#第23話 もう1人の人間兵器
#第23話 「もう1人の人間兵器」
黒き戦士、シュヴァイツァー・XDAYと
赤き闘牛、エンシュージアスティック・タウラスは
一般人には目視する事もままならない素早さで
戦闘を繰り広げている。
「なるほど。」
シュヴァイツァーは両手に持った漆黒の槍、
“アドジュ”を連続で突き出し、
防御体勢に移り切れなかったタウラスを
居住施設の壁へと叩き付けた。
タウラスの身体は壁へとめり込み、
動きが止まる。
「ヴォオオオオオオ!!」
すぐさまタウラスは壁から抜け出し、
一直線にシュヴァイツァーへと突進する。
彼は両手の槍を交差させて角の突きを
身体の直前で受け止めるが、
衝撃を抑え切れず、足裏から火花を散らしながら
10mほど後方まで引きずられた。
「無駄な抵抗を!!」
シュヴァイツァーは力技でその角を弾き、
体勢を崩したタウラスの腹部へと渾身の蹴りを見舞った。
「ヴォオオオオオッッ!!」
タウラスは俯くが、その隙を逃さずに
シュヴァイツァーは下から斬り上げるように
槍を突き上げた。
あまりのパワーにタウラスの身体は宙に浮き、
その巨体にシュヴァイツァーの回し蹴りがヒット。
タウラスは物凄い勢いで
先ほどめり込んだ居住施設の壁へと再び激突した。
「貴様の高速移動は
“足裏の摩擦係数の変動”によるものだろう。
これによって地面との摩擦を任意に調整し、
高速移動を実現している。」
シュヴァイツァーの高速移動は
足の異常な筋力、
及び人工的に強化された脳の計算速度によるものである。
しかし、タウラスの高速移動は
地面との摩擦調整によるものだという事を
彼は戦闘の中で見破っていた。
「確かに、これで天候が雨などであれば
俺様の高速移動はほぼ無効化され、負けていた。
だが、地面の状況さえ正常であれば、
摩擦を消すだけの移動に純粋な俊敏性は劣らない。」
タウラスの足裏の摩擦調整は恐るべき能力ではあるが、
瞬時の方向転換は難しい。
そう考えると、”直線状”の高速突進が恐怖なだけであり、
それに対応できる上にあらゆる方向への移動に適したシュヴァイツァーの方が
今回は相性が良いと言えるだろう。
「ヴォオオ・・・オオオ」
壁から這い出たタウラスは瀕死のような様子で
地面へと突っ伏した。
シュヴァイツァーは急な反撃を警戒し、
それにゆっくりと接近していく。
しかし、彼は瞬時に立ち止まった。
彼の行く手には、物陰から突然現れた
1人の小柄な男が立ち塞がったのだった。
「時柳宋 衛久守・・・だね?」
だいぶ大きめの深緑色のジャケットを羽織り、
下もブカブカのスラックス姿。
前髪は先端が口に届きそうなほど長い。
「フッ、だからどうした?
貴様は確か、東京のQtainとやらだな。」
「その通りだ、衛久守。
僕は茂木 桂太郎。
この東京内で一番強いSAS使用者なんだよ。」
男性にしてはだいぶ高い子供のような声でそう言うと、
前髪の隙間からシュヴァイツァーを睨み付けて、
口元に僅かな笑みを浮かべた。
「侵入者である俺様を排除しに来たのか?」
「いや、僕はそんなつもりはないよ?
ブルートであるタウラスを倒しに来たのさ。」
そう言うと、茂木と名乗る男は
SASのドライバーを腰に装着し、藍色のアーマーチップを
バックルの右サイドに挿入。
すかさず藍色をした長方形のメリケンのようなパーツを握り締め、
ベルト上部のイフェクトチップを挿入するスロットを
3つ覆う形でそれをまっすぐ挿入した。
「さぁ・・・楽しい楽しい、戦いの始まりだあああ!!!」
茂木は叫ぶと、
ドライバーのレバーを右側にスライド。
《ロードコンプリーション。
アーマー・ファラオ。
イフェクト・エンペラーシステム!!》
すぐさま彼の身体は藍色の表皮に覆われ、
その上から金色のマントが全体を隠すように覆い被さる。
頭部はツタンカーメンのマスクを模したかのような
金色の装甲に覆われ、顔面はブラインドのように
藍色の横線が規則的に刻まれた容姿となった。
すると、背中から
まるで蟹の脚を連想させるかのような
藍色の光沢のある巨大な爪が
10本ほど前方に突き出すように生え揃った。
「僕は最強のSAS使用者、
“狂乱滅帝キュリアス・トゥデイ”・・・!!」
そう呟いた瞬間、
黄金の戦士は背中の爪のうちの1本を触手の様に素早く伸ばし、
壁に叩き付けられ、よろめきながら構えるタウラスを突き刺した。
「ヴォオオオオオ!!!」
爪はすぐに引き抜かれ、そのまま元の位置へと戻った。
タウラスは腹部を貫かれ、苦しそうに
その場に倒れ込む。
「フッ、容赦もないようだな。」
衛久守がそう言った、まさにその時だった。
倒れたはずのタウラスは瞬時に起き上がり、
衛久守目掛けて例の如く
滑るように突進したのだった。
衛久守ことシュヴァイツァーはそれを寸前で回避し、
両手の槍を横から叩きつけるようにしてタウラスを弾き飛ばす。
しかし、完全に警戒態勢に入っていた彼を
藍色の伸縮する爪が一斉に襲い掛かる。
それらを2本の槍で目にも止まらぬスピードで弾くと、
シュヴァイツァーは30mほど
“新たな敵“から距離を取り、槍を構える姿勢で静止した。
「何のつもりだ?茂木?
