第33話 追憶⑧ ー決断ー
視察の途中で暗殺者に襲われジークフリードが暗殺者を仕留めた事は瞬く間に王宮だけでなく、貴族の間にも広まった。
十歳の王子が騎士達をも動けなくした大柄な暗殺者を一人で仕留めた事はジークフリードの才能を称える話題をより大きくした。
しかし、ジークフリードの心中は荒んでいた。
(手に未だに残る人間を剣で斬った感触。耳に残るその時の音。そして、目に映った鮮血が飛ぶ瞬間……
俺は…自分の身を守る為とはいえ人間を殺したんだ…)
あの後、誰からもこの惨事はジークフリードの責任ではないと言われた。それどころか、騎士の護衛としての態勢への失態が問われそうになり、騎士には責任はないと何度もジークフリードは懇願した。
鍛錬をみてくれているジークフリードにとって武術の師ともいえるロッソには実戦で当たり前の行動をしただけだと言われた。
あの場で必死であったジークフリードにはあれ以外どうする事も出来なく、周囲の言葉に対して様々な思いに押し潰されそうであった。
そんな時、ジークフリードにレオンが会いたいと先触れが届く。
王宮の応接室でレオンと会う事となり、内密の話がしたいというレオンに対して他の者は席を外すよう伝える国王と宰相の言葉もあったのでレオンと応接室で二人きりになった。
「レオン。今日はどうしたんだ?フィーリアは?」
「フィーにはまだ聞かせたくない話の内容だったから内緒で一人で王宮へ来たんだ。
先日の視察の話は聞いたよ。ジークに怪我がなくて良かった。」
「そうか…」
「ジークは自分の行動に後悔しているの?自分が襲った男の代わりに死ねば良かったと思っている?」
「…………いや…俺は…まだ死ねない。まだ黒幕に辿り着いていないんだ。
だけど…手に…身体中に刻まれるかのようにあの男を斬り裂く時の感触が残って消えない…そんな自分は汚れているようにさえ思う……」
「………ジークは、僕の家の裏の顔を知っているんだよね?」
「え…ああ……父上と宰相から聞いた。」
「そう…じゃあ、僕の家へ仕えている者が暗殺業を行っている事も知っている?」
「え…?」
「陛下を狙う者を調べ上げ、時にその狙う者を消す事も厭わない。それを指示するのはウェストン家の主である父上であるけれど…その指示のやり方を僕は今学んでいるし、暗殺業を行う者達への指示も既にしている。
十歳の子どもが何を?って思うよね?だけど、それが事実であるし、ウェストン家はそういう特殊な家であるんだよ。ジークのようにまだ自らの手で相手を仕止めてはいないけれど、その命令はしているんだ。
『王の剣と盾』という立場で陛下を守る為とはいえ、人間を殺す命令をしているんだよ。そんな僕の事を…ジークはどう思う?」
「レオン…」
「僕はジークの覚悟を傍で見てきて、自分の置かれている立ち位置への覚悟をした。僕の立場は普通の人間では考えられないような立場であるし許されない事を行わなければいけない。だけど、そうしなければいけない立場なんだ。
ジークが優しい人間な事は知っている。だけどジークの覚悟はその程度だったの?」
「………俺は…まだまだ甘いんだな…」
「ジーク…もう一つ伝えておくよ。
ジークは、玉座につくつもりがない事は僕は理解している。だけど、今の僕の気持ちは僕はジークの剣と盾になる忠誠をジークへ誓いたいと思っている。それは、玉座にジークがつかなくても変わらない。
次代の王へ忠誠は誓うけれど、僕はずっとジークの覚悟へ味方するつもりだからそれは覚えておいて?」
「レオン…お前…」
「ジークの決心に僕はついていくよ。
もう、色々と心の中で決めているんだろう?」
レオンが含みのある表情をジークフリードへ向けた。
「黒幕への俺の推測だ………確実な事ではない。証拠もない。だが、黒幕は俺の命を狙っているそれは俺に王太子になってほしくないから…それは確実な事であると思う。黒幕は…信じたくはない…だけど…そこに行き着くには今の立場を捨てなければ行き着けないように思ったんだ。」
そんなジークフリードの言葉にレオンはフッと笑みを浮かべた。
ジークフリードは、友であるレオンはこれから生涯かけがえのない友であり信頼できる同志になると感じた。レオンの後押しもありジークフリードは一つの事を決めた。
自分が今推測している黒幕はまだ口にする事は出来ない。それは複雑に絡み合った関係であるように感じていたからだ。しかし、その決定的な証拠を掴む為には今のままでは到底無理であろうし犠牲者を増やすだけなのかもしれないとも思った。
「漸く決断する事が出来た。俺にはやはり覚悟が足りなかったんだ。今日…父上へ自分の考えと気持ちを全て伝えるよ。簡単には受け入れては貰えないとは思うけれど…
レオン。こんな俺であるが…お前との付き合いは続けていきたい。」
「ジークから頼まれる事ではないよ。僕がジークの考えには味方したいとこれからも今まで通りの関係を築きたいと思っているんだから。
これで、今ジークが考えている行動をとって距離を取ったらそれこそ、僕が大嫌いなあの馬鹿な貴族の子息達と同じ人間に成り下がってしまうよ。」
レオンに背中を押されジークは国王へ話をしたいと願いを出した。
そして、現在国王の執務室で国王と宰相と相対している。
「ジーク…今…何と言った?」
「臣下へ降下したいと願います。」
「王族を抜けると申すのか?」
「はい。」
「何故だ!?何故そのような考えに至った!?」
「これ以上、自分の周りにいる者の犠牲者を増やしたくはないからです。
そして、次の犠牲者は自分が大切にしている者かもしれないとも思ったからです。」
「そんな事…!」
「あり得る話です。実際に先日自分の幼い頃からの護衛達が被害に合いました。
俺がなんと貴族達から言われているのか…父上もご存知でしょう?
