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競馬場物語  作者: ミー子
3/4

府中の百貨店

この物語はすべてフィクションです、実際の団体と一切関係はありません。

泣きそうな顔をしたましろに驚いたあめこたちは、7階のレストラン街にある

カフェにましろをつれていった。

馬も乗ることができるエレベーターに、まずかしわとシルバープリンスが乗り

続いてあめことエクレールが乗り、最後にましろが乗った。

エレベーターの床には、赤色の絨毯が敷かれており、金色の糸で百貨店のロゴが刺繍されていた。

三日月の下に、馬と人が寄り添いあっているロゴだった。


(本当に、府中は馬社会なんだ)


当たり前のように馬と一緒に、エレベーターに乗るあめことかしわを見て、ましろは思った。

天井には小さなシャンデリアが下がっている。

ガラスで作られた雫が、エレベーターに合わせゆらゆらと揺れ、光がエレベーターの中で躍る。

優しい光のカーテンが、2頭の馬と、3人を優しく包んだ。


(本当に、ここは同じ日本?)


ましろは首を傾げた。

自分が住んでいたところとは、何もかもが違った。

シャンデリアの美しさに見とれていると、エクレールが楽しげに口を開く。


『おい、あめこ。ましろがエレベーターに驚いているぞ。まさか乗ったことないのか?』


からかうようにエクレールがあめこに告げ口した。

そんなエクレールをいさめるように、シルバープリンスが静かに口を開く。


『こら、エクレール。外から来た人をからかうのはやめなさい。

彼女はまだ、ここに来たばかりですよ』


なんとも落ち着いた声で、シルバープリンスはエクレールに柔らかく注意した。


『えー? なんでだよ。人間がびっくりしているの見るのって面白いじゃん』


不貞腐れたようにエクレールは鼻を鳴らし、ふるるるん……という音が静かに響いた。

シルバープリンスはあきれたように、エクレールを見た。


『やれやれ、どうしてエクレールはこうも人や馬をからかうのが好きなのか……』


そうつぶやき、シルバープリンスも鼻を鳴らした。

やがて7階につき、ましろはまた目を丸くした。

自分がよくいっていたショッピングモールとは何もかもが違ったのである。

どのお店も高級レストランのようで、自分の持っているお金で払いきれるかどうかがわからない。

真っ青になりながら、自分の持ってたカバンからお財布を取りだして中身を見る。


(私、払いきれるかな……大丈夫かな?)


1万円札が1枚と、あと千円札が1枚。小銭が600円分だった。

ひきつった顔で、ましろは、中身を凝視した。

クレジットカードを使えば大丈夫だろうか? 府中のビジネスホテルに泊まることはできるだろうか?


