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競馬場物語  作者: ミー子
2/4

ここ、府中では

2話目です。

雨の中、ましろとあめこは出会った。

ましろは女性の中では背が高いほうで、あめこと話すには少し首を下げないといけなかった。

自分の肩くらいの身長のあめこが、ましろが大好きで、何度もファンレターを書いて送った

競走馬が目の前にいる。

栗毛で、平均体重なのに、なぜか毎回大きくみられる競走馬。

470キロの普通の体重なのにほかの観客からは


「500キロくらいありそうだね」


と言われる競走馬、エクレールが目の前にいる。

そして、あめこと名乗った女性と、エクレールは目の前で言葉を交わしていた。


『おい、あめこ。こいつ、なんでこんなに真っ黒な格好してるんだ』


「こらっ! この方が着てるのは喪服っていって、身内や知り合いが亡くなったときに着る服よ!

今度、人間界のマナーを1から10まで教えてあげるから!」


小声であめこは話しているのだろうが、すぐ近くにいるましろには丸聞こえである。


「あの……」


おずおずと、ましろはあめこに話しかける。


「あめこさん……その子とお話しされてるんですか?」


ましろの言葉を聞いたあめこは、エクレールと交していた視線を正面にいるましろに向ける。


「あ、あら……?」


もともと丸い目を、あめこは更に目を丸くする。


「えっと……これは……なんていうか……」


バツが悪そうにあめこは目をそらして、返す言葉を探しているようだった。


『あめこ、ごまかそうとしてるようだが、こいつは、俺たちの言葉がわかる人間だぞ』


エクレールがあめこに言った。

あめこは、弾かれたようにましろを見る。


「え? あなた……この馬の言葉がわかるの?」


あめこに話しかけられたましろは、油の切れた機械のようにうなずいた。


「はい……その子がエクレールさんだということも分かってます」


ファンなので、とましろは付け加えた。

あめこは顔に喜色を浮かべると、嬉しそうにうなずいた。

わあ、と、声を上げる。


「あら! うれしいねぇ! エクレールは3勝クラスなのに、ファンだって!