俺様には興味がないのではないか?」
「予定が変わったんだよ、衛久守。
それにしても酷いなぁ・・・。
僕の“手駒“になんてことをしてくれるんだ?」
「手駒だと?」
次の瞬間、先ほど弾き飛ばしたはずのタウラスは
再び物凄い速度を伴ってシュヴァイツァーに激突した。
勢いを殺せずに引きずられ、
背後にあった居住施設の壁に突き付けられる。
「・・・フッ、どういう仕組みか分からないが、
だいたい理解できた。」
そう言うと、シュヴァイツァーはタウラスを連続で膝蹴りし、
すかさず回し蹴りで10mほど蹴り飛ばす。
「そもそも、貴様がなぜ俺様の名前を知っているのか、
そこに疑問を持つべきだった。
・・・貴様、何者だ?」
ツタンカーメンを模したSAS装着者、
茂木 桂太郎は
その場で両肩を震わせ、密かな笑い声を漏らす。
「フフフフフ・・・僕も君と同じ。
“ZZZZZ被験体“、
本名は、“皇 慧仁具真“。」
「ほう、これは驚いたな。
まさか、最強のSAS装着者とやらが
俺様と同じ“人間兵器“だったとは。」
・・・時柳宋 衛久守は
アメリカのZZZZZ社にて
優性細胞のみを用いて創造された
彼らにとって最高傑作とも言える被験体である。
だが、今、彼の目の前には、
もう一人の被験体が現れたのだ。
しかも、それが最も強いSAS装着者として、
理由は不明だが敵であるブルートを操り、
自分と敵対している。
「貴様も“例の男“からの命令を受けて
この壁内に来たのか?」
「いや、僕はZZZZZが作り出した
最新作だよ?」
「なるほど。
最新のZZZZZ被検体か。
通りで若く見えるはずだ。」
「僕の実年齢は10歳なのさ。」
衛久守は自分が最高傑作である事は知っている。
しかし、その他の人間兵器についての知識は
限られたものしか与えられていない。
「強大な力を持つ人間兵器を作れば、それらはいずれ
ZZZZZを裏切る事も厭わない。
だから僕は、“人間兵器を指揮する存在“として
最後に作られたのさ。」
「なるほど。
その口ぶりだと、先ほどのブルートのように、
この俺様をも自在に操る能力を
貴様は持っているという事か?」
そこまで言うと、慧仁具真は短い笑いを漏らした。
「そうそう、そういう事になっているんだ!
でも、彼らは気付いていなかった。
とある1人の科学者が僕を生み出す受精卵に細工を仕掛けた。
僕はZZZZZ被検体を操ったりはできない。
でも・・・“ブルート“を操る事はできる。」
「・・・話がずれているな。」
・・・衛久守がそう言うのも無理はない。
ブルートが地球に襲来してから未だに1年半ほどしか経過していない。
それなのに、10年前に作られた被検体の内部には
ブルートを操るための何らかの細工が施されているというのだ。
「僕自身、この計画の詳細については知らされていない。
だからさ、裏切る事にしたよ。」
「何?」
「ZZZZZを裏切り、
その代わりに、僕はこの世界の“仕組み“に辿り着くのさ。」
「フッ、何を言い出すかと思いきや、
最新作はそんな非合理的な理論を主張するのか。」
衛久守は軽く鼻で笑う。
「言っておくけど、
僕は君たち“人間兵器“を鎮圧するための存在。
君たち被検体のデータを用いて作られた、
言わば、最高傑作中の最高傑作だよ?
・・・どうだい?
