1.月例ラタイ祭り
やあ、僕の名は小片仁。
そっちの世界じゃ中学二年の男子だ。
人生で一番頭の悪い季節だとか、妄想の世代とか言わないでくれたまえよ。
僕は実績と権力を兼ね備えた紳士なんだからね。
こっちの世界では、マスター・ジンとしてヨロシクやっているのさ、ハッハッハッ!
そう。こっちの世界というからには、異世界だよ。
異世界といっても、風呂もない汗くさい剣と魔法物じゃない。シャワーや水洗ウォシュレットトイレを標準装備した立派な文明を誇っている世界さ。
高層ビルに次元移送機関。内燃式エンジン自動車に各種電気電子機器。超薄型の対爆対砂耐熱ノートパソコンだって普通に売っている近未来の世界。無いのは飛行機くらいだ。
今だって、このお話を最新式ノートパソコンで書いているんだぜ。先に言っとくけど、タブレット型が普及してないのは単に文化の違いだよ。
ちなみに僕のこの部屋、ビルのワンフロアぶち抜きだ。テニスコートが一面入る部屋でくつろいでいるんだよ。
ぶち抜きだっつってもコンクリ打ちっ放しの殺風景な座敷牢じゃないんだよ、諸君。
ここにあるのは全てオーダーメイド。最高級ホテルの上を行く装備と快適性らしいよ。
ま、慣れちゃったんで自覚は無いけどね。ハッハッハッ!
どうだい? 羨ましくないかね、庶民の諸君? 僕は最近食傷気味なんだがね、庶民の諸君。
「ミアッ!」
膝の上でネコ耳の二歳児の幼女がグルーミングしている。
尻尾の付け根を撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らして甘えてくる。
この子は金獣の幼体でミアちゃんという……。
おっと、通報はよしてくれたまえ!
いろいろと訳があるのだよ。大人の世界には!
ちなみに、僕はロリじゃないからね。大人のお姉さんが大好きなだけさ。マドモアゼル!
ここは常春の国アルフレイ・ランド。
とある次元の、とある惑星に、カブトムシの雌が腰を捻ったような形、もしくはデフォルメされたタツノオトシゴに似た形の、ささやかな大陸があると思っていただきたい。
その大陸こそが、その惑星でただ一つの大陸こそがアルフレイ・ランド。
僕はこの世界の神様……みたいなもんだ。
ちょうど1週間前の事だ。
僕はアルフレイ・ランド壊滅の危機を救った。それはもう命を張った大冒険に次ぐ大冒険だった。
それもこれも、時間を遅くする「能力」を持ていたからこそ……いや、いや、いや、厨二病じゃないから! ぼくがかんがえたさいきょうのうりょくじゃないから!
時間と空間を移動した際にだね……特異点っつってね、えーと……。
詳しくは……どこかにその時の冒険譚を載っけたんだが……どこだったっけな? 捜してくれたまえ、庶民の諸君。
そんなこんなでアルフレイの住民百四十万体に絶大な支持を得ている僕である。
そして、ちなみに……。
アルフレイ・ランドの住民は全員、女性体である。女性体である。大事なことなので二回言った。
それも全員、すごい美女。ばっつんばっつんの美女軍団!
大事な事だから念のためもう一度言う。全員オニャニョコ。それも絶世の美女ばかり!
もうね、正当派タイプからアイドル、妹、ロリっ子、クールビューティ、清純派。果てはフェロモンムンムン型お姉さんに全てを任せなさいタイプまで、全種類取りこぼし無く取りそろえております。
これが全部僕の物。そして全員が僕に恋している。
脱げと言えば衆人の中でも脱ぐし、夜伽を命じれば我先にとベッドへ忍び込んでくる始末。
フフフ、これじゃ身体が保たないよ。誰でもいいから少し受け持ってくれないかね、庶民の諸君!
おっと、通報はよしてくれたまえ!
なにせ、アルフレイのおにゃにょこ達は人間ではないんだからね!