『おい。あめこ、かしわ。ましろが財布の中身を見て真っ青になってるぞ』


またもやエクレールがあめこたちに耳打ちする。

気分よさそうに尻尾をゆったりと振り、いたずらっ子のような目でましろを見た。

500キロ台という大型馬のシルバープリンスがそんなエクレールの耳をはむっ! と軽く噛む。


『エクレール。まったくあなたという馬は。面白がるよりも前に、どのカフェもレストランも

良心的だから大丈夫だと教えてあげればいいものを、よりによって面白がるなど』


そう、ふん! と鼻息荒く軽くしかる。

そんな2頭のやり取りを、かしわはニコニコと眺めてから、ましろに声をかけた。


「ましろさん、大丈夫ですよ。さっきシルバープリンスが言ってたの聞いたかも

知れないけれど、どこのお店もちゃんと良心的なお値段ですから」


穏やかなかしわの声を聞いて、ましろの顔色がわずかに戻ってきた。


「ほ、本当ですか? かしわさん……」


すがるようにかしわを見て、ましろは息をつく。

3人と2頭で、目的のカフェである【G1珈琲店】の本店についた。

ましろは目を丸くした。


「ここって、私の仕事場のカフェ……の本店じゃないですか……!」


驚いて思わず言う。

まさか、府中に本店があると前に店長が言っていたが、この百貨店にあるとは思わなかったのだ。


「府中でも歴史のあるカフェなんだですよ。初代レジェンドが、『馬と一緒に入れるカフェを』と

望んで作ったんですって。レジェンドたちは、晩年は、カフェを経営してたそうです」


かしわはそういうと、シルバープリンスを連れて、店の中に堂々と入っていった。

中では、馬は杉の木の幹で作られた、優しい手触りのポールにつながれ

馬用おやつのニンジンクッキーを食べていた。

もちろん、馬を連れなくても入れるカフェなので、馬を連れていないお客さんもいた。


「あ、馬2頭の、人は3人です」


かしわは店員にそう告げると、店員が座席に案内してくれた。


(私の働いていたカフェと、全然違う)


ましろの働いてたカフェは、もっとあわただしくて、ざわざわしていて、忙しかった。

しかし、府中の百貨店――――百貨店CANON(カノン)の【G1珈琲店】は

とてものんびりしていた。座席で文庫本を読みふける人がいて、店内で流れている、女性ボーカルの

イージーリスニングに耳を傾けている人もいた。

珍しくて思わずきょろきょろしてしまう。

温かみのある、木目調の店内に、ベルベットのカーテンがオレンジの温かい灯りを受けて

柔らかく光っていた。

あめことかしわが、すぐ近くの杉の木のポールに、それぞれエクレールとシルバープリンスを

つないで、メニューをのぞき込んでいた。

メニューは、とても見やすく、馬のかわいいイラストが余白にちりばめられていた。


「ましろちゃん、どれにする?ジュースも、お酒も、スイーツもご飯ものもあるよ」


あめこがましろに訊く。

そういえば、夜ご飯を食べていないことを、ましろは思い出した。

シェアハウスを追い出されて、府中本町にたどり着いて、駅の中の蕎麦屋さんも閉まってて。


「何があるか見ていいですか……?」


メニュー表を見たとたん、急にものすごくおなかがすいて、ましろは

ビーフシチューと白パンと、野菜ジュースを頼んだ。

あめこは、コーンスープとニンジンサラダ、サンドイッチを頼み、かしわはカレーライスを頼んでいた。


「私たちもね、この子たちのお世話で、ごはん食べてないんです」


かしわは恥ずかしそうに、微笑みながらそう言った。

エクレールとシルバープリンスは、それぞれ無添加ニンジンゼリーをかしわが頼んでいた。


「ねえ、ましろちゃん」


あめこが急に真面目な顔で、ましろを見る。

丸い目が、ましろを射抜いた。


「ましろちゃんが嫌じゃなかったら、私たちに何があったか、聞かせてもらっていいかな?」


あめこに倣って、かしわも真面目な顔になる。

大きな、たれ目でましろの目をまっすぐにかしわは見る。


「ましろちゃんの話によっては、私たちが何か助けられるかもしれないんです」


ましろは、ここで服を買ったら、ホテルに泊まろうと思っていた。

府中駅のほうに行けば、ビジネスホテルがある。

そこに泊まり、明日考えようと思っていたのだ。


「お2人の心配には及びません。私が何とかしないといけないので……」


ましろがそう言いかけたとき、エクレールが遮った。


『何もなかったら、そんな真っ黒な格好で雨の中うろつくわけがないだろ?

