剣
エリックはリズから受けた攻撃で、脇腹に打撲を負っていた。簡単な治療を終えて立ち上がると、医師から試合に出られるか聞かれ、もちろんですと答えて、部屋から出た。
廊下を歩きながら、脇腹にそっと触れてみる。大したことはないと思っていたが、鈍い痛みが走って、顔をしかめた。
自分が負けたのだと思うと、苦いものが胸中に広がっていく。
エリックの脳裏に、先程の試合の様子が繰り返された。
リズの動きは、翼白を相手にした時のように、素早く無駄がなかった。エリックの攻撃をさらりと躱し、時には攻撃を受け流しつつ、反撃に出る。槍を交わす軽快な槍さばきも見事だった。
リズは常に冷静で、敢えてエリックに攻撃させて動きを読み、こちらの体力を削いでいた。そして、こちらの動きが粗くなったところで、最後に大技で決める。
その戦い方を見て、エリックは動揺してしまった。三年前に武術大会で対戦した、リズの双子の弟であるロキ・ガーランドと戦い方が瓜二つだったからだ。
双子だから、とリズは言っていた。確かに、双子で同じような訓練を受けてきたのだから、そうなるのは当然かもしれない。
しかし、本当にそうなのか?
試合がはじまる前の、リズの槍の構え方は左利きだったが、戦ううちに右利きになったり、左で槍をいなしたりと変わっていった。槍の持ち方、構え方、攻撃の避け方等は、三年前に対峙したロキの戦い方そのものだ。
思えば、翼白の時も、ロキとリズの姿が重なって見えた。
三年前に対峙したロキ・ガーランド。今でも彼の姿を忘れられないのは、唯一試合でエリックが勝てなかった相手だからだ。彼は強かった。その印象が強く残っている。
「エリック。どうだ?怪我は大丈夫か?」
考え込んでいるところに、玉兎騎士団の騎士であるブラッチ・コーブがやって来た。
「はい。軽い打撲ですから」
「そうか。強い打撃を受けたから、骨までいってんじゃないかと思ったが、よかった。剣試合には出れるか?」
「はい。大丈夫です」
ブラッチは平民出身だが、団員には分け隔てなく接する気のいい騎士だ。エリックが試合に負けたので、気になって様子を見にきてくれたのだろう。
「なんだ?女の子からあんな力強い攻撃が出たから、動揺したのか?」
「その、はい……」
「まあ、驚くわな。動揺すんのも無理はないが、女の子といっても、相手はガーランド一族の姫様だからな……」
ブラッチは静かな目で語ると、エリックの肩をバシッと叩いた。そして、励ますように言った。
「女だからって力がないわけじゃない。次は油断するなよ」
「はい。もちろんです!」
力強く答えて、ブラッチはよしともう一発軽く頭を叩いて去っていった。その背を見送ってから、エリックは歩き出す。
ブラッチに励まされて、気を取り直すことが出来た。今は試合に集中しなければならない。
次は、エリックの得意とする剣試合だ。だからこそ、負けられない。
リズがなぜ玉兎騎士団の入団試験を受けるに至ったのか知らないが、どんな理由があるにせよ、リズを受からせるために手を抜くつもりも、負けるつもりもない。
「次は勝つ」
呟き、エリックは待機所へと向かった。
待機所へやって来ると、すでに剣試合は始まっていた。現在、受験者一番と四番の試合が行われていて、すでに二番と三番の試合は終わったらしい。
実力を見る限り、彼らが入団試験に受かることはないだろうと、試合の結果を聞くこともなく、エリックは防具を身に着けた。
今度は剣先が潰された模擬剣を手渡される。柄の装飾が派手でやや軽く、エリックが普段使っている剣よりも細い。
試しに振ってみると、重みがなく空を切る感覚に違和感を感じた。少々やりにくいが、戦ううちに慣れるしかないだろう。
エリックは、リズを盗み見た。
リズもまた、確認するように素振りをしていた。潰れた剣先を見たり、柄の握り方を変えてみたりした後で、エリックの視線に気付いて顔を上げた。
リズがこちらを見ていると思うと、緊張と剣試合がはじまる興奮が、身体の奥から喉元へと迫り上がってきた。エリックは緊張を飲み込むように喉を鳴らした。
「――三番の勝ちとする!」
試験官の声でそちらに目をやると、二番が怪我をしたのか、足を引きずりながら待機所へと戻ってきた。エリックは邪魔にならないように退いた。
