第36話 秘薬
ジークフリードは夜会へ来ていたロッソに呼ばれ少し離れた場所で話しており、先程フィーリアと離れた場所へ急いで戻るとそこにはルークしかいなかった。
「マーヴェス殿。フィーリアは何処へ?」
「先程、リントン家のご令嬢が声を掛けてきて二人きりで話があると連れていった。
貴方が戻るまでここに居た方が良いと言ってもフィーリアも大丈夫としか言わなかったけど…嫌な予感しかないんだ。」
ジークフリードはルークの話に舌打ちをした。
自分が離れている間に連れていかれたフィーリアに危険が迫っているのではないかとも思う。
「あの令嬢って、貴方との噂があった令嬢ですよね?婚約前の事とはいえ、きちんと綺麗に別れたのですか?
フィーリアと婚約してぞんざいに扱われたからフィーリアに対して敵意を持っているとかではないんですか?
二人でこの場を離れる事を止められなかった僕が言える立場ではありませんけどあの令嬢がフィーリアに対して好意的な感情を持っているとは思えませんでした。」
「俺はフィー以外の女に好意を持った事はない。
そもそも手を出してもいない相手と別れたのかどうか聞かれても答えようがない。」
「だけど、あの令嬢を誤解させるような態度はとったのでしょう?でなければ、懇意にしているなんて未婚の令嬢が言わないでしょう?」
「お前とここで言い争いをするつもりはない。
そんな事よりもフィーを探す方が先だ。」
「貴方がフィーリアの婚約者だなんて納得はいかないけど、探すのが先なのは同感だから僕も探すよ。
化粧直しの為の別室に行くとは言っていたけれど…」
「おそらくそこには居ないとは思う。」
「念のため僕が確認しに行くよ。」
ジークフリードとルークは手分けをしてフィーリアの行方を探し始めた。
その頃、カトレアに連れられたフィーリアは夜会会場であるマクシミラン伯爵邸の廊下を歩いていた。
人気のない廊下を歩いている事にフィーリアは不安を覚える。
「カトレア様…化粧直しの為に用意されている別室は過ぎてしまったようですが、どちらまで行かれるのでしょうか?」
「あまり、他の方へ聞かれても困りますのでマクシミラン伯爵様にお借りしたお部屋がありますの。」
フィーリアは、このままカトレアへ着いていっても良いのかと不安になった。
ジークフリードの知りたい事の話といっても、どんな内容かわからなければ、ジークフリードでないフィーリアへ話す事などどんな内容かわからない。やはり会場へ戻ると口を開こうとした時、カトレアの足が止まった。
「フィーリア様こちらにございますわ。」
カトレアが扉を開きフィーリアに中へ入るよう進める。
フィーリアが中へ足を踏み入れるとそこにはカトレアの兄のフェルナンデスが居た。
フィーリアは、はっとして振り替えると扉は閉められカトレアはもう居なかった。
フィーリアは、フェルナンデスと会わせる為の罠であると気が付いた。
(ジークにあれほど傍を離れないよう言われたのに…私は…)
「フィーリア嬢、久しぶりですね。」
「ジークの話だと言って…初めからここへ連れて来るつもりだったのね?」
「人聞きが悪いですね。確かに貴女に私は会いたいと思っていましたが、別に騙したつもりはありませんよ?リトラル子爵も関わりのある話ですし。
あ、それとここはマクシミラン伯爵に頼んで人払いをした奥の部屋ですから、多少騒いだ所で誰からも気が付かれません。」
「貴方達は何が目的なのっ!?こんな事までしてどうしたいのですか?」
「目的ですか…それは、リントン家の為にリトラル子爵とカトレアを婚姻させる事、そしてウェストン家令嬢のフィーリア嬢貴女とリントン家嫡男の私が婚姻を結ぶ事でしょうか?」
「何故?何故、そんな事を考えているのですか!?」
