無稽』『誇大妄想』と決めつけた。
結果、父さんは学会での発言権を奪われ、共同研究プロジェクトからも除名。
事実上、考古学会から完全に干されることになる。
たった1人の意見により、考古学者としての人生はここで終わったのだ。
このとき、私は8歳。
私にとって父さんは、一番身近な歴史の先生。
小さい頃から縄文時代の魅力をいっぱい教えてくれた。
「秀子、よくおきき。縄文の人たちはね、決して未開人なんかじゃない。
みんなが思っているよりもずっと高度な暮らしをしてたんだよ」
「縄文の人はどこにいたの?」
「この下だよ」
「下?」
「地面よりずう〜っと下の地層さ。
それこそ、八尺近くも深い深い地下。
そこで美しい土器を作りながら、豊かな社会を営んでいたんだ」
父さんの話す縄文時代は、御伽話のようにキラキラしていた。
そんな優しい父さんがいま、打ちのめされて哀れな姿を晒している。
やがて、失意のなかで病に倒れ、あっけなくこの世を去った。
葬儀の会場。私は心に固く誓う。
”父さんの無念は、私が必ず晴らしてみせる!”
【シーン1/縄文の壁】
◾️SE:図書館のガヤ
母さんには内緒で、私は町の図書館に通い詰めた。
歴史と、縄文時代を一から勉強する。
縄文時代は1万年以上続いていたこと。
草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6つに分かれていること。
それから、土器の特徴。
立体的で豪華な文様、と言われる中期の土器の特徴を完全にマスター。
今まで久々野で発見された土器の欠片が
東日本タイプなのか西日本タイプなのか。
丁寧に調べていく。
文字だらけの難しい専門書も片っ端から開いた。
知らない漢字や専門用語をひとつひとつ調べながら。
ノートが真っ黒になるまで、死に物狂いで考古学を勉強した。
調べれば調べるほど、父さんの言葉が蘇ってくる。
「縄文人はマンモスを追いかけて移動生活をしていたんじゃない。
決して野蛮人なんかじゃないんだ」
父さんの言ってることは間違ってない。
だけど、発掘の方法を調べていくうち、大きな壁に突き当たった。
それは、『文化財保護法』。
法律では、個人の土地を勝手に掘り下げることはできない。
ましてや私は未成年。
どうしたらいい!?いやだ、あきらめたくない!
死に物狂いで前例を調べる。
すると、ある新聞記事を見つけた。
教育活動の一環として『郷土調査』をおこなった、という学校の部活の記事。
『考古学の部活動』という名目であれば、
教育委員会への手続きや交渉も、”学校”が後ろ盾になってくれる。
これだ!
「久々野中学校へ行く。考古学の部活で発掘する!」
あと3年。
それまでにもっともっと考古学を勉強して、準備を整えるんだ。
時は流れ、小学校卒業を翌年に控えた年末。
母さんが、久々野を離れる、と私に告げた。
父さんの辛い思いが残る場所にはもういられない。
そう言って目を潤ませる。
だけど、それでも私の答えは・・・
「母さん、ごめん。
私、ひとりでもここに残るから」
母さんはすごく驚いたけど、もう私を引き止める気力はなかった。
結局、私が選んだ道は父方の叔母の家への居候。
叔母の家はりんご農園。
農園を手伝いながら中学へ行く。
年が明けると、母さんは東京の実家へと戻っていった。
【シーン2/考古学部のない学校】
◾️SE:入学式のざわめき
1971年、昭和46年。
久々野中学校入学。
私は入学式もそこそこに考古学部を探す。
だが、生徒会掲示板や、部活動一覧のプリントを見ても『考古学部』の文字はなかった。
え?
考古学部が・・・ない!
うそでしょ。
そんな・・・
部活動の一環でないと発掘の許可が・・・
う〜ん・・・
ようし、わかった。
なければ作ればいいんでしょ!
次の日からさっそく行動開始。
まず、どうやったら公認の部活やクラブを新たに作れるのか。
しおらしく生徒会に尋ねた。すると・・・
3人以上の部員。
顧問の先生。
毎月報告書を提出。
という3つの条件が揃えばいいらしい。
よし。
まずは、部員か・・・
入学したばかりで友達もいないけど、なんとなくいけそうな子を探す。
こう見えて私、人材の発掘能力だってあるんだ。
【シーン3/勧誘活動】
◾️SE:学校の雑踏
「え?郷土クラブ?