エルフィと言って、疑似生命体だから、人権という物が無いだよ。
我ら人類がお猿さんから類人猿へ、新人を経て現代人へと進化していったのに対し、エルフィはというと……。
南極1号 → ラブドール → エルフィ。
そういうことだ。
もう少し詳しく説明すると、どこかの高次元の者達の社会で、女性に関する人権の擁護が高いレベルで行われたのだ。と、コトシロさんが言っていた。
それ自体は間違っていない。むしろその理論と理念は正義なのだろう。開発当時、どこからも異論は出なかった。
紳士である僕も異論を挟まない。
ただ、彼らは、実践の方向を全力で間違っていた。これだから高次元の人間はダメなんだよ。中学生にダメ出しされるんだよ。
彼らが心血と情熱を注いで作り上げたアルフレイ・ランド。それは、本能に基づく行為を目的とした施設。
それは最強の風俗。
それは風俗の究極なる姿。
熱き漢どもが辿り着いた大いなる隔離施設。
その名は、神風俗アルフレイ・ランド!
もうおわかりであろう。
エルフィとは、男性へのいかがわしい行為による接待の為だけに開発されたバイオ・ロボなのである。
エルフィにとって、(健全な)人類男子は神である。まさに創造主そのものである。
彼女らにとってマスターとは、神の代名詞である。
よってエルフィは、マスターに心の底より仕えるよう、焼き込まれて生まれてくる。
彼女らは、目の前に現れた男性を盲目的に恋する仕様へ設定された悲しき半生半機。
機械の一種と設定づけられたエルフィの皆様には、当然の事として人権は無い。また、それを前提に作られたのだから、各種人権保護団体公認である。
アルフレイ・ランド設立の副産物として、暴動や内戦が起こらなくなったという。この効果により、当時の政府までもが手厚い擁護にのりだしたのだ。
また、アルフレイ・ランドよりの上納金はバカにならない数字で、公認を出した人権団体や政府に上納され、大いに潤ったという。
よし、これで人権団体や政府筋からの文句は無くなった!
あそうそう、人権とまったく関係ない動物保護団体シー・トイプードルなる団体まで上納を受け取っていた事が明るみになり、それが発端で件の動物保護団体と正規軍の間に戦闘が発生したと記録にある。
また、記録では難を逃れた一部の幹部が地下に潜り、政府よりテロ組織と認定されたとあるが、よくある話なので気にはとめないでくれたまえ。
アルフレイ・ランド設立は今から四百年前。
……江戸時代より長く続いた由緒ある風俗都市である。文句があるなら最低四百歳まで生きてから、創設者に言ってもらいたい!
よし、これでうるさい批判家の口は封じ込めた。
話戻して……。
アルフレイ・ランドは、多少の流行廃りがあったものの、年間平均四十万人、最高百万人の入場者で賑わったという。
アルフレイ・ランドを設立したこの世界の超人類は宇宙に住んでいて、ビフレストブリッジという空間移動技術でこの地に降り立っていたそうな。
ところが……。
栄枯盛衰、盛者必衰の理が如し。
賑わったのも設立後の百年間のみ。
三百年前からピタリとお客さんの足が途絶えたという。
二百数十年前にたった一人、お客さんが降りてきた後は一人も降りてこなかった。
僕が推測するに、三百年前にナニか上の方であった。たぶん、ここへ降りてくる技術を喪失、または全滅、あるいは宇宙の住居を引き払わねばならぬ何かがあったのだ。
情報が上から降りてこなかった以上、エルフィ達に為す術は無い。
ただひたすらお客さんを待ち続けていた。
三百年間、彼女たちは、ひたすら恋人を待ち続けた。
ある者は絶望し、自らの命を絶った。ある者は気が触れて町に大混乱を起こした。
だが、大多数のエルフィ達は切磋琢磨を怠らず、サービスの向上に努めてきた。いろんな方向へ努力の手を伸ばした。
そして待つ事三百年目にして現れたのが僕だって事さ!
もうね、モテモテ!
