2.超豪級戦艦デラウエァ 前編
久しぶりだね、諸君。
憶えてくれているかな?
僕の名前は小片仁。
この世界では御主人様・ジンと呼ばれている者だ。
王とも神とも崇められる存在なのだよ、いや大したことはないんだけどね、ハッハッハッ!
大したことはないんだけど、僕の一言は、アルフレイ・ランド全土を上げて水着祭りを開催するほどの力を秘めている!
水着だよ、水着。うらやましいだろう? 庶民の諸君!
白い水着のM字座りを正面から見られるなんて一生に一度有るか無いかだよ、パソコンにかじりついている諸君!
……そうだよ。
よく考えれば、裸でなくとも水着だけで充分楽しいじゃないか! 目の保養じゃないか! 普通の人生生きてちゃお目にかかれないレアイベントだったんだ。
もっとよく見ときゃよかったよ! 半分眠っちゃってたもんなー、トホホ。
ゴホン!
話を戻そう。紳士は何時までも過去を引きずっちゃいけない。何事も前向きに考えよう。
さて、
僕は、綺麗なエルフィのお姉さん達からは「マスター」と尊称で呼ばれ、慕われているんだ。
そして僕専属のエルフィがクレアさん。クレア・コウジュ少尉だ。
短い銀髪はオールバックに撫で付けられている。その細さと輝きから銀メッキされたヘッドセットと見まごうばかりの美しい髪だ。
エルフィ特有の、金色の瞳がちょっと怖いが、言うまでもなく美人。たぶんエルフィ一番のきりりとした美人。
凶悪な胸、視線を誘う細腰、攻撃的なヒップ、悪魔の太股を装備したグラマラスなボディの持ち主。そう、それは生きている凶器。
薄グレーの軍服は、肩パット代わりの肩章部分以外が、体に吸い付くようにフィットした生地。
体のラインを強調したデザインが大変集悦。動く度、複雑な曲線を構築する。
ラインもろ解りのタイトミニを採用してるあたり、軍服飾部の本気度がうかがえる。
実にけしからん! 一度きっちりと話を通さなければならない。密かにまとめたデザインに関する新規稟議書を審査してもらわなければならない。
ところで……。
そのクレアさんが今朝から異常運転中な件なのだが。
「現在時刻ハチマルヨンマル。出発10分前。各自チェック!」
本日7回目の行動確認が入った。
「手続き用書類オッケー! 電装オーケー! ハンカチ、ティッシュ類オッケー!」
都市迷彩模様のバッグを覗き込んでいたクレアさんは、巨大な姿見の前に移動した。
「身だしなみ、オッケー! 勝負下着、オッケー!」
胸元とスカートを僕に見えないように覗き込む。
見事な腕前だと感心するが、下着まで気合いを入れるとは、どういう風の吹き回しか。
クレアさんのチェックはまだまだ続く。
「メイク……ぬぬぬ……」
集中していると言うより上の空といった風体。そこで……。
「勝負下着、何色ですか?」
「可愛いレースを入れた純白だ。人間……もとい、エルフィは死ぬとき、身に着けるのは下着だけだからな。真っ白でなくてはいかん!」
どこのカブキモノだよ。
「よし、メイクもオッケー!」
整形手術を凌駕するというエルフィ秘伝のメイクもバッチリらしい。なにせメイクの下の顔は……。
「ジン、貴様、何かよからぬ事を考えておる顔をしているな?」
「いや、クレアさんってエスパー?」
「やはりな――」
「あ、もう時間じゃないんですか? そろそろ出かけましょうか?」
チェックしている間に10分が過ぎた。
「よし! 全装備! バッグよし! ミアよし! 出動!」
クレアさんは、バッグとミアちゃんを小脇に抱え、なまら勢いよくドアを開けて出て行った。
一人取り残された形の僕も、小走りで後に付いていく。
本来、僕が招待されたイベントなんだけどね。
ま、今回ばかりは仕方ないか。
なにせ、半年ぶりの母子対面なんだから。
これから僕たちは、クレアさんのお母さんが艦長を務める超豪級戦艦デラウエァの視察という名目の見学会に出かける。
アルフレイ・ランド軍部、陸上軍と海上軍の勢力競争の落としどころなのだ。とても大事なイベントである。
エルフィは人間ではない。
生物ですらない。
その扱いは物に等しい。
エルフィは成人した姿で生まれる。いや、生産される。
彼女たち(便宜上、彼女とするが)は「今」の姿でロールアウトする。
遺伝子を持たぬ彼女たちは、体の中に設計図を持たない。
設計図は外にある。
コウジュ・タイプ。リイラ・タイプ。カヅネ、トニカ、リョウカ等とナンバリングされた74種の金型を元に作られるのだ。
フィギュアの金型をイメージしていただければ、だいだい合っている。
余談だけど…。
クレアさんの友人に、マルタ・コウジュという、フェロモンお姉さんがいる。
同じコウジュ・タイプの金型からロールアウトしたエルフィだ。
物理的に、顔かたちは同一のはずだが、メイクや髪の色や形、それに雰囲気や性格が違っているので、まったくの別人に見える。
だから、エルフィに母親はいない。物理的に存在しない。
だが、クレアさんには……ちょっとした理由で母親がいる。もちろん、生みの親ではない。
あえて言うなら育ての親か?