おい、あめこ、かしわ。そいつからは、嘘をついてるにおいがするぞ。

俺たちに心配かけないように、何を言おうか考えてるぞ

馬に嘘をつけると思うなよ』


鼻を鳴らしながら、エクレールがいい、それに続いてシルバープリンスがやさしく言う。


『困っているなら、素直に話してほしい。府中の市民は、初代レジェンドは

困っている人は、嘘をついてはいけない、人を頼るようにと府中市民に教えている。

そして、困っている人は見捨てるなとも』


観念したましろは、少しずつ話しだした。


「今日は、友達のお葬式に行ってきたんです。

シルバープリンスの、大ファンでした。

その子のお葬式に行って、帰ってきたら、私の私物が全部売られて、シェアハウスを

追い出されていました。

今日は、シェアハウスの入居者のミーティングだったんですけど、私が大家さんに

無理を言って、お葬式に行かせてもらったら、追い出されたんです

カフェファラオのぬいぐるみも、ウシュバテソーロのぬいぐるみも、すべて売られてました」


話ながら、涙が出そうになった。


(どうして私は、厩務員さんにこんな話をしているのかな? しかも、私が大ファンのエクレールと

水音が大ファンだった、シルバープリンスの担当の厩務員さんに)


と、なんとも不思議な気持ちになった。

誰かに聞いてほしかったのかもしれない。理不尽だから、誰かに話してすっきりしたかったの

かもしれない。

ましろの話を聞いた、あめことかしわの顔は、怒りに歪み、すー、はー、と息を深く吸っては

吐いていた。


「なんですか……それ……」


かしわが、ゆっくりと口を開く。


「そんなの、住居侵入罪じゃないですか! 府中ではそんなこと、ありえません!」


怒りのこもった、静かな口調でかしわが言う。


「お葬式に行っただけで、おうちを追い出されるって……ましろさん。そんなところに

帰るのはやめて、府中に住みましょう?」


かしわがやさしい口調で、ましろを説得する。


「それに、私聞いたんですけど、府中の外は、頑張る人が損をして、明日のパンやごはんを

食べるために、お金やものを奪い合うんでしょう……? そんなところに女の子を

帰すなんて、そんなこと、府中の厩務員の名が廃ります!

安田記念3年連続2着のシルバープリンスの担当厩務員の誇りにかけて、私から

提案なんですけど、今日は、競馬場内にある社宅に泊まりませんか?

ホテルだと、ほら、お金もかかりますし」


あめこさんもそう思うでしょう? とかしわはあめこを見る。

あめこもうなずいた。


「そう! それがいいよ、ましろさん。私も、単勝340倍出して

その日のWIN5は6億円キャリーオーバーをたたき出したエクレールの担当厩務員の誇りにかけて

社宅に泊まることをおすすめするよ。ビジネスホテルよりも寝心地がいいし、寝間着もあるし

明日の朝ごはんもでるからさ! かしわちゃんの言う通りだよ」


あめこも身を乗り出して、ましろに言う。

どういうことだろうか?競馬場の中に、社宅などあっただろうか? と考えるが


(きっと、バックヤード的なところに、社宅があるんだ)


