第72話 刑の執行
この回のお話には残酷な表現が含まれるので苦手な方はお気をつけください。
───カツンッ……
クリストファーが前へ一歩足を踏み出した靴の音が部屋に大きく響き渡った。
その瞬間レオンとロッソがジークフリードの前へ出る。
クリストファーがジークフリードに危害を加えるのではないかという危機感を二人が感じたからだ。
「へぇ……レオンはもう次代の王へ忠誠を誓ってジークの『剣と盾』になったのかい?」
「……クリストファー殿下そこを動かないでください。」
───カツンッ……
「それ以上ジークへ近付くのであれば、僕は貴方に刃を向けなくてはいけなくなります。」
───カツンッ……
「殿下っ!」
レオンは己の帯剣している剣の柄に手を伸ばそうとした時ジークフリードの手がそれを止めた。
「レオン大丈夫だ。」
「ジークっ!何が大丈夫なんだよ!?お前は今、本来の力の半分も出せないような状態なんだぞ!?
ここまでクリストファー殿下に裏切られて、まだ慕っているというのか?」
「………それでも俺にとっては血の繋がった兄なんだよ。お前にとってのフィーのように…
裏切られたとしても、それでも信じたいという気持ちを消す事が出来ないんだ。」
(……俺に対して兄弟の情なんてものが兄上にはなかった事もわかった。兄上は俺に対して憎しみしかなかったとしても俺は…)
クリストファーはジークフリードの前まで来ると笑みを深めた。
「ジーク…お前がそんなにも私の事を慕ってくれていたとはね…
そうだ…ジークはずっとジェストと話をしたかったのではないかい?ジェストとこの場で話したらいい。王族を殺害した者は極刑だ。すべて雇った者にやらせていたとはいえ、黒幕であったジェストの罪が軽くなる事はない。首を落とされる前にジェストの真意を聞いたらいい。
グレゴール侯爵、そなたがジェストの猿轡を外してくれないか?そなたの実力があれば、何か起こっても対処できるだろう?」
「……………………。」
ロッソはジークフリードに視線を送る。
「団長…外してもらえますか?」
「………わかった…」
ロッソがジェストの猿轡を外した事を確認するとジークフリードはジェストへ言葉を掛けた。
「ジェスト…今は俺よりもお前の父親であるクロウド公爵に何か言いたい事があるのではないか?」
レトリアル王国の重役の一人でもあるジェストの父クロウド公爵は同じ部屋で今までの様子を黙って見ていた。ジェストが捕らえられた事、今までのジェストが起こした事の報告を受けたのは三日前の事であった。
「ジークフリード様、私はこの者の言い訳など聞きたくはありません。
公爵家の息子として生まれたのにも関わらず、公爵家の子息という自覚がないまま成人しても我が家で所有している爵位を継がず、結婚もせず、騎士団での役職も全て断り続け、私や兄達を支えようという姿すらなかった。その行動へ対しての苦言すら聞く耳も持たなかった。
そして、それだけではなく王妃陛下へ懸想し、悪意を止めるどころか自ら進んで画策し、ましてや自分が護るべき貴方の暗殺を企てるなど…我が家の恥でしかない。
………しかし……そんな愚かな人間だとしても私の息子である事は変わりないのです。
我が公爵家の爵位や領地を没収されても構いません…私の役職も返上致します。しかし…この者の命だけは……助けてはくださらないでしょうか…?陛下…ジークフリード様…こんな愚かな罪深い人間である事は承知しております。ですが…」
クロウド公爵は外聞など気にする事もなく膝を付き、頭を床に擦り付けるように国王やジークフリードへ懇願した。
その姿を黙って見ていたジェストはポツリポツリと言葉を発する。
「父上…やめて…ください……そんな事を私の為にしないでください…
全ての責任は私にあるのです……調子の良い事を申している事は理解しております。しかし、私は命しか償えるものは持ってはおりません…それで償えるとも思ってはおりません…
ですが…父達家族は関係ありません…家族だけは巻き込みたくはない…お願い致します……」
そんなジェストへジークフリードは言葉を掛ける。
「ジェスト…もう一度聞いてもいいか?
