#第27話 無いものねだり
#第27話 「無いものねだり」
中久喜 麗央と
時柳宋 衛久守は
血だまりの広がる砕けたアスファルトの上に向き合う形で立ち、
話を進めている。
「アトランティス計画・・・?」
衛久守が呟く。
「ブルートの制御コードを利用してヤツらを自在に操り、
そのまま全人類を片っ端から始末する計画だよ。
最も、ZZZZZが一度は断念して封印した計画だが、
俺と一部の協力者によって水面下で進められたものだ。」
中久喜はチャラい様子は維持しつつ、
極まりなく物騒な事を口走った。
「それを実行したとして貴様に何の得がある?」
「俺は・・・この世界が、大嫌いなんだよ。」
チャラチャラしていたはずの中久喜が
瞬時に声量を落とす。
中久喜はスタスタと死体のもとへ歩み寄り、
すかさずスマートフォンのような機器を取り出した。
ライトを撫でるように死体に当てると、
機器からピピッと短い読み取り音が鳴った。
「これで効率良く計画が」
・・・その瞬間だった。
いつの間にか中久喜に接近していた衛久守は
その機器を彼の手から抜き取った。
「何のつもりだよ・・・?」
「俺様は”浄化”の使命のもと、
危険因子を排除するようプログラムされている、と聞いた。
記憶が抜け落ちているため詳細は不明だがな。」
「フッ、それは例のバーバレスというテロ組織で使用された
”欲望の電気信号”の効果だ。
お前は元々、ZZZZZの被検体として、
命令に従う人間兵器として働くよう、意図されて生み出された。
つまり、ZZZZZの回し者である俺には従う社会的義務がある。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺様・・・時柳宋 衛久守は
中久喜のヤツに従う義務があるのだろうか?
先ほど、戦いに敗北した慧仁具真は
自分には自由があると言った。
それが正義なのか、不正義なのか、
一体誰が決めるのだろうか?
「な・・・何!?」
俺様は、気付けば
中久喜の顔面を拳で殴っていた。
5歩ほど後退する彼の顔には、戸惑いと、
憎悪が入り混じったような表情が浮かんでいる。
「ふざけるなよ!!時柳宋 衛久守!!
お前が・・・俺に逆らえる理由は何もないんだよ!!」
「お前に逆らえない理由が、
創造主であるZZZZZへの反逆に当たる、という主張なら理解できる。
しかし、お前はZZZZZを裏切って独自で世界を滅亡に貶めようとしている。
そもそもお前に創造主を名乗る資格などないのだ。」
「お前は・・・この世界に希望があるのか?」
・・・希望だと?
「俺は・・・人間が嫌いなんだ。
昔から、いつか神様がこの世界を滅ぼしてくれると夢見ていた。」
「化けの皮が剥がれた、と言っても過言ではないようだな。
言葉が悪いのは恐縮だが、
お前ほど殺し甲斐のあるヤツもなかなか珍しい。」
そう言い、俺様は再び中久喜に走り寄り、
右手の拳を彼の腹部目掛けて突き出す。
しかし、拳が命中する直前、
俺様の右腕の手首から槍型の突起が飛び出すのが見えた。
完全に俺様の意図とかけ離れた身体反応だったが、
既に時は遅かった。
「がああっ!!」
漆黒の槍が中久喜へと突き刺さり、
口から多量の血が吹き出た。
「お前は・・・お前はこれで正義を成したつもりなのか・・・!?」
槍が刺さった状態で目を見開き、
目の前にいる俺様を睨み付ける。
「正義の意味を考える事はしない。
俺様の決断の結果、より多くの民衆への利益が得られるのであれば、
将来的に俺様の行為は正義であったと証明されるであろう。」
俺様が槍を引き抜くと、突起は自動で体内へと吸い込まれるように消滅した。
支えを失った中久喜はそのまま背中を地面へと打ち付け、
仰向けのまま周囲には鮮血の血だまりが広がっていく。
「・・・何をしている!!」
突然、キャピタルタワーの方から
叫び声が聞こえ、背後を振り返る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この俺、萩間 拓が
思わず声につられて走ってきた先には、
チャラ男の中久喜が血を流して倒れていた。
血の量を見るに、もはや助かる見込みはなかった・・・。
そして、その横には黒い服装に身を包んだ
大柄な男が立っていた。
「お前、何者だ・・・?」
恐る恐る、尋ねる。
今襲われたら勝ち目がないような、
それほどの迫力を感じる。
「俺様はZZZZZ社の人間兵器、
時柳宋 衛久守だ。」
・・・ZZZZZ社、人間兵器・・・。
先ほど、岡本 龍星と名乗る男から
情報を入手している。
「加えて、そこに転がっているヤツも
ZZZZZ社の回し者だという事だ。」
「何だと?」
チャラ男新人の中久喜 麗央が
危険な組織の回し者だと・・・?
