第7話 社交界デビュー
フィーリアとジークフリードは王宮の舞踏会場となる大ホール前の扉の前で入場する順番を待っていた。
ここで待っているのはデビュタントである令息や令嬢と、エスコート相手の近親者や婚約者だ。
他の出席者はすでに中へ入っている。
入場したら、貴族達のどんな目に晒されるのだろうか…自分のデビューへ向けての勉強は足りなくはなかっただろうか…そんな考えがフィーリアの頭の中をまわる。今まで父親や母親の意向で他の貴族のお茶会などにもフィーリアは殆ど参加した事がなかった。それが何故なのかはフィーリアは知らされていない。あまり疑問にも思わなかったしお茶会に行って愛想を振り撒いているよりも、テッドに乗って遠駆けに行く事や侯爵家の護衛も兼ねる従者達と武術を学ぶ方がフィーリアにとっては楽しかったからだ。そんな理由から、大勢の貴族の前に出る事はフィーリアにとって初めてだった。そんな事をフィーリアが考えていると、先程まであまり感じていなかった緊張や不安が押し寄せてきて足が震えてきていた。そんなフィーリアに気が付いたジークフリードが声をかける。
「会場に入ったら周囲の事など気にしないで前だけを見ていろ。その為にエスコートがいるんだ。」
「え?あ…うん…」
その言葉にフィーリアは心強く感じるのと同時に今のデビューに対する不安の他に別の不安を感じた。
(この会場にジークと入った時から、きっと婚約した事を他の貴族に認識される。もう後戻りはできないんだ…ジークは本当にそれでいいの?)
フィーリアはそっと、ジークフリードから贈られた髪飾りに指先で触れるそれだけでも、今感じている不安が軽くなるような気がしたのだ。
ジークフリードとフィーリアの名前が呼ばれホールの扉が開かれる。
深く一礼をし、フィーリアが顔を上げるとジークフリードはフィーリアが手を重ねていた手を握り少し力を込めた。そして、足を進めていく。
方々から感嘆の声、賛美の声、それらに合わさるかのように蔑むかのような言葉をも聞こえてきた。
「あれが、噂のウェストン家の妖精姫か。噂通りの天使かと見間違えるほどの美貌であるな。」
「宰相殿もお人が悪いあのような美しい御令嬢を今まで表へ出さぬとは…」
「でも、美しいお姿に反してとても野蛮な事を好まれるとか…」
「使用人に混じって剣を振り回され騎士の真似事をなさってるそうですわ」
「それにしても、ウェストン家御令嬢のエスコートをリトラル子爵殿がなさるとは…」
「お二方は婚約なさったと、先日周知されましたな。」
「リトラル子爵殿がこのような社交場に出席されるのも珍しい」
「しかも、今夜は王宮での舞踏会だ。王族へ戻られるとの噂は真かもしれぬな」
「ウェストン侯爵も、レイサレル家と手を結ぶとは上手くやったものだ。」
(私の事だけでなく、父様やジークの事までこんな…酷い事を…)
次々と周りから聴こえてくる声にフィーリアは動揺を隠せないでいると手を重ねているジークの握る手にさらに力が入り。周りに聞こえないようにフィーリアに囁く。
「勝手に言わせておけ。お前は気にせず前だけを向いていたらいい。悪意のある言葉に振り回されていたら、社交界に出たら身が持たないぞ。かわし方も学んできたのだろう?」
「え…あ、わかっているわ。大丈夫…気にしない。」
フィーリアはジークフリードのエスコートで貴族達が両側に立ち並ぶ赤い絨毯を進んでいき玉座に座る国王陛下と王妃陛下の元へ辿り着く。
両陛下の傍には宰相でもある父親のジョゼフも控えていた。
拝謁の順番を待つ時、フィーリアはそっとジークフリードの事を伺い見た。ジークフリードはどんな感情も表情には浮かべず前を見据えていた。
(……ジーク…これから陛下方の前に行く事をどう感じているの?)
