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白猫は懐かない  作者: 森乃さんご


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3/7

第3話 お前と仲良くはならないから

「薫ちゃんの家に住めばいいじゃない」

「嫌だね」


 次の日、地蔵の前でオレとミコは駄弁っていた。ミコはこの山に棲む三毛猫の妖だ。オレのように人間に化けているのではなく、常時猫の姿である。


「お前、結構あの人の家出入りしてるよな」

「ええ。女の子はかわいいもの。ね、地蔵様」

「そうですねえ」


 地蔵がのんびりと答える。こういう時の地蔵の相槌は適当だ。ミコは都合のいいように地蔵の相槌を解釈することにしたようで、嬉しそうに付け加えた。


「昨晩もあの子の家に行ったのよ。雨宿りさせてもらえちゃった」

「うへえ」


 オレもレッサーパンダに言われたっけな。

 しょっちゅう通っているミコを目の当たりにして、オレは変な声を出してしまう。ミコはオレの反応にフンと鼻を鳴らした。


「あんただって雨苦手じゃない。昨日はどうしてたのよ?」

「松の木の下で雨宿りだよ。寒いったらありゃしない」

「昔はすぐにあの家に行ってたじゃない。なんで薫ちゃんは嫌なのよ? 意地張ってても死ぬだけよ」

「意地なんかじゃ……!」


 ずけずけと物を言うミコに、オレは勢いよく立ち上がった。何か吐き捨てようと口を開く。ミコの不思議そうな翡翠の瞳。地蔵の微動だにしない姿。

 ゆっくりと口を閉ざす。ミコは眉を上げた。


「その姿だって、変化(へんげ)を持続させるのには妖力を使うでしょ。なんで?」

「それは……」


 反論しようとして、オレは自分で自分がわからなくなった。


 オレは、どうしてずっと人間の男子の姿に変化しているんだろう。かといって、ミコのようにずっと猫の姿も違和感がある。


 オレは改めてミコを見つめた。きれいな三色の毛並み。かすかに立ち上る、ミコの妖力。


 ミコとオレは違う。人間に依存しなくても生きていける妖。他人を必要としないくせに人懐っこい。だから、ミコにとってはオレの生き方など所詮他人事、オレの気持ちなんてわかるはずもない。それなのにこいつはずけずけと物を言うんだよな。


「……色々、考えてみる」


 それだけ言って、オレはその場を後にした。ポケットに突っ込んでいた絵葉書を取り出す。きれいな富士山のイラストに重い息を吹きかけた。


 今日も届けに行かなければいけない。


 ****


「まあ、ありがとう」

「ん」


 行くと、ちょうど薫が玄関を掃いていたところだった。いつものようにポストに突っ込んで去ろうとしたけれど、鉢合わせたらそうもいかない。

 薫は柔らかな笑みを浮かべた。


「昨日のフルーツポンチ、残ってるけど、食べる?」

「……うん」


 家にあがる。昨日の居間に通されて、オレはしばらく一人になった。薫は台所に行っている。オレは大の字に寝っ転がった。


 オレは、いいと思えない人と、生き長らえるためだけに一緒にいたいとは思えない。オレはジジババが一番良かった。薫ではなく、薫の祖父母が良かったのだ。オレを孫のようにかわいがってくれた。白いスニーカーだって買ってくれたし、おいしいごはんだって作ってくれた。オレの知らないことをたくさん教えてくれた。そんな二人がいきなりいなくなって、十数年後に来たのは孫娘がただ一人。


『薫ちゃんの家に住めばいいじゃない』

「……嫌に決まってんだろ」


 独りごち、右腕を枕に横になる。

 この山にいる人間は薫だけだ。別の人間を探そうと思えば、この山を出ることも視野に入れなければならない。


 山しか知らないオレが、今さら山を出て、いいと思う人間を見つけられるのか? だったら、このまま見知った環境、見知った妖に囲まれて、天寿を全うするのがいいんじゃないか? どうせ、一月後に神力がもらえなくなっても、三ヶ月程度は持つだろう。変化をやめて妖力を節約したら、もう少し生きられる。


 オレは、このままでもいい。


 そよそよと、外から入ってくる風が心地いい。風に頬を優しく撫でられ、ゆっくりと目を閉じた。


「ましろくん? ……寝ちゃった?」


 躊躇いがちな薫の声が頭上から降ってきて、オレはむくりと起き上がった。薫があっと申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめんなさい、起こしちゃったかしら」


 薫がテーブル越しにフルーツポンチを差し出した。スプーンを手に取って、すぐに一口分すくう。


「……うま」


 ひんやりとした喉越しに、しゅわっとした絶妙な舌の刺激がたまらない。


「そう? よかった」

「お前、こういうの結構作んの?」

「ええ。この家ね、昔は祖父母が住んでいたの」


 フルーツポンチを食べる手が止まった。


 知っている。お前の匂いや、変わらない家の結界から知っている。言われなくても、お前がジジババの孫だったのなんて知ってんだ。知ったうえでお前が気に入らないんだ。


「だから、そのままになっているものも多くて……。このフルーツポンチは、祖母が残した料理本に書いてあったの」


 ハッと顔を上げた。


「料理本……?」


 ババの料理本!


 お尻を浮かせかけて、はてと首を傾げる。


「オレ、ババにこれ作ってもらった記憶ないけどな?」


 薫はふわりと笑った。


「やっぱり、あなたがそうなのね。祖父母から話は聞いていたわ。遺言もあなた宛てに預かってる」

「……ふうん」

「祖父母は——」

「聞きたくないからいい」


 ジジババは、オレの話を薫にしていたらしい。薫やその両親がここに訪れたことはなく、逆に祖父母が薫の家に訪れていたはずだ。ここの山神様は用心深いので、よその人間を山に入れたがらない。だから、ジジが寿命を迎えた時も二人で山を下りて、息子のいる薫の家へ行った。オレも、二人が家を出るときに一緒に行かないかと誘われた。けれど、人間の寿命は短い。すぐに二人は死ぬとわかっていたから、山の外で一人になるのが怖かったから、オレは行かなかった。


 死んだんだろうとは思っていたけど、そっか。遺言ってことは本当に死んだのか。薫はその死に目にあったのか。


 あーあ、やっぱり気に入らないや。


 自分の心がふてくされていくのを感じた。フルーツポンチをのどに流し込んで、薫に背を向けるように寝転がる。


「……オレは、ジジババに世話になった妖だ。そのあとは山神様に世話になって今も生きてる」

「……うん」

「だから役目を放棄することはしない。絵葉書も毎日届けるさ。でも」


 立ち上がって、縁側に向かった。


「お前と仲良くはならないから」


 自分でもわからないけれど、心の中がぐちゃぐちゃだった。

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