何故、お前の手で俺を殺さなかった?」
「………王妃陛下の憂いを晴らしたかった…それだけでありました…
王妃陛下を苦しめている存在である貴方を疎ましいと感じておりました。
しかし…私自身は貴方の事を憎んではいなかった……貴方のお姿に慈しみたいとも思っておりました…
だから…直接手を下せなかった……
アリア様が亡くなる前に床に伏せっていた貴方を自ら手にかけようと一度はしました。
しかし、貴方の……私を呼び止める声に……」
………────短剣を持ち四歳のジークフリードが風邪で寝込んでいた寝台へジェストが近付き短剣を振り下ろそうとした時…
『……ジェスト…?』
『……っ!!
…………な、なんでしょう……殿下…?』
『一人で…居たくない……
傍に……居て……ほしい…んだ…
どこへも…行かないで…』
『………っ……………
大丈夫です…私が……ずっと……お側に付いております…』
それ以上ジェストは行動に出る事は出来なかった───……
「しかし……このままエリーゼ様の壊れていく様子も見ていられなく…
人を使う事にしたのです……そして、あの日説き伏せた平民出のメイドを使って貴方が好んでいた果実水へ毒を仕込んだのです…
それからも…使う人選にリントン公爵も手を貸してくれ何度も人を使い貴方を狙いました。
私の行動が矛盾している事はわかっておりました…それは貴方が臣下へ降下した後も続き今に至っております…」
ジェストはずっと苦悩していた。自分を頼る小さな存在に慈しむ感情を感じながらも…勝ってしまったのは愛しい相手の憂いを晴らしたいという捻れた感情…
「……ジェスト……昔……ウェストン家へ浮浪児を使って忠告文を投げ入れたのはお前か…?」
「…………せめてもの…償いでした…
貴方が何よりも欲し大切にしている存在がフィーリア嬢である事は幼い貴方の護衛を務めている時からわかっておりました。
そして、クリストファー殿下が同じようにフィーリア嬢を求めている事も知って……貴方が寄宿学院へ入学しフィーリア嬢の傍に居られない事がわかり…宰相殿であればあの忠告文に何かしら気が付くと思ったからであります。」
ジークフリードは目の前にいる自分に対して悪魔になりきれなかった人間を見て様々な感情が綯い交ぜになったような感覚を覚えた。
「そうか……」
そんな二人の会話を聞いていたクリストファーはさらに笑みを深める。
「本当に優しすぎる人間ばかりだね…
ジークそんな事で、冷酷さも必要なこの国の王になれるのかい?
自分に近しい相手を冷静に公正に裁けるのかい?
お前が一番憎い相手はこの目の前のジェストなんだろう?
アリア様を亡き者にし、フィーリアを傷物にされ…
それでもこの愚かな人間を許すのかい?
それともあんなにも暗殺者を殺しておきながら刑を執行する事が怖いのかい?
それならば、代わりに私が執行してあげよう。」
その言葉と同時にクリストファーは隣にいたジェストの首を隠し持っていた短剣で切り裂きその場に血飛沫が飛んだ。
そのクリストファーの行動にその場にいた者達の思考が一瞬止まった。
崩れるように倒れたジェストの傷口を傍にいたロッソが圧迫し止血する。
「おいっ!!誰でもいいっ!誰か早く侍医を呼んでこいっ!!
貴方はっ……何を…?」
「この者が一番の悪の根元だろう?
この者が母上を悪事に誘わなければ、そもそもこんな事にはなっていなかった。
アリア様も死なず、ジークお前が臣下へ降下する事もなく…、全て良い方向に回っていたのかもしれない…
そして、私が今ここで手を汚す事もなかったかもしれない…
さあ、ジーク…どうする?罪状の出ていない人間でしかも公爵家の人間を国王陛下の前で血を流させるという重大な罪を犯した私をどう処罰する?」
「………陛下…
…いえ……今はあえてこう呼ばせて頂く許可をください。
父上……抜刀の許可を頂けますか?」
ジークフリードは静かに立ち上がり椅子に立て掛けておいた自らの剣を手にし、クリストファーを見据えたままウォルターへ言葉を発した。
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