エクレール。よかったねぇ」


嬉しそうにエクレールに話すあめこ。


「エクレールさんがデビューした時から、ずっと応援してます!」


エクレールの関係者と話せてうれしいましろは、目を輝かせてあめこに言う。

ましろの言葉を聞いたあめこも、目を輝かせた。

ほかにも、重賞に何度も出たり、勝ったりしている馬などいくらでもいるというのに、3勝クラスの

エクレールの応援をしてくれるファンは、貴重だった。


「エクレール、新馬戦から見てるなら、多分わかるかもしれないけど

こだわりがすごいでしょ?」


そう。エクレールは、こだわりがひどいのだ。


「外枠じゃないと好走しない。東京の短距離からマイル戦のみ。

芝しか好走しない……。

そうやって、調教師(テキ)も話してたけど。よくもまぁ、ここまでこだわるものだって言ってた。

芝しか好走しないとか、得意コースが東京とかならまだわかるんだけどね

まさか、外枠じゃないと好走しない馬なんて、なかなかいないよ

ほかの馬たちは、内枠がいいって言うから」


あめこは、苦笑しながらエクレールを見る。

エクレールはわかりやすく不貞腐れた。

ましろも、なんとなく感づいていたことだが、関係者から聞くと、また違った感覚になる。


「友達と話していたところです。エクレールさんは、愛すべき偏食だねって」


ましろはそう言ってふと気づいた。

さっきまで沈んでいた気持ちが、少しだけ晴れていることに。

そして気づいた。まだ自分は名乗っていない。

あめこが気さくに話しかけてくれているが、まだ名乗っていないのだ。


「あっ! そういえば、私の名前は、ましろです。新島ましろ」


名乗ると、あめこは、何かを思い出すようなしぐさをした後、パッと顔を明るくした。


「いつもファンレターくれてる人でしょ? かわいい封筒に入れて

エクレールの写真をくれている……」


わぁ……! とあめこは声を上げた。

ファンレターをくれるファンと話していることが、あめこは、とにかくうれしかった。


調教師(テキ)が言ってたよ。いつも、レースで勝っても負けても、この人はファンレターを

勝ち星が一桁の馬に、いつもくれるね。って。周りに重賞の常連だったり、勝ったりしてる

馬がいる中、こんなに応援してくれる人がいるなんて嬉しいねって。

そういって手紙を持ってきてくれるんだよ」


ねー、とエクレールにあめこは同意を求めた。

エクレールは偉そうに、ふんっと鼻を鳴らす。


『そりゃ、この俺様に目をつけるとは、お目が高い女だな、そのうち大レースに出てやるから

よく見ておくんだな』


ところで。とエクレールは、じっとりとした、据わった目でましろを見る。


『あんた、なんで、こんな雨の中、そんな寒そうで、真っ黒な喪服? を着てここにいるんだ』


これ! とあめこはエクレールの耳と耳の間を軽くたたいた。


「人にはいえない事情があるの! 馬みたいに何でもかんでも

人間はかぎ取れるわけではないのよ! ごめんなさいね、まったくもう!」


あめこは、ましろに頭を下げる。


「ましろさん。なにか、言いたくない事情があるんだよね? とりあえず、服を買いに行こう

少し歩いて行ったところに、遅い時間までやってる百貨店があるから、そこで買えるから」


ね、とあめこはましろを、百貨店まで案内することにした。


「私、エクレールを厩舎に戻してくるから、それから一緒に行こう」


そういって厩舎まで踵を返そうとあめこはしたが、エクレールは抵抗した。

四肢を踏ん張って、必死に引き綱をあめことは逆の方向に引っ張る。


『俺も百貨店行きたい! あめこ! つれてけ! この俺のファンが今いるんだぞ!』


ヒヒン! とエクレールが嘶く。


「あんた脳みそどっかに落としてきたんじゃないの? 足を冷やす競走馬がどこにいるのよ!」


馬の力に人間がかなうはずもなく、あめこはエクレールに引きずられる形になった。

エクレールは百貨店がある方向に行こうとする。


