#第28話 承認欲求の塊
#第28話 「承認欲求の塊」
「うおおおおおッ!!」
今にも目の前の炎怪人に踏み潰されそうな
郡川 春乃を見て、
俺は思わず怪人に向かって駆け出していた。
感情が全身の感覚を麻痺させているのか、
脚の感覚がない。
「郡川ッッ!!」
俺はもう自分の思考すら制御できず、
右手の拳を怪人に向けて突き出すように全身に加速の勢いを乗せて飛び込んだ。
俺の右手が視界に入ると、
思わずそこへと自身の視線が移る。
ワインレッドの太い鉄骨のような腕へと変貌していたからだ。
「そう言えば、俺はワイズブルートだったらしいなあッ!!」
めいっぱいの力で、
炎怪人の顔面にその鉄骨のような腕を突き付けると、
怪人は衝撃で数メートル滑るように後退した。
すぐさま俺の体は怪人態への変身が解け、
元の人間態に戻る。
「郡川!!しっかりしろ!!」
彼女を仰向けになるように転がすと、
俺は思わず、声を失った。
・・・全身の皮膚は火傷でただれ、
呼吸をするのも苦しそうだ。
医療の知識が少ない俺の目で見ても
もう助からないのは明白だった。
「なぜ・・・なぜ助けたんだ・・・」
俺は自分も意図せず、泣いていた。
辛かった。
この女に対する感情は自分の中で複雑に絡み合い、
自分の中でも結論が出せずにいる。
しかし、俺という人間は
目の前の惨状を見て、確かに泣いていた。
「私は・・・思い出した。
拓は・・・この世界を救える人間だってことを。」
「何だよそれ・・・?
全然、分かんねぇよ!!クソッ!!」
郡川は既に精神に異常を来たしている。
そう考えたが、彼女の虚ろな瞳はまっすぐに俺の目を見据えていた。
「神様が・・・”中二病の神様”が言ってた。」
「フザけんなよ・・・。
死に際に変な設定作りやがって・・・。」
俺の発言に微かに微笑んだ彼女は、
弱々しく「拓、頑張って・・・」とだけ言い、静かに目を閉じた。
その瞬間、背後から
体を一周ぐるっと囲うように何者かの腕が俺に纏わりつき、
そのまま引っ張られた。
「お前死ぬぞ!その女は諦めろ!」
腕は黒く変色した怪人のものだったが、
その声で先ほど弾き飛ばされた人間兵器、
衛久守だと分かった。
と同時に、地面に転がっていた
欲望ウイルス『ラパシティ』が内包された試験管は
熱で自然発火し、瞬時に燃え尽きた。
・・・これで、元の世界で引き起こされたパンデミックは起こり得ない。
俺はこの世界に来た使命を、たった今、まっとうした。
「そうだな、もう・・・何もかも遅いな。」
思えば、俺はただ自分の腕に酔っていただけ。
本当は他人から認められたかっただけなのかもしれない。
何でも屋の依頼人にせよ。
元の世界で協力を要請してきた僧侶服のフォーサーにせよ。
・・・たった今死んでしまった、郡川 春乃にせよ。
そして、そんな事でしか自分の価値を見出せない、
愚かな人間だった。
間違いなく、俺が散々貶していた
郡川以下の人間だった。
「お前はとりあえず、この場を生き抜く事を考えろ。」
「いや・・・俺に生きる価値なんてないだろ。」
俺がいつ死のうが、もう俺の知ったこっちゃない。
そんな感覚に至っていた。
「誰かに認めてもらえなければ、お前は生きられないのか?」
「ようやく分かった。
俺はずっと・・・承認欲求に飢えていたんだ。」
・・・『誰にも認められなくなること』。
それが、俺が最も恐れていた事だった。
パンデミックによる世界の滅亡よりも、
それは恐ろしいことだったに違いない。
「俺様は、人間兵器として作られた。
でもな、人間兵器として生きるのはついさっき辞めた。
・・・自身が正しいと思った事を、
自身が思った通りに実行した。
例えそれが、仕組まれた欲望なのか、
”自身の本来の欲望”なのか分からなくても。」
俺を片手で抱き上げた黒い怪人は、
凄まじい熱を放つブルートから500mほど距離を取ると、
建物の陰に隠れ、敵の様子を窺っている。
「その時初めて、俺様は生きている心地がしたんだ。」
・・・彼はどこか楽しそうだった。
「例え世界の誰にも認められない事でも、自分の行動は自分が決める。
それ以上でも、それ以下でもないだろう?」
そう言うが早く、黒い怪人は俺を放した。
すると、途端に彼は腹部を押さえ、その場に蹲った。
「さっきの風圧による衝撃で
建物の瓦礫が突き刺さり・・・肺が潰されたようだ。
俺様はもうここから長くない。
だから犠牲となり、あの化け物を可能な限り足止めする。
俺様の意思で、お前の命を・・・繋いでやる。」
見ると、先ほど通った道、いや、
見渡す限りのあたり一面が
既に火の海と化している。
赤い怪物はその火の海を走り抜けるように、
距離を詰めてきていた。
「それが・・・お前のやりたい事なのか?
