ニ話
「お兄さん、大きい身体をして、随分悲しい酒を飲むんだねえ」
カウンターから声がすると、お酒を作ってくれていたママが一杯奢ってくれた。
「いや、すまない。ちょっと色々ありましてね」
酒のせいか、それとも十何年も流したことのない涙を流したせいか、俺は随分と口が軽くなっていたらしい。気づけば店のママに、これまであったことを一通り喋っていた。
全部吐き出したことでいくらかスッキリはしたものの、胸の奥にはまだモヤモヤしたものが残っていて、それがなんなのか自分でも分からなかった。
「それで、どうしたいんだい?」
「いや、どうしたいって……」
「女はここで今みたいに吐き出しちゃえば終わり。だが男の子は違うだろ?」
女性が本当にそうなのかどうかは、とりあえず置いておこう。しかし『違うだろ?』と問いかけられて考えてみれば、確かにそこだった。
俺はまだ、あの追放に納得していない。
一人で戦うようになった俺は、多分もう勇者より遥かに強くなっている。以前だって一緒に依頼をこなしていたが、今では選べる仕事も報酬も桁が違う。それだけ強くなった姿を見せれば、アルベルトも考えを変えて「戻ってこい」と言うんじゃないかと、どこかで期待していた。
だが、実際は違った。
「アンタは、その勇者にひれ伏してほしかったのかい?」
「いや、そんなことはない」
「じゃあ勇者にどうしてほしいんだい? 強くなって変われたんだろ? アンタは」
「……多分、強くなったお前ならやれるとか言われて、戻ってこいって言われたかったんだと思う」
「じゃあ、強くなったアンタは、勇者が弱いからって、その勇者を捨てることはあるのかい?」
「そんなこと、するわけないだろ!」
「……」
ママはしばらく黙って俺の顔を見ていた。
「答え……出たんじゃないのかい?」
俺は店を後にした。
ママと話したことで、少なくとも《弱かったから追放された》という俺の考えは、どこかおかしいように思えてきた。俺なら仲間が弱くなったという理由だけで捨てたりはしないし、それはアルベルトだって同じだったはずだ。
なら、何が原因だったのか。
自分がどんな言動をしていたのか、一緒に戦っていた時のアルベルトやセシルがどんな顔をしていたのか、もう一度思い返してみる必要がありそうだ。
しかし、それはそれとして一万五千ゴールドは高いと思う。
どういう計算をしたらそうなるのか知らんが、ドラゴンキラーの剣と同じ値段をバーで取られたことは、今まで一度もなかった。
◇
傭兵の仕事を続けていると、今まで気づかなかったことが色々と見えてくる。
日雇いだから毎回違う連中と組むことになり、様々なパーティ群像をメタ的に眺められるのだ。自分が中にいた頃には当たり前だと思っていたことも、一歩離れたところから見ると随分違って見える。
例えば今日のパーティは、完全な勇者至上主義だった。
「俺がいるからお前らがいる! 違うか?」
「「「はいっ! そのとおりですっ!」」」
一見すると非常に気持ち悪いパーティなのだが、これはこれで統一が取れていて、勇者が圧倒的なカリスマとして全員を引っ張っていた。
ブラックドラゴンとの戦いでは、その勇者めがけて巨大な爪が飛んできたものの、俺の《大ぼうぎょ》が間に合わなかった。
「グッ……!」
まともに食らえば相当痛かったはずだが、勇者は声を少し漏らしただけで敵から目を逸らさず、「恐れるなー! 立ち向かえー!」と叫びながら先陣を切ってドラゴンへ向かっていった。
まだレベルもギリギリなのによく耐えている。
危なくなったところで、そっと俺がブラックドラゴンを倒すと、勇者は震える手を押さえながら「ありがとう」と手を差し出してきた。
俺から見れば超身勝手な勇者なのだが、パーティの連中は誰一人として嫌そうにはしていない。むしろ勇者のカリスマがあるからこそ全員が一致団結していて、本人たちも納得してついていっているようだった。
