第70話 手引き
国王陛下からレトリアル王国の重役達へ重要な勅令があると召集があったのはジークフリードが目覚めてまだ三日しか経っていない日であった。
ジークフリード自身の傷もまだ塞がっておらず、陛下の前であったが椅子が用意されそこに腰かけていた。
普段はこのような場に来ることのないジークフリードの姿に集まった者達のざわめきは収まる事はなかった。
集まった者達を見渡しジークフリードは胸中に嫌な感覚を覚え、後ろに立つレオンへ小声で言葉を掛ける。
「リントン公爵はどうした?」
「実は…ここ数日御前会議にも出席していないんだ。邸へ公爵の在宅を確認すると、領地にいるという返答しかないが…違和感が残っている。」
「兄上の所在の確認は取れているのか?」
「昨夜までは白の塔に居る事は確認している。今朝はルークが確認しに行っているが…報告がまだなんだ…」
ジークフリードは顔をしかめると、近くにいたロッソにも言葉を掛けた。
「団長、ジェストの所在はどうなっています?」
「ジェストも同じだ、昨夜までの牢での様子は確認済みで、今朝はユーゴが確認しに行っているが…」
「……まだ、戻って来ていないのですね?」
「ああ…」
「まずいな…やはり第一王子派の人間がこの異変に気が付かない筈もないし、同じくして行動に出るつもりかもしれない。最悪、内乱へ発達する可能性すらある。」
そうしているうちに、ウォルターとジョゼフが入室し部屋の中にいる者達が皆いっせいにそちらを向き最上級の礼をとる。同じようにジークフリードも椅子から立ち上がり礼をとる姿にジークフリードの怪我を知る者は皆心配な表情を浮かべた。
「皆、楽にせよ。
後、リトラル子爵は傷を負っている為にこの場で座らせる指示をしておるので座って話を聞いて貰う。
リトラル子爵早く座りなさい。傷口が開きかねない。」
「お気遣い頂きありがとうございます。御前失礼致します。」
ジークフリードが座った事にウォルターは小さく息を吐いた。
「本日皆に集まって貰ったのはクリストファー王太子の事で報告があるからである。
クリストファーは自分の私欲の為に隣国のイーサン皇国へ挑発を繰り返し我が国との関係を悪化させ、戦へ繋がる一歩手前となるような重大な事を起こした。
よって、国王の沙汰としてクリストファーを廃太子とする。」
ウォルターの言葉に重役達からざわめきが起こる。
「そして、次の王太子として任命する者であるが、継承順位から考えまた今回皇国まで出向きイーサン皇帝との話し合いで戦を回避することを約束させた功績も評価し、私の血をひくジークフリード・レイサレルを臣下から王族へ戻し王太子へと任命する事とする。」
次のウォルターの言葉にさらにざわめきが大きくなった時、部屋の扉が開いた。
「陛下、恐れながらその事案への勅令は待って頂きたい。」
声の主はリントン公爵であり、クリストファーとジェストを連れて入室してきた。
「陛下、同じ貴方の血を継ぐ王子であるのに、クリストファー殿下には厳しいのではないですか?
クリストファー殿下はこのジェスト・クロウドに操られていたとは考えられなかったのですか?ジェスト・クロウドは今はクリストファー殿下付の護衛騎士でありますが、以前はそちらにいらっしゃるジークフリード様付の護衛騎士でありました。
こうなるようにさせられて殿下は事を起こしてしまったのではないでしょうか?」
そのリントン公爵の言葉にざわめきがさらに大きくなった。
……───時間は遡り三日前の夜中に白の塔に幽閉されているクリストファーを訪ねたのはリントン公爵であった。
リントン公爵の傍には現在白の塔の監守を行っている近衛騎士ではなく、クリストファーもよく知っている第一王子派の近衛騎士数人に変わっていた。
『お前は…ここに入る許可を誰から貰ったのだ?』
『それは、リントン家の裏の力とだけお伝えします。
後、黒獅子がしぶとくも意識が戻った事もお伝えしましょうか。』
『…………そうか……まぁ、そうであろうとは思ってはいた。
それで、罪人として捕らえられている私に何の用だ?
もう、私はお前に得のある存在ではないのではないか?』
『何を仰有います。その言い方では私が自分の得の為に殿下に接してきたみたいではないですか?
