7月26日 島への到着
船に乗り込んだ類。それから長いこと船に揺られながら、ちょっとした飯を食ったり、景色をぼんやりと眺めたり…インスピレーションに繋がりそうな景色はどれも写真に収めていった。
そうして長い間船に揺られていると、遠くに少し盛り上がっている場所を発見した。そう、そここそが七海島であった。まだまだ島からは遠かったが、確かにそれに近づいていることがわかり、類は船のフロントからフェンスに少し肘をかけて、それを眺めながら到着を待っていた。
「….あれが七海島か…」
そうして15分後、町の家々がしっかりと見えるぐらいに近づいてきた。500mあるかどうかわからないぐらいの、深い緑の生い茂った低い山が二つ…そしてその下の方に広がる民家や港、そして端っこに少しだけもう一つの小さな島が見えたが、すぐに手前の島に隠れてしまって見えなくなった。
白い鴎が海の上を優雅に飛んでいた…かなり近づいてきた時、目の前に不思議な光る鳥が飛んでいるのが見えた。
「….ふっ…俺という夏の到来を歓迎してくれているようだな」
そう言っているうちに、船が船着場に差し掛かり、速度を落としていく。そろそろ着く頃であった。
しかし、遠くの突堤に何やら少し紫がかった、白色の揺らめく影が見えた。類は目を凝らしてそれをよく見てみる。
女の子だ。それも女子高生ぐらいであろうか。長い髪を揺らし、ぼーっと海の向こうを眺めていた。
「….なんだろうな….いや、気にしても仕方がない とりあえず降りるか….」
類はキャリーバッグとボストンバッグを持って、船のスロープを慎重に降りる。そして、その港の周りを感慨深そうに見るが…あまり旅行に出ることがない類にとって、ほとんど初めてであろう長い船旅と、そもそも類が乗っていたフェリーのフロアは4階なので、それなりに揺れていたというのもあり、少々近くのベンチに座って休憩をすることにした。それから休憩すること数分….
「….暑」
真夏の空から照りつける太陽の光は、とても眩しく、灼熱とも呼べる温度をもたらしていた。それでも、それは海や山のない都会のそれよりは幾分かましで、都会の気候にある程度慣れていた類にとっては、耐えること自体はそれほど難しいことでもなかった。しかし、暑いものは暑い。流石にこのまま日向のベンチに座っているのでは体に悪いと思った類は、席を立ち、少しずつ歩き始めた。
島の入り口にはいろんな商店が立ち並び、予想よりもある程度活気に満ちていた。それでも、島民自体の割合はそれほど多くはなく、主に観光客がメインといったところだろう。あるいは、観光客ではなくて、帰省中の島民の家族なのかもしれない。類はそのような光景を眺めながら、鳴瀬の家に向かっていく。神社や、海岸沿いの一本道、そして山を登っていく坂。歩いて、歩いて、歩き続ける。
「しかし…それにしても坂多くね?」
類はその坂の多さに少し辟易した。都会に坂なんてあまりなかったのと、そもそも類は運動をあまりしてこなかったため、その所々で続く坂道は確実に類の体力を削っていった。そしてもう暫く歩いていくと、また民家の集落的なものが見えた。その中を歩いていくと、一つの民家が見えた。
「….ここが鳴瀬か….」
インターホンを押してみる。出ない。少し遠くに行っているのかもしれない。もう一回インターホンを押す。やはりでない。類は仕方なく、扉に手をかけた。招かれているし、別に勝手に入っても怒られないだろうと思った類は、その鍵のかかっていない扉を開いた。
「お邪魔しまーす…..って…中にもいねぇのかよ。」
家の中にいないのに鍵を開けっぱなしなどとは、この家の防犯事情は一体どうなっているのか。
類はその家の洗面所で手を洗い、少し家の中を探す。居間にはちゃぶ台が置いてあり、少し大きめのテレビが専用の台の上に置いてあった。また、あまり手入れをしていないのか、少し埃臭い部屋もあった。
それらの部屋の脇には縁側があったので、そこから広い庭に出た。
