追憶 勇者の決断
◇
――あの頃。
「なあ、セシル……最近のマッツン、どう思う?」
「どうって、レベルが上がらないこと?」
「いや……そうじゃなくて」
アルベルトは少し離れたところで焚き火に当たっているマッツンを見た。二人は同じ町で生まれ、同じ年に育った幼馴染で、共に二五歳になった今でも昔と変わらず隣にいる親友なのだが、一つだけ昔とは明らかに違うところがあった。
「マッツン……薄くなってないか?」
「やっぱりアルベルトも思ってた?」
二人は声を潜め、もう一度マッツンの頭を見た。まだ二五歳。それなのに以前と比べて明らかに頭髪が薄くなっている。戦士の兜を長時間かぶっていることが原因なのか、それともレベルが上がらないことへのストレスなのか、二人で何度話し合っても答えは出なかった。
「実はアタシ、ずっと試してることがあるのよ。回復魔法で」
「はあ?……まさか」
「マッツンを後ろから回復する時、なるべく後頭部から魔力を入れてる」
「セシル……そうだったのか?」
「でも、駄目なの。傷は治るし体力も戻るのに……いっこうにフサフサになってこないのよ」
「毛根は回復魔法でも治らないのか……」
「ええ。ということは、怪我や病気じゃないのかもしれない」
二人は再びマッツンを見た。思い返せば、頭髪が目に見えて薄くなり始めた時期と、マッツンのレベルが上がらなくなった時期はほとんど同じだった。それからというもの、マッツンは以前にも増して一人で前へ出るようになり、敵を倒しても満足せず、レベルを確認するたびに苛立っている。
「……もしかして、レベルが上がらないこと自体が原因なんじゃないか?」
「どういうこと?」
「レベルが上がらないことで強いストレスを受け続けて、それが身体にまで影響してるとか」
「じゃあ、このまま冒険を続けたら……」
「ああ。もっと進行するかもしれない」
アルベルトとセシルは顔を見合わせた。
「《レベルの上がらない症候群》……」
「そんな病気あるの?」
「知らん。今考えた」
レベルが上がらないから焦り、焦って無茶をするからさらにストレスが溜まり、そのストレスによって頭髪が抜けていく。しかもセシルが回復魔法を毛根から直接注ぎ込んでも改善しない以上、冒険を続けながら治すことは難しい。二人で何度話し合っても、結局その結論へ戻ってきた。
「……一度、冒険から解放してあげたほうがいいのかもしれない」
「でも、マッツンが納得するかな?」
「しないだろうな。あいつ、意地になってるから」
アルベルトは焚き火の向こうにいる幼馴染を見つめた。セシルも物悲しそうにマッツンの後頭部を眺めている。
「言うよ。俺から!パーティを抜けろって」
「アルベルト……」
「一人になれば故郷へ帰るだろ。冒険から離れてゆったり暮らせば、ストレスも少しずつ消えていく。そうすれば《レベルの上がらない症候群》も治って……また、フサフサになるかもしれない」
「……うん、レベルの上がらかない症候群がなんなのか分からないけど、勇者のあなたへ任せたわ」
二人にとって、それは苦渋の決断だった。マッツンとアルベルトは同じ町で育った幼馴染であり、勇者として旅立つことが決まった時、一緒についてきてくれることを誰より喜んだのもアルベルトだった。だからこそ、このまま魔王を目指して冒険を続け、マッツンが二度と取り返しのつかないところまで行ってしまうのを見ていることはできなかった。
こうして勇者アルベルトは、幼馴染の未来を守るため、マッツンをパーティから解放することを決めた。
いつの日か故郷へ帰った時、もう一度――
フサフサになった親友と笑い合うために。
おしまい




