第3話:記憶のバグと消えた妹
お越しいただきありがとうございます!
飛鳥創(So Asuka)と申します。
普段はITやAI関連の本なども書いているのですが、今回は「もしも現実世界がコードで動いていたら?」というサイバーSF小説に挑戦してみました。
どうぞ気軽に、肩の力を抜いて楽しんでいってください!
■ Phase 2:記憶のバグと消えた妹
渋谷の交差点でのデバッグ劇から、一週間が過ぎた。
僕の日常は一見、何も変わっていないように見えた。
朝9時にオフィスへ行き、仕様書通りにWebアプリのコードを書き、夜は定食屋で佐藤さんと「お互い、なんとか生きてますね」と微笑み合いながら夕食を食べる。
だが、僕の頭の中——正確には脳神経と同期した視界の端には、常時クリーンなターミナル画面がログを流し続けていた。
『ねえ蓮、今日の定食屋のサバの塩焼き、塩分濃度のパラメータが昨日より0.2%高かったわよ』
脳内で、アリスの呆れた声が響く。
(味覚のデータまでログ解析しなくていいから……)
僕は心の中で苦笑した。
この一週間で、僕は「脳内コンパイル《Mind Compilation》」のコツを掴み始めていた。
街を歩けば、看板のLEDのちらつき、混雑した電車のダイヤ遅延、人々の小さなイライラ——日常のあちこちに潜む微細な「記述エラー(Glitch)」が見えるようになり、僕はそれを脳内で小さな最適化パッチを組んで密かにデバッグしていた。
だが、アリスは言った。
『調子に乗るんじゃないわよ。今あなたが直してるのは、単なる軽微な警告(Warning)ログレベル。本物の悪質バグは、もっと深く、陰湿な場所で育ってるわ』
「本物の悪質バグ……?」
『ええ。たとえば——あなたの“記憶”のようにね』
アリスの言葉に、僕は脚を止めた。
「僕の記憶……?」
『神崎蓮。あなた、本当に一人っ子だったかしら?』
「……は?」
頭の中で、ドクンと強い脈動が走った。
───────────────
◆ 1. 消された人間(DROP TABLE)
「何言ってるんだよ、アリス。僕は一人っ子だ。親父は僕が小さい頃に死んで、おふくろと二人暮らしで……」
『じゃあ、このログは何?』
アリスが僕の視界中央に、赤く明滅するシステム監査ログ(Audit Log)を展開した。
┌───────────────────────────────────
│ 【SYSTEM LOG / CODE】
│ [CRITICAL AUDIT] World_Database.Human_Registry
│ [COMMAND] DELETE FROM Person_Entity WHERE Family_ID = 'Kanzaki_04';
│ [TIMESTAMP] 2024-03-15 14:22:01.009
│ [OPERATOR] System_Admin_Shadow (Permission Escalated)
└───────────────────────────────────
「データベースの……テーブル削除(DROP TABLE)……!?」
僕の手が、強く震え出した。
`DROP TABLE`——それは、データベースから指定したデータをテーブルごと完全に抹消する破壊的コマンドだ。
『二年前の3月15日。あなたの家族空間から、一人の人間の存在記述(Person_Entity)がまるごと削除されているわ。名前は……神崎 葵。あなたの二歳下の妹よ』
「葵……?」
その名前が脳裏を掠めた瞬間、激しい頭痛が僕を襲った。
割れるような痛みの向こうで、忘れ去られていた記憶の断片が視界にフラッシュバックする。
小さな手。一緒に食べたアイスクリーム。雨の日に「お兄ちゃん、傘忘れてるよ」と笑顔で走ってきた少女の姿。
「あ……あぁ……っ!!」
僕は頭を抱えて路上にしゃがみ込んだ。
いた。僕には、大好きな妹がいたんだ。
なのに……なぜ僕は今の今まで、葵の存在を完全に忘れていた!?
『誰かが、現実世界のデータベースを直接改ざん(SQLインジェクション)したのよ』アリスの声が鋭くなる。『あなたの妹・葵さんは、単に死んだんじゃない。世界そのものから“存在しなかったこと”に書き換えられた(Purge)のよ』
「そんな……そんなデタラメが許されるかよ……!!」
怒りと恐怖で、僕の血が沸騰した。
僕の家族を、大切な妹の存在を、コード一行で消し去った奴がいる。
その時だった。
——〈ゴゴゴゴゴ……!〉
僕が立っていた路地裏の空間全体が、まるで歪んだ液晶画面のように激しく波打ち始めた。
壁のレンガがデジタルノイズへと崩れ落ち、頭上の街灯が赤紫色の警告色(Error Color)へと変色する。
『来たわ、蓮! 敵対デバッガー……“闇のクラッカー”よ!』
───────────────
◆ 2. 闇のクラッカーとの脳内コードバトル
空間の歪みの中心から、漆黒のフードを被った一人の男が静かに現れた。
男の顔部分はノイズでモザイクがかかっており、その手には、僕のものより禍々しく赤く発光する特権端末《Root Device》が握られていた。
「ハハッ、見つけたぞ。World Coreのカーネルに野良アクセスしているネズミめ」
男の声は、ボイスチェンジャーで変音された不気味なノイズを含んでいた。
「神崎葵のデータを消したのは、我が組織『オメガ』だ。あの娘は世界の仕様変更にとって邪魔なノイズだったからな。データベースから消去してやったのさ」
「貴様……!!」
僕は叫び、脳内の開発環境を全開で起動した。
(葵を返せ……! 葵の記憶を、存在を今すぐ戻せ!!)
