真実
実技試験から一週間後、リズは王宮に呼び出されていた。試験結果をセシル直々に報告したいとのことで、いつもの庭園へと連れてこられたリズは、挨拶を早々に済ませると、テーブルに着いた。
今回は、アンセルやリチャードの姿はなく、初めて見る近衛騎士の護衛が数人と、使用人が三名という少人数だ。
ブレンダの姿はなかった。なんでも、公務があるため不在だという。
執事が紅茶を入れて去っていくと、リズはカップに口を付けることなく、緊張した面持ちで、セシルが口を開くのを待っていた。
「まずは、試験ご苦労様でした。言うまでもなく、あなた以外の受験者は問題外でしたわ。私欲に塗れた議員の推薦枠ですから、当然だったのかもしれませんけれど。来年の入団試験は、きっと平民しか合格しないだろうと予測出来るような結果となりましたわ」
リズはごくりと喉を鳴らした。緊張で手のひらが汗で濡れている。
セシルが中々結果を言わないものだから、落ちたのかもしれないと焦りはじめていた。それでも、なんとか結果は?と催促せずに耐えていると、それを察したセシルがくすりと微笑んだ。
「あら、申し訳ありませんわ。結果を知りたくて仕方がないというのに、落ちた方の話をしても仕方がありませんわね。それで、リズ・マーシャル、あなたの試験結果なのだけど……」
セシルはもったいぶったように、顔にかかった髪を耳にかけてから、満足気に言った。
「もちろん、合格ですわ」
リズは一瞬呼吸をするのを忘れて、合格したと理解するなり、安堵のため息を吐き出した。脱力してテーブルに突っ伏しそうになるのをなんとか堪えると、涙ながらに言った。
「うう……!!よ、よかったです……!」
実感はまだわかないが、リズは心の中でロキにやったよ!と拳を突き上げる自分を想像して、なんだか泣きそうになった。そんなリズを、目を丸くしてセシルが見ていた。
「そこまで心配することですの?お姉様が推薦した時点で、合格するのは目に見えているではありませんか」
「そんな!い、言われてみればそうかもしれませんが、そこまで考える余裕はありませんでした……エイデン先生には無茶ぶりされるし……エリック様は強いし……」
ちなみにエイデンは薄情なもので、実技試験の間もリズに会いに来なかったし、終わってからもなんの音沙汰もない。あれだけ厳しい条件を突き付けておいて、努力した弟子に対してよくやったの一言もない。
リズがむくれているのを悟ったセシルは、しばらく可笑しそうにくすくすと笑っていたが、さて、と言葉を切ると、急に生真面目な顔になった。
「これで、リズ・ガーランドの玉兎騎士団への入団が決まりましたわね。二日後に、騎士の叙任式がありますわ。陛下に誓いをたてれば、晴れてあなたは騎士の一員となります」
それを聞いたリズは、自然と背筋が伸びた。
「それで、いくつか話しておかなければならないことがあります」
「それは、蝕獏のことですか?」
「ええ。そして、私達王族のことです。蝕獏と王族は切っても切れない関係ですから。あなたは、カイル・グロスターからある程度聞いているかもしれませんわね」
カイルの名を聞いて、リズはカイルが演奏した真昼の鎮魂歌を思い出した。合格したと聞いて舞い上がっていた心が、ギュッと締め付けられた。
「会長は……王族が、天へ這い上がろうとする蝕獏を阻止するために、神から力を授けられたと言っていました。だから、蝕獏信教の信者は王族の暗殺を企てたのだと……」
「その通りです」
リズが神妙に頷くと、セシルはゆっくりと語り始めた。
――そもそも、蝕獏は太陽神と月の女神から産まれた五人の星の子供達なのです。星の子供達は、太陽神と月の女神の干渉を嫌い、正道から逸れて正気を失い、地底に落とされました。
そうして星の子供達の魂は闇で黒く穢れ、いつしか一体の魔物へと姿を変え、神を強く憎みました。
そして、闇へ落とした神への復讐心を力に変えて、蝕を生み出すことに成功すると、蝕の間だけは、地上へと這い上がることが出来るようになりました。
そして、魔物を引き連れて地上を飲み込み、神をも消そうとしたのです。
やがて、星の子供達は蝕獏と呼ばれるようになりました。
それは、生物学教師のウォルター・アクスブリッジの本で読んだ内容とほとんど同じだった。
「星の子供達が蝕獏へと変わり果て、地上を荒らすのを見た神は、このままではいけないと思いましたが、神は地へと降りることは出来ません。そこで、神は蝕獏を止めるべく、地上で暮らす人々に力を与えることにしたのです」
「それが、王族のはじまりなのですね?」
「ええ。ですから、王侯貴族の血を継ぐ者に、神力を持つ者が多いのです。実際に、歴代の王族、特に国王となる者達には、程度の差はあれど、神力がありました」
セシルは一旦言葉を切ると、ですが、と続けた。
「ブレンダお姉様には、神力がありません。今までの王族は、生まれつきに神力があるか、十歳までには神力が発現するのですが、お姉様は今に至るまでそれがありません。つまり、神力を授からなかったのです。反対に、私に先見の力が発現したのは、十歳になる前のことでした」
そんなことがあるのだろうか。なぜ、セシルにはあって、次期女王のブレンダに神力がないのか?
