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黒き獅子は天使に愛を乞う  作者: 一ノ瀬葵
本編

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第44話 独占欲

 夜会でのカトレアの騒動の後、フィーリアとジークフリードは帰る為馬車に揺られていた。

 そして、フィーリアは数日前を思い出す。ジークフリードが今日の夜会の事を伝えに来てくれた日を──………



 数日前ウェストン邸のエントランスホールへフィーリアは急いで向かった。


『ジーク!急にどうしたの?』


『フィー突然訪れてすまない。頬の痣、大分薄くなったな。』


『来てくれるのは構わないけれど、父様と兄様はまだ帰っていないわよ?』


『今日はフィーへ伝えたい事があったから来たんだ。』


『私に?』


 フィーリアはジークフリードを応接室へ案内するとフィーリアの前にジークフリードは一通の封筒を出した。

 フィーリアは見覚えのある封筒(それ)にジークフリードの顔を見る。


『これは…』


『レオンから知らせて貰ったお前の家の影からの報告書だ。』


『私も中を見ていいの?』


『ああ、お前が中を確認してから本題を話す。』


 封筒の中の文書には、平民で商人をしているという男の名前と、貧しい家の娘二人の名前。そして、ある(こう)の名称が書いてあり、最後にロイスター伯爵邸での夜会の日時が記されていた。


『これは…』


『カトレア嬢が命じた彼女付きの従僕の最近の動きだ。

 恐らく、この夜会で俺の事を罠に嵌めるつもりなのだろう。』


『罠…って…この(こう)は…』


『催淫剤が含まれる(こう)だな。

 彼女が仕掛ける罠にあえて嵌まってみようかと思う。』


 フィーリアはジークフリードの言葉に耳を疑った。

 ジークフリードを不安気に見詰めると笑みを浮かべたジークフリードがフィーリアの隣へ移動し優しく頭を撫でた。


『罠に嵌まるといっても形だけだ。途中まで嵌まっている芝居をして、彼女の策略の証拠を掴み本人へ暴き、リントン公爵への牽制に使う為だ。

 それに、この類いの薬や毒物が俺には効かない事はフィーもよく知っているだろう?

 だから、今回の夜会は俺一人で向かおうかと思ってな。』


『私も一緒に行く!』


『フィー?』


『私の事を置いていかないで!隣を歩きたいって言ったでしょう!?だから…』


『危険が伴うかもしれないんだぞ?それでも同じ事を言うのか?』


『ジークが一人で行くなんて絶対に嫌!

 しかも、こんな効能のある(こう)を使用する場なんて、私だってウェストン家の娘よ?様々な薬物の耐性はついているわ。』


 フィーリアの胸の中は不安でいっぱいであった。

 (こう)の事もそうだが、策略を考えているというカトレアと会わせる事が不安で仕方がなかった。

 ジークフリードはそんなフィーリアの様子にしぶしぶ首を縦にふった。


『フィーリアも耐性をつけている事は知っているが念のため中和剤を必ず服用する事が条件だ。あの効能は女の方がより強く症状が現れやすいからな。後、こちらがカトレア嬢の策略の事を知っていると悟られないよう気を付ける事。』


『わかったわ』


 ジークフリードはフィーリアを見詰めるとギュッと抱き締めた。


『フィー…俺が罠に嵌まらないか心配だったのか?』


『え?あ…それは…ジークが失敗するとは思っていないわ。

 だけど…』


『俺は…フィーしか見えていないから心配しなくともいい。』


『うん……』


 《失敗する事が心配ではないの…カトレア様とジークを合わせる事が不安なの。だって──……》


 ────…………


 ガタガタと揺れる馬車の中でフィーリアはジークフリードの顔を見詰めた。


(今日の事を聞いたあの日、不安だったのは…ずっと気が付いていたから…カトレア様が本気でジークの事を想っていることを…

 ジークには誰も近付かないで欲しいと願う自分がここにいる…そんな事は無理なのもわかっているけど…

 そんな真っ黒な気持ちが怖くて…苦しい…そして、こんな事を願う人間だってジークには知られたくない…幻滅してしまったらどうしようだとか不安が尽きないから…

 二人きりになんかしたくなかったけど、どうしてもあの時ジークの傍にいることが出来なかった…

 私…前よりももっと…)