僕の強い感情に反応し、視界に青いコンパイルウィンドウが展開する。
┌───────────────────────────────────
│ 【SYSTEM LOG / CODE】
│ // 蓮の脳内修正コード(妹の存在復元パッチ)
│ $ RESTORE DATABASE Human_Registry
│ $ WHERE Person_Name = "Kanzaki_Aoi" --force
└───────────────────────────────────
「脳内コンパイル……実行(EXECUTE)!!」
〈シュインッ!〉
青い光の帯が男に向かって放たれる。
だが、男はフッと冷笑すると、特権端末をかざした。
「甘いな、新米。`Access Denied(アクセス拒否)`だ」
〈バチィンッ!!!〉
僕の放ったパッチは、男の周囲に展開された強固なセキュリティ壁《Firewall》に弾かれ、粉々に砕け散った。
┌───────────────────────────────────
│ 【SYSTEM LOG / CODE】
│ [ERROR] PermissionDeniedException: Root Authority Required.
│ [WARN] Enemy Firewall active: AES-256 Memory Encryption.
└───────────────────────────────────
「ぐぁ……っ!?」
脳内に激しいショックが走り、僕は膝をついた。コードが跳ね返された反動で、視界が明暗を繰り返す。
「無駄だ」フードの男が冷たく見下ろす。「貴様の書くコードは直感的で泥臭い。ただの代入と復元コマンドだ。暗号化されたセキュリティノードを突破するアルゴリズムの深さ(Time Complexity)が決定的に足りん」
男が特権端末を向け、凶悪な攻撃コードを打ち込み始めた。
┌───────────────────────────────────
│ 【SYSTEM LOG / CODE】
│ -- 敵の攻撃コマンド
│ $ DELETE FROM Person_Entity WHERE Person_ID = #Kanzaki_Ren --purge
└───────────────────────────────────
「死ね、神崎蓮。貴様も妹と同じく、この世界からDROPしてやる」
男の指から、空間を腐食させる真っ黒なデストロイ・プログラムが解き放たれた!
───────────────
◆ 3. コードの覚醒
黒い破壊プログラムが僕に迫る。
死の恐怖と、圧倒的な実力差。
(ダメだ……僕のコードじゃ、あの壁を破れない……!)
その時、脳内でアリスが叫んだ。
『諦めるな、蓮!! 相手は権限(Permission)に頼ってるだけの単細胞よ! セキュリティのアルゴリズムを力技で破る必要はない!』
「アリス……!?」
『相手のファイアウォールの脆弱性《Vulnerability》を見抜きなさい! あなたは誰よりもログを観察できる“デバッグの天才”でしょ!? 相手のメモリリークを探すのよ!!』
「脆弱性……メモリリーク……!」
僕は痛む頭をこじ開け、男の足元に展開されているセキュリティコードの流動ログを極限の集中力でスキャンした。
視界を流れる数万行の暗号化ログ。
その中に、一箇所だけ……わずか0.01ミリ秒の処理の遅延と、解放されていないバッファメモリを発見した!
「見つけた……! ポート443のハンドシェイク処理に、バッファオーバーフローの隙がある!!」
僕の「ログ解析脳」が、最速の最適化アルゴリズムを脳内に描き出した。
単なる復元コマンドじゃない。
相手のファイアウォールの隙間に最小限のペイロードを流し込み、内部から権限を奪取(特権昇格)するエレガントなリファクタリング・コード!
┌───────────────────────────────────
│ 【SYSTEM LOG / CODE】
│ // 蓮×アリスの覚醒リファクタリング・コード
│ public class ExploitBypass {
│ void Execute() {
│ Span<byte> payload = stackalloc byte[1024];
│ Span<byte> payload = stackalloc byte[1024];
│ payload.Fill(0x90); // NOP Sled
│ Target.SecurityNode.InjectPayload(payload);
│ Target.ElevatePermission(UserRole.Admin); // 権限奪取!
│ }
│ }
└───────────────────────────────────
「僕の……本気のコードを受け取れぇぇぇ!!! 脳内コンパイル……リファクタリング実行(EXECUTE)!!!!」
〈——ドドドドドォン!!!〉
僕の脳内から解き放たれたのは、先ほどまでの青い光ではない。
美しいエメラルドグリーンとシアンが織りなす、洗練された螺旋の光のプログラムだった!
光の螺旋は、男の強固なファイアウォールのわずかな隙間へと吸い込まれるように潜り込み——内部から一気に炸裂した!
〈——パーンッ!!!!〉
「な……なにぃ!? バッファオーバーフローだと……!? 馬鹿な、私の暗号化壁が……ぐあぁぁぁぁっ!!」
男の特権端末が激しい火花を散らし、男は後方へ吹き飛ばされた。
空間を侵食していた黒いエラーノイズが砕け散り、元の路地裏の風景が戻ってくる。
「ハぁ……ハぁ……ハぁ……っ!」
僕は膝をつきながら、倒れた男を睨みつけた。
男は壊れた端末を抱え、忌々しそうに僕を睨み返した。
「くっ……神崎蓮……覚えておけ。世界の基幹システム(World Core)は、すでに我ら『オメガ』の手の中にある。妹のデータを取り戻したくば、世界の果てまで来ることだな……!」
男は煙のようにノイズとなって消え去った。
静けさが戻った路地裏。
僕の手元には、男が落とした小さなデータチップが転がっていた。
それを拾い上げると、脳内に微かな葵の声が響いた。
『……お兄ちゃん……助けて……』
涙が、僕の頬を伝った。
アリスが、静かに僕の脳内で語りかけた。
『見たでしょ、蓮。あなたの思考がコードを最適化すれば、格上の敵の壁だって破れる。葵さんを取り戻す旅が、ここから始まるわ』
僕の心の中のコードは、もう二度と折れない。
「待ってろ、葵……。僕が絶対に、世界中のバグをデバッグして、お前を取り戻してみせる!!」
(Phase 2 終)
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