第45話 義務
王宮の色とりどりの花が咲き乱れる庭園には銀色の髪を靡かせる王太子妃のセフィーヌが女官と侍女を伴って散歩をしていた。
「妃殿下、風が強くなってきましたのでそろそろ中へ入りませんか?」
「ええ…」
セフィーヌは庭園横にある回廊を歩いている人物に目を留めた。
そんな回廊を見詰めているセフィーヌに気付いた女官がセフィーヌの視線の先を見て言葉を発する。
「珍しいですね。リトラル子爵様が軍部でなくこちらへいらっしゃっているのは…」
「リトラル子爵…臣下へ降下されたという王子であったお方ね…」
「はい。陛下と亡くなられた側妃様の間にお生まれになられた王太子殿下の腹違いの弟君にあたる第二王子であられたお方にございます。」
「噂では…大層な二つ名をお持ちだとか…」
「ええ…大きな声では話せませんが…我が国の建国王と、風貌や才能が似ていらして生まれ代わりだと言う者もおります。
『黒獅子』と巷では呼ばれているとか…
王太子殿下はあまりこのお話はされませんが、お小さい頃はとても仲の良いご兄弟でいらっしゃったのですよ。」
「そう…本当に仲が良かったのかしらね?」
「妃殿下?」
「何でもないわ。デビュタントの舞踏会の時に婚約者の方のエスコートをされていたのを拝謁の際に見たわ。」
「宰相様のご息女のフィーリア様ですわね。皆様お噂をなさっておいでですものね。黒獅子と天使がご婚約なさったと…」
「天使?」
「フィーリア様の容貌からそう呼ばれていらっしゃるそうですわ。他にも妖精姫とも…でも、そんな容貌からは想像出来ないほど活発なご令嬢だとも言われているようですわ、馬術や武術も嗜むとか…これもお噂ですが…
王太子殿下やリトラル子爵様と幼馴染みでいらして、リトラル子爵様がお見初めになられたそうで…最近は仲睦まじく夜会へも出席なされているそうですわ。」
「本当に…全く違う生き方をされているのね…」
「え…?」
「戻りましょうか…あの孤独な場所へ…」
回廊には既にジークフリードの姿はなく、セフィーヌは自分へ与えられている王太子妃用の私室へ戻った。
セフィーヌは私室の中にある一つの扉へと目を向ける。この扉は王太子であるクリストファーの私室と繋がっている。
この扉が開いたのはこれまでで数回しかない。しかし、ある日から突然月に一度のペースでこの扉が開くようになった。
そして、今夜も開くのだろう。
愛などない世継ぎをもうけるだけの義務の行為の為に…
セフィーヌは先程クリストファーから先触れが届いていた事を思い出していた。
クリストファーは月に一度決まった時間にセフィーヌの元を訪れ義務的に事を終わらせると、必要以上に話すこともなく自分の私室へ戻っていく。
そんなクリストファーが初夜から一度も訪れていなかったのに突然先触れが届き訪れた日、セフィーヌは思わず『どんな心境の変化でしょうか?』とクリストファーへ聞いてしまった。それは初夜の時に言われた言葉があったからだ。
『私がそなたと閨を共にするのは今夜だけだ。
明日の朝、破瓜の証を調べにくる者が居るからな。王族に他の血をいれる訳にはいかない事はそなたも王族の身であったならばわかっているだろう。今夜の行為は、王族の義務だと思ってもらっていい。後の日々は好きに過ごして構わない。ただ、他の者の血を混ぜた子をなす事だけ気を付けくれれば命の保証はしよう。』
そんなクリストファーの言葉に様々な思いをセフィーヌは抱いたがこの一言だけを返した。
『殿下のなされる事に従いますわ』
そんなクリストファーが、突然このセフィーヌの私室へ月に一度通ってくる。
セフィーヌが思わず溢した言葉にクリストファーは感情のない表情で言葉を返した。
『世継ぎの事を周囲が騒ぎ始めた。
そなたも苦痛であろうが、王太子へ嫁いだ役目だと思ってほしい。』
セフィーヌはこの義務的な行為が苦痛である事は頷けた。
しかし、敗戦国の王女として人質のように差し出された身では、拒む事も異を唱える事も出来ない事は理解している。
どんな仕打ちでも受け入れるしかないのだ。
ただのお飾りの妃として存在する事も、世継ぎを生む為の道具とされる事でも…じっと耐えねばならないとも思っていた。
今日もまた淡々と義務的に事が終わり、クリストファーが夜着を纏っている時、セフィーヌは今日回廊で見た人物を思い出し、あることをクリストファーへ許しが出るかわからないが聞いてみることにした。
「殿下…少しお話しても宜しいでしょうか?」
「……………何だ?」
「女官から今度騎士団で模擬試合が行われると聞きました。観覧も自由だとか…私がそちらへ観覧へ行くことは難しいでしょうか?」
「……そなたが剣術に興味があったとは初耳だ。それとも、見たい騎士がいるのだろうか?」
「親しくしている騎士はおりませんわ。母国に居た頃、護身術を身に付ける程度に武術は指導されていたので模擬試合とはどのようなものなのか興味を持っただけにございます。」
「そうか…模擬試合は王族へ用意されている席があるから好きなように見たらいい。」
「殿下はご覧になられないのですか?」
「私と一緒に見たいと申すのか?
珍しいなそなたが自分の意思を私に伝えてくるなんて…
そうか…いやそうだな…今回は私も足を運ぼうか…」
「ご覧になられるのですね?」
「ああ。私も見たい人間がいるのでね…」
クリストファーはそう言うと唇の端を上げた。
そんなクリストファーをセフィーヌはじっと見上げる。セフィーヌはクリストファーは誰を見たいと思ったのだろうと思い今日回廊で見たジークフリードの事が思い浮かんだ。
クリストファーが去った後の部屋でセフィーヌは一人呟く。
「……貴方の瞳は何を写しているのかしら…?」
◇*◇*◇*◇*◇
騎士団の各師団を交えて年に二度行う模擬試合の会場となる鍛錬場の端ではあまり機嫌の良くないジークフリードが居た。
ミアを伴ったフィーリアが会場へ来ていたからだ。
「誰だ…お前に今日の日程を教えたのは…」
ジークフリードは隣に居たユーゴへ目を向けた。
その機嫌の悪いジークフリードの視線に慌ててユーゴは首を振る。
「ぼっ、僕ではありませんっ!」
「ジーク!ワズワール様は何も関係ないわ。今日の事を教えてくれたのは──…」
「フィーへ今日の事を伝えたのは僕だよ。」
その声にその場に居た皆が声がした方へ顔を向けると横から口を挟んだのはレオンであった。
「クリストファー殿下からの命令でね。」
「命令だと?」
「今朝、突然の知らせであったからジークには前以て伝えられなくてごめん…
それと…フィー、観覧はここでなくて殿下が居る王族席でだとの殿下からのお言葉だ。」
「レオン…?」
「ジークごめん…ジークの気持ちはわかってはいるけど、さすがに殿下の要望は理由もなく断れない。
殿下もその事がわかっていて当日に伝えてきたのだと思う。」
ジークフリードの表情が険しくなった事にこの場にいる者は皆気が付いた。
フィーリアはジークが震えるくらい強く握り締めていた拳にそっと触れる。ジークフリードはその事にピクッと反応するとフィーリアの触れた指先を自分の指へ絡め取る。それはフィーリアの手を離したくないと伝えるようでありジークフリードはそのままフィーリアの手を握り締め瞳を閉じた。
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