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リズの瞳  作者: 朋永実久
第一章
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 円形の闘技場は、二階が観覧席になっていて、そこから一階の闘技場を観戦することが出来る。ここでは訓練も行われるが、騎士団の公式試合や、騎士の登竜門である若者が集う武術大会、その他の式典が開かれることもあった。


 騎射の試験が終わり、闘技場へと移動した受験者達は、次の試験に備えて素振りをしたり体操をして過ごしていた。

 観覧席に座るブレンダの後方に控えていたアンセルは、足音を消して隣に立った男に目をくれた。

 男の胸には立派な勲章が並んでいるというのに、上着の前ボタンがかけ違えていて、台無しになっている。その上酒の匂いも漂わせているので、思わず顔をしかめた。


「団長、遅刻です。酒くさいし、ボタンをかけ違えています」


「悪い悪い。二日酔いでな」


 くるくるうねる茶髪をがしがしとかきながら、申し訳なさそうに謝罪したのは、ラズロ・ウィートリー。玉兎騎士団の団長である。

 長身で鍛え上げられた体躯をしたラズロは、騎士団随一の長槍の使い手である。大雑把でだらしがないところもあるが、面倒見がよくて団員から厚い信頼を寄せられていた。


「騎射は終わっちまったか?」


「とっくに」


「まあ、騎射なんてあってないようなもんだし、見る必要ないよな」


「……団長は入団試験で的を一つも射ることが出来なかったそうですね」


「馬は乗れたが、矢なんか持ったこともなくてよ。そんな団員、うちには多いだろ?だから、あえて騎射の試験はコースを短くしてあるだろ?」


「そうですが、金鳥騎士団だったら落ちてましたね」


「えっ?そうなの?金鳥騎士団って、騎射必須なの?へぇー知らなかったなぁ」


 アンセルはラズロの無知さに思わず舌打ちをした。隣のラズロは、悪びれた様子もなくへへへと笑っている。


「それで、騎射の結果はどうだった?」


「リズ・マーシャル以外はカスです」


「お前も口が悪くなったねぇ」


「あなたと、ガラの悪い団員達のせいです」


「そんで、リズ・マーシャルは的当てたのか?」


「団長とは違って全てど真ん中に射ました」


 ラズロはひゅーと口笛を吹いた。


「やるじゃない。さすがはガーランド。三角谷じゃ、魔物を狩るのに騎射は必須か。女子供にも容赦ないもんな。……だが、次は槍だろ?俺の専門だ。楽しみだな。あ、そういや対戦相手は誰なの?俺まだ聞いてないぞ」


「私が決めていいと言ったのは、あなたです」


「そうだっけ?」


 こいつは物忘れが激しいんだったと、アンセルは盛大なため息を吐いた。


「リズ・マーシャルにもフェアであるように、槍も剣も同じ騎士にしました」


 言いながら、アンセルは口元がほころぶのを止められなかった。


「ふーん。そんなに試合が楽しみか?」


「ええ」


「あのエイデン・フォックスの愛弟子だもんな」


「それだけではありません」


「へえ?何かあるのか?」


「……久しぶりなので」


 短く答えて、アンセルは試験官が受験者達を呼ぶのを見下ろした。


 アンセルがリズの戦いぶりを見るのは、これが初めてではなかった。だからこそ、楽しみで仕方がなかったのだ。



   ✴



 槍先は潰してあるとはいえ、まともに攻撃が当たれば怪我をする。しっかりと皮の防具を付け終えたリズは、闘技場の端にある待機所で準備運動をしながら、受験番号三番と四番の試合を見ていた。


 第一試合は、大柄な体躯をした一番があっという間に勝った。第二試合はほぼ互角。とはいっても、リズの目からしたら、素人が槍をぶつけ合っているだけに見えたが。そんなことを考えていたら、三番が四番の槍を弾いて勝敗が決まった。


 次は、いよいよリズの番だ。対戦相手は現役の騎士。震えそうになる手をズボンのポケットに突っ込む。そこには、オリヴァーからもらった金鳥のバッジがあった。ぎゅっと握り込んで、深呼吸する。


