林檎失踪事件〜アガサクリスティ「アクロイド殺し」にヒントを得たJKの計画とは?
「こんな家出ていってやる」
母親と大喧嘩した林檎は、久々野のりんご農園を飛び出した。
向かった先は、離婚した父親が暮らす奥飛騨温泉郷。
高山濃飛バスセンターから新穂高線に乗り込んだ彼女を待っていたのは、どこか訳ありげな乗客たちだった。
これは偶然なのか。
それとも・・・・・。
今回の『林檎失踪事件』は、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』『オリエント急行殺人事件』にオマージュを捧げた、ヒダテン!流のミステリーコメディです。
ミステリアンの方は、ぜひ「誰が怪しいのか?」だけでなく、物語が“誰の言葉によって語られているのか”にも注目してお楽しみください。
それでは・・・・・事件の始まりです。
【ペルソナ】
・林檎=りんご(18歳/CV:坂田月菜)=JK3年生/父と離婚した母と2人暮らし/バスマニア
・静流=シズル(42歳/CV:日比野正裕)=離婚後に中尾温泉で温泉付きペンションを営む。ペンションの畑でスクナカボチャを育てている
・如菜=ジョナ(39歳/CV:小椋美織)=林檎の母/離婚したあともシングル/農園で働く
・理玖=リク(19歳/CV:田中遼大)=林檎のバスマニア仲間/福井在住
・愛李彩=アリサ(40歳/CV:中島ゆかり)=新穂高の旅館で働く仲居さん
・沙羅=さら(25歳/CV:岩波あこ)=渋谷の旅&グルメ系インフルエンサー(インスタグラマー)
【プロローグ/久々野のりんご栽培農家】
▪️SE/小鳥のさえずり
「もうマジで無理!
なんで毎年10月ってこうなん!?意味分かんないんだけど!
なんで私だけ、高山祭行けないの!?おかしくない!?
見てよ、ママ!インスタもTikTokも!
屋台の引き揃えの写真、こーんなにいっぱい。
友だちみーんなみだらしとか五平餅とか食べ歩きして、超楽しそうなのに!
私だけいけないの、なんで!?」
「りんご農園の娘だからでしょ!
いまさら何言ってんの!」
「マジでりんご農園になんて生まれてこなきゃよかった。最悪」
「林檎!いい加減にしなさい!」
「なんで?間違ったこと言ってないし。
いいわ。もう。
こんな家出ていってやる」
「っとにもう!やんなるわ。
そういうとこそっくりなんだから・・」
え・・・
ママが思わず口にする。
それは去年別れたパパのこと。
ママも私も、ずっとタブーにしてたのに。
絶対口にしなかった言葉。
「あ・・・いや・・ちがくて・・・
とにかく黙って収穫手伝いなさい」
私は黙ってママに背を向けた。
うちは久々野のりんご農園。
毎年この時期は、目が回るくらい忙しい。
って、そんなこと言われなくてもわかってるし。
生まれたときからず〜っとそう。
私は林檎。
名前も林檎。
畑で実ってるやつとおんなじ。
それもず〜っといやだったけど。
友だちの楽しそうなストーリーを見て、ついにキレちゃった・
そのあとはママがなにを言ってきても全部シカト。
アタシは部屋に戻って、速攻で荷造りを始めた。
思ったとおり。
ママは追いかけてこない。そんなヒマないよね。
黙々とりんごの収穫を続けていた。
【シーン1/高山濃飛バスセンター新穂高線のりばから中尾高原口へ】
▪️SE/高山濃飛バスセンターのガヤ
高山濃飛バスセンター新穂高線5番のりば。
路線バスは意外と混んでない。なんで?
紅葉シーズンの奥飛騨って、まじハイシーズンじゃん?
あ、そっか。今日はみんな祭り見てるから。
てか、なんでこの路線なの?って話なんだけど、ぶっちゃけ・・・
パパ、離婚してから新穂高の中尾高原でペンションやってんだよね。
ハッキリ教えてくんないけど、ワンチャンそれも離婚のガチ原因説。
アタシは、裏垢でパパのペンション、フォローしてるし。
宿泊客の投稿、まじでレベチすぎてえぐい。
まずは、中尾高原の絶景掛け流し貸切風呂。
貸切風呂だからスマホ持ち込めるのガチで神。
湯煙の向こう、北アルプスのビジュがまじで大優勝してる。
で、標高1,100mならではの、天然のプラネタリウム。
街明かりゼロ、お風呂に浸かりながら見上げる満天の星!
