第8話 麗しのご令嬢
───ずっと夢を見てきていた。愛しい人にエスコートされキラキラ光るシャンデリアの下、一緒にダンスを踊る事を…小さい頃よく読んだお伽噺に出てくる王子様とお姫様のように幸せな時間を過ごす事を憧れていた…───
しかし…現実は物語とは違うのだと苦しくフィーリアは感じていた。
幼い頃からずっと大好きだったジークフリードに手を取られ一緒にダンスを踊る夢のような時間。それは、目の前にいる彼の目に自分が映っていて心もお互い想い合って彼自身もこの時間を幸せに感じてくれているのであれば、どんなに幸せだったであろうか。
(…ジークはどんな気持ちで私をダンスに誘ってくれたの?婚約者としての義務?責任?)
「初めてのわりにスムーズに踊れるんだな」
「…ダンスの練習は楽しくて好きだったから、講師の先生からも合格点を貰えていたのよ?ジークもとても上手ね。あまり夜会には行かないと話していたのに…」
「ダンスは昔から教え込まれていたからな。身体が覚えているんだろう。」
(…誰といつもダンスを踊っていたの?
……嫌だ…そんな事を気にして私…)
ファーストダンスを終えてフィーリアとジークフリードは休憩する為にホールの端に移動し、椅子にフィーリアを座らせてくれた。
「疲れてはいないか?」
「まだ…大丈夫だとは思うけど…緊張もあったし…少し休もうかしら…」
(……だからジーク、貴方は愛しい女性のもとへいっても大丈夫よ…って伝えた方が良い…)
そんな事を考えて口を開こうとしたフィーリアの言葉を遮るかのように声をかけられた。
「ジーク…あのね…──」
「お久し振りでございます。ジークフリード様。」
「カトレア嬢…」
そこに居たのは二人の令嬢を連れた一人の華やかな令嬢だった。
艶やかな蜂蜜色のブロンドは緩やかにカールし、茶色の少しつり上がった大きな瞳に、真っ赤な紅を差した口もと。
女性らしさを目立たせ身体のラインを際立たせたドレス。
(綺麗な人…)
フィーリアは、あまり他の貴族達との交流もなかった事から自分の容姿に対して世間の評判を知らなかった。家族や使用人達から可愛い・綺麗だと褒められてもそれは身内だからこその言葉だろうと本気で思っていた。
家にいた頃は着飾るよりも動きやすい服装を好んでいたし、化粧なども最低限で良いと言っていた。そんなフィーリアにミアを始め侍女達はもっと着飾らせたいと口々に言っていたのだが、着飾って出ていく場もなく、着飾る事よりも興味を惹く事が沢山あり着飾る事へあまり必要性を覚えなかった。
そして、社交界へ出て周りの着飾っている令嬢方の麗しさに自分にはない華々しさを感じたのだ。
「そちらの方には初めてお会いしますわね。ジークフリード様宜しければご紹介頂けますか?」
「…………。
自分の婚約者のウェストン侯爵令嬢であるフィーリア・ウェストン嬢です。
フィーリア、彼女は…」
「はじめまして。私リントン公爵の長女、カトレア・リントンと申します。お見知りおきを…」
「はじめましてリントン様」
フィーリアはドレスをつまみ礼をする。
「カトレアと呼んで下さいませ、私もフィーリア様と呼ばせて頂いてよろしいですか?