私は可愛い妹である王妃陛下の実子で私の可愛い甥である貴方には幸せに過ごして頂きたいだけにございます。』
『その妹である母上も捕らえられているではないか…
ジェストが一人でああまでも巧妙に暗殺を企てられる訳がない事には私は気が付いている。力を持っている者が手を貸していると思ってはいるが、それはクロウド家の力とは考えられない…そうなれば手を貸していたのはリントン家…であるのだろう?』
『何の事でしょう?』
『私の前で偽らなくともよい。巧妙に隠してはいたが、暗殺に手を染めていた平民出の王宮に仕えていた者達は皆、お前達派閥の者の紹介であった。
それに、ハーバー医師はリントン家が懇意にしている医師であるだろう?』
『それは…気のせいではございませんか?
全てはジェスト・クロウドが勝手な思い込みで企てた事であると…
これで、クロウド家は最悪取り潰し、良くて領地没収…
そして、黒獅子は貴方に皇国への私的な挑発などという罪を被せ陥れようとし謀反を起こそうとした反逆罪、不敬罪に問われ極刑…レイサレル家も没落。
それに手を貸したウェストン家も取り潰し。宰相とその嫡男は失脚。
黒獅子の思惑に乗り罪なき王族を罪人として幽閉の許可を出した国王は責任を取りその座を退く。
こんなシナリオはどうでしょうか?
貴方には必ず玉座に座って頂かなくてはいけないのですよ。
私の代でリントン家を落ちぶれさす訳にはいかないのです。
最高の舞台が整いましたらお迎えにまいりますので。』
『………内乱を起こすという事か?』
『内乱など起こさずとも、上手くおさまりますゆえ…
ああ…貴方が好んでいたフィーリア嬢ですが、ウェストン家が取り潰されれば妃として王家へは上がれませんが、まぁ…妾のように貴方のお身体の世話をする女人としてなら連れてまいる事はできますよ。』
『………………。』
そうリントン公爵は笑みを深めクリストファーへ礼をし、部屋から出ていった。──……
そして、今日リントン家の者が周囲を囲む監守を抑え、クリストファーとジェストを牢から出しリントン公爵は二人をこの場に伴って現れたのだ。
全ての罪をジェストへ擦り付ける為にジェストは猿轡に後ろ手を縛られるというまだ判決も出ていない中、屈辱的な姿で人前へ出された。
「リントン公爵…罪人であるかもしれない者を許可なく勝手に出すなどどういう了見でありますか?」
「宰相…公平さを欠いた貴殿には何も言われたくはない。
先程も言ったが…陛下が今日仰有られたような皇国への行いをクリストファー殿下自らの意思で行ったという証拠はあるのか?
いくら殿下の手の者が行ったとはいえその者が勝手に行ったかもしれぬし、そこにいるジークフリード様がその者を操り殿下へ罪を被せようとしているのかもしれないのだぞ?ましてやその者は黒獅子に首をはねられ、死人に口無し状態だ。それならば自分の思い通りの理由を付けられるだろう。
貴殿もそんなに、玉座に座る人間の傍に居続けたいのか?
傷物の娘を黒獅子へ宛がい、さらに謀反に加担するなど恐ろしい…権力に溺れてしまったという事か…」
「………リントン公爵…本気でそのようにお考えなのですか?」
「私は貴殿ではないのだから真実しか話しはしない。
実の兄に罪を被せ冤罪であるのにもかかわらず、王太子の座まで奪うとはさすが黒獅子でございますな。このように公平で慈悲深く王太子の鏡とまで言われるこのお方にこのような屈辱的な扱いをするとは…
それに陛下、王妃陛下も幽閉しているのはいかがなものか…
ここにいるクロウド家三男のジェスト・クロウドが思い込み勝手に動き回っただけであるのに、王妃陛下をアリア様毒殺の主犯などと…万が一主犯だとしても、たかが愛妾一人の命ではありませんか…?愛妾一人が昔に死んだとすれ、今更国母を幽閉とはお気は確かでしょうか?愛妾の子へ暗殺を仕向けたとはいえ黒獅子は生き延びているではないですか?そんな子ども騙しのような暗殺とも言えないような行動で…民から国母を奪うのですか?」
リントン公爵が語った侮辱としか思えない言葉にレオンやロッソは苛立ちを隠せなかった。
ウォルターとジョゼフにヴィクター、そしてジークフリードは感情を顔に浮かべる事をせずリントン公爵の言葉を黙って聞いていた。
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