何せ、神様と同一だからね。
道を歩けば黄色い声。
視線を合わせれば失神者続出。
はっはっはっ、大変疲れるのだよ庶民の諸君! なんなら代わってあげても良いんだよ、庶民の諸君!
んで今は、冒険を共にしたエルフィのお姉さん、クレア・コウジュさんと仲良くやっている。僕専属のエルフィ。赤くないけど三倍速でなら活動できそうなくらい優秀な個体だ。
毎日キャッキャウフフの、いけませんわマスターいいではないかいいではないか、ハッハッハッ!
つまり? アレだよ?
僕にメロメロ。みたいな?
俺のコレ? 女? みたいな?
もっとも、クレアさんだけが僕の女じゃない。
アルフレイ・ランドに住む全エルフィ百四十万人が僕の女なんだよこれが!
僕の彼女は百四十万人……、いや、人じゃないから百四十万個とカウントしなきゃその筋からチェックが入る。
間違えない様発音を書くとヒャクヨンジュウマンコ。ヒャクヨンジュウマンコ。念のためもう一度コピペ無しで書いた。
リピートプリーズ! ヒャク・ヨンジュウ・マンコ
ノックの音がした。
おや、こんな時間にだれだろう?
こちらの返答を待たず、陸上軍のエルフィが三人、ずかずかと侵入してきた。
都市迷彩戦闘服で短機関銃を持った女の子二人を従わせた士官服のお姉さんが恐い顔をしている。
あ、一人しゃがんで銃を構えた。短いスカートから縞々の布が見えて……。
「何をへらへら笑っているんだジン? 気色悪いな! 出かけるぞ! 十五秒で用意しろ! 急がんかっ、このバカモノ!」
銀髪ショート。キリリとした目元。やや肉厚のセクシーな唇には真っ赤なルージュ。体年齢二十三歳。内年齢二十四歳のおねえさん。
ヅカの男役が似合いそうなクールビューティ。
そんな美人がライトグレーの軍服を着ている。下はタイトミニ。膝から計るより股から計った方が早い短さ。パッツンパッツンの着こなし。
それがクレアさんだ。これが僕専用のエルフィ。クレア・コウジュ陸上軍少尉。
「バカモノってなんだよ! 僕はマスターなんだよ! マ・ス・タ・アー! 僕に命令するんじゃない! パンツ何色だよ!」
「知ってるよマスター! パステルピンクだよマスター! だから何だマスター!」
額を形良い指でとんとんと小突かれた。
金色の瞳が怖い。
ちなみに、エルフィの皆さんは、人間と区別する為、瞳の色が金色に設定されている。
これが近くで見ると大変怖い。
今日もクレアさんは怒っている。
「行くぞ、ジン……もとい、マスター!」
「痛い、痛いって、ちょ、クレアさん痛いって!」
クレアさんと、クレアさんに耳を引っ張られた僕が、連れだって部屋を出て行った。
いや、こんなの僕の趣味じゃないんだからね!
むしろ、お前がクレアさん専用マスターだろうとか、そんなことないんだからね!
「それでは検討事項第三百一号、『海上軍艦船見学会』は、マスター・ジンの賛同をもちまして、来月の十二日と決定致しました」
ワンレグ、ショート、黒縁眼鏡の美人議長の、色っぽい肉厚の下唇より決定事項が報告された。
壇上で議会を取り仕切っているスーパーな美人は、アルフレイ・ランドの運営を民主的に司る議長、レムス・イリアさん。
仕事が出来るブルーグレーを基調としたOL風のスーツは、何故かぴったりデザイン。やたら胸を強調したカットソー。
僕を見ながら短いワンレンを掻き上げる甘い仕草がけしからん。仕事が出来る見かけとのギャップが実にけしからん。
ここはアルフレイ・ランドの、いわば国会議事堂みたいなところ。
人口比からいって、県議会議室クラスなんだが、やたら凝った作りになっている。
一言で言えば、クラブ? 原色のリボンやカーテンで飾り立てられていて、おつまみとかジュースとか出てくる、なんつーか、……いかがわしい?