隣の二人は私のお友達のソニアさんとキリエさんですわ。」
「はい。こちらこそ宜しくお願い致します。」
「それにしても、お噂通りのお美しい方ですのね。ジークフリード様も水くさいですわご婚約を結ばれた方がいらっしゃるのであれば教えてくださいませ。宰相様のご令嬢様とも親しかったのですね。レオン様と親しくされている事は存じ上げておりましたが…」
「………急な事でしたので…お知らせする事が遅くなり申し訳ありません。
ウェストン家の二人とは幼馴染なのです。」
(こんな親しげに話すなんてとても親しい間柄なのね…ジークにしたら珍しい…そして、何よりお互いファーストネームで呼び合うなんて…)
フィーリアは隣で親しく話す二人を胸に苦しさを感じながらぼんやりと眺めていた。
「ジークフリード様。もし宜しければ次のダンス、いつものように一緒に踊って頂けますか?」
「…………それは…」
女性からの誘いを無下に断る事は女性に恥をかかせる事になるので貴族の紳士の間では良いこととされていない。しかし、ジークフリードは難色を示しているようにフィーリアには感じられた。
(断るなんて事をジークにさせてはいけないわ…しかも相手はジークの実家であるレイサレル家と同格のリントン家…)
「ジーク…私、少し疲れたのでこちらで少し休んでいるから大丈夫よ。カトレア様とお話も沢山あるでしょう?兄様方もこちらに気付けば来てくださると思うし…」
「フィーリア様のお心の広さ感謝致しますわ。」
「……………。
フィー。俺が戻るまで絶対にここを動かないと約束してくれ。」
「わかったわ。ここで待っている。だから私の事は気にしないでゆっくりとカトレア様をエスコートして差し上げて…」
ジークフリードは、フィーリアの言葉に難しい表情を浮かべながらもカトレアを伴ってダンスの輪の中へ入っていった。
カトレアがこの場を離れても側にいた令嬢二人がそのままこの場に残っている事にフィーリアは不思議に感じる。
「はじめまして。私ソニア・カルールと申します。そして、隣に居ますのはキリエ・コーニッシュ」
残っていた二人の令嬢はカルール侯爵家とコーニッシュ伯爵家の令嬢であった。レトリアル国の貴族にも家格の序列というものがある。相手より下の家格の者は相手が話すまで話すことはできない。そして、同格の者や上の者が紹介してくれるまで話すだけでなく名乗る事も控えなくてはいけないという暗黙のルールがあるのだ。
カルール侯爵家は、フィーリアのウェストン侯爵家より同じ爵位であっても家格的にはかなり下であった。しかし、ソニアは先に名乗り上げたのだ。
「はじめまして。フィーリア・ウェストンと申します。」
さらにカルール侯爵令嬢であるソニアは話を進める。その表情にはフィーリアに対して侮蔑を含んでいるように見えた。
「失礼ながらフィーリア様とお呼びしても?」
「ええ…」
「重ねて失礼ながら…これ以上愛するお二方を引き裂くような真似をなさるのはお止めになったほうが良いかと思いますわ。」
「引き裂く?」
「愛し合っていらっしゃるカトレア様とリトラル子爵様の仲をですわ。貴女がしゃしゃりでなければ今夜の舞踏会も誰にも気兼ねせずともお二方は仲睦まじくいらっしゃれたのに、ずっと貴女がリトラル子爵様を独占なさって…」
続けてコーニッシュ伯爵家令嬢であるキリエも口を開く。
「本当にお似合いのお二方ですのよ。
リトラル子爵様はあまり夜会へ出席されませんけれど、夜会へ出席された時は必ずカトレア様とご一緒にダンスを踊られるのですわ。そのお姿は物語の主人公のように美しくお似合いなのですわよ。」
二人の話にフィーリアは胸に突き刺さるような痛みを感じた。
ジークフリードの想い人は、カトレアなのではないかという考えが頭の中を占める。
「ここまで、言いましたらいくら世間知らずでお屋敷に閉じ籠りの見かけだけのハリボテな天使様でもご自分が邪魔者だとおわかりですわよね?」
「リトラル子爵様もお可哀相に、宰相様の策略で見た目だけのこんな野蛮な方と婚約を結ばなければならないなんて…いくら不遇の王子と呼ばれていてもそれでも政略にはもってこいなお方ですものね。」
「………っ!!」
フィーリアは今の言葉に頭に血が上った。今の言葉は自分だけでなく父親やジークフリードを蔑む言葉だったからだ。
「私の事は何とでも言っても構わないわ!
だけど、ジークや父様を侮辱するような言葉は絶対に許さないっ!!訂正なさって今の言葉をっ!」
「何を、偉そうにっ!愛されて婚約者になったとでも思っているの!?ご自分が野蛮人だと有名な事を知りもしないで、いい気にならないでっ」
そう言いはなったコーニッシュ伯爵令嬢のキリエは持っていたワインの入ったグラスをフィーリアに向けた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
そして、ブックマークもありがとうございます!
ようやく、お話の主となる登場人物が出揃ってきたでしょうか?
作者の覚書として…
追加の登場人物
セフィーヌ・レトリアル王太子妃(前ルーヴァンヌ国王女)
カトレア・リントン(リントン公爵家令嬢)