「あぁ・・・間違いないさ・・・。」
仰向けに倒れている中久喜は
苦しそうに口を開いた。
「やっぱり、俺たちを騙していたのか?」
「そう・・・だ。
俺は人間が・・・嫌い、でね。
この世界丸ごと・・・ブルート使って滅ぼそうとした訳だ。」
「なぜ・・・そんな事を?」
・・・いくら何でも、展開が急すぎる。
「俺は小さい頃から、天才肌の子供だった。
何でもできた。
でも、唯一、”友達”だけが、皆、俺から離れていった。
俺が求めても、いくら求めても、
人だけは離れていってしまう・・・。
それがどうしても・・・慣れなかった。」
「・・・ヴァルゴ戦での戦いの時、
お前は俺と似ていると薄々感じたが、
その正体が今分かった。」
・・・俺も勝負事では負けた経験はほぼない。
周囲から認められ続け、人付き合いにも恵まれた。
だが、人付き合いは俺にとって”邪魔”でしかなかった。
元々人付き合いを拒んでいた俺は、
あの日の事件のせいで、極度の人間嫌いとなり、
俺に近付こうとする人間を積極的に追い払うようになっていった。
・・・中久喜には、彼が求めても
人が寄ってこなかった。
・・・俺からは、俺が求めても
人が去っていかなかった。
「俺は不要な人付き合いを解消したくて、
近付いてくる人間を追い払った。
それでも、俺には人が吸い寄せられるように近付いてきた。
何でも屋という事情もあるがな。」
「・・・隣の芝生は青い、ってか。」
そう言うと、中久喜は咳き込み、激しく喀血した。
「・・・悪いが・・・俺はただ死ぬつもりはない。」
中久喜は血まみれの右手を自身のポケットへと突っ込んだ。
と、その次の瞬間だった。
彼の右手は血しぶきと共に宙を舞ったのだった。
「ぐああああああああ!!」
「無駄な抵抗はやめておけ。」
俺のすぐ隣にいた時柳宋 衛久守と名乗る男は
いつの間にか5mほどの距離を取った場所に立っており、
右手には血が付着した爪らしき突起が生えている。
「ブルートを使わずとも、”ラパシティ”があれば
世界を終わらせる事ができるのにィィィィッ!!」
中久喜はのたうち回りながら自身の血溜まりを広げていく。
「ラパシティ・・・?」
俺はその時、思わず鳥肌が立つ感覚に襲われた。
・・・俺が元いた世界で存在した
感染者を本能のままに行動させる
”欲望ウイルス”ことラパシティ。
その発生を阻止する事が
俺のこの世界での使命であった。
見ると、切断された中久喜の右手は
試験管が握られた状態で転がっている。
衛久守はその試験管を訝しげな様子で観察していた。
「その試験管に触るなッ!!」
俺が叫ぶと、衛久守は瞬時に俺の方を見据えた。
「まさか、貴様も何か知っているのか?」
「俺は・・・未来から来た。
この世界の危機を防ぐために。」
「どうやら、フザけている様子ではないようだ。
俺様に詳しく話を聞かせてもらおうか。」
・・・その時だった。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
視界が揺らぐ。
全身が燃えるように熱い。
まるで、原子爆弾の爆風にでも巻き込まれたかのような衝撃。
「ウオアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
獣のような雄叫び。
周囲はひたすら赤に包まれ、
建築物は山火事の如く、一斉に燃え盛る。
「・・・また化け物のご登場か。」
そう言いながら衛久守が見据える先には、
鮮やかな赤橙色に色付いた
人型のモンスターが一歩、また一歩と近付いてきていた。
確認できるのは、
まるで無数の”銀色の矢”を繋げたマントを肩から降ろしたかのような装飾、
背には怪人のシルエットを大きく増すかの如く円型に配置された大量の矢。
顔には鋭く尖った赤い目が2つ見えるが、それ以外のパーツは見当たらない。
頭部はまるで聖火の如く激しく燃え盛っている。
周囲の建造物と見比べて、身長は2mほどと予測できるが、
そのあまりの迫力から余分に大きく見える。
「連戦でキツいが、俺様が相手を」
その瞬間だった。
衛久守は突然、念力でも使われたような勢いで
10m以上後方へと弾き飛ばされたのだった。
「ぐあっ!!」
彼は背後の瓦礫へと背中を激しく打ち付け、うつ伏せに倒れ込む。
「小型の粉塵爆発か・・・!?」
周囲は、炎怪人のせいで凄まじい熱気に包まれ、
すかさず火の粉が舞っている。
怪人がどのような能力を持っているか分からない状態で
この近接距離を維持するのはあまりに危険過ぎる。
俺は、咄嗟に
背後でなんとか起き上がる衛久守に向かって走り出した。
ヤツと一緒にとにかく距離を取る。
それ以外の対処法はすぐに思い付かない。
・・・すると、ちょうどその瞬間だった。
俺の目の前で小型の爆発が起こり、
体は一瞬で怪人の方向へと激しく弾き飛ばされた。
・・・まずい!!
このままだと怪人へと突っ込む!!
この距離でこれほどの熱気ともなると、
ヤツに接するまで接近したら最後、いとも容易く
全身大火傷で絶命する事は簡単に予想できる。
どうにか手足を振り、もがこうとしても
宙を飛んでいるためにあらゆる対抗手段は絶たれている。
俺は・・・ここで力尽きるのか・・・?
この世界に来た目的すら果たせずに・・・?
その時だった。
宙を舞う俺の背中が何かに触れる。
と、同時に俺はこれまでと反対、
つまり、怪人と正反対の方向へと転がるように着地した。
どうにか両足で着地し、すかさず振り返ると、
1人の女性が怪人のすぐ目の前で倒れている。
進行してくる怪人に踏み潰されそうなその女性に、
俺は見覚えがあった。
「郡川あああッ!!」
それは他の誰でもなく、
元の世界で俺の人間嫌いの原因を作った元凶、
この世界では婚約者である
郡川 春乃だった。
#第27話 「無いものねだり」 完結
ご覧いただきありがとうございます。
今回は、謎の怪しいチャラ男、
中久喜の想いが全て吐き出されました。
そして、現れた”最強ブルート”の前に、
主人公の萩間 拓は死を覚悟します。
しかし、当初は忌み嫌っていたはずの婚約者、
郡川 春乃によって死を免れる事となりますが
代わりに彼女は・・・。
それぞれの目的が明らかになっていく中、
ついに最強の敵が出現。
いよいよ本作はクライマックスに向けて動き出します。
ぜひ、お楽しみに!