会場の一カ所から拍手が起こる。残り二カ所は完全無視だ。
僕はそのあからさまな反応に苦笑いを浮かべるしかなかった。
拍手が湧き上がっているのは海上軍関係者席。苦虫を噛みつぶしているのは陸上軍関係者席。よく解っていないのが民間関係者席。
ここアルフレイ・ランドは、お客さんであるマスターが数百年単位で来なかったと言った事は記憶に新しいと思う。
その為、暇を持て余したエルフィ達がなにかと暴走してしまった結果、軍の台頭を許してしまったのだ。
誰と戦うつもりだったんだと設立メンバーに聞いてみたい。事の発端を詳細に調査してみたい。
どうせ接客の努力を間違った方向に切磋琢磨した結果だと思うが……、閉鎖された社会ではよくある話なんだが……。
お水関係者が軍事力を手にしたところでたいした事ないんじゃないの? と言うなかれ。
これが、それなり装備と練度を持っているから驚きだ。
陸上軍は戦車二十両と野戦砲五十門を所持。海上軍は戦闘戦用艦七隻を保持。
下手な国より立派な装備。……ほら、ちょっと前にケティムに喧嘩売られたゼクトールとかいう南の国よりよっぽどましな装備だ。
ちゃんと組織だった行動が出来るし、人命救助もお手の物である。
で、目下、アルフレイ軍部は陸上軍と海上軍で覇を競い合っていた。
現在、僕というキーマンとの関係が深い陸上軍が一歩リードと言ったところか。しかし海上軍もバカに出来ない。
なにせ海上軍兵卒の制服はセーラ服と水着が合体したモノらしい。
けしからん! 風紀上、実にけしからん!
あくまでも高潔な意味で視察を行う必要がある。
また、パワーバランスがこれ以上陸上軍へ傾かない為の楔を打ち込まなければならない! 政治的な行動をおこさなければならない時期に来ているのだ!
それゆえの海上艦船視察である。それも早急にだ!
拳を握りしめ、力んでみる。
「クレア少尉、ここはあなたのご意見を伺いたい」
脳内で様々なシチュエーションを描き、予想対応シュミレートしてる間に、みんなの視線がこちらに集まっていた。
どうやら、僕が意識を高次元へ向けていた間に、会議が紛糾しだした様だ。
陸上軍は僕と海上軍が接するのを断固阻止する腹らしい。
そしてクレアさんは陸上軍に所属する身。陸上軍の肩を持たねばならない。
だがそうする事で、より深い対立を招く結果が予想される。
これはゆゆしき事態である。
「意見具申致します」
クレアさんが起立した。
彼女の軍部での位は少尉である。しかし、アルフレイ・ランドでの立ち位置はもっと上になる。
神に等しいマスターの側付きだ。神託を伝える巫女に等しい。その発言は、政治力を持つ。この国を動かす事も可能だ。
クレアさんの言葉一つで内戦が勃発すると言っても過言ではない!
「間もなく入港する、戦艦デラウエァを推薦致します。長期任務のご褒美として、乗組員とマスターを懇談させる。こんなところでいかがでしょうか?」
みんなの動きが止まった。――みんなというか、軍部の人の動きが止まった。
異様な雰囲気に戸惑っているのは民間関係者のみ。
戦艦デラウエァ。瑞々しそうな名前の戦艦。海上軍所属最新鋭戦艦と聞く。
一週間ほど前の冒険、サバイバル編においてクレアさんから聞いた話だ。
クレアさん育ての母親が艦長として勤務する艦だ。
つまり、身内。
まあ、身内ならマスターを紹介するのは筋かな?