「フィー?」


 ドキンッ!!──


 フィーリアは急にジークフリードから名前を呼ばれて心臓が痛いくらい鳴った。


「な、何っ!?」


「さっき……どうして部屋を出て行くだなんて言ったんだ?」


「えっ!?そ、それは…」


「それと何かあったのか?ずっと、表情が強ばっている。」


「な、何でもないの!それより、どうしてカトレア様の処遇をリントン公爵へ任せたの?フェルナンデス様の時のように偽って裏から手を回すかもしれないでしょう?」


「断罪だけが目的ではないからな。俺はリントン公爵の思惑を知りたいと思っている。その為には、その対応によってわかるだろう。

 それに、親の情が子へあまりないという事はなんとなくわかってはいるし、それも含めて判断するにはこちらから処遇をこうして欲しいと求めるよりも任せてしまった方がよりリントン公爵という人間を知る為にはいいと思ったんだ。」


「そうなの…」


「それよりも、話をすり替えるな。どうして答えない?」


 フィーリアがジークフリードから距離を取ろうと馬車の端に寄ろうとするが、ジークフリードは馬車の壁に手を付き余計に逃げ場を失ってしまった。


「フィー」


 至近距離でジークフリードからじっと見詰められてフィーリアの心臓はドキドキと痛いくらい鳴っていた。


「だって…ジークから幻滅されて嫌われたくなかったの…」


「俺が嫌う?幻滅?」


「私、カトレア様がジークの事を本気で好きな事にずっと前から気が付いていたの…そんなカトレア様にそんな目でジークの事を見ないでって思った。側にだって居てほしくないって思ったの!私のジークなのにって…

 ジークの気持ちは信じているし、今日のこの事はカトレア様の策略を明るみに出す為の事だってわかっていたけれど、だけどそれでも嫌で、そしてそんな自分が自己中心的で汚いって思ったの。ジークは誰のものでもないのに、私のものだなんて…そんな気持ちをジークに知られて幻滅されて嫌われたくないって…

 だって…そんな事を考えるなんて嫌でしょう?

 だけど…嫌いにならないで…」


「フィーの事を嫌いになる訳がないだろう?

 フィー、その気持ち何て言うのか知っているか?」


「え…」


「嫉妬と独占欲。

 フィーのその考えなんて俺に比べたら大したことはない。

 俺が考えている事をフィーが知ったらそれこそ嫌われるかもしれないからまだ言わない。だけど、少しずつ教えてあげるから覚悟して?

 俺にとってフィーの嫉妬と独占欲は嬉しさしか感じないよ。」


「嬉しさ?こんな気持ちなのに?」


「今、少し引いただろう?それくらい俺の気持ちはフィーの事だけだという事だ。俺はフィーのものだし、フィーは俺だけのものだ。

 だから、俺から逃げ出す事なんて許さないからな。」


 ジークフリードの顔が少しずつ近付いてきて距離が無くなったとき、唇同士が重なる。

 フィーリアはジークフリードと口付けを交わすのはこれで何度目だろうかと頭の中を過ったが、すぐそんな事は考えられなくなる。ジークフリードとの口付けの度、心臓が高鳴りその事しか考えられなくなるのだ。しかし、フィーリアにとってそれは嫌な感覚では初めからなかった。そして心地良いと感じるようになったのはいつからだろうとも思い、フィーリアはギュッとジークフリードの服を握り締めた。

 唇が離れた後、呼吸が乱れているフィーリアをジークフリードは優しく抱き締める。それは壊れ物に触れるように優しい力だった。

 大切で大好きな人が自分の事を想ってくれているという事は奇跡のようなものなのかもしれないとカトレアの言葉を思い出しフィーリアはジークフリードの温かな腕の中でぼんやりと思っていた。そして、この奇跡を失いませんようにと願った。





ここまで読んで頂きありがとうございます。

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