そんな部活あったっけ?」
最初に声をかけたのは、寿勝。
入学式にでっかい一眼レフのカメラを持ってきた同級生。
みんなに万博で撮ってきた写真を見せびらかしてたやつ。
写真部に入る前に声をかけた。
「郷土クラブなんて、部活一覧にも載ってないけど」
「だって、私が作ったクラブだもん」
「え?」
考古学部ではなく郷土クラブ、という名前にしたのには理由がある。
地域学習という名目を全面に出せば学校の公認がとりやすい。
「オレ、入るとこ決めてるから」
「写真部でしょ」
「え?なんで知ってるの?」
「1年生なんて暗室の掃除と先輩の荷物持ちしかさせてもらえないよ」
「う・・・」
「せっかくキヤノンの一眼レフ持ってても宝の持ち腐れね」
「ぐぐぐ・・・そんなことまで・・・」
「でも郷土クラブに入れば、ひょっとすると・・・
アサヒカメラのスクープ写真だって狙えるかも」
「え?どういうこと?」
「まだ多くは話せないけど、すごいものを発掘する予定だから」
「すごいものってなんだよ?」
「入部してくれたら、おいおい話すわ」
「う〜ん・・・・
そっか・・・仕方ない・・・入るよ」
よし。1人目の勧誘成功。
2人目は・・・もう目星をつけている。
このミッションで一番重要なのは発掘予定地。
八尺川と飛騨川が合流する堂之上にある畑。
そこの地主は同級生・雅雄の父親。
久々野中学に入学する前からマークしていた。
雅雄は無口でほとんど何も喋らず、働き者だけど、勉強はちょっと苦手。
しかも社会科=歴史や地理はほとんど赤点だ。
私は、雅雄に交換条件を持ちかけた。
それは私が勉強を教えること。
郷土クラブに入部してくれたら、歴史と地理で80点以上とらせてやる。
迷いながらも、渋々雅雄は入部した。
これで、部員3名は確保。
あとは、顧問だけ。
まだ1回しか授業を受けていないけど、歴史の明智先生。
ちょっと、ぼや〜っとした感じで頼りないけど、ま、いいや。
歴史の先生なら、理解してくれるでしょ。
【シーン4/顧問の葛藤】
◾️SE:学校のチャイム
「だめだ。認めない。郷土クラブなんて」
「え?・・・どうしてですか?明智先生」
「オレは受験学年の学級担任で進路指導の主事なんだ。
クラブの顧問をしている余裕なんてない」
「でも、地域学習って大切じゃないですか」
「なあ、秀子。
・・・目的はなんだ?」
「え・・・」
「ちゃんとした理由があるのなら考えてもいいぞ」
「・・・・・わかりました・・・。
実は・・・」
私は明智に発掘のことを話した。
飛騨川と八尺川が合流する、あの舌状台地のこと。
5年間必死でまとめた、出土品の分析データのこと。
あの一帯の地層を徹底的に調べてわかった地質のこと。
明智は黙って聞いていたが、私の勢いに気圧されて、
「そうか・・・わかった」
ぼそっと呟いた。
「大戸田の名誉を挽回できるんなら・・・」
「え?・・・先生、いまなんて?」
「まあ・・・がんばれよ、大戸田」
そう言って、創設申請書にハンコを押してくれた。
よくわからないけど、勇気をもらえたかもしれない。
学校を出ると、船山にはもう夕陽が沈みかけていた。
【シーン5/準備期間】
◾️SE:セミの声
1972年、初夏。
郷土クラブは学校公認のクラブとして正式に発足。
私は父さんの残したデータをもとに、夏休みのすべてを費やし、
『堂之上発掘調査計画書』を練り上げた。
秋。
顧問の明智は、久々野町教育委員会へ『郷土学習に伴う試掘申請書』を提出。
発掘の許可は降りたけど、出された条件は厳しかった。
『中学生だけの発掘は認めない。
必ず教育委員会・専門学芸員のアドバイスと立ち会いを受けること』
同時に、雅雄の父親、つまり畑の地主さんとも交渉。
頑固な人だったけど、決め手は私の言葉。
『雅雄に総合テストで全教科80点以上とらせます!』
来年の春=3月から秋=11月の終わりまで、という期間限定で畑の土地を借してもらった。
雪が降る前に、私たちは『トレンチ』と呼ばれるテスト用の溝を掘る。
土の仮調査と地質検査だ。
やがて訪れる、雪深い飛騨の冬。