 大丈夫。大丈夫。落ち着いて。皆が見てる。冷静に。

 自分に言い聞かせて顔を上げると、受験者が戻ってきた。


「第三試合、受験番号、五番。前へ」


「はい」


 リズが闘技場の中央へと向かうと、二階の観覧席からわっと声援が上がった。顔を上げると、両手を振るブレンダとセシル、そのすぐ後ろにオリヴァーの姿も見えた。

 がんばれ!とオリヴァーが手を振っていた。リズは緊張を隠して小さく微笑んだが、騎射の時とは違って、観客席の軍人の数がどっと増えているのに気付き、笑みが消えた。


 白、灰の騎士服を着た騎士達がちらほら見える中、黒服の玉兎騎士団が、議員とは反対側に陣取っていた。

 見る限り、玉兎騎士団全員が集まっているようで、中には興味津々な好奇な目を向ける者もいれば、値踏みするような目、敵意に近い鋭い目を向ける者もいた。

 いずれにせよ、リズが現役の騎士とどこまで渡り合えるのか、実力を確かめに来たのだろう。


 リズは鼓動が速くなるのを感じた。本物の騎士達が醸し出す、こちらを圧倒するような雰囲気に気圧されていた。

 だが、すぐに深呼吸をして気持ちを立て直す。騎士達に押されている場合ではない。今戦う相手はあそこに座る彼らではないのだ。


 しっかりとした足取りで闘技場の中央へやって来ると、試験官が待つように言った。


「五番の対戦相手は、玉兎騎士団の騎士が指名されている。前へ!」


 試験官の声で、対面にある待機所の扉が開くのが見えた。そこから、黒い騎士服に皮の防具を付けて、手に槍を持った男が出てきた。


 リズはその男を見た瞬間、やっぱりと思った。現役の騎士ならば、彼が指名されるのではないかと、なんとなく予想していたからだ。


 同じ学園の同級生で、玉兎騎士団最年少騎士。

 リズの対戦相手は、エリックだった。


 エリックはリズの前まで来ると、静かな視線をこちらに向けてきた。二人の視線が交わっても、お互いに動揺した様子はなく、落ち着いている。


「リズ・マーシャルの槍、剣試合の相手は、玉兎騎士団エリック・ブラウニングが続けて務める。異論はないな?」


「ありません」


 きっぱりと答えると、エリックが僅かに眉をひそめた。なぜ?と、問うようにリズを見ている。きっとエリックは、女であるリズが騎士を目指す理由が分からないのだろう。だが、その疑問に答えるのは、今ではない。


「私も、ありません」


 一瞬のためらいの後でエリックも答えると、試験官が言った。


「では、これより槍試合を開始する。位置について」


 リズは一礼して後退すると、右半身を前にして、両手で槍を握り込み、中断構えを取った。

 本来、右利きは左半身を前にする構えが基本とされる。しかしリズは、エイデンによって両利きで武器を扱えるよう訓練されており、槍の場合は左利きで戦いはじめるのがやり方であった。


 反対にエリックは、左半身を前にした構えを取っていた。その構えを見た瞬間、リズの体から緊張がすっと消えるのが分かった。代わりに湧き上がってきたのは、これから戦いがはじまるという実感からくる興奮と、冷静さだった。

 相対する二つの感情が、急速に体中を駆け巡ったその直後、試験官の声が闘技場に響き渡った。


「はじめ!」


 掛け声と同時に間合いを詰めて突きを繰り出したのは、リズだった。先制はあっけなく躱されてしまったが、避けた方へと連続で突きを繰り出し続ける。

 エリックは長身のくせに動きが機敏で、リズの攻撃を淡々と躱していく。何度か脇や腕を槍先が掠めたが、手応えはほとんどない。絶妙なタイミングで身体を引いて避けられてしまう。


 リズが一旦攻撃を止めて間合いを取ろうとすると、エリックが反撃に出た。

 エリックは槍を振りかぶると、リズめがけて振り下ろした。思いの外、素早い動きだ。既のところで後退して避けたが、まともに受けていたら危なかった。


 エリックは続けざま、細かく槍を叩くようにして攻撃を仕掛けてくる。リズはそれを掬い上げたりいなしながら、攻撃を躱していく。激しく槍がぶつかり、砂塵が舞う。


 エリックの中断構えから繰り出される打撃、突きは、どれも力強かった。少し掠めただけでも、槍を持つ手がぶれる。大技をまともに受けたら、リズに勝ち目はないだろう。


 エリックは細かな打撃を放った後に突きを出し、リズが避けて後退したところを、間合いを詰めて槍を払う。それをなんとか避けると、また間髪入れずに次の攻撃がくる。その繰り返しだ。


