三話
しかし、そんなに中ボスのレベルが高いのなら、アルベルトたちはキングビルの時みたいに足止めを食らっているのではないか。そう思ってギルドを見渡してみたが二人の姿はなく、受付に聞いても、随分前に一度立ち寄った記録があるだけだという。
(まさか!)
俺はすぐにイヨツニギツの魔窟へ向かった。
町人の話は大袈裟でもなんでもなかった。魔窟に入って早々、次の町で出てきてもおかしくないようなザコ敵が当たり前に徘徊している。
そいつらを倒しながら最奥まで進むと、イヨツニギツの前に二人の男女が倒れていた。
「アルベルト! セシル!」
呼んでも動かないが、肩で息はしている。
(死んではいないか)
二人を動ける程度まで回復させると、俺は迫ってきたイヨツニギツへ突っ込んだ。今の俺なら多少レベルが上の相手でも力で押し切れるが、五十も差があると話が違った。剣を叩き込んでも浅く、巨大な腕を盾で受ければ両足ごと地面を削られる。久しぶりに一撃ごとに体力を持っていかれる感覚を味わいながら、それでも二人から引き離すようにイヨツニギツを押し返した。
「ううう……マ、マッツン?」
「逃げろ、アルベルト! セシルを連れてー!」
「なっ、マッツン! どうしてここへ!」
「コイツはチート中ボスだ! まず勝てない! 今なら俺一人旅パーティだから逃げられる! 逃げろー!」
俺一人なら、ここで倒されても誰も巻き込まない。以前の俺なら考えもしなかったことだが、今は二人が逃げる時間さえ作れればそれでよかった。
「セシル、起きて、起きて!」
「んんん……アレ……マッツン?」
「ああ、なんだかわからないが助けに来てくれたらしい」
「加勢しよう!」
「そうこなくっちゃ!」
「おいっ、逃げろって――」
言い終わる前に、アルベルトの補助魔法がイヨツニギツを捉えた。それまで押され続けていた力がわずかに緩み、同時に背後へ駆け寄ってきたセシルが、俺の後頭部から回復魔法を注ぎ込んでくる。
「お前ら……」
何年も離れていたのに、俺が前で敵を受け、アルベルトが横から補助し、セシルが後ろから回復する形は昔と何も変わらなかった。
ただ、俺はもう一人で飛び出さなかった。
「アルベルト!」
「右へ回れ!」
「おう!」
指示に合わせて盾を斜めに構えると、突っ込んできたイヨツニギツの巨体が横へ流れた。そこへアルベルトの魔法が叩き込まれ、振り回された腕を盾で防いだ俺の体力を、セシルの回復魔法がすぐに戻していく。
一人では手こずった五十レベルの差が、三人になると少しずつ縮まり始めた。
「マッツン、次で決めるぞ!」
「おう!」
怒り狂ったイヨツニギツが咆哮を上げ、巨体を揺らしながら突進してくる。俺は真正面から盾で受け止め、足元の岩を砕きながらも押し返した。
「今だ!」
アルベルトの補助魔法で巨体が仰け反る。
俺は盾を捨て、両手で剣を握った。
「これで終わりだあああああっ!」
全体重を乗せた一撃を、イヨツニギツへ叩き込んだ。
◇
レベル四五〇のイヨツニギツを倒しても、俺のレベルは一つしか上がらなかったが、四〇レベルほどだったアルベルトとセシルは一気に二五〇レベル近くまで跳ね上がった。
「マッツン、ありがとう。こんな俺たちを助けてくれて」
「いや、謝らなきゃいけないのは俺のほうだ」
俺は二人の前に立つと、これまでずっと考えてきたことを話した。
レベルが上がらなくなり、二人に置いていかれることが怖くて、いつの間にか自分が敵を倒したという結果ばかりを求めるようになっていたこと。勝手に前へ出ればセシルが追い、セシルを守るためにアルベルトまで動かなければならないのに、そんな二人の苦労も知らず、「でも倒したじゃねえか」の一言で済ませていたこと。
キングビルとの戦いでは、そのせいでセシルの魔力を使い果たさせ、あと少し判断が遅ければ三人とも死んでいたかもしれない。それでも俺は自分が悪いとは考えず、追放されてからも強くなって二人を見返すことばかり考えていた。
「それどころか、いつの間にか感謝の正拳突きまで忘れてた。強くなることばっかり考えて、一番大事なことを忘れてたんだ」
「いや、マッツン、それは別に――」