すると、その近くに大きめの蔵があった。高さは10mは超えるだろうという大きさで、というかその蔵でも十分に1日を過ごせるだろうというレベルの広さだった。類は蔵に近づいてみると、物音がした。その物音が気になったので、それを開けてみると、凄まじい量の遺品が所狭しと並べられていた。
そして、それを仕分けしている女性が1人。
「あら?…類くん…来たのね。久しぶり。」
その女性こそ、類の従叔母に当たる、鳴瀬美樹である。30はゆうに超えているはずであるが、妙に若々しく、20代….もしかしたらみる人によっては10代に見えるかもしれない若さであった。
「ごめんね….せっかく来てもらったのに、すぐに出てあげられなくて」
美樹、少し眉を下げて、そう言った。しかしながら、その仕草には色気があったが、やはりどこか年頃の少女を思わせるような風貌があったのもまた事実。
「いいですよ。それより、整理、手伝いましょうか?」
類は美樹の持っている書類を半分ほど負担し、持ち上げてそれを指定された場所…台の上にひとまず置いた。旅で疲れているというハンデがあるとはいえ、これを普通に持ち上げていた美樹は一体何者なんだろうか。
すると、美樹は額の汗を拭って、一つ息を吐く。そして、とりあえず休憩することにした。俺も旅の疲れを癒したいのもあるし、それに今日は働きたくもない。
「改めてようこそ…少し疲れたでしょう?」
美樹はキッチンで茶を淹れながら、こっちを見てそういった。そして、茶を淹れると、その淹れた茶をちゃぶ台に置いて、畳張りの床に腰を下ろした。暫くその状態で、類と美樹は静かにお茶を飲みながら休憩した。そして、茶を飲み干すと、美樹は立ち上がり、こっちに来いというふうなジェスチャーで類に手を振った。
類はそれについていくと、あの埃っぽい部屋の前に来た。美樹は振り返って
「ここが類くんの部屋ね….ちょっと…..埃っぽいけど。」
その部屋はまあいたって普通の、小さな、いわゆる書院造りと呼ばれるものだった。
「今日は疲れたでしょう。ゆっくりしとくといいよ…..整理はまた今度ね?」
そう言って美樹はまた別の部屋に行った。その部屋は埃っぽいは埃っぽいが、それよりもどこか懐かしいような、そうでもないような空気が感じられて、妙に落ち着く空気であった。屋内は屋外と比べて涼しかったのもあって、類自身に溜まった疲れが睡魔となって押し寄せてきた。
「疲れた…..昼寝でもするか」
類は畳の上に横になって、暫く寝ることにした。
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次に目が覚めた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「あれ….もうこんなに寝てたのか?」
類は起き上がり、居間にでた。既に美樹が晩御飯を少し低く、広めの卓の上に並べていた。典型的な和風料理だが、島の食材を使っており、新鮮な風味がして体の芯に沁みた。しっかりと食って、手を合わせて皿を下げた。
「もう風呂沸いてるから、先に入っておいで。」
やはり、美樹の声は温かいような、少し高い声だけれど、どこか心に安心感を与えてくれる声だった。類はその言葉に従って、着替えをバッグから取り出し、風呂に入った。浴槽すらも都会の家と比べると広くて、少し違和感を覚えた。しかも、なんだかいい香りがした。女の子の匂いだろうか、だとすると誰だろうと類は思ったが、すぐに凪沙だというふうに結論が出た。アボカドのような….ミルクの匂いのようなそんな香り。
「いや….これは初恋の匂いだ。」
類はその匂いをそう結論づけたようだ。何が初恋の匂いだ。匂いに初恋も何もないだろ。
そうして暫く湯船に浸かった後、そこから出て、タオルで髪を拭きながら類用の部屋に戻ると、そこには既にご丁寧に布団が敷いてあった。類は暫くそこに座り、時間を過ごした。そして、眠くなってきたので電気を消して、布団の中に入り、眠りについた。そうして、この類の夏の初日が終わった。