『ソードマスターは昨日連れて行ってもらってた! 俺も行く!』


「あれは、雨が降ってなかったからよ」


呆れるようにあめこが言って、やれやれ、とリードロープを手にしたまま、エクレールも一緒に

百貨店に行くことにしたあめこは、ましろを伴って百貨店に行く。

道すがら、ましろはふと足元に違和感を感じた。

ふかふかと柔らかい。


「ウッドチップ? 道がウッドチップになってます! あめこさん!」


驚いたましろは、あめこに目を丸くして言う。


「あれ? ましろさんは府中本町駅の外を歩くの初めて?」


「はい、初めてです」


東京競馬場に行くときは駅から直結の通路を使っていたので、外を歩いたことはなかった。

府中本町駅の外を歩くのは今日が初めてだった。

あめこが、そっかぁ、と返事をして、ましろに語り始めた。

雨音が傘をたたく音が静かに2人を包んだ。


「ここはね、長い時間をかけて今の、馬と生きる街になったの。

ずっと昔に、初代レジェンドの騎手達がね、引退した後、自分たちが今まで貯めた賞金を全額使って

余生を馬たちのために使ったの。

私も生まれたのは30年前だから、私が生まれたときにはもう

府中は馬と生きる街になってたんだけど、府中を馬と共生する街に変える。

と公言したレジェンドたちは引退するときこう言ったんだって。

『僕たちは、馬たちに助けられてここまでやってこれました。これからは、僕たちの賞金と、僕たちの

余生をすべて馬たちに捧げます』レジェンドたちは、府中の市長と知り合いだったのね。それで

競走馬を引退した馬たちが、各家、各家庭で余生を過ごせるように変えていったの」


ましろは感心した。自分が住んでいたところは、地面はアスファルトで

コンクリートに囲まれていた。

それに、車がいつも走っていた。


「あめこさん。あちこちで馬の嘶きが聞こえますが……」


「ああ、府中は、今は一家に1頭馬の時代だよ。車の代わりに馬を各家庭で

使ってるから。府中市民の生活必需品は、自転車、馬だからね」


あめこはけらけらと笑い、隣を歩いていたエクレールをぽんぽんと叩いた。

エクレールはプルルルンと嘶くと、口を開く。


『ああ、俺たちは初代レジェンドのおかげで、外を自由に歩けるようになった。

ずっと昔は、馬は外を歩けず、トレーニングセンターの中や、牧場や、それこそレース場でしか走れなかったと聞いている。レジェンドたちが頑張ってくれたおかげで、俺様は、自由に

外を歩けるようになったというわけさ』


得意げに胸を張って、自信たっぷりにあめこにひかれて歩くエクレールは心底楽しそうだった。

雨に濡れたウッドチップは、正直歩きづらかったが、ふかふかとしていて、面白かった。


「そうか、ウッドチップだと、馬の脚に負担がかかりませんもんね。人間の脚のためにも

ウッドチップのほうがいいのかもしれませんね」


少しだけ気分が晴れたましろは、あめこにそう言った。

どこか、夢をみているようだった。友人に悲しく別れを告げた後、自分はどうして、府中で

雨の中、厩務員と百貨店に向かっているのだろう。


「ここは馬社会。だけど、府中の外はまだ車社会だものね。

レジェンドたちは最初にここ府中、次に千葉県の中山競馬場……と大きなレース場が

あるところを馬社会に作り替えていったの。それこそ一生をかけてね」


あめこは生まれてからずっと府中にいたので、府中の外がどうなっているのかは知らなかった。

後輩であり友人でもある、かしわは、どうやら府中をはじめとするレース場があるところ以外は

灰色と思っているらしく、外はディストピアと信じているようであり、あめこも想像がつかなかったが

ましろを見ている限りは、喪服なものの身なりもきれいであり、いわゆる普通の子であった。


『おい、黒い服を着てるお前』


エクレールがましろに話しかける。


『外は、俺たちサラブレッドではなく、車っていう機械が走っているというのは本当か?

