決意
玉兎騎士団の入団試験を受けると決めてから、ブレンダの正式な推薦を受けるまでの十日間は、あっという間だった。
お茶会から帰宅してすぐにスコットとサマンサに試験を受けることを告げると、二人は猛反対した。リズはガーランドを飲み込んだ蝕獏を倒したいのだと訴えたが、サマンサはやめてちょうだいと涙ながらに言った。
「蝕獏のことは忘れたくても忘れられないのは分かるわ。皆失ってしまったのだもの……。でもね、リズ。あなたは女の子なの。ガーランド家やマーシャル家に囚われずに、自由に生きていいの。愛する人と結婚して家庭を築く。私達は、娘のあなたにはそんな風に幸せになって欲しいのよ!」
私達だってもう、大切な人を失いたくない。娘を失うのは嫌よ。そう泣きじゃくるサマンサを、リズも泣きそうになりながらなだめた。
サマンサの言うことは分かる。実の娘のように思ってくれていることは嬉しいし、サマンサの望み通りの人生を歩んであげたらきっと二人は喜ぶだろう。
けれど、リズはそれを望んでいない。リズの中にグツグツと煮えたぎる復讐の炎は決してなくならない。蝕獏を倒すまでは。
「お義母様、ありがとうございます。でも、実の娘だと思ってくれているのならば、どうか私のわがままをお許しください。私は、どうしても蝕獏を倒さねばならないのです。蝕獏を倒すだなんて無謀だと思うかもしれませんが、私にはロキから受け継いだ力があるのです」
リズはそこで初めて、スコット、サマンサ、そしてジョエルにも魔物や人の心臓が光って見えることを告白した。この力があれば、蝕獏の心臓を見抜き、倒すことが可能かもしれないと言うと、三人は驚き、戸惑いながらも信じてくれたが、結局その日は反対されたまま終わってしまった。
それでもリズは諦めなかった。
リズは当初は騎士になることに戸惑っていたけれど、日が経つに連れて、絶対に騎士になると覚悟を固めていた。何が何でも試験を通って、蝕獏を倒すのだと。それには二人の許可がいる。
リズは二人が中々賛成してれないので焦り、オリヴァーに相談したくなって、現状を伝える手紙を書いた。すると、手紙はすぐに返ってきた。
リズ。とんでもない決断をしたんだね。
私も本当ならばマーシャル夫妻と同じで猛反対したいところだけど、リズの決意は固いようだ。
確かに君は強い。樹海の中を一人で行き、私を助けてくれたし、翼白もあっさりと倒してしまった。
でもね、騎士の道は険しいよ。騎士になるまでも、そしてなってからはもっと。いつ死んでもおかしくはない、毎日が戦いだ。
それでもなりたいと、きっと君は言うんだろうね。
でも、私は君に傷付いて欲しくない。
本当は反対したいところだけど、私の気持ちだけでは君を止められないだろう。
だから、これだけは約束して欲しい。
絶対に死なないで。絶対だよ。
本当は会ってゆっくりと話をしたいところだけど、今は忙しくて中々抜け出せそうにないんだ。
でも、手紙はいつでも出して。返事は必ず書くからね。
リズはオリヴァーも心から応援してくれないのだと知って、少しがっかりした。しかし、オリヴァーの気持ちは分かる。友人が、それも女の子が突然騎士になりたいだなんて言い出したら、当然反対するだろう。
「でも、オリヴァー様だって騎士じゃないの……」
ちょっと不貞腐れつつも、リズは無理もないかと思い直した。騎士の大変さを身をもって知っているからこそ、反対するのだ。
リズはオリヴァーが本気で心配してくれていることを感じて、すぐにお礼の手紙を書いた。それは、お礼というよりも、謝罪のような内容となってしまった。どうか、騎士を目指す私を許して下さい、と。
❇
そして、お茶会から五日後。
王宮から帰宅したスコットがリズを呼び出すなり、試験を受けることを突然許可した。