そんな案配の空気が陸上軍の席から湧いて出ている。乗り出した身体を引っ込めてお互いの顔を眺め合っている。
海上軍の席から、これって公式? 非公式? って顔でお互いを見つめ合っているのが見て取れた。
詳しい人間……もとい、エルフィ関係を知識として持たない民間関係者サイドからは、ハテナマークが盛んに上がっている。
当然のこと、僕もその辺の事情は知っている。だから話について行けた。
「うまくまとめましたねーっ」
「簡単な話だ」
ドヤ顔のクレアさんが腕を組んでいた。
でも、軍関係者以外で一人だけ、満足気な表情を浮かべている人……もとい、エルフィがいた。
議長のレムスさん。
この人、事情を知ってる顔だ。情報収集能力が高いんだと思う。まさに才女。
あ、眼鏡がピカリと光った。
「それでは日時の調整は陸上軍、海上軍、ともに連絡を密にして話し合いの上決めてください。では次の議題――」
この話はここまでと、一旦区切るレムス議長。
「三日後に差し迫りました、例祭について――」
議題が代わった。
例祭ってなんだろ? エルフィのお姉さん達に宗教観は無かったはずだが?
「なにも意義がございませんでしたら……」
レムスさんが、なまら凄まじいまでの妖艶な流し目を僕にくれた。
「……前例通り進めたいと思います」
僕を見てにっこりと笑う。
「年一回の恒例ハダカ祭りを」
「え、声が小さかったようですが?」
「失礼いたしました。『裸祭り』を予定度お降り開催致します」
「ちなみに、内容は読んで字の如くでありますか?」
「はい、読んで字の如くです」
今、神の存在を体感した。
庶民の諸君、間違いなく神はいるぞ。証拠は三日後に見せてやろう。
クレアさんが怖い顔をして僕を睨んでいるが、そんなこたーどーでもいい!
「そういえばマスター・ジンは初めてでございましたね。では簡単にご説明致します」
とても嬉しそうなレムスさん。……まてよ、この偉大なるイベントは本来のエルフィ、つまり民間主催。軍部一辺倒だった僕をレムスさんサイドへ導く一手じゃないか?
僕は、きな臭い匂いをかぎ分ける能力を生まれつき持っている。この能力でいくつもの死地をかいくぐってきたのだ。
だが、そんなこたーしぬほどどーでもいい!
「別名、マスター感謝祭と申しまして、全エルフィ百四十万個体が、マスターに感謝し、全裸になって一日を過ごすいう、年一回の恒例イベントです。毎回、各地区や有志グループごとに趣向をこらした『ピー』が行われます。もちろん性的な意味で」
裸。全裸。裸体。
それは芸術など裸足で逃げていく至高の作品。
裸体の前に裸体無し。全裸の後に全裸無し。ただ神は裸体という神々しき美術品を作ったのみ。
年1回。10年で10回。300年で300回芸術祭典が、見学者無しで無駄に費やされたというのか? なんとかアカシックレコード辺りから引き出す方法はないのだろうか? 静止画像でかまわないから。
僕は天を見上げた。鼻から液体の赤い情熱が流れ出てきたためだ。
「あ、ありがとう」
クレアさんが放り投げてくれたティッシュを丸めて鼻孔へ詰め込んだ。
不機嫌そうなクレアさんの画像が上下に揺れているのは、ミアちゃんが首筋をトントンしてくれているからだ。
「あからさまなのがちょっと、というマスターの為に、お祭りの方向性を決めるリクエストも募集しておりますので、どしどしご応募下さい。締め切りは本日二十三時まで。所定の様式にて申し込みお願い致します」
レムス議長は艶然と笑って眼鏡を直した。
僕も爽やかな笑顔で答えた。
「よろしくお願いしまゲフゥ!」
クレアさんが脇腹の一番痛いところを骨法の握りで殴ってきたが、今の僕なら耐えられる。
「皆様ご静粛に。残された議題はいずれも軍関係。金獣達のコロニーに関する議題とニダベリールの要求事項と交渉の方向性について。信奉会の行動規制に――」
残りの議題なんざどーでもいいんだよ!
僕はこのために生かされた。この時を生きる為に!
「痛て……痛てて」
突然の臍下の痛みに耐えかね、おもわず身体を丸めてしまった。
いや、心配するな庶民の諸君。腹痛ではない。ポジショニングが……。
こんなところでアレを手で直すわけにはいかない!