ってかガチで優勝確定っしょ。
からの〜、とどめはペンションから車ですぐの『北アルプス大橋』!
全長150m、谷底からの高さ70m。上路式ソリッドリブアーチ橋?
錫杖岳とか笠ヶ岳をバックにしたビジュ。奥飛騨で一番すごいと思う。
だ・け・ど〜
パパ、アピるの下手すぎ。
こんなにスペック高いのに、SNSのアカウントほとんど放置だし。
もうちょっとなんとかならん?って感じ。
ってことで、目的地は奥飛騨温泉郷。
パパのペンション。
もちろん、アタシが行くことは伝えてない(笑・・むふふ)。
下手にLINEとかしたら、絶対ママにチクるっしょ。
たまにはサプラ〜イズ、ってのもアリじゃん?
ま、アタシ的には、月イチの面会とか普通に足りなすぎて不満だし。
バスの乗客は、パラパラと数人。
その中で一番後ろに座ってるのは男子大学生ひとり。
なんかめっちゃ嬉しそうな顔してて草。
時刻表通り。
ドアが締まってバスが発車した。
高山駅前から国道158号を東へ。
『古い町並口』で、外国人のグループが降りていった。
安川通りってフツーに歩いてもエモいのにね。
別院前、東小学校口、松之木農協を通って、丹生川へ。
このへんから景色が山になっていく感じ、ぶっちゃけ好きだわー。
丹生川中学校前。ほとんどのお客さんがバスを降りた。
観光客じゃなくて、リアル地元民ってことね。
次のバス停、丹生川支所前の町方から乗ってきたのは、ひとりの女性客。
40代くらい?ちょいキレイ目。
髪を一つにまとめ、白のニットにキャメルのプリーツスカート。
席に座るとすぐ、彼女のスマホに着信が鳴り響いた。
▪️SE/スマホの着信音
いやいや、おいおい(笑)マナーモードにしとけよって話。
「あ、もしもし、私。
いまバス乗ったから」
え?出ちゃうの?
空気読めないなあ。
でもなんか焦ってる感じ?
「うん、1時間ちょっとで着くと思うわ」
1時間ちょっとって、パパのペンションまでとほぼ同じじゃん。
なんか、まじでいや〜な予感しかしないんだけど。
、
「で、そっちはどう?
ロープウェイのお客さんとか、これからチェックインでしょ」
新穂高ロープウェイ?
チェックイン?
バスは鍾乳洞口、ほおのき平を通って 五色ヶ原入山口へ。
いよいよ奥飛騨突入って感じ。
さっきの40代話中おばさんの声がだんだん大きくなる。
てか、まだ電話してんの?
「今晩?
いいけど・・・大丈夫なの?」(※少し思わせぶりに)
いや、ちょっと待って。ちょっとちょっと。
まさか、まさかだけど・・・
この人、パパの彼女だったりして〜?
どうしようどうしよう?
ってガチ焦りしてたら、始発から乗ってる大学生が席を立った。
「ケータイ、ほかの人の迷惑になりますから」
お。ヒーロー降臨じゃん。カッケー。
「あら、ごめんなさい。
実は緊急の用事が入っちゃって。
でも、ほかの人ってあなたしかいないけど・・」
「だから迷惑なんですけど。
とにかく手短にお願いします」
「はい、すみません」
と、そのとき。スマホがぶるってLINEの通知。
パパから?
やっぱきたか・・
『いまどこ?』
即レス。
『実はパパのペンションに向かってる』
『どうしたんだ?』
『いろいろあって・・』
『そうか。
いまバスか?』
『うん』
『降りるのは、中尾焼岳登山口だからな。間違えるなよ』
パパとLINEしてたら、いつの間にかバスは平湯バスターミナルへ。
平湯から、スーツケースを引いた女性が乗ってきた。
25、6歳くらい?
垢抜けた雰囲気。
ダボッとしたワイドデニムにハイブランドのミニチェーンバッグ。
スタイリッシュな黒のアルミキャリー。
抜け感のある大人ストリートカジュアルって感じ?
メロい。
乗客は、40代話中おばさんとその横に移動した大学生、
一列空けてその前に座ったメロ姉さんだけ。
「あなた、大丈夫ですか?」
え?なに?
