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第31話 追憶⑥ ー試練ー

 毒の耐性を付ける為の訓練はジークフリードが考えていたよりも過酷な日々であった。

 身体中が痺れ動けなくなる事もあった。血を吐いた事もあった。熱に魘された事もあった。

 それでもジークフリードは音を上げる事はしなかった。

 ジークフリードの中にある強い決意で今ある苦しさをギリギリの精神力で乗りきっていた。


 今もジークフリードは毒の影響で高熱と吐き気に襲われ寝台から動く事が出来ずその様子をウェストン家の専属医師と侯爵夫人のカトリーヌが見守っていた。


 そんなジークフリードの様子を離れた場所で見ながらジョゼフはレオンに言葉を発する。


「レオン。ジークフリード殿下のあのお姿を見てお前自身の訓練の時が恐ろしいか?」


「……………恐ろしく…ないと言ったら…嘘にはなります…」


「ウェストン家の嫡男に生まれた事を後悔するか?」


「いえ…まだ僕は未熟でジークのように覚悟は出来てはいませんが、その時までに自分の立場への責務をしっかりと自分自身へ覚悟させ理解します。」


「…………レオン。お前がなるべき『剣と盾』の存在は誰だと思う?」


「え…?」


「言葉に出して答えなくて良い。お前が将来忠誠を誓っている『王の剣と盾』の存在は誰が思い浮かんでいる?」


「父…上…?」


 ジョゼフはジークフリードの姿から目を離さずにレオンへ言葉を続ける。


「お前には何度も伝えていたが、ウェストン家の裏の務めである『王の剣と盾』という責務は忠誠を誓っている王の命の代わりであるという事だ。その為に他の貴族には必要のない、様々な力を付けなくてはならない。そんな自分の力と命を捧げても良いと思う相手は誰だと思う?」


 レオンはジョゼフの言葉に驚きを隠せない。何事にも冷静に判断し、自分の感情は絶対に政には入れないような人間である父親の言葉でないような内容であったからだ。

 レオンも、貴族間の裏で言われているクリストファーとジークフリードの噂は知っていた。そして、その事に対してジークフリードがどう思っているのかも知っていた。

 レオンは、ジークフリードがクリストファーの事をとても慕い尊敬している事も知っており、レオン自身もクリストファーは有能な存在だとは思っていたが、子どもであるレオン自身でもわかるぐらいジークフリードの才能は他の人間と比べる前に別次元であるように感じていた。


「父上…子どもの戯れ言だと思ってお聞きください。

 僕はジークの才能に畏怖を感じるぐらい底がないように感じております。さらに、ジークはそんな自分の力に胡座をかく事も頭にはなく、努力する量も他の人間の比ではありません。

 だからこそ、僕はジークの側に居る事が面白く飽きませんし、そしてそんなジークは僕に対しても対等に接してくれる。

 ジークは僕にとって尊敬し対等に関われる存在なのです。」


「そうか…お前は私以上に難しい選択を迫られるやもしれないな…」


 レオン自身も、同世代の子ども達の中で他の子どもよりもかけ離れた才能を持っていた。それ故に同世代の子ども達との交流は自分と対等に関われる相手がいなくつまらなく、そして周りの子ども達は親の生き写しのように身分や性格の弱さで相手の事を見下すような姿の者も多くそんな者達をレオンは軽蔑していた。

 だからこそ、レオンにとってジークフリードと共にいる事は刺激が多く尊敬をも持てたのだ。相性が良かったという事もあったのだろう。

 ジョゼフ自身自分が忠誠を誓う王太子を決める頃ウォルターとヴィクターとの間で今ほどではなかったが、多少派閥があった事を思い出す。だが、次代の立太子の時は自分の頃以上に貴族間で荒れるのではないだろうかという苦悩が尽きなかった。


 そんなジョゼフとレオンの横を小さな影が走り過ぎていく。


「フィーリア!?ここに来てはいけませんと、あれほど言ったでしょう?」


 フィーリアはジークフリードが苦しみながら意識が朦朧としている側で付き添っていたカトリーヌの横に立つとジークフリードの手を握った。


「私がジークの側にいる!」


「殿下は遊びに来ている訳ではないのよ?自分のお部屋に戻りなさい。」


「いやっ!ジークが苦しんでいるのに離れたくない!」


「フィー!いい加減になさいっ!」


「カトリーヌ。フィーリアの好きにさせなさい。」


「でも、あなた…」


「フィーリア。以前も伝えたが殿下は今戦っておられる。それは、理解しているのか?」


 フィーリアはそんなジョゼフの言葉に頷くと言葉を発した。


「とても大切な事と戦っているとわかってます。でもジークが…苦しい事に勝てるように一緒にいたいの。」


「その方が殿下も弱気にならないかもしれないな。

 お前の思うように側についていなさい。ただし、今の殿下はお前の知っている普段の殿下とは違い、必死に戦っている事だけは覚えておきなさい。」


「はい!」


 ◇*◇*◇*◇*◇



 寝台の上で胃がねじ切れるような痛みと不快感に苦しめながら血の混じった吐瀉物を何度も嘔吐し身体の痺れとジークフリードは戦っていた。死んだ方がましという言葉が今の自分の状態にとても合っていると苦しみながら感じていた。

 それでも必死に耐える。


(ここで、屈して堪るか…卑怯な人間の思い通りになんて絶対にさせない…この自分の手で黒幕を絶対に捕らえてやる…)