僕と共に、世界の仕組みに辿り着かないか?」
「断る。
俺様は他にすべき事がある。」
「交渉決裂だね。良いだろう。
この“狂乱滅帝キュリアス・トゥデイ“の力、
死ぬまで見せてやろう。」
衛久守ことシュヴァイツァー・XDAYは
両手の槍を素早く目の前の敵へと構え、戦闘体制に入る。
対する慧仁具真ことキュリアス・トゥデイは
両手を組んだ状態で素立ちして背中の爪を一斉に構える。
――――――その頃―――――
ブルートによる壁内侵入の連絡から
既に15分ほどが経過していた。
俺、萩間 拓は
婚約相手からのDVを受けているという藤崎 寧と共に
キャピタルタワーの展望台に待機していたが、
緊急メッセージによって現状を把握していた。
まず、壁内のブルートは現在も交戦中で
そちらには人手を回さずとも
とある者に処理を一任するとの事。
そして、まずいことに
壁外で戦闘を行っていたヴァルゴの進行が予想を遥か上回る速度であり、
このままだと残り2時間足らずで
東京パーマネント・ガーディアンスまで到達するという事だった。
ヴァルゴを討伐するために
緊急対策部隊が設けられ、
それには司令官の明電 峰隆も含め、
総勢22名の結成となった。
その中には俺も、藤崎の名前もある。
つまり、俺たちは
今から30分後には外の世界で
Sランクブルートの討伐作戦を遂行する事になっている。
「怖いか?」
ベンチに座り、俯いている藤崎に訊く。
「はい・・・。
Sランクブルートでかつ、
攻略法もままならない出発と聞いているので。」
「まさか、初戦がSランクとはな。
まぁ俺も似たようなものだったが・・・。」
藤崎の両手は小刻みに震えている。
どうしても、俺には彼女が哀れに思えて仕方が無かった。
「そこまでして、お前が婚約相手を守る義務なんてあるのか?」
「義務があるかどうかじゃない。
私がどうしたいか、それが全てなんです。」
「なるほどな。
確かに、その思考は重要かもしれない。」
俺がかつて何でも屋をしていた時、
無理な依頼は平気で断っていた。
“自分がやりたくない事はやらない。“
それが普通に通る職種であった事は確かだけど、
そもそもの理屈として何もおかしい事はないと思う。
だから、俺も藤崎を婚約相手と引き離す義理はない。
ただ、今回の件は
”本人が良いから良い”という訳にはいかない気もする。
俺の中に何でも屋の精神が残っているのか、
“自分ができる事はやりたい。“
という意思は強く持っているつもりだ。
「藤崎、安心しろ。
俺も戦闘のサポートくらいはできる。」
そう言うと、藤崎はやや口元を緩めて微笑み、
軽く頭を下げた。
―――――その頃―――――
「・・・久しいな。ケツァルコアトルス?」
「あ・・・あなたは!?
なぜここにいる!?」
東京パーマネント・ガーディアンスの地下留置所には
先日捕らえられたワイズブルート、
ドンナー・ケツァルコアトルスが保管されている。
留置所には、通常、立ち入る事ができる者は限られており、
面会にも司令官である明電の許可が必要である。
しかし、現在起きている壁内の混乱に乗じて侵入するのは
そう難しい事ではなかったらしく、
謎の男との唐突な面会が始まっていた。
「・・・そうやって両翼を縛られていれば
座標転移も使えないだろう?
ここでお前には消えてもらう。」
「あなたは・・・あなたは犠牲を出す事を選んだ。
それも大勢の。
これでは最終的に犠牲者の方が多数を占める事になる!」
ケツァルコアトルスは声を大にしてそう言った。
「フッ・・・犠牲者の数などに興味はない。
俺が求めるのは・・・確かな”救済”だ。」
男はそう言うと、
腰に巻いたアーマードライバーを露出させ、レバーを引いた。
《ロードコンプリーション。
アーマー・アンインストーラー。
イフェクト・パワード、パワード、パワード。》
ガイダンス音が流れ、
男の身体が黒い塵のようなものに覆われる。
・・・全身が黒を基調とした配色で、
胸部には黒光りする分厚い装甲。
身体のサイドには金色のラインが刻まれる。
両肩には四角い金色の装甲が取り付けられ、
そこから背中が隠れるように黒いマントが2枚たなびく。
顔面は金色の十字が刻まれたのみで、
他の装飾は見られない。
左手の甲には一本の鋭い針型ウェポンが装着された。
「あなたは狂っている!!
人を救済するために人を犠牲にするのですか?」
「それは愚問だな。犠牲なしでは何も救えない。
それは私が一番よく分かっている。」
「・・・考え直してください!
おかも」
ケツァルコアトルスがその名を言い終わる前に、
男がその心臓へと左手の突起を突き入れた。
「犠牲を出せば・・・救済は望める。」
男はそう呟くと変身を解かずに、
そのまま牢獄出口へと歩いていった。
#第23話 「もう1人の人間兵器」 完結
前話から時間が空いてしまい申し訳御座いませんでしたm(__)m
今回は衛久守と同じZZZZZ社の人間兵器、
慧仁具真が登場しました。
被検体の鎮圧のために作られた彼の実力は?
さらに、最後には何やら新しいSAS装着者が登場。
前作、ブレイキング・ローズのエピローグに登場している彼が
ついに動き出します。