と思い直した。

最近、といっても、役2年ほど前に、府中をはじめとする、この中央競馬は、競馬の毎日開催を

可能にしたと発表をした。

なんでも、清掃や、調理、馬場内のメンテナンスの持続が可能になった、とのことだ。

その時のニュース記事はよく覚えている。

なんでも、人材の確保に成功した、とのことだった。


「社宅?競馬場の中に、社宅があるんですか?」


「そう。5畳と、4畳半の2部屋と、バス・トイレ、洗面所が別々の、小さいけど

きれいで清潔な小さいおうちが競馬場の敷地の中にあるんだよぉ」


ニコニコと、あめこが言う。


『そう、われらがレジェンド様が、東京駅とか、新宿駅とか、街の中にたむろっている

ホームレスって人たちを集めて、お仕事と家と住所を与えたのさ』


ニンジンゼリー(かなり大きい)を食べながら、エクレールが言う。


『まあ、俺はホームレスって言うのが何かわかんないから、それ以上のことは言えんが

ほかにも、無職っていうやつらに、なかなか勝ちに恵まれなくて仕事が来ない

騎手達が仕事を教えて、トップの人たちが競馬場で雇ったのさ』


『それで、人材の確保ができた東京競馬場は、毎日開催を実現した。

平日はレース数は絞って、6レースで、小頭数の特別賞とか未勝利戦中心だけど

これで、無名の騎手達も勝ちに恵まれるようになったわけさ』


シルバープリンスも、鼻を鳴らしながら付け加えた。

なんでも、人材確保に成功した競馬協会は、ずいぶんいろんな支援をやっているようだ。


「えっと、つまり、私もその家を借りることができるってことですか?」


「まあ、全部シルバープリンスとエクレールに言われちゃったから、そういう活動を

われらが競馬協会様はやってのけたってこと。だから、ましろちゃんも着替えさえあれば

明日からでも手続きとかもろもろあるけど、仕事して生きていくことができるよ。

夜ごはんと朝ごはん付きだし、悪い話じゃないと思うんだけど」


あめこが、笑顔でましろに教える。


「それもこれも、今の府中の基盤を作った初代レジェンドのおかげなんですよ、ましろさん」


運ばれてきたカレーを食べながら、かしわが言う。

初代レジェンドという言葉、そういえば、あめこや、エクレールも言っていた。


「はるか昔、混沌をきわめて、余裕を失い、誰かと誰かが傷つけあう世の中を憂いた

3人のレジェンドたちは、騎手の引退後、福祉に、医療に、賃金問題、人権問題の解決に

奔走した。と教科書にはのっているんです」


かしわがスプーンを指揮棒のように振りながら、歌うように言った。


「福祉施設を巡り、市役所を巡り。現場の声を聞き、どういったことが必要かを繰り返し

検証を重ねて、今の府中の姿になりました。当時のレジェンドはこう語ったそうです

『これからは、馬社会にするために、そして、人々の共通の理想像を、現実にします』と」


「共働きになる理由は、物価が上がっているのに、賃金が上がらないからと、当時の声を聞き入れ

府中の給与を試験的に上げました。そしたら、共働きにならなくても、1人の子を養えるくらいの

生活を送ることが可能になったそうです。多くの中小企業はつぶれましたが

いい面もたくさんあったそうです。生き残った企業は、人手が増えたから、さらに儲かりました

儲かれば、支店、支社ができます。それを繰り返しました。20年ほど繰り返し、安定すると

次にホームレス問題の解決に乗り出しました。レジェンドは、競馬場の毎日開催を目標に

競馬協会と掛け合いました。どうするかというと、ホームレスの働く場所を作ると語り

競馬場の隣の、学校のグラウンドほどの敷地を一つ買いあげ、そこに平屋の…さっきエクレールがいった家を

建てさせました。たくさん。そこを競馬場の敷地とし、ホームレスを住まわせ、仕事が来ない騎手や

手が余ってる職員が住宅の使い方を教え、一般常識を教え込み、身なりを整えさせました。

次に競馬場の掃除の仕方を教え、正当な賃金を支払いました。

暮らし方、働き方がわかったホームレスのおじさんたちは、真面目に今は働き、立派な職員に!

そして、毎日開催が可能になりました」


一気に話したかしわは、だからね、とましろに言う。


「ここは、だれもが困らず、明日を楽しみにできる場所なんです。

毎日開催が可能になったことにより、未勝利戦の数は増え、殺処分される馬はかなり減りました。

次にレジェンドが行ったことは、馬社会に! でした」


かしわはにっこりと語る。

つまり、競馬場が中心になった、救済措置が定着した府中市は、ほかの場所と比べても

かなり豊かになっているということだった。


「よっし。さっき、ましろさんを、競馬場の敷地の住宅に

長期的に住宅にとめることはできるか確認とったけど、可能だよってお返事来たよ。

よかったねましろさん。今日はあったかい布団で寝れるよ!」


あめこがにっこりと笑ってましろに告げた。

ちゃんと、カギもかかるし、男性と女性はわかれているから安心だよ。とあめこは付け加えた。

カフェの食事はおいしく、ましろは夢のようだと思った。

すぐそばでは、馬が当たり前のようにゼリーを食べている。


「どうやって馬社会になったかは、また教えますね」


かしわはカレーを食べながらそう言った。

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