一面の銀世界となった久々野で、私たちは凍える部室に籠もった。
春からの本格的な発掘計画を、毎日ミリ単位で修正。
霊峰・船山に祈りながら、来年の3月を待ち続けた。
【シーン6/高松塚古墳】
◾️SE:テレビのニュース
「奈良県明日香村の高松塚古墳から、極彩色の壁画が発見されました。
石室の壁には、鮮やかな色彩の『女子群像』や四神の図がほぼ無傷で描かれており、
国内初の本格的な古墳壁画の発見となります」
年が明けた1973年3月、テレビから驚くべきニュースが流れた。
高松塚古墳。
それは考古学会を揺るがすほどの大発見。
コメンテーターとして、あの黒川教授も毎日のようにブラウン管に映る。
私は”飛鳥美人”の映像を見ながら唇を噛んでいた。
◾️SE:土を掘る音
いてもたってもいられず、向かった堂之上。
学芸員の指示の元、寿勝、雅雄とともに、畑を掘り進める。
期待で胸が張り裂けそうだった。
◾️SE:土を掘る音(雨の音〜ミンミンゼミ〜ツクツクボーシ〜ヒグラシ)
梅雨が明け、セミの声が変わっていく。
学芸員から言われたのは、30センチから40センチの深さ。
久々野での縄文文化の遺物包含層はこの深さが定説だという。
私は納得できなかったけど、とにかく掘った。
寿勝も雅雄も一緒に、掘って掘って掘りまくった。
だけど・・・何もでない。
「ほんとにここにあるんか?」
アキアカネが飛び始める頃、寿勝がうんざりした顔で尋ねた。
「どう見ても、出そうな気がしないんだけど」
「浅いんだって」
「なに?」
「縄文人たちが暮らしてたのはもっともっと深い下の方なんだ」
「だって学芸員は30センチくらいだって言ってたじゃん」
「私、3年間調べたんだもん。
ここは飛騨川と八尺川がぶつかる『舌状台地』なの。
何千年も前から大きな洪水や土砂崩れにあって
何度も地層が入れ替わってるんだよ。
それこそ、八尺くらい深く掘らないと出ないんだって」
「八尺って?中学生が掘れる深さじゃねえぞ」
「わかってる。だから言わなかった・・・」
「それに、発掘できる期限まであともう何日もないし」
私と寿勝とのやりとりを、雅雄と明智先生は黙って聞いていた。
そう。今週木曜には11月が終わる。
12月になったら、もう発掘はできない。
父さん、どうしたらいいの・・・?
時間はどんどん過ぎていく。
船山の森の木々は赤く色づき始めていた。
【シーン7/奇跡】
◾️SE:晩秋の虫の声
発掘期限最後の日。
というより、夜が明ける前の晩秋の深夜。
私は大きなスコップを抱え、たった一人で畑に向かった。
もうあとがない。
誰が止めようと、私1人で八尺まで掘ってやる。
ところが・・・
畑が近づくにつれて、スコップの音が聞こえてきた。
え?
「おせーよ」
「と、寿勝?
あんた、なにやってんの?」
「見てわかるだろ。掘ってんだよ」
「なんで?」
「昨日家帰ってから、オレが撮った写真見てたんだ。
定点で撮ってた全景写真。
そんなかにだんだん色が変わっていってたとこがあったんだよ。
これって、地層が変わった地点じゃねえかって。
というより、そういうお前こそなにを・・」
寿勝が言い終わる前に、足音がした。
咄嗟に私たちが身構えると・・・
やってきたのは、雅雄だった。
雅雄は昨日、宿題を忘れて明智先生に呼び出されたらしい。
そのとき、畑をもっと深く掘ってみたい、と伝えたら
こんなことを言われたそうだ。
「八尺なんて深さを普通に掘ったら、
泥の壁が崩落して生き埋めになる。
そんなことを教員のオレが許可できるわけないだろう。
ま、こっから先は・・・オレの独り言だがな・・・
崩落を防ぐために土留め(どどめ)用の太い木板をあてて、
上を広くすり鉢状に斜めに掘り進めるとか、
階段状にステップをつけながら段掘り(だんぼり)をするとか、
って方法もあるにはあるんけど・・・
学芸員がやってくるのは10時。
それまでに八尺掘るなんてどだい無理だよなあ」
「よし。明智のその言葉、聞かなかったことにしよう」
「うん」
「やるぞ!・・・あれ?
