第38話 安堵
馬車に揺られながらフィーリアは後悔に押し潰されそうであった。
カトレアの言葉に騙されジークフリードの傍から離れるなと言われていたのにも関わらずカトレアに付いていき今回のような騒ぎになってしまった。
今日のように怒りを露にし、激情を含ませた行動を取るジークフリードを見たのは初めてであったのだ。
自分とユーゴが止めなければどうなっていたのだろうかとも思った。フェルナンデスの状態はもっと酷い事になっていたのかもしれない。それほどまでにジークフリードの纏う空気にフィーリアは恐ろしさを感じた。
「……ごめんなさい…」
ジークフリードはフィーリアの謝罪の言葉にため息を一つ吐いた。
「……今回の事はあの男に対しては勿論だが、フィーお前にも俺はかなり怒っている。」
「……うん…当たり前だわ…」
「お前に万が一の事があれば、俺は自分の事も一生許せなかった。」
「どうして?ジークは悪くないじゃない…」
「お前の事を何があっても守ると誓ったんだ。それなのに傷付けられでもしたら、どうやっても許せるはずがないんだ。
出来ることならお前の事を誰も知らない部屋に鍵を掛けて閉じ込めてしまいたいと最低な事を考える程なんだよ。しかし、そんな事をしてしまったらお前の笑顔を奪ってしまう事だってわかっている。
だから…もう…危険に自ら足を踏み入れないでくれ…」
フィーリアは自分が思っていた以上にジークフリードが自分の行動で起こしてしまった危機に心を痛めている事がわかった。
そして、より自分の行動に後悔を覚えた。
「……本当にごめんなさい…私のせいであんな事になってしまってジークの立場が悪くなってしまうんじゃない?どうしたらいい?
それに、ジークは自分の出自をひけらかせる事を好んでいないのに、あんな事を言わせてしまって…それも…ごめんなさい…」
そんなフィーリアの言葉にジークフリードは、フワッと頭を撫でた。
「俺の事は気にしなくていい。恐らく味方になってくれる人物は沢山いるだろうし、万が一リントン家へその人間達が靡いたとしても何とかなると思う。
ただ、フィーが無事であった事に安心したから、もうそれでいい。」
そう、ジークフリードは言うとフィーリアの事を抱き締めた。
「ジ、ジーク?」
「俺の事を心配させたお仕置きだ…暫く離せない…
俺の腕の中にフィーがしっかりと居てくれる事を実感させてくれ。」
「えっ?え…あ、あのっ…」
フィーリアはジークフリードの行動に戸惑ったが、自分自身もあの場でフェルナンデスに恐怖を感じ、今ジークフリードの腕の中に居られる事に安堵した。そして、ジークフリードに抱き締められる事はドキドキするが、心地好く安心出来る事も確かで、フィーリアはそっと自分の手をジークフリードの背中に回す。
トクントクンと規則正しく響くジークフリードの心音はフィーリアの気持ちを安心させてくれた。
そんな時、ジークフリードが少し身体を離す。
「ジーク?」
ジークフリードはフィーリアの頬に掌を当てる。
「熱を持ってしまっているな…」
「あ…でも、これくらいで済んで良かったのかもしれないから…」
ジークフリードは顔をしかめると、フィーリアのフェルナンデスに打たれて腫れている頬に唇を寄せた。
「え…」
「俺がもう少し早くに部屋に辿り着いていたらあんな事をさせなかったのに…フィー…」
フィーリアの頬に寄せていたジークフリードの唇は今度はフィーリアの唇に触れた。
フィーリアの心臓は早鐘のように鳴り響いていたが、ジークフリードの唇の温もりを感じると緊張するのに何故か安心できるような不思議な感覚を覚えた。
ジークフリードの唇は何度も触れては離れてを繰り返す。
フィーリアはキスの時にどう反応していいのか未だによくわからず、身体に力が入ってしまう。そして、息継ぎのタイミングもわからなく息を止めていると段々と苦しくなってきた。そんなフィーリアを見て唇を離したジークフリードはフッと笑うと、額、瞼、頬と顔中にキスを落としていく。フィーリアの首筋に顔を埋めたかと思った時、チリッと首筋の後ろに痛みが走った。
「え…何…?」
