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黒き獅子は天使に愛を乞う  作者: 一ノ瀬葵
本編

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第35話 囁き

 ジークフリードの話を聞いて数日後フィーリアは夜会へ向かう為ジークフリードと馬車に乗っていた。

 以前までは向かい側に座っていたジークフリードが隣に座っている事に落ち着く事が出来なかった。

 なるべく身体が触れないよう座席の端に寄る。


「どうして、そんなに離れているんだ?」


「は、離れてなんか…」


 ジークフリードの指先がフィーリアの頬へ触れる。その瞬間ピクッと身体に電気が走るような感覚をフィーリアは覚えた。


「ジ、ジーク……」


 フィーリアはどうして良いかわからず、涙目になりながら狼狽えてしまう。

 そんなフィーリアにジークフリードは困ったような笑みを浮かべて口を開く。


「俺が怖いか?」


「えっ!?」


 フィーリアが思ってもいないジークフリードの言葉に小さく首を振る。


「怖い訳ではないの…ただ、恥ずかしくてどうしたら良いのかわからなくて…」


 ジークフリードの大きな手がフィーリアの頭を撫でる。

 それは、幼い頃の優しい撫で方と同じであった。


「俺の余裕がなくて、急かしてすまない…

 もっと、フィーのペースに合わせなければいけない事はわかってはいるんだ。」


 そんなジークフリードの言葉にフィーリアの胸はキュッと掴まれたように感じた。


「そ、そうじゃなくて…怖いとか嫌とかじゃなくて…何もかもが私は初めてでわからなくて…」


 フィーリアの言葉にジークフリードは笑みを深めるとフィーリアの額にキスを落とした。


「それ以上は言わないでくれ、これから夜会だと言うのに止まらなくなったら困るからな。」


「ジーク…?」


「フィー、夜会の時はなるべく俺から離れないでくれ、傍を離れる時は必ず俺に何処へ誰と行くのか伝えてほしい。」


 ジークフリードの言葉にフィーリアはいつもの過保護での言葉かと初めは思ったが、なんとなく違うような気がした。


(まさか…でも、もしかして……)


 フィーリアが思い浮かんだのはジークフリードが嫉妬してくれているのかもしれないと思った。しかし、ジークフリードがそんな事を感じるのだろうかとも思う。フィーリアがぐるぐると悩んでいるとジークフリードがフィーリアの手を握り指先にキスを落とす。


「フィー?」


「へっ?え…あの…ジークも私の噂を知っているでしょう?夜会へ行ったって知り合いだって殆んどいないし、そんな面倒なましてや婚約者のいる私に声を掛けてくる紳士(ひと)なんていないわよ。」


 フィーリアの言葉にジークフリードは溜め息を溢す。


「フィーは自分の事を何もわかっていない…

 ダンスを踊る事までは制限したくはないが出来る事なら俺以外とは踊らないでほしいくらいなんだ。」


「ジーク…」


「狭量だと思うだろう?俺も自分で驚いているくらいだ。だが、お前に対してはそんな感情のコントロールすら出来ない自分がいる。」


 フィーリアはジークフリードの言葉に驚いた。ジークフリード自身が嫉妬していると言っていると同じであるように思えた。

 フィーリア自身も感じたモヤモヤ。ジークフリードとカトレアが一緒に居る事に複雑な気持ちになった事と同じようにジークフリードも感じているのだとわかると、なんだか嬉しいような気持ちにすらなった。


「フィー?何故笑っている?」


「ううん、何でもない。ジーク、安心して?私は誰にも靡かないわ。

 今夜もちゃんとジークの傍にいる。」


「ああ。そろそろ着く頃だな。それでは、フィーリア孃今夜も俺にエスコートさせてくださいますか?」


 ジークフリードはそうおどけながら手を差し出す。

 フィーリアはそんなジークの手に自分の手を重ねた時、馬車が止まった。





 会場へ着き今夜の夜会の主催者に挨拶を終えた後ジークフリードを呼ぶ声がした。


「副団長!」


「ユーゴ。お前も来ていたのか。」


「はい。主催者のマクシミラン伯爵の子息と仲良くさせてもらっている縁で招待を受けました。先程団長にも会いましたよ。」


「団長も来ているのか。あ…フィーは初めて会うな。

 こいつは第二師団で俺の補佐をしてくれているユーゴ・ワズワールだ。ユーゴ、俺の婚約者のフィーリア・ウェストン嬢だ。」


「ワズワール伯爵家嫡男のユーゴ・ワズワールです。お会い出来て光栄です。ウェストン嬢」


「はじめましてワズワール様。兄からも何度かワズワール様の話を聞いた事があります。今後とも宜しくお願い致します。」


「噂には聞いていましたが、お綺麗な方ですね…」


「………………。」


「えっ!?副団長?べ、別に深い意味はありませんよ!?