なあ、そこに落ちてる木板って、なんか土止めにバッチシじゃねえか」
まるで誰かが準備してたように、ちょうどいい長さの木板が置いてある。
結局、私たちは夜明けまで掘り続けた。
そして・・・
◾️SE:カツン、という金属質の石にぶつかる音
「いまなんかに当たった!」
寿勝が叫んだ。
「おい、これって・・・」
「『石棒』の上部だわ!」
「ほんとうか!」
石棒はひとつではなかった。4つの石棒が四角形を描く。
周辺を慎重に掘り進めると、
綺麗に組み合わされた四角い石の枠『石囲炉』がほぼ無傷で残っていた。
その周囲の泥を払っていくと、柱の跡が次々と浮かび上がってくる。
炉を中心にぐるりと円を描くように配置された、規則正しい竪穴式住居。
百人以上の縄文人がここで生活を営み、冬の寒さに身を寄せ合って祈りを捧げていたんだ。
父さんの言ったとおり。それは山岳地帯の暖かい『環状集落』。
「イカす!」
寿勝は興奮して何枚も何枚もシャッターを切った。
夜がしらじらと明けていく。
東雲の空を見上げたとき、腕を組んで私たちを見下ろしていたのは・・・
「明智先生!」
顧問の明智は、ただにっこりと微笑んで踵を返した。
泥だらけになった3人の顔。
くしゃくしゃになった笑顔は、いつまでもほころんでいた。
◾️SE:テレビのニュース
「岐阜県教育委員会および文化庁は、岐阜県久々野町の堂之上において、
縄文時代中期の大規模な環状集落跡が発見されたと発表しました。
現地は久々野中学校の校舎建設予定地でしたが
地元の中学生による調査で、地中約八尺の深さから直立した状態の石棒や、
ほぼ完全な形の石囲炉が出土しました。
これまで考古学界では、
寒冷な飛騨山岳地帯に高度な定住文化は存在しないとされてきましたが、
今回の発見により、従来の日本考古学史は完全に覆されることとなります。
文化庁は急遽、中学校の建設予定地を変更し、
この『堂之上遺跡』を国の重要史跡に指定して永久保存する方針を固めました」
この物語はフィクションです。
実際する人物・団体とは一切関係ありません。
ただし、1972年11月に
久々野中学校の郷土クラブが堂之上遺跡を発見したという快挙については
記録に残っている、紛うことなき事実です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
何千年も前、この飛騨の地には、どのような人々が暮らしていたのでしょうか。
どんな言葉を交わし、何を食べ、何を願い、どんな未来を夢見ていたのでしょう。
地面の下に眠っているのは、単なる土器や石器ではありません。
そこには、かつて確かに生きていた人々の営みと、失われた時間が刻まれています。
今回の物語で描きたかったのは、そんな歴史へのロマンと、誰かが信じた夢を受け継ぐことの尊さです。
父の学説を証明するために、たった一人で歩き始めた秀子。
しかし、いつしかその夢は、寿勝や雅雄、そして明智先生をも巻き込んでいきます。
人の情熱には、誰かの心を動かす力があるのかもしれません。
物語の舞台となった岐阜県高山市久々野町には、縄文時代の暮らしを今に伝える「堂之上遺跡」があります。
ぜひ、飛騨久々野の歴史にも思いを馳せていただければ幸いです。
本作品は、飛騨高山の魅力を10人のキャラクターとともに発信する「ヒダテン!」のオリジナルボイスドラマとしても公開しています。
声優たちの演技とともに、昭和の飛騨久々野を舞台にした物語を、ぜひ耳でもお楽しみください。
【ヒダテン!公式サイト】
https://hidaten.com/
また次の物語でお会いしましょう。