「何故?と、問われたならそれは先ずは、我が家は現王妃様の生家という形で貴族の中で立場的に上位の位を持っています。
しかし、次代の王となられる王太子様は隣国の姫君と婚姻を結んでしまわれた。それならば王位継承権が二位のリトラル子爵とカトレアが婚姻を結べば二人の間で生まれた子は王太子様の未来に生まれるお子の伴侶となられる確率が高い。そして、万が一の事が王太子様にあれば次代の王はリトラル子爵であるからカトレアはその時王妃となる。今の我が家の位を守り抜くには重要な事だ。
それと現在陛下の次に実質、政の力を持っているのは宰相であるウェストン侯爵であるのは言葉に出さずとも貴族、皆が理解している事だ。その娘であり、次の宰相候補であるウェストン家嫡男のレオン殿の妹である君と私が婚姻を結べば政権の力も手に入るという事だからだよ。リトラル子爵と君が婚姻を結んでこれ以上ウェストン家に力を付けられても困るしね。
わかったかな?」
「何て事を…カトレア様はこの事をご存知なのですか?」
「カトレアもリトラル子爵と婚姻を結ぶ事を望んでいる。リトラル子爵の出自だけでなく見目も好みのようだからね。」
「………それで、私がここでフェルナンデス様の言葉に頷くとでもお思いなのですか?」
「頷かなくても既成事実さえ作ってしまえばこっちのものだよ。
その為にマクシミラン伯爵の弱味を握って人払いしたこの部屋を押さえたんだからね。
あぁ…武術に長けている君だから言うけれど、私を傷付けて逃げようと思わない事だ。王家に次ぐ力のある我が家を敵に回せば立場が悪くなるのは君の父上と兄上なのだからね。さあ、無理矢理はされたくはないだろう?
あちらの寝台に移ろうか?」
フィーリアは目の前にいる人間が最低な人間であると感じた。
しかし、体術で押さえて回避しても万が一傷付けてしまったら、ある事ない事言われ父や兄に迷惑を掛けてしまう事もわかった。
一歩ずつフェルナンデスが近付いてくる。
フィーリアは一つ息を吐き冷静になろうと気持ちを切り替える。
フェルナンデスが目の前まで来た時、フェルナンデスの一瞬の隙をついてドレスの隠しポケットから自分のハンカチーフを取り出しフェルナンデスの鼻と口を塞いだ。
その瞬間フェルナンデスはフィーリアの手を払いのけ頬を平手で打ち、その勢いでフィーリアは横へ飛ばされるように倒された。
「何をする!?血迷ったのか!?私を殺そうなどと…家が取り潰されてもいいのかっ!?
……まぁいい。憐れな抵抗だと大目に見てやる。
寝台より床が希望ならこのままここで既成事実を作るまでだ。」
フェルナンデスが倒れているフィーリアを押さえ付けようとした瞬間フェルナンデスの身体の力が抜け勢い良く膝と手を付いた。
「な…何だ…?貴様…何をした…!?」
「ウェストン家に伝わる秘薬にございます。身体を痺れさせ動きを封じる効力があります。すぐ気化するもので、痺れも半刻ほど…薬が抜ければ体内に僅にも成分は残る事もありませんのでご安心ください。
フェルナンデス様…この事、父や兄は勿論リトラル子爵にも伝えさせて頂きます。
私が武術しか知らないと気を抜いていらしたのでしょう?これでも私もウェストン家の娘ですので自分の危機を切り抜ける術は持ち合わせております。」
フィーリアはフェルナンデスにそう伝えると鋭い視線を向けた。
ハンカチーフに秘薬をポケットの中で染み込ませフェルナンデスに嗅がせたのだ。
「貴様……このような事をして許されると思っているのか!?」
「……許されないのはお前の方だ。」
その時フィーリアを隠すようにフェルナンデスを見下ろしたのはジークフリードであった。
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