第41話 王太子の言葉
…………────幼い二人の少年が王宮の端にある古い塔の横の建物で話している姿が時々見られた。他の人に見られないようこっそりと…
『ジークはこの世界がどんな風に見えるの?』
『兄上…?どういう事…ですか?』
『獅子王はどんな風に見えていたのだろうね?』
『兄上…?』
『赤色と金色の混じる景色ってどう見えるんだい?』
『え…?』
『黒獅子も獅子王と同じだから同じように見えているのだろう?』
『兄上っ!この瞳の色はたまたまで…獅子王と同じではないです!』
『たまたま?
同じでしょう?瞳の色だけでなく、その力だって…
周りの人間は皆そう言っているよ?
同じではなかったら…どうしてそんなに───……』───……
「っ!!」
まだ薄暗い室内でジークフリードは目覚める。その様子に自分が夢を見ていたとわかった。
(……最近はずっとこんな夢ばかりだな…兄上の話を聞いたからなのか…?)
ジークフリードはため息を一つ吐く。
自分の身に刻まれているような王宮で過ごしてきた生まれてからの十年の思い出…
それは、こうして今もジークフリードの影のようにつきまといずっと苦悩させていた。
◇*◇*◇*◇*◇
次の日王宮の王太子用執務室の前には書類を持ったレオンが居た。
扉をノックし、中に居るであろうこの部屋の主に声を掛ける。
「殿下、入りますよ。」
重い扉を開け中へ入るとにこやかな王太子が書類を捌いていた。
「レオン、また別の書類?」
「はい。こちらに置かせて頂きますね。」
「次から次へと持ち込まれるね。いくら捌いてもきりがないよ。確認が終った分はトレーに入っているから持っていってくれるかい?」
「はい…」
レオンは、クリストファーのサインの入った書類に手を伸ばしたが立ち止まり考え込む。
そんなレオンを見てクリストファーは口を開いた。
「レオン、何?私にまだ何か言いたい事があるのではない?」
「殿下…僕が口を挟めるような事ではないことは重々承知しております…ですが、少し確認しても宜しいでしょうか?」
「何かな?」
「殿下は側妃をお持ちになるおつもりなのでしょうか?」
「……何の事?」
「殿下が妃殿下との閨へ初夜以降通われていない事が王宮の一部で噂になっております。妃殿下とは政略的なものが多い婚姻でしたので…色々と思うところはおありだと思います。しかし世継ぎの事を考えるとこのままだとよろしくないかと…それに、外交問題に繋がってしまう恐れもあり…」
「…………ねぇ…レオンは今マーヴェス嬢と婚約しているのだよね?
どんな感じ?
私は王族でありながらずっと婚約者という存在が居なかったんだ。そしてある日突然結婚する相手は敗戦国の姫と決められ愛情を育む時間もなかった。」
「僕も貴族では珍しく婚約者はおりませんでした。ジェシカとは夜会で出会いましたので…幼い頃から決められている婚約者という存在に対しての気持ちはわかりません…」
「愛で手にした婚約者という訳か、レオンが羨ましいよ。
ではさ、もしマーヴェス嬢がウェストン家と敵対している家柄の令嬢であったり位が低い令嬢であったらレオンはどうするつもりだったの?」
「そのような事が身に起きていないので正確な事は分かりかねますが…周囲を説得したかとは思います。」
「へぇ…それならさ…マーヴェス嬢に決まった相手が居たとしたら、手に入れる為に奪ったのかな?」
「殿下…?どうして話をすり替えるのですか?殿下の事をお聞きしていましたのに…
奪ったかどうかもわかりませんが、手にしたいという気持ちは強かったのかもしれませんね。」
「すり替えたつもりはないよ?
