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黒き獅子は天使に愛を乞う  作者: 一ノ瀬葵
本編

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第73話 課せられた罪への償い

 ───あれから数ヵ月後……


 王都から馬車で二週間近くかかる辺境の土地には表向き王族の保養地とされている場所に真っ白な館が建っている。その建物を知っている者達からは『白の館』と呼ばれていて、館の周囲は背の高い頑丈な鉄の柵で囲まれており、ここは重大な罪を犯し王族から除外された者が生涯幽閉される場所である事はレトリアル王国の一部の人間しか知らない。


 この白の館からは数ヵ月前から綺麗な歌声が毎日聴こえてくるようになった。

 今日もその歌声が聴こえ、その歌声は一つの窓辺から聴こえてきていた。その窓辺では銀の髪色の人形のように美しいお腹の大きな女性が椅子に腰掛け外を眺めながら歌を口ずさんでいた。


「その歌はなんという歌なのだ?」


「……………………。」


 その女性は問い掛けてきた相手を一度見詰め、また外へ視線を戻す。その顔に表情は全くなかった。


「………本当に人形のようになってしまったのだな…セフィーヌ……」


 大分お腹が大きくなったセフィーヌはあの一件から言葉を発する事がなくなり、表情も無くしてしまっていた。時折何かを思い出したかのように泣き叫んだり、静かに涙を溢す事もあった。

 それでも気分が落ち着いている時はこうして歌を歌うような姿が見られるようになってきていた。

 そんなセフィーヌの傍らには利き腕が使えなくなったクリストファーが利き腕ではない手でセフィーヌへ手を貸すような姿が見られていた。



 ───あの日……クリストファーへ剣を振り下ろしたジークフリードはクリストファーの利き腕の腱を断ち斬り、命を断つ事はしなかった。


『ぐあっっ………

 ……っ!…な、何故…私を…殺さぬ…?』


『………死など…一瞬の苦しみでしかない……

 もっと…苦しみながら兄上は生きなければいけない…

 利き腕は…貴方が傷付けた者に対しての枷です…腱を断ったので生涯利き腕を自由には使う事は出来ないと思います。

 それが、俺が兄上に課す処罰です……

 不自由な中でも生きてください…そして…これから生まれる兄上の子どもが笑顔で過ごせるような…兄上がずっと求めていた家族を築く事が貴方の罪に対する罰であり、貴方が罪を償う為の試練です……

 兄上の子を兄上や俺のようにしてはいけない…兄上の全てで愛してあげてください…』


『お前は……何処までも甘いな……

 それに…私は兎も角……お前は愛されて育ってきたであろう…』


『……いえ…俺は何処までも貪欲なのです…

 俺は貴方からも兄弟としての愛情が欲しかった…』


『……………………たよ…』


『え……?兄上…?』


 ────大切であったよ…

 大切で愛しい弟であった……


 ただ…素直に表現する事が出来なかったのだ───……




「今日は……こちらは良い天気だが……王都(あちら)の天気はどうなのであろうな…?

 今日は…立太子任命式と、同じくして漸く二人の婚姻式なのだそうだ…」





 同じ頃……王宮の大ホールでは臣下から再度王族へ戻った、ジークフリード・レトリアル第二王子の立太子任命式が厳かに執り行われていた。

 その場には国中の貴族達の姿があった。

 しかし、リントン公爵家は反逆罪を課せられ取り潰しとなり、牢獄にはリントン公爵とその息子であるフェルナンデスが捕らえられ、夫人と娘は夫人の実家へ身を寄せておりこの場にはいなかった。そしてクロウド公爵家もクロウド公爵が役職を下り、長男へ爵位を譲り、夫人とそして三男であるジェストと共に領地に下がっているためこの場にはその三人もいなかった。

 ジェストはあの日ロッソの手早い応急処置のおかげで一命は取り留めたが、その時の傷のせいで声を失う事となった。本来であれば極刑になるはずであったが、父親の行動と国王とジークフリードの温情で、領地から生涯出ない事を条件に極刑にはならず、家の取り潰しもなかった。