「次は、受験番号五番、そしてエリック・ブラウニング、前へ!」
エリックが闘技場へと出ると、試合が終わったばかりで、まだ熱気が残っていた。土埃が舞う中、エリックとリズが登場すると、観覧席から熱い声援が降ってきた。
「エリック!今度は負けんじゃねぇぞ!」
「負けたらお前の奢りで酒飲ませろよ!」
「玉兎騎士団の力強さを見せてやれ!」
「戦え!!」
まるでやじのような声は、声援と呼べるのか。苦笑しつつ剣を持った手を上げれば、ピーピーと口笛を吹き、爆笑し、手を叩く。玉兎騎士団は存外にガラの悪い連中だ。議員達は顔をしかめているだろう。
しかし、エリックはそんな騎士達を慕っていた。だからこそ、彼らにかっこ悪いところは見せられない。
対峙したリズは、玉兎騎士団のヤジにも負けずに、背筋をピンと伸ばして、凛とした瞳を真っすぐにこちらを見ていた。
その、歳不相応な落ち着きぶりに、エリックは僅かながら気圧されたが、負けじと鋭い視線でリズを見返した。
負けない。今度は、勝つ。
「では、剣試合をはじめます!両者、位置について」
試験官の声で、一歩前に出て剣を構えた。
リズは、左足を僅かに下げて剣を斜めに引き、口を引き結んでこちらを見据えていた。その姿が、またもやロキと重なったが、今度は動揺することはなかった。
「それでは、はじめ!」
試験官の声と共に足を踏み出したのは、ほぼ同時だった。
両者駆け寄るなり、素早く剣を振り下ろす。真ん中で交わされた剣が派手な音を立ててぶつかると、火花が散った。続けて剣を叩き付け合う。
槍の時とは違って、リズはエリックの攻撃をまともに受けて、返してくる。剣を打ち返す力強さに、エリックは内心で驚いていた。女の細腕の、どこからこんな力が出るのか。
エリックが剣を突けば、リズはさらりと避けて、反撃にでる。剣を突き合わせて力で押し込もうとすると、リズは瞬時に力を抜いて身を反らして、エリックの力を利用して、勢いよく剣を振り上げる。
素早い攻撃にも難なく対応し、無駄なくしなやかに動く。その身軽さと、攻撃の鋭さ、そして勘の良さに、エリックは思わず舌打ちをしたくなった。
ここは、得意とする打ち込みで攻めるかと決めた。
エリックは、素早く重い打撃を続けて放つも、リズはそれを全て見切り、打ち返してくる。入ったと思っても、大したダメージは与えられない。
激しい打ち合いが続いたが、一歩もリズが引かないことから、エリックはリズの打ち込んだ剣を弾き返すと、一旦間合いを取った。
すぐに攻撃をしてこないように充分な距離を取り、すっかり荒くなった呼吸を整える。額からは汗がだらだらと流れ、手は重く感じた。
だが、エリックはリズと剣を交わしていると、戦いの緊張の中でも、どこか楽しいとも感じていた。
リズもまた呼吸を整えていた。こちらの様子を伺うように、静かな目を向けながら、左手に持っていた剣を右へと持ちかえた。
その構えは、どこからどう見ても、ロキだった。
エリックは思わず口を開いていた。
「……先手を打って誘い出し、攻撃させて動きを観察し、相手を疲弊させて、最後に確実にしとめる。まるで魔物を狩るような戦い方は、三年前に対峙したロキ・ガーランドそのものだ。双子だから酷似していて当然だとは、私には思えない……」
リズは無言だ。エリックは歯痒くなり、思わず声を荒らげた。
「三年前に戦ったのは、ロキではなくリズ、君じゃないのか?!」
リズは返答の代わりに、勢いよくエリックに向かってきた。エリックはその場で迎え撃った。
リズの振り下ろした剣を目前で受け止めると、ギリギリと剣を押し合う。今まで以上に強い力に、エリックは驚きを隠せなかった。
「――ロキは、ずっと騎士に憧れていたんです」
剣を押す力はそのままに、しかし落ち着いた声で、リズはそう言った。剣越しに、二人は見つめ合う。
「騎士になるには、登竜門である武術大会に出ないといけないからって、勝手に試合に申し込んで……。そのくせ、試合当日に熱を出してしまった。……本当に勝手な弟でしたッ……!」
リズが剣を押し切った。エリックはたたらを踏んで後退した。リズは間合いを取ると、剣を構え直して更に言った。
