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リズの瞳  作者: 朋永実久
第一章
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叙任式




 玉兎騎士団の正装は、漆黒色だ。式典用のボルドーのマントを上から羽織ると、肩から落ちてこないように、三日月の形をした真鍮のピンで留める。

 すると今度は、ミドル丈の黒い革靴の紐を、解けないように固く結び直して立ち上がった。

 次に、後頭部に結んだ髪の毛に乱れはないか、飾り紐がゆがんでないか確かめてから、前ボタンはきちんと留めてあるかと、上から順番に入念な確認を済ませた。


 これで、どこにも変なところはないはずだと、リズは鏡を見やった。鏡に映るのは、まだ着慣れない真新しい騎士服に身を包んだ、緊張でガチガチになっている自分だった。


 リズは王宮の控室にいた。時計を見ると、叙任式まで三十分を切っていた。控室にはリズしかいない。

 スコットは式典がはじまるまでは陛下の元にいる。叙任式には家族の出席が許されているので、サマンサやジョエルは、見学席で待機している頃だろう。



 リズが玉兎騎士団への入団が決まったことが公表されるなり、あっという間に報せは広まった。国始まって以来の初の女騎士の誕生とあって、今や国中がリズの話題で持ち切りだ。


 昨日は、スーザンとキムが家までやってくると、リズが騎士になったことに驚きながらも喜び、怪我をしないかと心配し、それでも最後には、二人共応援すると言ってくれた。


 三人でお茶をしていると、今度はレーン侯爵がニコルを伴ってやって来た。レーン侯爵は、お祝いに花束や焼き菓子を持ってきて、リズが騎士になったことをお祝いしてくれた。

 ニコルは恥ずかしいのか、ツンケンしながらも、リズの強さはよく分かっているから、これからもレーン家がリズの後ろ盾となることを親子共々約束すると言ってくれた。


 リズは皆の気持ちがありがたいのと心強いのとで、ただただ感謝の言葉を繰り返したのだった。


 そしてここ二日間で、マーシャル家には学園の生徒達からの手紙や贈り物が届くようになった。手紙には、リズへの叱咤激励が書かれていた。

 そして、オリヴァーからも手紙が届いた。


 ――おめでとう、リズ。これからは同じ騎士として、より協力しあい助け合っていこう。


 それは、短いが優しさに満ちた手紙だった。リズは何度も読み返し、返事は叙任式を終えてから書こうと決めた。


 騎士になったことによって、リズの環境はがらりと変わろうとしていた。

 これからのことを考えると、不安や戸惑いがないわけではないが、それでも蝕獏を討つためならば、どんなことにも耐えてみせると思う。

 リズを動かす復讐心は、蝕獏に対抗する方法を知ってからというもの、日増しに大きくなっていた。



 リズはそわそわと落ち着かない様子で、控室をうろうろしていた。すると、そこにノックする音がして、返事も聞かずに扉が開かれた。


「リズ、準備は出来たか?」


「――エイデン先生ッ!!」


 久しぶりに姿を現したエイデンに、リズは驚きながらも駆け寄った。

 エイデンもまた正装であった。リズとは違って、胸には、幾つもの勲章やバッジが光っている。


「服のサイズはピッタリのようだな。……だが、真新しい服にリズのほうが着せられてるようだな」


「なっ……!」


 リズはエイデンの失礼な物言いと呆れ顔を見て、試験での恨みを思い出した。一気に怒りの感情が吹き出す。


「先生!久しぶりに顔を合わせたと思ったら、嫌味ですか?!私にした仕打ち、忘れてませんよね?!それに、合格してから顔も見せず、褒めもせずに!何してたんですか?よくやったの一言くらいくれてもいいではありませんか?!」


 まくし立てるように言うと、エイデンはふっと吹き出すように笑った。そして、リズの頭をなだめるようにポンポンと叩いて、そうだったなと呟いた。


「リズ。エリック相手に、よくやった。これで負けてたら、私や殿下の面子は丸潰れだったな。……それにしても、槍試合の後半、左手で持った時、槍が下がりがちだったな。腕力が落ちたか?訓練が足りないなら、たくせん団長にしごいてもらうか。私から言っておこう」


「そ、そんなぁ……!!」


 リズがガックリと肩を落とすと、エイデンはクツクツと喉を鳴らしてひとしきり笑った。それから、手を引っ込めて、まじまじとリズを見下ろした。


「それにしても……本当に騎士になったんだな……」


「今更なんですか?」


「なんだか実感がわかなくてな。……覚えているか?ロキは、玉兎騎士団に入りたいと言っていた」


 リズは一瞬の沈黙後に、ええ、と答えた。忘れるはずがなかった。


「リズにはガーランドを継いでもらって、自分が騎士になるとよく言っていた。出来なければ、リズに騎士になってもらうとか、よく分からんことをぬかしていた……。そんな夢を、本当に叶える日がくるとはな……」