「言っておくがリズ。これは苦渋の決断だからね。サマンサはまだ納得していないが、試験を受けることは許可する。……だけどね、リズ。いくらガーランドで訓練していたからといって、国のために魔物と戦えるのか?並の覚悟では出来ないことだよ。命を落とす危険と常に隣り合わせなんだ。それこそ、死ぬ覚悟がなければ出来ないよ」
「もちろんです。私の覚悟は、ガーランドを、皆を失い、蝕獏を倒すと決めた時に固まっています。なんとしてでも騎士になり、必ず蝕獏を倒します」
スコットは真正面からリズの視線を受け止め、苦悩するように重いため息を吐き出した。
「分かった……。分かったよ。こんなこと、本当ならば許可したくなかった。娘を騎士になんてね……」
「ごめんなさい……お義父さま」
「いや、リズの気持ちも分かるんだ。あんなことがあったんだから。私だって蝕獏が憎い。出来る事ならば倒したいと思っている」
苦しげに言って、スコットは頭を振った。それから、気持ちを切り替えるように息を吸って背筋を正した。
「とはいえ、私達が許可を出して、ブレンダ殿下が推薦をし、軍の内部もこれに賛成したとしても、議員達は、リズが入団試験を受けることに反対するだろう。彼らの賛同を得るには、大貴族の後ろ盾が必要となってくる」
「ど、どうすれば……」
ブレンダは私が黙らせると言っていたが、鶴の一声でどうにかなるような簡単な話ではないのだろう。どうしたらいいのか狼狽えていると、手はあるとスコットが言った。
「リズ、本気で騎士になりたいのだろう?」
「もちろんです」
「ならば、使えるものはなんでも使おうか」
スコットはそう言って、複雑そうに微笑んだ。
❇
玉兎騎士団の入団試験が行われることが発表されたその日、議員から貴族の令息達を推薦する声が上がる中で、ブレンダがリズを推薦することを表明した。
スコットは発表当日の夕食の席で言った。
「周囲の反応は大方予想通りでね。議員の大半が驚愕し、前例がないと反対していたが、予想外にも、軍の関係者からはこれといった反応はなく、黙秘を貫いてる。それに、軍内部から誰かを推薦する動きもない」
「受験生はリズの他にどのくらいいるんですか?」
サマンサが尋ねると、今のところ十人にも満たないという。
「ここから書類審査があり、半分以上は落とされるだろう。その後面談があり、そこで騎士になる覚悟があるかの意思確認や、適正審査が行われる。それから数日後に実技試験が行われて、そこで合格者が決まるけれど、全員実力がないと判断されれば、全員が落とされることもあるんだよ」
「私は書類審査で落とされないのでしょうか?」
「強い後ろ盾のある者は残るから大丈夫だ」
「それじゃあ、リズ。試験までは必死で訓練しなくちゃな。相手するよ」
ジョエルの提案がありがたくて、リズはありがとうと笑顔を向けた。スコットはとうに腹をくくったようだが、サマンサだけが複雑そうな表情を浮かべていた。
その日の夜、庭で剣を振っていると、サマンサが現れた。
「昔、ここでリズの母、リューナ様もよく訓練をしていたそうよ」
「お母様が?」
「ガーランドと同じで、マーシャル家に女児が生まれたら、侍女として王族に仕えることがあるかもしれないから、幼少期から訓練を受けるのよ」
「そうだったのですか……」
「私はジョエルが生まれてきた時に女の子じゃなくてよかったと思ったの。厳しい訓練を女の子に受けさせたくなかったから……。でも、ガーランドが蝕獏に飲まれて、リズが家に来て、まさか騎士になると言い出すなんて、思ってもみなかったわ。人生何が起こるか分からないものね……」
月に照らされたサマンサの目には涙が滲んでいた。
「お義母様が反対する気持ちは分かりました。でも、お義母様は自由に生きていいと言って下さいました。ならば、私は女だからという理由で騎士を諦めたくはありません。私は騎士になります」