 リズは防戦一方になってきた。他者から見たら、少しずつ後退しているリズが、押されているように見えるだろう。


 だが、リズに攻撃を続けるエリックの顔は段々と険しくなっていた。リズに何度攻撃しても手応えがなく、大技を繰り出す前に、逃げられてしまうからだ。


 エリックの顔からは汗が吹き出していた。表情にこそ出さないが、段々と荒くなる動きから、焦りが見て取れる。

 反対にリズは、時間が経てば立つほど冷静になっていた。槍を交わせているうちに、エリックの攻撃の癖が読めてきたからだ。


 エリックは力はあるし、瞬発力もある。騎士としての厳しい訓練を受け、魔物と戦って実力を付けてきたのだろうことは分かる。だが、攻撃パターンは少ない。


 リズの脳裏に、十三歳のエリックの姿が浮かんだ。三年前、ここで開かれた武術大会で、槍は少し苦手なんだと言っていたエリックは、まだ背が低くて、力も付いていない子供だった。


 あの頃に比べると、目の前のエリックは随分と成長したなと思う。反面、苦手なところは直しきれていないとも思った。

 槍を扱うのは、まだまだ苦手なのだろう。だから、攻撃が単調になるのだ。リズは、そこを突くことにした。


 エリックは細かい打撃を放った後、突きを繰り出した。試合中に何度も繰り返されたおなじみの攻撃パターンだ。今までは後退して躱していたが、今度は違う。


 リズは、エリックの槍を受け止めると、力いっぱい弾き返した。

 エリックの槍が跳ね上がる。エリックは、反射的に飛び下がって間合いを取ると、素早く槍を構え直した。


 二人の動きが止まる。対峙したエリックの目に、驚きが広がっていた。女に力で跳ね返されるとは思っていなかったのだろう。

 リズはその目を見返しながら、次で終わりにしようと決めて、槍を上に掲げるようにして構えを取った。


「それは……」


 エリックの瞳が動揺で揺れると同時に、胸に赤い光が灯った。その鮮やかな色を見ていると、なんだか懐かしい気持ちが蘇ってきた。

 こうして槍を突き付けあっていると、リズも十三歳に戻ったような気がして、試験の最中だというのに、なぜか笑みが零れた。


 エリックは目を見開くと、何かを探すかのようにリズを凝視した。ぶつぶつと何かを呟いていたが、リズの耳には届かない。リズは、エリックの出方を待った。


 しばらく無言で対峙していたが、ついにエリックが意を決して、真っすぐにリズに向かってきた。間合いに入るなり、エリックが槍を斜めから突き上げるようにして攻撃を放った。

 今まで慎重だったというのに、一気に片を付けようとしているようだ。それなら、迎え撃つまでだ。


 リズは後退しつつ身体をひねって、エリックの攻撃をぎりぎりのところで避けながらも、頭上では大きく槍を振り回した。

 エリックの槍先がリズの髪を掠めたのを横目で捉えながら、リズは勢いを付けて槍を振り下ろした。


 リズの攻撃は、空いた脇腹へと打ち込まれて、エリックは衝撃で横に吹き飛ばされた。

 地面に倒れ込んだと同時に、エリックの手から槍が離れて、ガシャンと音が鳴った。


 力いっぱい打ち付けたせいで、手にしびれが走っていたが、勝敗を決めるほうが先だ。リズは倒れ込んだエリックの眼前に、潰れた槍先を突き付けた。


 しんと辺りが静まり返る。

 エリックが呆然とリズを見上げていた。エリックの開いた口から、まさか、と言葉が漏れたのと、試験官が声を上げたのは同時だった。


「そこまで!この試合、五番の勝ちとする!!」


 その瞬間、観覧席からわっと熱気のこもった声が上がった。悔しさと喜びと驚きの入り混じった歓声に闘技場が包まれる。


 だが、リズとエリックは、まるでここには二人きりしかいないかのように、互いの目に見入っていた。


 先に視線を外したのはリズだった。

 リズは槍を下げると、空いた片手をエリックに差し出した。一瞬躊躇した後、エリックはその手を取って立ち上がると、リズをじっと見下ろした。

 リズには、エリックが何を言いたいのか分かっていた。


「……君は……ロキと、瓜二つだった」


「双子ですから」


「そうじゃなくて、君の動きは……!」


「エリック!」


 エリックが言いかけた時、試験官の声がそれを遮った。次の剣試合まで休憩を挟むから、念のために医師に診てもらうようにと、呼んでいる。


 エリックは何か言いたげだったが、結局何も言えずに去っていった。リズはその背を無言で見送りながら、細い息を吐きだして、空を仰いだ。


 次の剣試合で、きっとエリックは気付くだろう。

 三年前の武術大会で対戦したのが、本当は誰だったのかを。



 




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