落ち着け落ち着け。
スーハースーハー。
女子特有の甘い匂いが鼻孔中に広がって……。
「痛て……痛てて」
最後の手段、マッスル改造隊の勇姿を思い描いて――よし落ち着いた!
「何をしている。終わったから即座に帰るぞ!」
クレアさんが立ち上がり、書類入れを小脇に抱えていた。
どうやら会議も終わったらしい。
裸祭り会議が終わったらしい。
いや、輝かしい未来が、これから始まるのだ!
なるべく、こう、自然に振る舞おう。
それでなくともクレアさんは勘が鋭い。
あの後すぐ、僕たちは部屋に戻った。
お昼、何を食べたか憶えていない。
ミアちゃんと遊んでトイレ行ってミアちゃんと遊んでトイレ行ってミアちゃんが遊び疲れたようなので晩ご飯食べてお風呂入ってアイス食べて新聞を読んでいる。
その間、常にクレアさんを目の端っこで捉えるようにして様子をうかがい続ける。
今、クレアさんはノーパソを開いて何やら仕事をしている。
このまま手を出さないという選択肢がある。
自動的に三日後・明明後日には神のイベント、裸祭りが全アルフレイ・ランドにおいて開催されるからだ。
そう、放っておいても開催は決定だ。
だがっ! レムス議長が言っていた。眼鏡美女史のレムス議長が言っていたっ!
「お祭りの方向性を決めるリクエストも募集しておりますので、どしどしご応募下さい。締め切りは本日二十三時まで。締め切りは本日二十三時まで」
ここがポイントだ!
問題なく執り行われる決定事項に、口を挟む余地が有る。青年の主義主張が認められる場がある事を幸せに思わなければ、倒れていった先人達に申し開きできない。
漢として!
全裸。それは何もない無。いわば無垢なるキャンバス。
生成生地も良い。だが、漢とは、是非ともそこに色を付けたいと願う生き物。
なにもピカソのような配色は望んでいない。ムンクのような叫びは要らない。
せめてサイハイ。
あるいはガーターベルト。
アクセントが有れば、エルフィのお姉さんはもっと輝ける!
そう、僕は日ごろの感謝を込めて、綺麗なお姉さんをもっと輝かせてあげたい。それが僕にできる唯一の恩返し。
だが、その好意はたぶん邪魔されるだろう。
いや、きっと邪魔をする。
犯人はクレアさん。
現在時間午後八時を少し回ったところ。ミアちゃんは既に眠りこけている。今日は長い一日だった。
壁に掛けられた豪華絢爛な鳩時計を見る。
締め切りまで残り三時間を切った。
「朝から一回、会議後に鬱憤を晴らすようにして一回、うーん、すると夜は無しか、あるいは一回だけ……」
相変わらずクレアさんは嘘の行動報告を書いている様だ。
嘘を書くより事実という行動に出て欲しいものだ。
今夜に限って、そんなこたーどうでもいい。
申込テンプレートは、十中八九クレアさんのパソコンに入っている。
どうにかしてクレアさんをあそこから退かすことはできないか?
だから、昼からずっと気づかれないように様子をうかがっていたのだ。
なるべく空気と化して。存在を無にする。色即是空。
あ、目があった。
「昼から妙に空気をピーンと張りつめたままだが、何を狙っている?」
「あ、いや、え? その、はあ?」
さすがクレア少尉、勘が鋭い。
「裸祭りのアンケートだろう? ジンの秘書を兼ねる本官が代筆してやろうか?」
「え、ほんと? いいの?」
一も二もなくその申し出に飛びついた。
ほんの少しだけ三白眼で睨んだ後、クレアさんはにっこり微笑んだ。うをこのひと微笑むと強烈に可愛い!
「うむ、権利には……行使しない権利もあるが行使する権利もある。もっともジンの場合、下手に押さえつけると何をするかわからんからな。放っておいても祭りは開催されるゆえ」
ガッツポーズとはこの時のために生まれてきたのではないだろうか?