それを聞いたサマンサは、はっとして手で口を覆うと、涙を零した。しばしの沈黙の後、サマンサはリズの決意の固さを感じ取って、分かったわと小さく呟いた。
「リズ。あなたが本気で蝕獏を倒したいと思っているのはよく分かったわ……。それでも、私は娘を死なせたくないの。だから、騎士になったとしても、自分を大切にしてちょうだい。命を投げ出すようなことはしないで。お願いよ」
リズの手を握りしめて、サマンサは懇願した。その左胸に淡い光が灯っているのを認めたリズは、しっかりと頷いた。
「分かりました」
そうは言ったが、約束は出来ないと内心でサマンサに謝罪して、リズは手を握り返した。温かい手のぬくもりと、胸に灯る優しい光に、決意が揺らぎそうになるけれど、このぬくもりを手放してでも、蝕獏を倒したい。いや、絶対に倒さなければならなかった。
❇
それから、書類審査が通ったという報せが来た二日後に、面談が行われることとなった。
そして、面談当日。
学園の制服を着てくるように言われていたリズは、ポケットの中にオリヴァーからもらった金鳥のバッジを忍ばせた。
オリヴァーには、今日面談があることは手紙で伝えてあった。一言、頑張ってきてと書かれた手紙を読んで、なんだか泣きそうになった。
反対だと言いながらも、皆がリズを応援してくれているのだ。だから、きっと大丈夫だと、自分を奮い立たせた。
未成年ということもあり、面談にはスコットも同席が認められた。面談は軍人の詰所がある左玲棟の応接室で行われる。
リズとスコットが、左玲棟の受付で申請書を提出していると、中からリズを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、息を切らしたオリヴァーが駆けて来るところだった。
「オリヴァー様!」
「リズ!間に合ってよかった!面談が始まる前にどうしても会いたくて、少し抜け出してきたんだ!」
軍服を着たオリヴァーの前髪が、駆けてきたせいで跳ね上がっていた。リズは驚きつつも会えた喜びで顔が熱くなった。オリヴァーは息を整えながら、いよいよだねと笑顔を引っ込めた。
「緊張してる?」
「ええ。もちろんです。でも、なんだかオリヴァー様も緊張してるみたい……」
「うん。なんだか私も居ても立っても居られなくて……。リズ、本当に騎士になるんだね?覚悟は……」
「出来てますよ」
「そうだよね。うん。でも……いや、ここまで来たら、応援するよ」
オリヴァーが眉を下げて言った。リズは疑わしげに本当ですか?と問う。
「うーん。正直まだ、心配のほうが上回るけれどね。でも、リズの決めたことだから。リズならきっと大丈夫」
「はい。ありがとうございます」
「金鳥のバッジは持ってる?」
「はい」
ポケットから金鳥のバッジを取り出して手のひらを広げて見せると、オリヴァーはその手を包み込むように優しく握った。熱い手の温度に、胸がどきりとする。ふっと視線を前に向ければ、淡い光が胸に灯っていた。
「金鳥の加護があるから、大丈夫。私もついてるよ」
オリヴァーが言うと、心から安心してほっと出来た。
大丈夫。心配することも不安になることもない。堂々と自信を持っていこう。ロキもついてる。スコットもそばにいてくれる。絶対に大丈夫。
「ありがとうございます」
リズは笑顔を浮かべると、オリヴァーも微笑みを返してくれた。
「……さて、そろそろいいかな?申請が通ったから、行こうか」
遠慮がちにスコットが背後から声をかけてきて、リズとオリヴァーははっとして手を離した。スコットの存在をすっかり忘れていた。恥ずかしくて顔を赤くしていると、オリヴァーも照れくさそうにすみませんと謝った。スコットは苦笑しつつも、先に歩き出した。
「リズ、がんばって!」
「はいッ!いってきます!」
リズは元気よく言ってオリヴァーに手を振ると、スコットの背を追いかけて、左玲棟へと足を踏み入れた。