「ロキは、せっかく申し込んだのだから、ここで優勝しておかないと、騎士になれないと言って、私を代役に立てたんです」
「それじゃあ、やはり……!」
「悪いことだとは分かっていましたが、ロキの頼みとなると断れなかった。……三年前、あなたと対戦したのは、私です」
エリックは衝撃を受けた。
やはりという思いと、まさかという思いで、試合中だということを一瞬忘れてしまった。
「ロキ・ガーランドに代わって出場し、そして君は優勝した……。そうだったのか……」
動揺せずにはいられなかった。三年前に戦った相手が目の前の女の子で、今も昔も槍試合では負けているのだ。
エリックは試合中であることを思い出して、心を落ち着かせようと深呼吸した。だが、心臓はバクバクと鼓動を打ったまま。柄を強く握りしめ、リズを睨み付けた。
「……三年前の君は強かった。だが、剣では負けない」
「そうですか……でも、」
リズは言葉を切ると、一気に間合いを詰めて、攻撃に転じた。リズの攻撃をなんとか受け止め、弾き返す。
エリックが体勢を整えているうちに、再びリズの攻撃が襲った。
速い突きが連続で繰り出される。避ける余裕はなく、なんとか剣の腹で打ち返すも、最後の一突きがエリックの腕を掠めた。ちりりとした熱が走り、身体を捻って飛び下がるも、リズは待ってはくれない。
リズはいつの間にか剣を左手に持ちかえ、斜めに剣を振り上げた。エリックが避けると、リズは身を反転させて、肩から斜めに振り下ろした強い一撃が襲う。
それをなんとか受け止め力で押し返す。後退して距離を取ると、エリックの息はすっかり上がっていた。
エリックとは反対に、リズは落ち着いたもので、次の攻撃のためにこちらの様子を伺っていた。
その目を見ていると、まるで自分が魔物になったかのような錯覚を覚えた。リズは、エリックをどう狩ろうか思案しながら、こちらをじっと観察しているのだ。
完全にリズのペースになっている。
三年前の試合では、リズはここまでの動きはしなかった。どちらかというと、エリックの攻撃に押され気味で、避けながら反撃するくらいだった。
三年という月日が経ち、成長したのもあるだろうが、リズの動きは昔とは比べ物にならない。
――強い。
リズは、槍の扱いよりもずっと、剣の扱いに長けている。
だとしたら、これ以上ない相手だ。強くなったのは、エリックも同じだ。
負けるかもしれないと焦る自分と、強くなったリズと戦うのが楽しいと思う自分に挟まれている。そんな複雑な心を見抜いたかのように、リズが口を開いた。
「三年前のあの日は、私も体調が優れませんでした。剣試合の直前から、お腹が痛くなってしまって。……あの時はあなたに負けてしまいましたが、本当は私も、武器の中では剣が一番得意なんです」
試合中には不似合いな、にこりとした笑みを浮かべて、リズは駆け出した。リズもまた、エリックとの試合を楽しいと感じているのかもしれなかった。
攻撃される前に、こちらからやるしかないと決めたエリックもまた、駆け出す。
体力はかなり削られた。それはリズも同じで、恐らく次で決めてくるだろう。
決着をつけよう。
エリックは間合いに入ると、リズが避けきれないぎりぎりまで待ってから、剣を一直線に振った。
これなら避けられないだろうと思ったが、剣は空を切り裂く音を立てただけだった。
リズは膝を折って身を反らすと、足から滑り込むようにして既のところで一撃を避けていた。
エリックが絶句すると同時に、リズは身体を回転させ、起き上がりざまにエリックの空いた腕に、下から突き上げるように、渾身の一撃を放った。
エリックの手が打たれ、衝撃で離れた剣が跳ね上がる。くるくると回転した剣は、最後には、地面に垂直に突き刺さって止まった。
エリックは信じられない思いで剣を見た。腕が痺れて、わなわなと手が震えている。観覧席から、爆発したような歓声が沸き起こっていた。
リズは肩で息をしていた。汗で張り付いた髪の毛を払うと、エリックの視線に気が付いて、身体をこちらに向けた。
「――今度は、私の勝ちですね」
リズはそう言うと、手を差し出した。年相応の、可愛らしい笑顔を浮かべて。
エリックも思わず笑みを零していた。差しだされた手を取った時、試験官がようやく声を上げた。
「――この試合、五番の勝ちとするッ!」