そんなこんなでクレアさんの御母堂、リマリア・リオン大佐と間もなく対面なのだ。
どんな美人なんだろうなー。
クレアさんによく似た……血は繋がってないか。リオンタイプだしね。
そんなこんなのなんじゃかんじゃで、海上軍の艦船係留港へとひた走るのであった。
走ると言ってもランニングじゃないよ。
対面シート式冷蔵庫付バー仕様の六輪胴長豪華特注車両で移動しているんだよ、庶民の諸君!
総革張りのシートに身を沈めながら、ミアちゃんと一緒に外の景色を見ていた時である。
「実はな、ジン。折り入って頼みがある」
クレアさんは居住まいを正して目を泳がせていた。
なんだろう? 珍しい事もあるもんだ。
「なんでしょう?」
こちらも背筋を伸ばしてみる。
「母と会ったら……抱いてやってほしい」
抱いてやってほしい。抱いてヤッテ欲しい。抱いて、ヤッテほしい。
痛て、痛ててて。ちょ、ポジショニングが……。
「勘違いしている様だが――」
クレアさんは僕のテントに視線を落とした。
「男女の関係に堕ちよ言ってるのではない! ハグだハグ! それも軽めのを!」
……あ、そっちの抱くね。はいはい。
いや、しかし、クレアさんの母とはいえエルフィはエルフィ。バキューンなバディの美女である事は疑いない!
諸君、これは願っても無い事なのではないのかな。
「フフフ、お任せ下さい。フフフ」
「いや、やはりやめておく。忘れるがよい」
それっきりクレアさんは口を利いてくれなくなった。
車を走らせること小一時間。
港へと着いた。
車から降りると、潮の匂い。
小学生の昔、そう、三年ほど昔、海水浴で親しんだ匂いだ。あのころは僕も子供だった。えーと……、二年前だったっけかな?
成層圏まで突き抜けそうな碧い空にカモメモドキ三羽ばかし飛んでいるのがなんとも平和。
目の前の重量物がなければの話だ。
超豪級戦艦デラウエァ。
軍艦なのに真っ白なのが意味不明。
僕が知ってるどの時代の戦艦とも一線を引いた画期的なデザイン。
強いてその勇姿を表現するなら、……何に一番近いかとなれば、……ノアの箱船だろうか?
先端部は……ちょっと短いけど、まあ普通。そこに二連装砲塔が二基装備されている。
そこまでは見慣れたデザインだ。
砲塔から後ろ。普通の戦艦で言えば艦橋塔のあたりから後ろが、巨大な箱物で構成されていた。
大航海時代の船上居住区とお城の城壁をフュージョンさせた様な個性的な作りが特徴だ。
後部砲塔はない。
きちきち艦尾まで巨大構造物で構成されている。
前四分の一以外を城壁で覆ったような独特の作り。すごく重そう。あと、バランスがなんか腰高っぽくて変。
そんなのが遠目に見える。
口を開けて見とれていたら、ドヤ顔のクレアさんが咳払いをして並んできた。注意して聞けと言う合図だ。
「超豪級戦艦デラウエァ。そのスペックは――、
全長375ルメートル *注1)
全幅65ルメートル
排水量10万ルトン *注2)
主機関は水素タービン式エンジン6基。電動推進器4基。
巡航速度25ルノット *注3)
最大速度35ルノット超。
武装は、主砲の41㎝電磁式実弾砲が4門。機銃砲並びに速射砲塔多数。ミサイル発射管6門。その他は機密。
どうだ? すごかろう?」
鼻の穴を膨らませているクレアさん。自発的に自慢するのは珍しい事だ。
まさかスペック厨だとは思わなかった。
不確かな記憶を探るに、全長は、……たしか古い方の大和で270メートルほど。新しい方でも333メートルだったかな?
巾は40メートルもなかったと記憶している。排水量も古い方で10万トン以下だったはずだ。
以上のことから鑑みるに、縦横サイズと重量だけで超大和級と呼んで差し支えないだろう。
大和は超弩級、それを豪快に超えるから超豪級なのか? 毫雷巨烈にあやかってだろうか?
その辺はマニーアじゃないからわからないが、たぶんそんな感じで合ってると思う。
「早く行こう、早く」
相変わらずミアちゃんを小脇に抱えたまま、先頭に立って歩き出すクレアさん。日頃の沈着冷静さからほど遠いその姿を、情けなくも懐かしく感じるが……。
たまにはいいだろう。
次話、超豪級戦艦デラウエァ 後半 に続く。
注1) 1ルメートル = だいだい1メートル。
注2) 1ルトン = ほぼ1トン。
注3) 1ルノット =約1ノット。