 吐き気の間にウトウトとしていたジークフリードはふと目が覚める。

 未だ胃の中の不快感は治まっていなかった。

 ふと、自分の手を包む柔らかく温かい感触に気が付きそちらに視線を向けるとウトウトとしながら自分の手を握っているフィーリアがいた。


「フィー…?」


 掠れた声でそう思わず呟くとフィーリアは閉じかけていた瞳を大きく見開きジークフリードを見詰めた。


「ジークっ!」


「こん…な時間ま…で…ここで…何を……」


 フィーリアはジークフリードの握っている手に力を込め、言葉を紡ぐ。


「ジーク…大丈夫…大丈夫よ…」


「え…」


「ジークが大切な事の為に辛い事を頑張っているって父様から聞いてちゃんとわかってるわ。だけど…側についていたかったの…」


「フィー…」


「おまじない…辛いのが少なくなるって……母様が…いつもしてくれるの…だからジークにも…って…」


 フィーリアの気持ちがジークフリードは嬉しかった。

 それが別の人間だったらそうは感じなかったのかもしれない。

 しかし、その相手がフィーリアであったからジークフリードの胸の中は温かくなるような感じがした。


「フィーが…傍に…居てくれたら…それだけで…俺は…頑張れる…」


 ジークフリードの言葉にフィーリアは零れるような笑みを浮かべた。

 その笑みをジークフリードは愛おしく感じる。そして、心の中に現れる思いは───


 ───この笑顔を守れるような力を持ちたい……


 ───大切な人をもう失いたくない……


 ───どんな困難も乗り越えられるような…卑怯な人間の思惑などに振り回されないような…そんな強い力が欲しい……


 そんな、思いを感じていた。


 ◇*◇*◇*◇*◇


「殿下、これで最後の試練になります。」


 ジョゼフはジークフリードの前に毒の入っている小瓶を置いた。

 ジークフリードは漸くここまで来られたと思っていると、ジョゼフの眼差しが鋭くなった事に気が付いた。


「宰相、何かあるのですか?」


「殿下は、本当に察しが良いですね。

 この毒は今までの毒の中では今のところ一番強い毒性を持っております。無味無臭、混入されても恐らく致死量を口にしてからでないと気が付かないでしょう。それすらも気が付かず死に至る事もあるほど致死率も極めて高いものです。毒の耐性を付ける訓練にこの毒は殆ど使われる事もない、其ほどまでに危険な代物です。」


「そう……ですか…しかし、今回の訓練で使用するということは、俺がギリギリまでの耐性を付けたいと言ったからなのですよね?

 それならば躊躇う必要はない。覚悟ならとうにで来ている。

 ………まだ、何かあるのか?」


「この毒は殿下の母君であるアリア様の命を奪った毒でもあります。

 この毒を使うということは、肉体的にかなりの負担が生じ危険がかなり高くなるという事と同時に、殿下の精神上にも多大な負担がかかるかと思われます。

 どう、なされますか?」


 ジョゼフの言葉にジークフリードはヒュッと息が詰まった。

 未だにあのアリアが死んでいく様を鮮明に思い出す事が出来る程ジークフリードの心の中には大きな傷となっていた。

 その原因の毒物が目の前にあり、嫌な汗が出てくる。


「……問題ない…」


「殿下は、どうしてここまでされたいのですか?

 王族でもここまでの毒の耐性を付ける者はおりません。命を狙われていても殿下の傍には仕えるものが大勢おり、殿下の事をお守りしています。」


「……これ程までの強い毒を使うぐらい相手は俺の事をなきものにしたいと考えているのだと思います…

 そんな者の思い通りになんてしたくはない…

 それに…」


「それに?」


「力が欲しい。」


「力とは?」


「どんな事にも、どんな人間にも自分だけでなく周りの大切な者達を守れるような力が欲しい。守られるだけの人間になんてなりたくはないんだ。」


「殿下のお覚悟よくわかりました。今の殿下であれば耐える事が出来るでしょう。」




 アリアの命を奪った毒はジークフリードにも躊躇わず牙をむく。

 焼けるような痛みを身体全身をおおう。身体中の痙攣が止まらない。

 何度も血を吐いた。

 こんな少量なのにこのような状態になるのなら、母はどんなに苦しかったのだろうかと苦しみで朦朧とする中ぼんやりとジークフリードは思った。


(あの時、母上はこんな苦しみの中自分に伝えてくれた言葉……)


『自分の宿命(さだめ)に捕らわれないで、しあわ……』


(──幸せになって…?と…母上は伝えたかったのだろうか…?

 俺の幸せとは何なのだろうか……?)


「………ークッ!」


(誰だ?俺を呼ぶ声…?)


「ジークッ!」


(誰…?)


 ──霞んで見えたのは……


「ジークッ、目を開けてっ!!」


 ──涙を沢山浮かべた君だった……


「……フィー…」


 掠れたジークフリードの言葉にフィーリアはジークフリードに抱き付いた。

 そんなフィーリアの小さな背中に震える手を回す。


 ───俺は…この子を誰の手からも守りたい…

 この子を笑顔にするのは自分でありたい……


 この日ジークフリードはそんな事を強く決意した。





 ………───そして月日は流れ二年後…ジークフリードが十歳の時大きな決断を下す時が近付いていた。



ここまで読んで頂きありがとうございます。

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