「アルベルト、最後まで聞いてくれ」
「あ、ああ……」
アルベルトが何か言いかけたが、俺は頭を下げた。
「俺、本当に嫌な奴だった。強くなってお前たちの前に現れれば、きっと後悔すると思ってた。俺を追放したことを謝って、戻ってきてくれって頭を下げるんじゃないかって……そんな追放ざまぁ系みたいなことを本気で期待してたんだ」
「いや、その……ざまぁ系?」
アルベルトが困ったようにセシルを見ている。
そりゃあそうだろう。色々苦渋の選択をアルベルトはしてきたんだ。
「えっ? アタシ?アタシは――ちょっとぉ」
セシルも気まずそうな顔でアルベルトを見ているが、これも逆の立場なら俺だってどう対処してよいかわからなくなるだろう。
そしてきっと、俺が自分で気づくまで待っていてくれたんだと思う。
「でも、色んなパーティを見て、やっと分かったよ。俺が一人で戦ってるつもりだった時も、お前たちはずっと俺と一緒に戦ってくれてたんだな。俺が勝手に前へ出るたびにセシルが追いかけて、アルベルトがそのセシルを守ってくれてた。俺が強かったんじゃない。二人が俺を死なせないようにしてくれてたんだ」
「マッツン……」
「だから、あの追放は俺を捨てたんじゃない。俺たち三人が死なないために、アルベルトが決めたことだったんだろ?」
「…………」
アルベルトはすぐには答えず、困ったようにセシルへ視線を向けた。するとセシルも何とも言えない顔でアルベルトを見返し、二人はしばらく無言のまま視線を交わしていた。
「アルベルト?」
「いや……うん……まあ……」
「違うのか?」
「いや、違うっていうか……」
「アルベルト!」
「わ、分かった! もうそれでいい!」
「えっ?」
「いや、なんでもない!」
アルベルトは頭を掻きながら大きく息を吐くと、隣のセシルを見た。セシルは何とも言えない顔のまま小さく肩をすくめ、それを見たアルベルトも、もうどうにでもなれというように笑った。
「マッツン。お前の言いたいことは分かったよ」
「ああ」
俺はずっと、こいつから言ってほしかった。
追放されてから何度も想像した。強くなった俺を見たアルベルトが驚き、もう一度戻ってきてくれと言ってくれる姿を。その言葉が欲しくて強くなったところもあったし、言ってもらえなかった時は、自分がどれだけ強くなっても認めてもらえないような気がして腹も立った。
でも、もう違う。仲間だったなら、向こうから言ってくれるのを待っているだけじゃ駄目だったのだ。俺のほうから言えばよかったんだとようやく気づき、アルベルトの両手を強く握ると、幼い頃から何度も見てきた親友の顔を真正面から見つめた。
「もう一度、俺とパーティを組んでくれ」
アルベルトの目が少しだけ大きくなった。
「今度は勝手に一人で戦ったりしない。レベルが上がらなくても腐らない。お前が勇者なら、俺はお前の前で盾になる。セシルが後ろにいるなら、ちゃんと後ろにいることを忘れない。だからもう一度だけ、俺を二人の仲間にしてくれ」
「マッツン……」
「俺はお前たちと魔王を倒したい」
長い沈黙のあと、アルベルトがセシルへ視線を向けると、彼女は困ったように眉を下げながらも、最後には小さく笑って頷いた。それで腹を決めたのか、アルベルトは大きく息を吐いた。
「……分かったよ」
アルベルトは俺が握っていた手を一度ほどくと、昔、三人で冒険を始めた時と同じように腕を前へ出した。
「帰ってこい、マッツン」
ずっと欲しかった言葉だった。
何度も頭の中で聞いたはずなのに、本当にアルベルトの口から聞くと、胸の奥に溜まっていたものが一気に込み上げてきた。
「……おう!」
俺も腕を出し、アルベルトの腕に合わせた。
そこへセシルも腕を重ねる。
追放されたあの日から、ずっと一人で強くなろうとしてきた。レベルを上げ、強い武器を手に入れ、一人でもどんな敵だって倒せるようになった。それでも埋まらなかったものが、二人の腕が重なっただけで、ようやく元の場所へ戻ってきたような気がした。
「今度こそ三人で行くぞ。魔王を倒しに!」
「ああ!」
「うん!」
三人の腕に力が入る。
こうして俺はようやく、勇者アルベルトのパーティに帰ってきた。