自分を犠牲にしてまで、あの赤い怪物を止める事が。」
「あぁ、そうだ。
これは俺様の勘だが、お前をここから逃がす事で、
俺が望む”浄化”が果たされるような気がする。
それに、今の俺様は、自分の意思を他人に託すしかない。
でもな、本当は・・・もっと・・・生きたかった。」
黒い怪人、衛久守の声が上擦ったのを
俺は聞き逃さなかった。
・・・誰でも”死”を恐れるものだろうか?
今の俺には到底分からないが、
少なくともこの人間兵器は確実に迫り来る死を恐れている。
だからこそ、この男は自分の使命を果たそうとしているのか?
「生きろ!!
お前が本当にやりたい事を果たすために!!」
俺が果たすべき、
この世界を滅ぼすウイルスの破壊は
先ほど完了した。
俺は、これから何をすべきなんだろうか?
・・・一体何をして、”他人に認めてもらえば良い”んだろうか?
・・・気付けば、俺はひたすらに走っていた。
30分、40分ほど経過しただろうか?
自分の意思など関係なく、旧市街地を抜け、
森を抜け、走り続けた。
ふと立ち止まり、背後を振り返ると、
煌々と燃え上がる東京パーマネント・ガーディアンスが
遥か遠くに僅かに見える。
それはまるで、大規模な祭りのようだった。
既に沈み切った日が、それを更に美しく演出させる。
当然ながらそれは祭りでも何でもなく、
ブルートの特殊能力による発火現象だ。
・・・あの大火事で何人の人間が犠牲になったか分からない。
あの化け物を間近で見た俺は、
攻略するなどといった考えには至っていなかった。
・・・これまでの敵とは明らかに格が違う。
俺には関係ないんだ。
俺はこの世界に来た目的を果たした訳だし、
そもそも、この世界の住人ではない。
もう・・・夢から覚める頃合いかもしれない。
そう思った直後、
視界中に物影が動いた。
咄嗟に身構える。
陰の正体は雑魚ブルート、ケルベロスだった。
最も、今の俺はアーマーを所持していないため、
このまま戦えば間違いなく殺されるだろう。
・・・もう、それでも、良いのかもしれない。
ケルべロスは俺が考える間もなく、
すぐに飛びかかってきた。
そうだ・・・殺せ。
こんな役目を終えた人間なんて、早く楽にしてくれ。
存在意義を失った俺を、さっさとこの世界から消してくれ。
もう俺が生きている意味なんてないんだ。
俺は静かに目を瞑った。
・・・恐怖なんて感情は皆無。
むしろ清々しい気持ち、とまで表現できるだろう。
あとは運命とやらに身を任せて死ぬだけ。
次に目覚めるときには郡川が目の前にいるに違いない。
そう思い、体を大きく広げ、自分の肉体が機能を停止するのを待った。
・・・しかし、何かがおかしい。
・・・いつまで経っても、痛みを感じない。
ゆっくりと目を開けた。
すると、そこにはぐちゃぐちゃに惨殺された
ケルべロスの死体が転がっており、
その隣には高校生ほどの男子が
こちらを見て棒立ちしていた。
「危ないところだったな。萩間 拓。」
「誰だ・・・?」
身長は170cmほど。
黒いスウェットに、紫色をメインとしたパーカー。
フードを深くまで被る格好で、表情が見えない。
・・・俺には見覚えがなかった。
「やっぱり、お前には見えるのか。この俺が。」
「何の話だ・・・?お前は何者だ?」
俺がそう問うと、その男子は瞬時に口元を不敵に歪ませ、
思い切り息を大きく吸った。
「俺はあッ!・・・ロイヤル・ハイパワード・チューニクス!!」
あまりの声量に、俺は思わず身構える。
「お前、外人か?」
「あー違う違う!そういう設定だって!
陽遊 基、ヨロシクな。」
彼はフードをヒョイっと脱ぐと、
目を細めて笑ってみせた。
この変な中二病患者との出会いが、
俺の運命を大きく変える事を、
この時の俺はまだ知らなかった。
#第28話 「承認欲求の塊」 完結
ご覧いただきありがとうございます。
今回は重要人物2人が犠牲になってしまいました。
図らずも、この世界での使命を果たした主人公、
萩間 拓。
自分を用済みと判断した彼ですが、
まだ死ねそうにありません。
前作で存在を消された主人公、
陽遊 基が
ワケありでついに登場。
ぜひ次回もご覧ください!