 そして、王妃陛下はあの日の後、人の目がなくなったすきに隠し持っていた毒物で自害している姿が見付かった。


 そんな状況にその一件を知っている者達は複雑な心境のまま、今日のこの日がやってきた。



 王宮の一つの部屋では真っ白なドレスに身を包んだ花嫁が侍女から仕上げをしてもらっていた。

 大ホールから聴こえる大きな拍手の音がこの部屋に聴こえてきた事に花嫁は音の聴こえる方を向く。


「フィーリア様も任命式に出られたかったでしょう?」


「………ええ…でも私は準備もあるから…」


 フィーリアはぼんやりとジークフリードを立太子する事を重役達に国王が伝えた日の事を思い出していた……────


 ジークフリードはまだ目覚めて間もなく傷口も塞がっていない状態で侍医からは無理は出来ないと言われていたが、これ以上この件を先伸ばしにする事も出来なく、無理を押してあの場へ出ていったのだ。

 そして、その場で起こった事をフィーリアが聞いたのは後になってからであった。

 ジークフリードが滞在している王宮の部屋で心配と不安な気持ちを募らせながらジークフリードが戻る事を待っていたフィーリアのもとへ戻ってきたジークフリードの様子は何時もと違っていた。

 ジークフリードを連れてきたレオンやロッソは何かを言いたげな表情をしていたが、ジークフリードには何も言わずレオンはフィーリアに声を掛けた。


『フィー、ジークの事を頼んでいいかい?』


『ええ、それは勿論だけれど…何かあったの?

 それに…グレゴール様と、ジークも…この血痕って…もしかして、ジークの傷口が…?』


『ジークの血ではないから大丈夫。ただ、無理をかなりしたと思うから、ジークの傍についてあげてゆっくり休ませてあげて欲しいんだ。』


 そう言ってレオンとロッソは部屋を後にして部屋にはフィーリアとジークフリードが二人きりになった。

 部屋の長椅子に俯いて座っているジークフリードのもとへフィーリアは急いで近付き声を掛ける。


『ジーク…椅子ではなくて楽な格好に着替えて寝台で横になった方がいいわ。』


『………………。』


 フィーリアはジークフリードの横に座り手を握る。


『ジーク…話したくなければ無理して話さなくてもいいの。だけど、無理だけはしないで…』


 フィーリアはその瞬間ジークフリードに抱き締められていた。


『ジーク…?』


『………俺は、兄上に剣を向けて腕を使い物にならなくした…

 俺がそんな事をしていい権利などないのに、俺は自分の事を何様だと思っているのだろうか…周りから王太子はお前だと言われて自分の事を傲っていたのだろうか…

 こんな俺が…民を守り導いていく役目を果たせるのかわからなくなった…』


 自分の行いと様々な感情に押し潰されてしまいそうになっているジークフリードの姿にフィーリアは心が苦しくなる。

 急激に自分を取り巻く環境が変化した事に気持ちが追い付いていけていないのはジークフリードも同じであったのだと思い、フィーリアはジークフリードの背中に回した手に力を込めた。


『もし…ジークの事を周りの人達皆が敵意を向けても私はずっとジークの味方よ?

 ジークが戦わなくてはいけないのであれば、私も一緒に戦うわ…

 ジークがなにかに躓いてしまったなら私がジークの事を手を取って起こしてあげる。ジークは一人じゃない…私がずっと傍にいるから、だから一人で抱え込まないで…弱音をこれからも溢してほしい…私も一緒に考えていくから…』


『フィー…』


『ジークは今までもどんな困難な事も自分の力を信じて努力して乗り越えてきたでしょう?私もジークの力を信じているし、陛下や父様に兄様…それに今までジークを支えてくれた方達もそんなジークをみてジークの事を信じているわ。

 だから、一つ一つ一緒に乗り越えていきましょう。ジークならきっと出来るわ。』


『ありがとう…フィーが俺の隣に居てくれて良かった…』


 それから、その日に起こった事をジークフリードはフィーリアへ話してくれた。

 その後、父のジョゼフや兄のレオンからもジークフリードの行為はあの場で国王に許可も取ったうえでの行動であったから咎められないと聞きフィーリアは安堵した。

 その後、立太子に向けて様々な手続きや再度学ばなければならない事にジークフリードは追われるような毎日を送った。

 それに合わせてフィーリアもジークフリードの立太子任命式の日と同じくして婚姻式を行うという、王族の婚姻式では準備期間が異例の短さで、その中で足りない王妃教育や準備に追われる事となった───……


 そして、今日この日を迎えることとなる。


 フィーリアが鏡に映る自分の姿に目を向けた時、にこやかなミアの声が響いた。


「フィーリア様…お綺麗でございます」



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