話中おばさんが緊迫した声で口を開いた。
見ると大学生が、俯いて胸を押さえている。
メロ姉さんも振り返って・・
「どうかされましたか?」
「大丈夫です。ちょっと車酔いしちゃったみたいで・・・」
バスは新穂高温泉口へ。
アタシはパパにLINEする。
『パパ、いま新穂高温泉口だけど、車酔いした乗客がいて大変みたい。
どうしたらいい?』
『そうか。
まずベルトとかシャツのボタンを緩めてあげなさい。
それから、ペットボトルとかがあれば、首の後ろに当てて冷やす。
あと、可能なら中尾高原口で降りて、休憩所で休むといい。
パパが薬を持ってそこまで行くから』
さすが、パパ。
少し落ち着いてきた大学生に話中おばさんが声をかける。
「どこまで行かれるの?」
「中尾高原口・・・」
「あら、私もよ。
降りたら安静にして。
『奥飛騨さぼう塾』で少し休ませてもらったら」
「私は中尾焼岳登山口だけど、一緒に降ります」
「そんな・・申し訳ないから大丈夫です・・・」
「そうよ、観光客でしょ?」
「いいんです。
バス停に着いたら連絡入れることになってるんで。
中尾温泉のペンションからお迎えに来てくれるそうだから」
「でも・・・」
「それじゃあとにかく、降りましょ」
【シーン2/中尾高原口・奥飛騨さぼう塾】
▪️SE/バスが発進して遠ざかっていく音
「みなさん、ありがとうございます。
だいぶん楽になってきました」
「よかったわ。
このあとペンションの人が来てくれるって」
「ほんとよかった。じゃあ私はちょっと急ぎますから」
「どこへ行かれるんですか?」
「橋を渡った向こう側の老舗旅館よ。
そこで仲居をしているんだけど、今日急遽欠員が出ちゃって・・」
「そうだったんですね。
それで電話を・・・申し訳ありませんでした」
「いいのよ、もう」
「まあ。そういうことなら急いでください。
ここは私がいるから大丈夫です」
話中おばさんが行ってからしばらくすると、パパが到着した。
ペンションのロゴが描かれたSUV。
「こっちです。わざわざすみません」
「大丈夫でしたか?」
「はい。あとちょっとだけ休ませてもらえれば復活できそうです」
「そうね。少し休んでからにしましょ。
私もそのあたり撮影してきたいし」
「オーケー。
じゃあ、私も今のうちにちょっと失礼して・・・」
▪️SE/携帯の発信音
『もしもし。あ、パパ?
もう中尾高原口?』
「林檎。私の可愛い一人娘。
そろそろパパに種明かししてもらってもいいかな〜?」
『おっと』
「おまえが最初からバスにのっとらんことはわかってたけどな。
いまどこにいるんだ?
っていうより、ペンションの、どこにいる?」
『まあ、そりゃバレるよね。
今、貸切露天風呂』
「ほう。なるほど。
じゃあ詳しい謎解きは、ここにいる彼氏にしてもらおうかな」
「え?」
『パパ!やめてよ!彼氏じゃないし!』
「きみ、名前は?」
「あ・・・り、理玖と申します」
「説明してくれるかな?
車酔いなんて・・全然大丈夫なんだろ(笑)」
「は・・・はい。すみません」
そう言って、理玖はあっさりと白状した。
アタシの計画を。
実はアタシと理玖って、元々SNSのバスマニア界隈で繋がってる。
福井に住んでる理玖は、ずっと高山の路線バスに乗りたがってたんだよね。
それも新穂高線一択。
濃飛バスの新穂高線は『一般路線』の皮をかぶった『超・重装備観光山岳路線』。
長尺ホイールベース、トップドア、ツーステップ仕様。
福井のように移籍車ではなく、プロパーの三菱ふそうエアロスター。
マニア垂涎の新穂高線。
今日、高山から路線バスの新穂高線に乗るつもりだったってワケ。
で、今朝、アタシはママと大喧嘩した。
からの、家出。
「そうだろうな、と思ったよ」
『え?なんで?』
「そりゃあ、私の娘だもの。DNAを受け継いでいる」
『意味わかんない』
「パパがミステリアンだって知ってるだろ」
『そうだった・・・アガサ・クリスティとか』
「このあとは自分から白状しなさい」
アタシはママと喧嘩したあとソッコーで高山へ。
午前中に高山濃飛バスセンターから新穂高行きのバスに乗った。
福井から高山へ来た理玖は、午後新穂高行きのバスに乗り込む。
理玖とは、バスの車中、LINEでずっとやりとりしてた。
最終的にはインフルエンサーの沙羅さんを、降りてから引き止めて、
ってお願いしてあったんだよね。
車酔いって、アドリブにしてはマジ、ナイスじゃん、理玖。
「やっぱり、彼女も林檎の仕込みか」
『仕込みじゃないし。
パパ、自分じゃなんにも気づいてないっしょ。
アカウントだってアタシが作ってからずーっと放置だし。
錫杖岳とか焼岳とかが目の前に広がる”絶景貸切露天風呂”。
標高1,100mの露天風呂からの”天然のプラネタリウム”。
ペンション周辺の絶景フォトスポット”北アルプス大橋”。
これ、マジで全部バズる要素しかないからね?