 感慨深そうに言って、エイデンは真剣な目を向けた。


「……リズ、お前には話していなかったが、私はかつて玉兎騎士団の団長を任されていたことがある」


「……はい」


 リズは自然と姿勢を正して答えた。


「あの頃の私は、自分が誰よりも強いと自負していた。……そんな自信を砕いたのが、ガーランド伯爵だった」


 思い出すように、エイデンは目を細めた。


「団長だった当時、ダールベックに大型の魔物が出現したと、玉兎騎士団の応援要請が出た。私は急いで団員を率いて出向した。そこで出迎えたのは、三体の火竜だった。一体でも難儀な相手だというのに、三体同時に現れて火を吹き、玉兎騎士団は散り散りになって逃げざる終えなかった。そして、私は逃げ惑ううちに道も分からなくなり、ついには負傷して動けなくなった」


 死を覚悟したのはあの時が初めてだ、とエイデンは苦笑した。


「絶体絶命だと思った瞬間、目の前の火竜が悲鳴を上げて倒れた。仕留めたのは、リズ、お前の父親であるセス・ガーランドだった」


 リズがぽかんと口を開けると、衝撃だったよ、とエイデンは笑った。


「特級の魔物だった。それを大刀一つで安々と倒したのかと思うと、自分がいかに狭い世界で生きてきたのか、思い知らされた。……それをきっかけに、ガーランド伯爵との交流がはじまり、私はガーランド伯爵の屈託のない人柄に惹かれていった。いつしか私は、この人に仕えたいと思うようになった。だから、玉兎騎士団を辞めることにした」


 こんなにもよく話すエイデンを見るのは初めてだった。


「それから、ガーランド領に住処を移して私兵となり、お前達の訓練を任されるようになって、生活はがらりと変わった。強い魔物が日常的に出るのに、三角谷に住む人々はいつも笑顔で明るくて逞しく、活力に満ちているんだ。ガーランドの兵士達も皆本当に驚くほど強かった。特に、ロキとリズは、教えればすぐに吸収して強くなっていくのが面白くて、ついつい厳しく当たってしまった」


「ついって……!」


「まあ、そう怒るな。私にとって三角谷は、王都での生活以上に、得るものが大きかったんだよ」


 エイデンが懐かしむように微笑むものだから、リズは胸が熱くなった。涙と一緒に、三角谷での思い出が込み上げてきた。


 エイデンに毎日のように樹海に放り込まれ、泣きながらロキと手を繋いで帰った幼少期。

 ロキの手のひらに出来たたこの感触や、泣いて帰って来た二人を出迎えたリューナの優しい笑顔に、しょうがないなと言って抱きしめてくれるセスの逞しい腕の温かさ。今でもはっきりと思い出せる。


「……三角谷での生活は、思いの外楽しかったよ。幸せだと、そう思っていた……」


 エイデンの胸に橙色の光が灯っていた。柔らかくて温かみを感じる光だった。三角谷で過ごした日々を、エイデンも幸せだと思ってくれていたのだ。


 リズは気付けば涙を流していた。泣いてるのに気付いて慌てて涙を拭うと、エイデンがそっと頭を撫でた。


「私もリズと思いは同じだ。どうやっても、蝕獏を倒したい。……それでも、リズに辛い道を歩かせたくないという、親心もある。騎士になったからには、覚悟を決めて進むしかないが、一つだけ約束してほしいことがある」


「なんでしょうか?」


「――絶対に、死ぬなよ。私はもう、家族を失うのはごめんだからな」


 それはエイデンが、ガーランドの皆を家族として思ってくれていたということだった。


 リズは唇を噛みしめた。喜びと信頼、それを裏切るかもしれないという罪悪感。去来した様々な思いを全て飲み込んで、リズはただ頷いてみせた。


 エイデンは複雑な顔でリズの顔を見下ろしてから、思い出したように言った。


「そうか。……そろそろ時間だ。行くか」


 リズは目を擦ると、心中でエイデンに詫びた。嘘でも分かったと言えない自分を、許して欲しいと。



 エイデンの背を追いかけて廊下に出ると、いつからいたのか、廊下で待っていたアンセルが敬礼をした。


「フォックス中将、式がはじまります。こちらへ」


「分かった」


 感慨にふけっていたリズだったが、中将と聞いて目を丸くした。中将といえば、将官の位の一つで、軍の総司令官の一人である。

 リズはエイデンの背に、恐る恐る声をかけた。


「先生、あの……」


「なんだ?」


「まさかとは思いますが……中将って、先生のことですか?」


「そうだが、言ってなかったか?この間、将官に二階級特進したんだ。おかけで、忙しくてな」


 初めて聞かされる話に、リズは絶叫した。


「ひ、一言も聞いてませんーー!!」


 軍に戻ったエイデンは、いつの間にか出世しまくっていたのだった。 




   ✴




 謁見室は、王族をはじめに、議員や軍人といった多くの人で埋まっていた。玉兎騎士団はもちろん全員出席しており、正装の上からマントを身に着けた格好で、乱れることなくきれいに整列している。