「要望を箇条書きに述べろ。本官が見事にまとめて美麗文書で提出してやろう。えーと、確かここのフォルダに……」
クレアさんがマウスを激しく動かしている。アンケートフォームを起動しているのだろう。
それからの1時間は熱き魂の時間であった。
考えられる全ての要素をブチ込んだ。同世代の男子を代表するつもりで、思いの丈をはき出した。
当然、クレアさんは口出ししてくる。
僕たちは、デスプレイを見ながら、ああだこうだと激論を交わしていった。良い仕事だったと思う。僕とクレアさんは最高のパートナーだった。
「よしよし、じゃあ後はバカな文章をお利口に見えるようにまとめ上げるだけだな。おっと残り2時間を切った。見直しと校正があるから、本官はこれで失礼させてもらう。レムスには本官が責任を持って手渡す故、安心して明後日を迎えろ」
パタパタと手際よく仕舞い自宅を終えるクレアさん。
いつもより手際が良いことに違和感を憶える。
「えーとクレアさん、ちゃんと届けてくれます? まさか締め切りに間に合わなかったとかいったオチは禁止だよ!」
「馬鹿者! たとえどんなに阿呆な任務であっても命がけで遂行するのがアルフレイの軍人たる本官の美学だ! 万が一タイムアウトだった場合、本官が詰め腹を切ってくれよう! いやちょっとマジで時間無いぞ。じゃまた明日!」
クレアさんは、そそくさと部屋を出て行った。
僕は広い部屋にぽつんと残された。とても静かだ。ミアちゃんの寝息だけが聞こえてくる。
僕は宇宙を感じた。あ、ミアちゃんがソファから転げ落ちた。
創立間もない頃より面々と受け継がれてきた裸祭り。
とうぜん、一年前にはクレアさんも強制的に参加させられていたのだろう……。想像すると心臓が激しく動き出してきた。
そのあたりの事を本人の口から語られるなら、それだけでご飯三杯は食える。
落ち着けマイハート。真剣に動くのは明後日だ。それまで十分な休養を取るがよい。お前もだ、交感神経。
けっして消えることのない脳内クレアさん画像(想像図)と共にベッドへ潜り込むのであった。
期待の一日が過ぎた。
クレアさんにしつこいと怒られるくらい確認を取るだけで日は暮れた。
焦燥の二日目が過ぎる。
雨が降っていたが午前中に止むだろう。
相変わらず食べの物味を感じない。
当日。
ぎんぎらぎんの当日。
神はこの日を晴れの日と定めたようだ。
僕は日の出と共に起き(一睡もしなかったが)、軽いストレッチを始めた。
広大な部屋を利用して、軽いジョギング。そして筋トレ。
ハッハッハッ、これは日課なのだよ庶民の諸君。
仕上げに熱いシャワーを浴び、純白のガウンに着替え、ソファーに沈み込みながらファンタもどきグレープの入ったブランデーグラスを揺らす。
目を閉じてじっと時を待った。
ポンポポポン!
合図の花火が上がった。
5秒で着替え、15秒でエレベーターに乗り、1分27秒後には外へ出ていた。
既に通りでは往来が始まっていた。
エルフイ達は全て水着。
水着……。
あれ?
ワンピース、ビキニ、白いの、赤いの、黒いの、光ってるの……。
水着のお姉さんがいっぱい歩いてるぅー。
「おはようジン。今日は早いな」
振り向くとクレアさんが立っていた。ニコニコ顔のクレアさんが立っていた。
「クレアさん、これは……」
「うむ、あのあと考えたんだが、やはりお子様のジンにはまだ早いかなーと思ってだな、アンケートを書き換えておいてやったぞ」
「あ、僕知ってる。これって確信犯って言うんだろ?」
「いや、後の祭りって言うんだ」
うまいことオチを付けられてしまった。
僕は四つん這いになって泣いた。
泣き疲れて眠るまで泣いた。
こうして、第一回水着祭りは、賑やかに開催されたのであった。
ご存じの方はご存じの様に、「僕の彼女は百四十万人」の後日談です。
相変わらず仁君は厨二病です。
数話、連載です。
不定期ですので、そこんとこ物投げない様によろしく。