だけどね、父上は幼い頃から決められた母上という婚約者が居て、その後アリア様も迎えて…愛を注いでいた。私にはそんな風に愛情を与えられる相手が傍に居てくれるという感覚がわからないんだ。
セフィーヌは…人形のようでね…私へ感情を出してくれる事もない。
人質のようにここへ連れられて好きでもないこの私と結婚させられた事は可哀想だとは思うよ?だけどもね、私も何も手に入れられなかったうえに、そんな人形のような人質を愛せなんて無理があると思わないかい?私も被害者だよ…
それに比べてジークは沢山のものを手に入れて、昔から愛するフィーリアまで手に入れた。兄弟でもすごい違いだよね。自分の思い通りに事が進むとはさすが黒獅子だよ。」
「殿下…殿下は…」
「レオン。それ以上私を問い詰める気か?私の言葉は重たい事を知っているだろう?私の正式な言葉は拒む事ができないということを…それとも言ってほしいのかい?」
そんな含みをもったクリストファーの言葉にレオンは言葉を詰まらせつつもクリストファーを見据えた。
「セフィーヌの事は…世継ぎの事もあるし、今夜閨へ向かうからセフィーヌへ先触れを出しておいてくれ。それが、王太子である私の役目というのだというのなら仕方がない。
後…私が妃へ迎えたかったのは人質の人形ではない事だけは覚えておいてくれ。」
レオンは余計に二人の関係を拗らせてしまったのかもしれないと感じた。そして、要らぬ火種を灯してしまったのかとも…
「差し出がましい事を申しまして申し訳ありません。」
「こんな事でレオンを咎めたりはしないよ。レオンは私と国の事を思って言ってくれたのだろう?未来の私の剣と盾なのだからね?だけども、まだまだレオンは甘いね。宰相のように主へも恐れず無慈悲に判断を下せるようにならないと未来の宰相までは程遠いのではないかい?」
「精進いたします…」
レオンはクリストファーへ断りを入れ執務室を後にした。
そして様々な思いを覚えていた。
(……あの方が未来の自分の主か……
王太子付きの執務官となって暫くたつが……
あぁ…もう、余計な事をしたな…父上からもジークからも気を付けろと言われていたのに…僕とした事が…)
その日の夕刻…
第二師団副団長執務室に現れたのはレオンであった。
「やあ、ジークお疲れ。あれ?ユーゴは?」
「………お前は本当に連絡無しに突然来る奴だな…
ユーゴは団長の所へ書類の説明に向かわせている。」
「そんな事をジークは言ってもいいのかな?
人の妹にへんな痕を付けた奴がね?」
ジークフリードは一つため息を吐く。
「それで?今日は何の用だ?」
「ん?ちょっと僕の主を煽ってしまってさ?お詫びにさっき届いたこれをジークにあげる。」
レオンは、笑顔で一枚の封筒をジークフリードへ差し出した。
「主を煽っただと?」
「閨の事を伝えたら機嫌を損ねてしまったみたいでさ…」
「お前は…それで、これは?」
「ジークが知りたい奴等の動き。」
「そういう事は仕事が早いな。」
「それ、誉めてるの?貶してるの?」
「いや…助かっている事は確かだからな…感謝している。」
「それで?ジークは動くの?」
「………ああ」
「失敗して向こうの策略に嵌まらない事を祈っておくよ。」
ジークフリードの瞳が未だに怒りを滲ませている事にレオンは傍で見て気が付いた。
フィーリアにあんな事があり当事者を逃がしたのだから当たり前であるとは思った。
そして、それはレオン自身も怒りはおさまってはいなかったのだから尚更であるとも感じた。
ジークフリードはレオンへ目を向け口を開く。
「レオン…殿下達の関係はそんなに良くないのか…?」
「僕が進言したら、義務のように仕方がなく今日先触れを出せと仰られたよ。
僕の言葉で要らぬ火種を灯してしまったのかとも思ってさ…」
レオンの言葉に訝しげな表情をジークフリードは向ける。
「相変わらず、ジークの事を話題に出されていたよ。『さすが黒獅子』とね…」
「……………。」
執務室には重い空気が流れた。
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