他にも『マジで解散したほうがいいのでは?』と思うようなパーティもいれば、男によって言うことを変えて近づく癖のある女が原因で、色恋沙汰から崩壊寸前になっている女狐パーティなんかも結構あった。
(貧乏神が次の駅までついてくるようだった……)
そんな連中を色々見ているうちに、俺がいた勇者アルベルトのパーティは、どこか子供じみたところこそあったものの、みんな純粋に魔王を倒そうとしていたことを思い出した。どうすれば先へ進めるのか、どうすれば強い敵を倒せるのか、何度も失敗しながら試行錯誤していた。
(どこから変わっちまったのかなー、俺は……)
それから何日か経った頃、【討伐クエスト】でどうしても手に入れたいアイテムがあるという若い三人組のパーティから、傭兵として同行してほしいと頼まれた。
報酬は一〇万ゴールド。相手のモンスターはそこまで強くないが、討伐クエストは何日か拘束されるぶん実入りもいい。今回は討伐だけでなくレベル上げにも付き合ってほしいということで、この値段になったらしい。
何度か戦闘をこなしたある時、複数のオークを倒した三人が、その場で揉め始めた。
「なんでそこで前に出るんだよ」
「回復役が追いつけねえだろ」
「今のお前を助けるために二人動いただろ」
どうやら一人が勝手に前へ出たことで、残りの二人が相当イライラしているらしい。ところが注意された本人は何が悪いのか分からないようで、「でも倒しただろ?」「俺が一番ダメージ与えたじゃん」「結果的に誰も死んでねえし」と立て続けに二人をまくし立てていた。
「ははっ、揉めてるわ! 俺もあんなこと言ってた頃あったなあ……」
そこまで言って、俺は笑うのをやめた。
(……あれ?)
『お前が一人で飛び出すと、セシルがお前を追う。セシルを守るために俺も動かなきゃならないんだ』
アルベルトに、そんなことを言われた記憶が蘇った。
当時の俺は目の前にいるコイツと同じで、「でも倒したじゃねえか」の一言で終わらせていた。それでも俺たちのパーティは、こんなふうに喧嘩にはならなかった。
アルベルトは俺が勝手に飛び出しても最後には容認してくれていたし、セシルも文句を言いながら回復してくれていた。俺のレベルがなぜか上がらなくなってからも、それを理由に置いていかれたことはなかった。
そう考えているうちに、キングビル戦のことまで思い出した。
あの時も俺は一人で前へ出て、セシルはそんな俺を死なせないために回復魔法をかけ続けた。その結果、セシルの魔力が底を尽き、俺たちはギリギリで逃げ帰ることになった。
今なら分かる。
「あのまま戦っていたら、死人が出ていたのは俺でも分かる……」
「おっちゃん、何言ってんの?」
「ん? ああ、ちょっと考え事だ。これでクエスト終了だな。じゃ、仲良くなっ」
そう言って、俺は三人を残してその場を立ち去った。
弱かったから追放されたのなら、レベルが上がらなくなった時点でとっくに捨てられていたはずだ。それでもアルベルトたちは俺と一緒に戦い続け、俺が勝手に前へ出ればセシルが追い、セシルを守るためにアルベルトまで動いていた。
それがキングビル戦で、とうとう全員が死にかねないところまでいった。
「そうか……答えは出た。あの時の俺は、このまま一緒に戦っていたら誰かが死ぬと判断されて、追放されたんだ」
◇
ゴールドも結構貯まったので、俺はそろそろ冒険を進めることにした。
クロウドベリーから北へ進み、次の城であるヌードルダム城へ入国する。色々と手続きをしていると、早速わかりやすく情報を喋っている第一町人を発見した。
「イヨツニギツは魔王直属じゃが、このところおかしいのじゃ」
「そうそう、レベル四五〇の勇者様がこの前倒された……チート能力があるに違いない」
「魔王より強いかもと、もっぱらの噂じゃ」
(レベル四五〇だと? 俺でも途中でレベル上げガチ飽きして、四〇〇いかないくらいなのに?)