ジークフリードは痛みが走った辺りを指でなぞる。
その刺激にフィーリアはくすぐったくピクッと反応してしまう。
「俺の印……当分髪を上げるような髪型には出来ないな…」
「え?印?ちょっ…ジーク、くすぐったい!」
「いや…フィーの侍女のミアが何とかしてくれるか…」
「え?何が?」
フィーリアは、ジークフリードが触れている場所を見ようとしても首の後ろで見えなくジークフリードが何を言っているのかよくわからなかった。
そうしているうちにウェストン邸に着き執事のイアンが馬車の外から声を掛け扉を開けた。
「おかえりなさいませ。」
「イアン、宰相とレオンは在宅か?」
「はい。お二人とも先程戻られております。」
「二人に至急会って話したい事があると伝えて欲しい。」
「畏まりました。
フィーリア様そのお顔はどうなされたのですか?」
「あ、これは…話すと長くなるのと先に父様方に伝えてから後で理由を教えるわ。
ジーク、私がしでかした事だから私も同席するわ。」
「そうか、じゃあフィーが来るのを待っているから夜会用のドレスから動きやすいものに着替えておいで。
ミア、フィーの着替えを頼む。後髪型も変えてくれるか?
後、夜会でトラブルがあって頬を怪我しているから軽く処置もして欲しい。その理由はフィーも言っている通り今から宰相とレオンに伝えようと思っているからその後詳しくフィーから聞くといいい。」
エントランスで控えていたミアへジークフリードは頼んだ。
「わかりました。フィーリア様、では、まいりましょう。」
「え?どうして髪型まで変えるの?」
疑問を言うフィーリアに含みのある笑みを浮かべながらジークフリードはフィーリアの額にキスを落とし見送った。
「応接室で待たせてもらっているから仕度が整ったらおいで。」
そんなジークフリードにフィーリアは首を傾げた。
エントランスホールへ入ったジークフリードにイアンが伝える。
「リトラル子爵様、先程レイサレル家の鷹が飛んできまして、こちらの知らせを運んできております。」
イアンから受け取ったレイサレル家が鷹を飛ばして運ばせた知らせにはフェルナンデスを王城預かりにしたと記されていた。
「イアン。紙とペンを用意してくれ返事を返す。」
ジークフリードが返事を鷹に付け飛ばした後応接室へ向かうのと同じくらいにレオンが現れた。その様子は少し疲れているようでもあった。
「ジーク、夜会お疲れ様。父上と僕を呼ぶなんて何かあった?」
「ああ…色々な…それはそうと、レオンお前、今仕事が忙しいのか?今日の夜会も欠席していたようだし、それに酷い顔だぞ?」
「まあね…ちょっと…いや、かなり?王宮内がごたついているんだ…ジークだから話すけど、ここだけの話だよ?殿下と妃殿下の関係が拗れていてね…」
「拗れる?婚姻式を挙げてまだ半年ぐらいだろ?」
「殿下が執務が忙しいって理由を付けて妃殿下の元へ初夜の後から閨に入っていないんだ。」
「は?初夜から?って…そんなに執務が立て込んでいるのか?
戦の後は、国内外共にあまり何事もなかったように思っているが…」
「執務はいつもと変わらない量だよ。陛下も仕事も早いし、殿下だって遅い訳じゃない。きちんと捌いている。」
「じゃあ、どうして?」
「それが解ればこんなに困っていないよ。初夜で何かあったのか、それとも全く違う何か理由があるのかもわからないし、敗戦国とはいえ、妃殿下は隣国の王女であった事だし我が国の指揮下にあるとはいえ、外交問題にならないかとか悩みがつきないけど、デリケートな問題だけになかなか核心をつけなくてね。」
「そうか…」
「それで、ジークの話は?何があった訳?」
「フィーも同席したいと話していたから宰相とフィーが揃ってから話すが…たぶん二人とも激怒する内容だと思う。」
「え?激怒?」
ジークフリードとレオンが話しているとジョゼフが応接室に入ってきて、最後に着替え終わったフィーリアが入るとフィーリアの顔を見たジョゼフとレオンの表情が一気に変わった。
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