フィーリアがそんな事を考えているうちにフィーリアの番になりフィーリアは綺麗な所作でより深く膝を折り淑女の礼をとる。
「顔を上げよ。久しいなフィーリア。息災であったか?美しく成長したな。」
「勿体ないお言葉にございます。陛下ならびに王妃様におかれましてもご機嫌麗しゅう存じあげます。」
「本当に、美しく立派なレディなりましたね。幼い頃の貴女の面影は残っていますけど、カトリーヌにますます似てきて社交界を賑わせそうだわ。」
国王陛下や王妃陛下と語り合っているフィーリアに両陛下の傍に控えていた人物が声をかけた。
「久しぶりだねフィーリア。」
「王太子殿下。お久しぶりでございます。」
「いやだな、幼い頃と同じようにクリス兄様と呼んで構わないんだよ。本当に綺麗になったね。」
「勿体ないお言葉にございます。」
フィーリアは、優しげに話すクリストファー殿下の横で静かに座っている人形のような人物に目がいった。
絶世の美女と称えられている隣国のセフィーヌ王女。そして現王太子妃殿下である。
ジークフリードより一歳歳上である王太子のクリストファーは、少し赤みがかったブロンドに、緑色の瞳をした優しげな風貌であった。
そして、昨年開戦した戦で敗戦国となった隣国のルーヴァンヌ王国の王女であるセフィーヌ姫を妃として今年の初めに迎えた。王太子の隣に控えている王太子妃は銀色に輝く髪色を持ち紫色の瞳を持つ絶世の美女である。ルーヴァンヌ王国の王女であった頃から自他国含めて方々から婚姻を結びたいとの声があった事は有名な話である。
戦後、敗戦国でありながらレトリアル王国はルーヴァンヌ王国の国土を自国の領土とせず、そのままルーヴァンヌ王国の王太子であったセフィーヌの兄を王とする事、セフィーヌをレトリアル王国に嫁がせる事、そして今後不戦を誓う事を求めその案をルーヴァンヌ王国はのむ事を了承し現在の両国の関係性となっている。
その案はレトリアル王国の恩情であり、セフィーヌ姫は両国の懸け橋としてレトリアル王国に嫁いだ。しかし、体のいい人質だと揶揄する声もあった。
フィーリアが王宮へ上がる事がなくなってから国王陛下や、王妃陛下はもちろん王太子殿下と会う事は久しぶりであった。
懐かしむ両陛下や王太子殿下の様子からもウェストン家と王族との関係性が伺える様子である。
その時、国王がジークフリードへ目を向けた。
「ジークも久しいな。先の戦でのお前の功績は聞いている。功労会では話す時間も殆ど取れなかったからな。よくやってくれた。」
「直々の御言葉を頂きありがとうございます。陛下からは勲章も賜っておりますゆえ、重て感謝致します。」
フィーリアはそんな国王とジークフリードの会話を聞き親子であった頃を感じさせないジークフリードの返答にまた複雑な気持ちになった。
その時、宰相である父が国王達に声をかける。
「陛下、まだ控えている者達がいますのでそろそろ…」
「そうだな、フィーリアまた王宮へも顔を出しなさい。デビューおめでとう。今日は、楽しんでいきたまえ。」
「はい、陛下。ありがたいお言葉を頂き幸せにございます。」
「このデビュタントの証である花飾りを貴女にも飾らせてね。
デビューおめでとう。」
「王妃様ありがとうございます。」
王妃陛下から花飾りを贈られ玉座を後にする。漸くフィーリアと、ジークフリードがホールの端に移動しひと息つく。
周りの視線は相変わらずあったが、フィーリアは気にしない事に決めた。
「ジーク。今日は、エスコートをありがとう。無事に拝謁を終わらす事ができたわ。」
「まだ、デビュタントとしての役目は終わってないだろう?
次は、デビューして初めてのファーストダンスが待っている。」
「でも…ジーク…無理しなくともいいのよ?こういう周りの声や視線を避ける為にあまり社交場に出ていなかったのでしょう?」
「今日は、俺からお前のエスコートを申し込んだんだ。だから、俺の事は気にしなくともいい。」
「でも…」
その時、ジークフリードはフィーリアの目の前に手を差し出した。
「フィーリア嬢。ファーストダンスを自分と踊って頂けますか?」
そのジークフリードの言葉にフィーリアの胸は高まった。
素直に嬉しいと感じたのだ。しかし、このまま素直にジークフリードの誘いに頷いても良いのだろうかという不安もあった。
そっとジークの瞳を見詰める。そんなフィーリアに気が付いたのか目元を柔らかく細めるジークフリードの表情に、胸がトクンと波打ち何も偽らずにジークフリードの事を慕っていた幼い頃の情景が思い浮かび、その頃のまだ幼さを残したジークフリードと重なった。
これ以上自分の気持ちに抗えないとフィーリアは感じた。
それは、そんなジークフリードの表情もダンスへの誘いも嬉しくて嬉しくて堪らなかったからだ。
(勘違いしたら…駄目……。
だって…私達は政略結婚をするのよ。ジークには他に愛する女性がいるんだもの…
だけど…少しだけ…夢を見てもいいかな?今日は、一生に一度のデビューで、一度しかないデビュタントとしてのファーストダンスは好きな人と踊りたい。そんな、我が儘を言ってもいいかな…
今夜だけは…)
フィーリアはそんな想いを抱えながらジークフリードに向けて笑みを浮かべ手を重ねた。
「こちらこそ…お誘い頂きありがとうございます。ぜひ、ご一緒に踊ってくださいませ。」
少しだけ悲しみを隠した笑顔を彼に向けた。
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