「これより、騎士の叙任式をはじめる。リズ・マーシャル、前へ」


「はっ!!」


 リズは部屋の中央に敷かれた赤い絨毯をまっすぐ歩いていった。向かう先には、王冠と藍色のマントを身に着け、肩から赤と金のたすきをかけた国王、アルフォンソが待ち受けている。右手には、リズに渡される剣が握られていた。


「玉兎騎士団団長、ラズロ・ウィートリー、ここへ!」


「はっ!!」


 リズの隣へと並んだラズロの元に、アンセルが黒い盆を持ってやって来た。盆の上には、玉兎騎士団の騎士になった証として与えられるバッジが並んでいた。剣、月、兎をモチーフとした三つの勲章である。


「勲章の授与」


 リズはラズロと向き合うと、身を屈めようとして、止められた。


「必要ねーよ」


 ラズロは長身だからだ。ラズロがにやりと笑うと、どれがいい?と聞かれた。

 リズは迷いなく兎のバッジを選んだ。理由は単純に、可愛かったからである。

 ラズロは吹き出しそうになって、なんとか笑いを堪えて兎のバッジを手にした。


「これを選んだのはお前が初めてだよ」


 ラズロは小声で言って、リズの胸にバッジを付けた。兎のバッジがきらりと光る。これでラズロが、リズを玉兎騎士団に受け入れたことを示したことになる。


「リズ・マーシャル、前へ」


 アルフォンソの前まで来ると、リズは跪いた。

 アルフォンソが鞘から剣を引き抜く。柄には月の紋章と、蔓草が絡み合うような複雑な模様が彫られている。刀身は真新しく、眩しいくらいに銀色に輝いていた。


 リズは胸に手を当てると、アルフォンソを見上げた。

 緩やかにうねる白髪の交じる金髪、豊かな髭。そして、透き通るような青い瞳と目があっただけで、リズはその目に吸い込まれそうになった。

 優しさと厳しさ、安心感と威厳、その場を圧倒するようなアルフォンソの絶対的な王のオーラを前にして、どっと背中に汗が吹き出た。


 緊張で震えるリズの右肩に、アルフォンソが剣の平を置くと、明朗な声で言い放った。


「騎士の精神に反することなく、主君に忠誠を誓うか?」


「誓います」


「強き魔物を討ち倒す剣となり、弱き民を助ける盾となって、太陽神と月の女神の名にかけて、騎士道を進むことを誓うか」


「誓います」


「それでは、面をあげよ」


 声を震わせずになんとか言えたと安堵しつつも、まだ気は抜けない。

 恐る恐る顔を上げると、剣を鞘へと収めたアルフォンソが、僅かに身を屈めて、リズにだけ聞こえるように小声で言った。


「蝕獏を倒すと啖呵を切ったそうだな。それを聞いて、ガーランド伯爵を思い出した。彼も若い頃は、大人しそうに見えて、思い切りのいいところがあった。……よく似ている」


 アルフォンソが剣を差し出した。リズは固く唇を引き結ぶと、しっかりと頷いた。

 感激とプレッシャーと、喜びと不安。様々な感情が、リズの内側で渦巻いていた。


「リズ・マーシャル。これより汝に男爵の位を与え、玉兎騎士団の騎士へと任命する!」


 アルフォンソの宣誓を受けて、リズは恭しく剣を受け取った。剣はずしりと重たく、騎士の責任の重さを感じて目眩がした。

 今になってようやく、騎士になったんだという実感が湧いてきて、剣を持つ手が汗で滲む。


 ふと、ロキの顔が思い浮かんだ。ロキが憧れてやまなかった騎士に、ついになったのだ。

 もしも、リズではなく、ロキが騎士になっていたら、今この瞬間にどんな言葉を口にするだろうか?


 きっとロキならば、真摯な眼差しでアルフォンソを見上げて、こう言うに違いない。


「ガーランドの名に恥じぬ騎士になることを、ここに誓います」


 リズのまっすぐな瞳を見下ろして、アルフォンソはひっそりと微笑んだ。


「――期待している」





 


 

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