 あ…ウェストン嬢、自分はとても副団長にお世話になっているんです。騎士団で模擬試合がある時などはご令嬢方も見学に来られていますから、是非今度見学へいらしてくださいね。」


「そうなんですか?それなら、ぜ…ひ……」


「駄目だ。」


 フィーリアが返事をしようとするとジークフリードは間髪いれずに真顔で模擬試合へ行く事を許可しなかった。


「何故ですか?副団長の勇姿をお見せできるではないですか!」


「お前は黙ってろ!駄目なものは駄目だ。」


「どうして?私もジークの姿を見たいわ。」


「フィー…あのような場所は危険であるし、なにより俺が傍に付いていられない。」


「ジーク!もうっ!この間も言ったけれど私はもう子どもじゃないのよ?一人で行かなければいいのでしょう?」


「ユーゴ…後で覚えてろよ。」


「ええっ!??」


「ジーク?どうしてそこまで嫌がるの?」


「嫌な訳ではない…」


 フィーリアは複雑そうな表情をするジークフリードに何か理由があるのかと感じたが、それ以上問い詰める事が出来なかった。

 そんな、少し変な空気になったがダンスの曲が始まりユーゴとはそこで別れてジークフリードとダンスを踊る為に輪の中へ二人で入っていく。





 夜会でジークフリードと踊った後壁際で休んでいると聞き覚えのある声がフィーリアを呼んだ。


「フィーリア」


「え…?ルーク?」


「また、会えて嬉しいよ。」


 ルークはそう言うとフィーリアの手にキスを落とす。

 フィーリアは隣にいるジークフリードへ視線を移すと先程までとは違い機嫌の悪そうな顔をしていた。


「ジーク…あの…」


「マーヴェス殿、久しぶりですね。」


「リトラル子爵、先日の我が家の夜会以来ですね。

 そういえば、卒業後の出仕先が決まったんですよ。レオンの下で学びながら出仕する事となりました。リトラル子爵とはあまり交流のない出仕先で残念です。」


「そうですか、それは()()()残念ですね。」


 フィーリアは二人のやり取りにオロオロとしているとルークが手を差し出してきた。


「フィーリア一曲踊ってくれませんか?」


「えっ!?」


「リトラル子爵構いませんよね?ダンスを一曲ぐらい。貴方はそんな狭量な方ではないかと思っているのですが?」


「………一曲だけだ。」


 あまり納得がいっていない表情でジークフリードはしぶしぶフィーリアとルークが踊る事を了承した。


「ジーク…」


「行っておいで。マーヴェス殿ならば他への危険は察知してくれるだろう。」


「さすが、リトラル子爵殿。お心が広いですね。フィーリア嬢の事はお任せください。しっかりとお守り致しますので。

 それじゃあ、フィーリア行こうか。」


「え、ええ…」


 ジークの様子も気になりながらフィーリアはルークの腕に手を添えた。


 くるくるとダンスを踊っている時、ルークが話し出す。


「リトラル子爵と上手くいってるんだね。先日の夜会とは全然違う顔をしている。」


「色々と二人で話をしたから。」


「それなら、いいんだ。まだ不安そうな顔をしているのなら僕が動こうかとも思ったけど、その必要もなさそうだね。」


「ルーク?」


「フィーリアは不思議な子だよね。」


「え…?」


「僕はあまり他人を気に掛けたり執着する質ではなかったんだけどね…フィーリアだけは別みたいだ。」


「あの…」


「あ、心配しないで上手くいっている二人を引き裂いてまで横恋慕するつもりはないからさ。でも、フィーリアが幸せそうでなければわからないけれど…ね?」


 フィーリアは、ルークと知り合って日が浅いのでルークの事を何でも知っている訳ではないけれどそれでもルークなりの応援なのかと感じた。


 ルークと踊り終わった後、先程いた所へ戻るとジークフリードの姿が見当たらなかった。


「あれ…」


「全くあの人は婚約者を置いて何処へ行っているのやら、フィーリアここで座っていて?僕が探してくるからさ。」


「ううん、大丈夫よ。ここで待っていたら、すぐ戻ってくるわ。」


「そう?じゃあ、リトラル子爵が戻ってくるまで話をしていようか。」


「ええ。」


「フィーリア様お久しぶりでございます。」


 その時、フィーリアの名前を呼ぶ声が聞こえ顔を上げるとそこに居たのはカトレアであった。


「カトレア様…」


「そちらは、マーヴェス家のご子息様でございますわね。

 はじめまして、カトレア・リントンと申します。」


「はじめまして。ルーク・マーヴェスです。」


「フィーリア様と、とても仲が宜しいのですね。」


「姉の婚約者であるレオン殿の妹君でありますから、仲良くさせてもらっています。」


「そうでしたわね。マーヴェス様、(わたくし)少しフィーリア様とお話したい事がありますの。フィーリア様をお借りしても宜しいでしょうか?」


「僕が居ては話せない事なのでしょうか?

 あいにく、リトラル子爵殿から頼まれておりますので傍を離れる訳にはいかないのですよ。」


「女性同士の秘密のお話でございますので…お気遣い頂けると有難いですわ。それに、リトラル子爵様とは(わたくし)、懇意にさせて頂いておりますので御心配はいりませんわ。離れると言っても化粧直しの別室へ行くだけですのですぐ戻りますし。」


 フィーリアはカトレアとルークのやり取りを不安気に思っていた。そして、カトレアが自分にどんな用があるのだろうかとも思った。ジークフリードの気持ちを聞いた今、ジークフリードとカトレアとの関係には不安はなかったが、カトレアの真意がわからず困惑した。そんなフィーリアにカトレアは囁く。


「フィーリア様、ジークフリード様のお知りになりたい事でお話がありますの。」


「え…」


 カトレアの言葉にフィーリアの心臓がドクンと鳴った。

 ジークフリードの気持ちを聞いた時、ジークフリードは知りたい事の為にカトレアと踊り、顔見知りになったと話していた。そして、ジークフリードが一番知りたい事とは『黒幕』の事ではないだろうかと思ったのだ。




ここまで読んで頂きありがとうございます。

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