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黒き獅子は天使に愛を乞う  作者: 一ノ瀬葵
本編

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第42話 カトレア

この回のお話はカトレアの回想を含めたお話になります。

 ──貴方をこの手に出来れば完璧なものが揃うのよ……


 リントン公爵家の邸で南側に位置する邸の中でも豪華な部屋ではこの邸で働く侍女達が世話しなく動いていた。

 午前中から念入りに身体中を磨かれ仕度を整えているのはリントン公爵家令嬢のカトレアである。


「お嬢様、とてもお美しいですわ。」


「そう……」


 カトレアは磨かれた指先を見て、それから鏡に写る自分の姿を見詰めた。


(わたくし)は誰からも認められる淑女になる為に厳しい礼儀作法のレッスンにも講師の先生方が驚くような仕上がりをみせたのよ。

 (わたくし)の周りには沢山の人達が溢れるように集まってくるの。そして、令嬢方は(わたくし)の事を羨望の眼差しで見詰めて、殿方は跪き(わたくし)の事を熱く望まれる…

 誰からも負けるようなところはないと自他共に認めているのよ。)


「完璧な淑女のお姿とはお嬢様の事ですわね」


「ええ…」


(だけど…そんな完璧な(わたくし)に足りないもの…それは完璧なパートナー…

 未だに忘れる事は出来ない…あの…王宮で出会った時の衝撃は──……)



 ………───幼い頃よく招待して頂いた王宮での王妃様のお茶会で挨拶を交わした彼…


『はじめまして、第二王子のジークフリードです。』


『は、はじめまして、カトレア・リントンにございます。』


『ゆっくりお楽しみください。』


 幼いカトレアは目の前から立ち去るジークフリードの姿に釘付けになっていた。


 《艶やかな黒髪に、端正な顔立ち、そしてなにより目をひく金と赤のオッドアイ…立ち振舞いからも理知的な雰囲気を感じられる…

 初めてこんな素敵な方を見たわ。お兄様も整っているとは思うけれど次元が違う。

 ご兄弟でいらっしゃる、(わたくし)の従兄でもあるクリストファー殿下にもひけをとらない…いえ…口には出せないけれどそれ以上だわ…もっとあのお方の事を知りたい…》


 しかし、そんなカトレアの思いとは裏腹にジークフリードがカトレアと同じ席でお茶を楽しむ事はなかった。

 カトレアのジークフリードへ対する思いが募る時、カトレアはある光景を目にしてしまう。

 カトレアが王妃のお茶会ではなく別の用事で母親と王宮を訪れた日の事であった。

 それは、カトレアと挨拶を交わす時には絶対に見られないような優しい笑みを浮かべたジークフリードの姿で、その傍らにはプラチナブロンドの可愛らしい少女の姿があった。


 《……誰?あの子…》


『お母様…ジークフリード殿下のお隣にいらっしゃる方はどなたですの?』


『あのご令嬢は宰相であるウェストン侯爵様のご令嬢ね。確か…フィーリア様という方よ。それがどうかしたの?カトレア』


『ジークフリード殿下ととても仲がおよろしいのですね…殿下は(わたくし)と同席なさる事はないのに…』


『カトレア…貴女まさか…

 それはなりませんよ。』


『え?』


『ここでは大きな声でお話する事は出来ないのでお屋敷へ戻ってから説明しますから覚えておきなさい。』


 カトレアは母親のいつもは見せない厳しい表情に不安を覚えた。

 そして、屋敷へ戻ってから聞いた話に幼い恋心は叩き割られてしまう。

 その話とは…リントン家は王妃の生家であり、支持しているのは王妃の子どもである第一王子のクリストファーである事。

 ジークフリードは家柄の低い側妃を母に持つ王子であり、クリストファーとは半分しか血が繋がっていない事。

 貴族の間では第一王子派と第二王子派に分かれており、リントン家は第一王子派筆頭である事。だから挨拶以外はジークフリードと接触する事はあってはならぬ事であった。


 カトレアにとって貴族の重さを初めて大きく感じられる事であった。

 それから、暫くしてジークフリードが臣下へ降下したとの話を聞くカトレアは何故?と思ったが父親は頭を悩ます事が少し減ったと喜んでいた。


 それから、カトレアをクリストファーの婚約者へあてがう話も出たが従兄同士という血が近すぎるという懸念も上がりその話は消える。その事に表立っては表情に出さなかったがカトレアは安堵した。様々な事を理解した今もジークフリードへの思慕は残っていたのだ。


 そして、カトレアがデビューして初めての夜会でジークフリードと再会する事となる。ジークフリードはカトレアが想像していた以上の素晴らしい容姿に成長しており募らせていた想いは一気に加熱する。騎士団第二師団所属という事は気にかかるが、クリストファーとの婚約の話がない今、王位継承順位二位のこの人を手中に納めておく事はリントン家にとって派閥は違っても悪い話ではないのではないだろうかと思った。カトレアは、はしたないと思われるかもしれないという危惧はあったが、独断で自分からジークフリードへダンスを申し込む。それに応じてくれたジークフリードも満更ではないのではと思った。


 カトレアは父親のリントン公爵にその考えを伝えた。初めは渋い表情をしていた公爵も、ジークフリードの手綱を握っておく事は悪い事ではないと話し、父親から了承を貰ったカトレアは行動に出る。自分を慕う人間を使いジークフリードの『想いを寄せる令嬢がいる』という噂を流し始めたのだ。そして、あまり夜会へ出席しないジークフリードが珍しく出席する夜会では必ず彼と踊った。そしてジークフリードが想いを寄せているのは自分であると貴族達へ認識させるかのように振る舞った。

 それから、ジークフリードが戦地へ赴き活躍の称号として第二師団副団長の位を賜った事に自分の噂を強固にしようとしていた時にジークフリードの婚約が周知された。その相手は幼き頃にジークフリードから微笑みを向けられていた少女であった。その事に、カトレアのプライドは傷付けられる。


 《美しいと評判でもそれに反して野蛮な令嬢という噂があることは知っているわ。ジークフリード様がお可哀想…宰相に無理矢理政略結婚を押し通されるなんて…(わたくし)がお救いして差し上げなければ…》


 そんな考えがカトレアの中を支配した。

 しかし、事は上手くいかない。それどころか、ジークフリードがフィーリアを大切にしている様子を見せ付けられる。

 それならばと、兄のフェルナンデスを使ってフィーリアをフェルナンデスへあてがおうと父親と画策したが失敗に終わり、リントン家がレイサレル家に目をつけられるような事態になってしまった。


 それならば、ジークフリードがカトレアを選ばざるをえないようにするだけとカトレアは強く思ったのだ──……



 夜会へ向かう準備が整い、鏡に写る自分をカトレアはジッと見詰め続けていた。


(この美しく整えられた美貌は貴方のものなのですわ。(わたくし)が貴方を(わたくし)無しではいられないようにして差し上げますわ。ジークフリード様…)


 カトレアは立ち上がると夜会へ向かう為馬車に乗り込んだ。

 様々な思惑を抱えながら…

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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