第6話 王宮
『───ジーク…すまないな…お前の全てを守る力のない私を許してほしい…』
『自分で決めた事です。ですので父上が責任を感じる必要などないのです。父上には沢山の愛情を頂きました。なので…───」
─────………
ジークフリードが今朝見た夢は酷く懐かしい頃の夢であった。
そんな夢を久しぶりに見た理由は、あの場所へ久しぶりに足を踏入れる事になるからだろうかとジークフリードは感じていた。
「───……ジーク…?」
「え…?」
呼び掛けられて、ジークフリードは自分が物思いに耽っていた事に気が付く。
今は王宮へ向かう為にフィーリアと共にレイサレル家の紋章の付いた馬車に乗っていた。
未婚の男女が馬車とはいえ二人きりになる事はあまり好ましくはないが、婚約者同士という名目もありレオンから二人きりで話したい事もあるだろうとレオンの機転で、フィーリアのデビュタントのお付きとして王宮へ一緒に向かう侍女のミアは馬車の御者席へと座っていた。
ジークフリードの向かいの席で複雑な表情をしているフィーリアがいた。
「フィー?どうした?」
「あの…王宮に行く事…本当に大丈夫なの?」
「レオンが余計な事を言うから…
レオンにも言ったが、大丈夫だからお前のエスコートを願い出たんだ。
気にしなくていい。
それに、今さら気にする事もないしな。
そもそも、大丈夫でなければ王宮へ仕える騎士団になど入らない。」
「……ジークが大丈夫なら、私は何も言えないけれど…」
(ジークの過去……私は全てを知っている訳じゃない…でも、この国の貴族達は皆知っている事…───)
レトリアル王国の現国王には正妃の他に側妃が一人いた。過去形な訳は、側妃はもうすでに亡くなっているからだ。
ウォルター・レトリアル陛下がまだ王太子であった頃、兼ねてから婚約が交わされていたリントン公爵家の令嬢であるエリーゼ嬢との婚姻を控えている頃に王宮へ女官として仕えている少女と出逢う。
王族としての婚姻は国政にも関わる事とウォルターは理解はしていた。そして、幼い頃から決められていた婚約者を変える事など自分の一存では出来ない事も、受けいれ良き国を治める為にも良き関係を築き共に力を合わせていかなければいけない事も納得していた。
しかし、気持ちというものは理性をも越えてしまうという事をこの少女と出逢った時にウォルターは知ることとなる。
少女の名はアリア・リトラルといい、子爵家の令嬢であった。リトラル家は領地で大規模な災害があり、その復興の為に多大な借金を抱えていた。アリアは家を支える為に伝を頼り王宮で女官として仕えていた。子爵家の出でありながら女官を務められたのは、目を惹く美貌と、何より才に秀でている事を見出だされ異例の配属であった。
そんなアリアとウォルターは密かに恋に落ちる。
ウォルターは悩んだ。もう、すでに公爵令嬢であるエリーゼとの婚姻は準備も進んでおり後に引き返す事は出来ない。しかし、アリアの事を手放す事などどうしても出来なかった。
そして、王族のみに許されている側妃を持つ権利を使う事を決める。
アリアとの逢瀬を密かに重ねながら、予定通りエリーゼとの婚姻を結んだ。そして、成婚式から一年後王太子妃が懐妊したのち王子が誕生してすぐにアリアを側妃として迎える。
後にアリアに対しての寵愛はとても深いと方々から言われる事となった。そしてアリアが側妃として王宮へ上がって一年後にもう一人の王子が誕生したのだ。
ジークフリードはレトリアル王国の第二王子として誕生した。
アリアは産後の肥立ちが良くなくジークフリードを生んだ後から床に伏せる事が多くなった。そして、ジークフリードが四歳の時に身罷る事になる。
それから、すでに臣下に降下していたウォルターの弟であるヴィクター・レイサレル公爵に子が出来ないので跡継ぎにするという表向きの理由でジークフリードは十歳の時にレイサレル家の養子として、臣下に降下した。現在、ジークフリードが名乗っているリトラル子爵の爵位は、跡取りのいなかったアリアの生家のリトラル家から一度王家へ返還された爵位をレイサレル公爵家に譲渡されたのだ。
(……私が知っているのは他の貴族達も知っているような表向きの話だけ…私よりももっと幼い頃からの仲の兄様や、陛下のお側でずっと仕えている父様はジークがレイサレル家の養子に入った本当の理由を知っているのかもしれない…
でなければ、さっきの兄様の過剰な心配するような言葉に違和感を持ってしまう。そもそも、王家の第二王子が元王弟とはいえ臣下である公爵家に跡取りがいないからという理由で養子に入るなんて不自然すぎるもの…
昔はそこまで深く考えなかったけれど…改めて考えると違和感しかない。
ジークと王家に何があったのだろう…
私が覚えているのは幼い頃母様や兄様と一緒によく王妃様のお茶会へ招待され王宮の庭園でジークや今は王太子になられたクリストファー殿下と一緒に四人で遊んでいた想い出…その想い出の中には何も嫌な雰囲気なんてなかったような気がする…)
そんな事をぼんやり考えていたフィーリアにジークフリードは声をかける。
「フィー。俺の事は気にしないで今は、自分のデビューの事に集中していていい。」
「ジーク…ええ…そうね…
あと…あの…髪飾り…どうもありがとう…」
「たいした物ではないがな。」
そうこうしている時、馬車が止り外の御者から合図があった。
「ジークフリード様、王宮にお付きでございます。」
「扉を開けてくれ。」
御者が馬車の扉を開け、ジークフリードが先に馬車を降りる。
そして、まだ中にいるフィーリアに向かって手を差し出した。
「フィー、おいで。」
──トクン……
そのジークフリードの言い方は幼い頃フィーリアによくかけてくれた言い方と何も変わっていないとフィーリアは感じた。
───……
『フィー、こっちにおいで。』
『ジーク、待って…』……───
フィーリアの胸が波打つ。
あの頃からジークフリードに抱いていた想いが閉ざして鍵をかけた箱から溢れてしまいそうになるのをフィーリアはグッと抑えた。
フィーリアは、ジークフリードが差し出した手にそっと自分の手を重ねた。そして、ゆっくりと馬車を降りる。
馬車を降りて目の前に聳え立つのは重厚できらびやかな作りの王宮であった。
もちろん自分のデビューへの緊張もフィーリアは感じていたが、この王宮で今夜、集まった人々のどんな思惑が広がっているのだろうかと…フィーリアの胸の中に不安が広がった。
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覚書
ここまでの主要登場人物。
ウェストン侯爵家
フィーリア・ウェストン
レオン・ウェストン(侯爵家嫡男)
ジョゼフ・ウェストン侯爵(宰相)
カトリーヌ・ウェストン侯爵夫人
レイサレル公爵家
ジークフリード・レイサレル(リトラル子爵&公爵家嫡男)
ヴィクター・レイサレル公爵(王弟)
公爵夫人はまだ出ていませんが後程登場予定
王家
ウォルター・レトリアル国王陛下
エリーゼ・レトリアル王妃陛下(正妃&婚前リントン公爵令嬢)
クリストファー・レトリアル王太子殿下
故 アリア・リトラル側妃(婚前リトラル子爵令嬢&ジークフリードの実母)