パパのペンション・シトルイユのこと沙羅さんにDMで話したら
めっちゃ興味持ってくれて。
ぜひ泊まりたいって、言ってくれたんだよ。
今日、ちゃんと予約入れてくれたの』
「そういうことか。
それで、林檎、お前の目的はなんだ?」
「だからー、パパのペンションがバズってほしいんだって。
そしたら・・・」
「そしたら?」
「パパ、今日なんの日か知ってる?」
「え・・」
「ほら、やっぱり忘れてる。
ま、いいけど・・・」
「お待たせしました〜」
「あ・・・お、おかえりなさい」
「すごいわ〜新穂高って!
橋の下に見えるおっきな露天風呂、混浴なんですって!
周りのビジュも映え映えじゃない!」
「そうなんですか。
僕もあとで行ってみます」
「さ、とりあえず、理玖くんも元気になったようだし、
このままペンションへ行こう」
アタシはドキドキしながらパパたちの到着を待った。
目の前にそびえる錫杖岳。
あたりをオレンジ色に染めて沈んでいく夕陽。
唯一無二のショータイムが始まった。
【シーン3/中尾温泉・ペンション・シトルイユ】
▪️SE/掛け流し露天風呂の音と虫の声
「パパ、結婚記念日おめでとう」
「林檎・・・おまえ・・・それは・・・」
私は、横断幕を張った貸切風呂でパパたちを迎えた。
「このために先に来てたのか・・・」
「話中おばさんがバスに乗ってきたときは焦ったわ〜」
「それな」
「まぎらわしい電話とかしてるから理玖に探ってもらっちゃった」
「バスの中を歩くのは楽しかったけどな」
「ねえパパ。どうせ、ママも呼んだんでしょ」
「ああ・・・めちゃくちゃ心配してたぞ。
林檎が失踪したーって」
「じゃあ、今晩は3人で貸切風呂に入る?」
「な、なにバカなこと言ってる!」
「ふふ・・。それより理玖にもお部屋用意してあげてね。
確かまだお部屋空いてたじゃん」
「もう準備してあるわ。
追熟したすくなかぼちゃも素焼きにしてあるから。
あとで理玖くんも一緒に食べよう」
さすがパパ。シゴデキ〜。
ほどなく、聞き覚えのあるエンジン音が近づいてきて、停まった。
ママのステーションワゴン。
ママ、横断幕見て、怒るかな。
いや、でもワンチャン・・・
貸切露天風呂から見える北アルプス。
シルエットの上に満天の星が輝いていた。
プラネタリウムよりもスケールの大きな夜空のスクリーンに。
アタシは星に願いをこめる。
いつかまた3人で・・・
最後まで『林檎失踪事件』をお読みいただき、ありがとうございました。
林檎が失踪した。
そう思って物語を追いかけていたはずなのに、最後までたどり着くと、少し違った景色が見えてきたのではないでしょうか。
今回の物語では、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』『オリエント急行殺人事件』という二つの名作ミステリーに、ささやかなオマージュを捧げています。
閉ざされた移動空間に集まる、一見すると関係のなさそうな人々。
そして、物語を語っている人物は、本当にすべてを私たちに話してくれているのか――。
ミステリアンの方に「なるほど、そういうことね」とクスッと笑っていただけたなら嬉しいです。
けれど、この物語で描きたかったもう一つの“謎”は、林檎自身の心の中にあります。
離婚して別々に暮らす父と母。
口では軽口を叩きながらも、林檎が本当に願っていたもの。
満天の星空に彼女が託した「いつかまた3人で……」という願いが、この物語の本当の答えなのかもしれません。
そしてこの物語は、ボイスドラマにもなっています。
「ヒダテン」で検索して、ぜひ公式チャンネルからお聴きください。
SpotifyなどのPodcastでも配信しています。
文章で一度“事件”を体験したあとに音声で聴くと、登場人物たちの何気ない台詞が、最初とは少し違って聞こえてくるかもしれません。
ぜひ二度目の『林檎失踪事件』にも挑戦してみてください。