「日蝕が起きてガーランド領に蝕獏が現れた、あの日。通常なら日蝕が起こる場合は、事前に王宮から各領地に通達があるものなのに、あの日はありませんでしたね。あなたは、それを不思議に思ったことはありませんでしたか?」
「……確かに、不思議に思いましたが……今回は予測出来なかったんだと、勝手にそう思っていて……。違うのですか?」
「そもそも、蝕が起こると事前に通達が出来ていたのは、代々王族の中に、先見の眼を持つ者がいたからなのです。つまり、現在は私がそれに当たるのですが、以前は、私の叔母がそうでした。そして、不運なことに叔母は、ガーランド領が襲われる前に急死していたのです。ですから、日蝕を予測することが出来なかったのです」
それを聞いて、リズは思い出した。
セシルには一人だけ叔母がいた。セシルの祖父にあたる先代の国王と愛妾の間に出来た娘で、確か、リズが彼女が亡くなったと聞いたのは、日蝕が起きた三ヶ月以上後のことで、病死とされていたはずだ。
国民への報せが遅くなったのは、愛妾との間に出来た子というやや複雑な立場や、先見の眼を失った直後に、蝕獏が出現したことによる混乱、国の情勢を考えてのことだと、セシルは語った。
リズは自分のことで精一杯で、王族の一人が亡くなったというのに、今の今までそれを忘れていたことを恥じた。
「叔母が急死してから、私に先見の力が発現するまでの時間は半年以上ありました。ですから、日蝕を予見することが出来なかったのです。最悪のタイミングでした……」
そうだったのですか、とリズはぽつりと零すと、セシルは目を伏せた。
「私にもっと早く力が発現すれば……。叔母が生きていてくれたら、蝕獏から人々を救えたのかもしれない。そう、何度も考えました」
もしも、あの時事前に通達があれば、ガーランド領は壊滅しなかったのだろうか?
いや、例え予測出来ていたとしても、ガーランド領は同じ道を辿ったのかもしれないし、助かったのかもしれない。それはもう、考えてもどうしようもないことだった。
「セシル殿下がご自分を責める必要はございません。他の誰のせいでもないのです」
「……そうですわね。出来なかったことを後悔するよりも、これからのことを考えないといけませんね」
セシルは細く息を吐くと、顔を上げた。
「私に与えられた先見の眼は、おそらく、叔母よりも早くて精密に予知をすることが出来ます。古い神官も、これ程の力を持つ予見者は見たことがないと言っております。――そして、あなたも。心を見る眼を持っていますね?」
「私の見えているものは何なのでしょうか?心臓なのか、心なのか、それとも魂なのか……?」
「それら、全てと言えます。人の心が揺さぶられる時や、魔物の魂の穢れが光となって見えるのです。それは、紛れもなく神からロキ・ガーランドへと与えられ、そして、あなたはロキから受け継いだ」
「ロキが光が見えると言い出したのは、蝕獏が現れる少し前のことです。神力が発現するには遅いのではありませんか?」
「それは、普通の瘴気を祓うような神力とは違うからでしょう。私と同様に、特別な意味があるのです」
リズは困惑して黙り込んだ。
「蝕獏は、おおよそ四年に一度出現しますが、どこに現れるかは分かりません。そして、姿形を変えて、五つの心臓は位置を変えてしまう。つまりは、心臓がどこにあるか分からなければ、倒せません。更に、蝕獏は強い瘴気を放ちます。それはとても高い濃度で、只人ならば、瘴気にやられて近付くことも出来ません」
蝕獏の瘴気のせいで、今でも三角谷には草木一本生えてこないのだ。それが、蝕獏の瘴気の強さを物語っていた。
「つまり、蝕獏を倒すには、事前に出現場所を予見し、心臓の位置を把握し、瘴気を祓わなければならないのです。これを最低限クリアしない限り、蝕獏は倒せない。――ならば、それに対抗出来る力を与えればいい。私には先見の眼を。リズ・ガーランドには、心を見る眼を……」
そして、とセシルは目を細めた。
「私の従兄であるオリヴァーは、生まれながらにして、濃度の高い瘴気を祓える、強い神力を授かっています。オリヴァーならば、蝕獏の瘴気をも祓うことが出来るでしょう」
リズは、三角谷の瘴気を祓ったオリヴァーを思い出して、鳥肌が立つのを感じた。
つまり、セシルが蝕獏の位置を予見し、オリヴァーが瘴気を祓い、リズが心臓の位置を見れば、蝕獏を倒せる可能性があるということだった。
リズは何か言おうとして口を開いたが、言葉が出てこなかった。手が震えはじめ、それは全身に伝染していく。
ずっと追い求めていた蝕獏を倒す方法を、突然セシルから聞かされて、身を震わせることしか出来ない。
ようやく、見つけた希望の光。自分の心を見ることが出来たなら、きっと今光が灯っているはずだった。
「――蝕獏は、ここ数年で力を増しています。だから、神は私達に強い神力を与え、お姉様には神力を授けなかったのです」
リズはハッとして顔を上げた。
「それは、なぜですか?……なぜブレンダ殿下だけ?」
セシルは慈愛に満ちた顔で微笑んだ。
「蝕獏のいなくなった平和な国を統治するには、特別な力は必要ないからです。――私は、神がそう考えてお姉様に力を授けなかったのだと、信じています」
だからこそ、とセシルは語った。
「私達が、必ず蝕獏を倒さなければならないのです」
リズは息を飲んだ。
「リズ・ガーランド。あなたが騎士になった暁には、私に力を貸して、共に蝕獏を倒すことを誓ってくれますか?」
透き通るような綺麗な瞳を真っすぐに向け、強い光を胸に灯したセシルを前にして、リズは心を震わせた。
リズは、涙が出そうになるのを必死に堪えて、なんとか言葉を返した。
「――必ず、誓います」
共に、蝕獏を倒すと。