俺へ暗殺者を仕向ける理由は俺が王太子の座を狙っているのではないかという疑いから俺の事を王太子にしたくはない人間の誰かが考えた事が一番の原因だと自分は推測したのです。父上も宰相もかなり前からその推測に辿り着いていたのでしょう?
それならば、自分はその立場を捨てたいと思います。そして、王宮の外側から黒幕を必ず見付けていきます。
ですから、臣下へ降下する願いを了承してはくれないでしょうか?もう、これ以上犠牲者を増やしたくはないのです。」
ウォルターは握りこぶしにグッと力をいれた。
その時、横にいたジョゼフが口を開く。
「殿下…臣下へ降下したとして一時的なものにすぎないかもしれませんよ?それでも、殿下が今持っているお力を棄ててしまっても宜しいのですか?以前、殿下は力が欲しいと仰有っていたのではありませんか?」
「俺自身は兄上より王太子へ相応しい人間はいないと思っている。それに、自分が今持っている力は俺が手に入れた力ではなくて、与えられた力だ。そんなのは望んではいない。」
「殿下もわかっておいででしょう?臣下へ降下しても王位継承権を剥奪されなければ殿下の継承順位は変わらないと、おそらく今後も命を狙われる事は変わらない事は私に言われなくとも貴方であれば理解しているのでしょう?それなのに、臣下へ降下したいなどと何故お思いになられたのです?」
ジークフリードは自分を見据えてくるジョゼフの視線から目を反らした。
「弟から情けで玉座を譲られてクリストファー殿下は嬉しいとでも?
殿下が講師へ述べる言葉や提出する書類を意図的に拙くしている事に他の者はともかく陛下や私が気が付いていないとでも思っておりましたか?」
「……っ!!」
ジョゼフのその言葉にジークフリードはジョゼフを睨んだ。
「そんなつもりはない…しかし王太子になるのは兄上なんだ…」
ジークフリード自身も気が付いていた。自分の力を自惚れているつもりも驕っている訳でもないが、学べばどんな事も他の人間よりも自分の身になるスピードが早い事も、その学んだ事をより掘り下げたいと感じる感覚が他の人間よりも多い事も、いつからか他の人間よりも能力が高いと思いたくなくとも思わざるを得なかった。
持って生まれた才能と言われれば聞こえはいいが、クリストファーがずっと努力してきていた姿を近くで見てきて、そんな自分が慕っている相手を自分が追い抜いてしまったのかもしれないと自分でも感じ、周りに提出する文章や、言葉をあえて手を抜くようになったのは何時からであっただろうかともぼんやりと思った。
「殿下のその気遣いは余計に残酷でありますよ?
浅はかな子どもの考えとしか思えません。」
「だからこそ、思ったんだ!こんな俺よりも周りから慕われている兄上の方が王へ相応しいと!!俺は…あんな二つ名などいらなかった!!兄上にこれ以上くだらない者達の不快な言葉を聞かせたくはないんだ!」
そんなジークフリードとジョゼフのやり取りを無言で聞いていたウォルターが口を開いた。
「良い……わかった。」
「陛下。本気でございますか?」
「ジーク。そなたはクリスと兄弟間で争いを起こしたくはなかったのであろう?そなたが王太子に興味がなかった事はわかっていた。
そなたもまだ十歳で幼い考えを持っているのだともわかった。
そなたの願いを許そう。」
「父上…」
「ジーク…すまないな…お前の全てを守る力のない私を許してほしい…」
「自分で決めた事です。ですので父上が責任を感じる必要などないのです。父上には沢山の愛情を頂きました。なので…
本当にありがとうございます」────……
そうしてジークフリードは表向きは子が出来ない叔父であるヴィクターの養子として臣下へ降下する事が決まった。
それは……───
自分の呪われたような宿命のようにも感じた。
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