その車っていう機械はたまに暴走して、電柱とか、塀を壊すっていう話をかしわから聞いたぞ』


彼は、いかにも興味津々というようにましろに訊いた。

ましろは少し考えてから、えっと……と、言葉を探しながら答える。


「車社会なのは本当ですよ。ただ、排気ガスを出さない車が主流になってるので、昔みたいな

排気ガス問題だとか、CO2問題とかは、ありません。ただ、もう燃料がなくなってきてると連日

報道されてたので、今みんなてんやわんやですが」

エクレールにはよく分からなかったが、どうやら、まともらしい事は伝わったのか、エクレールは何かを考えてから口を開いた。


『かしわが話してた、外の世界はどの人間も夢を喪ってて、世界は灰色で、食べ物を奪い合ってる

って話は本当か? 女の人は治安が悪くて夜は外を歩けなくて、困ってるというのは?』


またもや不思議な質問が来たので、ましろは思わず吹き出しながら答えた。


「そんなことないですよ。ちゃんと警察官が見回ってくれてて治安も守られてますし

私も夜勤やってましたが、大丈夫でした」


ましろの話を聞き、目を丸くしてるエクレールが可愛くてなんだか面白かった。

その、かしわ、という人は一体府中の外を何だと思っているのか、ましろはとても気になった。

気になっているうちに、百貨店についた。

ケヤキ並木の大きな道路沿いに、これまた立派な、老舗のような百貨店がそびえたっていた。

百貨店の前には、何頭もの馬がつながれており、各々水を飲んだり、あくびをしたりして

自分の主人が戻ってくるのを数人の世話係と一緒に待っていた。


「う、馬が……まるで自転車のように行儀よくつながれて待ってる……」


「あら、自転車みたいに道路をふさがないから、自転車整理の人わざわざ自転車を整えなくても

よくなったという話よ。ちなみにここは馬同伴OKなの。エクレールは待たせると

煩いから一緒に入っちゃおう」


そういいながら、あめこは堂々とエクレールを連れて、自動ドアをくぐっていった。


「ああっ!あめこさん、エクレールさん、待ってください!」


ましろは慌てて、中に入っていった。

中は、豪奢だった。

ガラスで作られたシャンデリアは、暖かな、積み重ねられた時間を反射するように輝き

壁は、丁寧に手入れされた大理石で作られ、床は重厚な赤色のじゅうたんが敷かれていた。


「え……私、ここに来てよかったんですか……?」


ましろは、あめこの袖を思わずつかむ。

どう考えても場違いな雰囲気に、涙が出そうだった。

自分はショッピングモールの、量販店の服しか買ったことがなく、こんなしっかりした

百貨店で買い物をするのは、生まれて初めてだった。


「ええ? ましろちゃん。府中の人たちは、ここで買い物するのよ? ねえ、エクレール」


さも当然のように、あめこはましろに言う。

エクレールも頷いた。


「ここって、もしかしなくても一等地か、富裕層しかいなかったりします?」


私、ちゃんとお金払えるかしら? と、ましろは、真っ青になりながら、あめこに尋ねる。


「一般市民も、騎手も、厩務員も、調教師だってここに買い物にくるわよ」


『おい、あめこ。おれはかしわから聞いたことがあるぞ。府中の外は、泣き寝入りとか、頑張る人ほど

損をするような世界だって。こいつは見るからに正直者のようだから、もしかしたら

こういったところで買い物ができなかったから、初めてで驚いてるんじゃないのか?』


エクレールが、怪訝そうに鼻を鳴らしながらあめこに言う。


「エクレールさんの言うこと、半分正解で半分間違いです。頑張る人ほど損をするのは

そこそこあってます」


ましろは気を取り直して、百貨店の中を眺める。

正面には、クロークを兼任するインフォメーションがある。クロークは知らないが

インフォメーションがあるのは、ましろがよくいっていたショッピングモールにもあるから知っていた。

しかし、見るからに格式が違う。

ましろはうまく言えないが、ここは[ちゃんとしている]ところだ。


「私、ドレスなんていらなくて、明日着る洋服と、肌着が欲しいだけなんですけど、ここで買えますか?」


そう、ましろはあめこ訊いた。

そのとたん、後ろから、のんびりとしたニュアンスの声が聞こえてきた


「あ、あめこさん。偶然ですね~」


ましろが振り返ると、芦毛の、エクレールよりも少し大きめな馬を連れた

長い髪をきれいに結わえた女性が立っていた。

たれ目で、肌が白く、すらりと背が高い女性だった。


「あ、かしわちゃん。偶然だねぇ。シルバープリンスも」


「こんばんは。あめこさん、こんな雨の中買い物ですか?」


「ああ、私はね、この子の服を一緒に買いに来たの」


先ほど、エクレールが言っていたかしわ、という女性がこの人だ。

見たところ、常識はずれな言動はしなさそうな雰囲気をまとっている。


「あれ? あめこさん、その方は?」


おっとりと、かしわがあめこに尋ねる。


「ああ、この子は、ましろちゃん。この子の服を買いに来たの」


ちら、とかしわが、ましろを見る。


「ましろさん、というんですか? 初めまして。かしわです。この子は……」


ましろは、芦毛の馬に―――――シルバープリンスにくぎ付けだった。

水音が大好きだった競走馬だ。

涙が目に浮かんで、思わず嗚咽を漏らした。


「シルバープリンスだ……」


その言葉を聞いたかしわは、目を見開く。


「ええ? ご存じなんですか?」


照れたように言ったが、すぐに、かしわは息を呑んだ。

ましろが泣いていた。


「亡くなった友人が、シルバープリンスの大ファンだったんです……

今日は、その帰りで……」


帰る家がなくなったことは、この2人にはどういっていいかわからなかった。

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