面談
「確かに前例がない。女性が騎士になるだなんて、他の騎士に悪影響じゃないか?」
白髪の老齢の議員が顎髭を撫でながら、ざらりとした声で言い放つと、こぞって周りの議員も賛同の声をあげる。リズはそれを、背筋をぴんと伸ばして黙って聞いていた。
会議室に呼ばれて中に入ると、すでに面接官は揃っていた。コの字型に設置された机の前に座る面接官は、軍人や議員が大半のようで、渋い顔や険しい顔をしている者がほとんど。
緊迫した空気の中で、リズは面接官に取り囲まれる形で、中央の椅子に腰掛けた。スコットは同席は認められたが、入口前の椅子にかけるように言われて引き離されてしまった。
心細さと緊張で心臓がばくばくと鳴っている中、リズのことなどお構いなしに、面接官の一人が、まだ人数は揃ってないが面談を始めると宣言して、面談が始まった。
そして今、リズを騎士にしたくない議員達が、こぞって反対理由をあげていくのを、黙って聞いていた。
「そもそも、ガーランドの血を引いているからといって、本当に魔物と対等に戦えるのか?」
「ブレンダ殿下の推薦で採用されたとして、あっという間に死んでしまったら殿下に恥を塗ることになるのだよ」
「現存する騎士達も、女性が入団したら混乱するのではないかな?」
「紅一点だ。玉兎騎士団は平民出も多い。色恋沙汰などが起きたら?」
「それこそ大問題。大恥だ」
ははは、という議員達の低い下卑た笑い声を聞いているうちに、リズの緊張は消えていった。反対意見が出てくる程、自分の中の覚悟がどんどん固まっていき、不思議と気持ちは落ち着いていた。
反対する者たちは、リズには知らない王侯貴族間の派閥争いや、自分の地位が揺らがないように意見しているだけで、目の前にいるリズに覚悟があるのか、騎士としてやっていけるのかを見極めようとしていないと分かったからかもしれない。
とはいえ、風向きは悪かった。半分以上の議員達がリズが騎士になることを反対しているようで、このままいくと面談で落とされる可能性があった。
しかしそんな中、笑い声を消すように凛とした声が響いた。
「私は彼女には是非とも騎士になって頂きたいですね」
一同がはっと息を呑み、発言した議員に視線が集中した。
「学園に翼白が押し寄せた時に、実は娘が彼女に助けられましてね。たまたまリズ嬢と一緒にいたところを襲われたのですが、あっという間に翼白を倒して安全な所へ誘導してくれたそうです。同席していた娘の友人も同様に、彼女には感謝しております」
そう声を上げたのは、ニコルの父親である、レーン侯爵だった。レーン侯爵は勝ち気そうな瞳をリズに向けると、再度礼を言った。
「あの時、君がいなかったら娘は傷物に、いや、死んでいたかもしれない。娘の命を救ってくれて、本当にありがとう」
「そんな、とんでもありません」
「君の強さは娘から聞いているよ。私は君が国のために魔物と戦ってくれると心から信じている。だから、君の後押しをしよう」
リズがレーン侯爵の後ろ盾を得た瞬間、風向きがガラリと変わった。レーン侯爵は中央貴族に強い影響力のある大貴族である。そのため、彼と違う反対意見を出せば、命取りになる可能性がある。
議員達は笑みを引っ込めて黙り込むと、そわそわと、周りの出方を伺い始めた。
「私は彼女が適任だと判断しますが、軍部関係者の方々の意見はいかがですか?」
今までほとんど発言していなかった軍人達に水を向けると、一人が口火を切った。
「私共の意見は同じです。出自は関係ありません。実力ある者、魔物からこの国を護るという強い意志のある者が騎士になるべきだと」
「彼女にその意思があると?」
「君、どうだね?」
鋭い視線を向けて聞いたのは、白髪を短く切り揃えた中年の軍人だった。胸には三つの勲章が輝いている。貴族なのか平民出なのかは分からないが、ただならぬ風格が漂っていた。
「あります」
「魔物と戦ううちに傷を負うだろうし、命を落とす可能性もある。常に危険と隣り合わせだ。君は女性だし、家庭に入って子供を生むという選択肢もあるが、入団したらそれも難しくなるのだよ」
「重々承知しておりますし、とうに覚悟は出来ております。それでも、私はどうしても騎士になりたいのです。いえ、ならなければいけないのです」
「それは、なぜだね?」
「蝕獏を倒すためです」
ざわ、と会議室に動揺、失笑、驚きが走った。
「蝕獏を?バカな……」
「あんな化け物を倒すだなんて、無理だ……」
「何も分かってないな。幼稚なことを」
会議室がざわめく中、白髪の軍人は静かにリズを見据えると、本気かね?と尋ねた。
「本気です。私は、絶対に蝕獏を倒します。そのために、玉兎騎士団に入りたいのです」
リズの宣言に、しんと会議室が静まり返った。その時、ふいに背後から聞き慣れた声がした。
「ならば、その覚悟は実技試験で見せてもらおうか」
目を見開き勢いよく振り返ると、リズを静かに見下ろすエイデンの姿があった。軍服に身を包んだ久しぶりの師の姿に、ここで会えるとは思っていなかったリズは、驚きのあまり言葉を発するのを忘れてしまった。
「遅いですよ。フォックス卿」
「申し訳無い」
「……それで話は戻りますが、実力を確かめるためにも、面談は通過ということにしましょうか」
レーン侯爵の言葉に、周囲の議員達は戸惑いと悔しさの入り混じった視線を彷徨わせた後、無言で同意せざる負えないようだった。
「ただし、女性が騎士になることに戸惑う者は多いようですね」
白髪の軍人が発すると、エイデンはふむ、と辺りを見渡した後に、そうですねと同意した。
「本来実技試験は、騎射、槍、剣の三種目を受験者同士で競い、実力を見て合否を決めるが、ここにいる大半の方がリズの腕に疑念をお持ちのようだ。ならば、リズの槍と剣の二種目の対戦相手を、現役の騎士にしましょう」
「そんなことをしたら、他の受験者まで厳しくなってしまうではないか……!」
一人の議員が焦ったように叫んだ。
「もちろんこれは、リズのみに限ります。他の受験生は通常通り受験生同士で対戦してもらいます。候補は全部で五名ですし、奇数だったので丁度いいかと」
「彼女はガーランド領時代の頃の、フォックス卿の教え子だと聞きましたが、それでいいのですね?」
「ええもちろん。皆様もそれでよろしいですか?」
そういうことならば、という議員達の同意があって、エイデンはリズを見下ろした。
「リズも、いいな?」
もちろん、リズには是と答えるしかなくて、頷き返したのだった。
※
「エイデン先生!」
面談が終わって、さっさと会議室を後にしたエイデンを廊下で捕まえたリズは、責めるようにエイデンを睨め付けた。
「なんで、あんな……!」
「厳しいかって?」
「そうです!私だけなぜですか……?!」
「そういうお前こそ、俺に相談なく勝手に騎士になることを決めたな」
「それは……!まさか、その腹いせに?!」
「そんなわけないだろ。普通に合格したって、何かあれば実力が足りないからだとか、女だから、子供だから、強い後ろ盾があるだけで入団出来たんだと、騎士からも議員からも、後で散々言われるからだ」
「だからって!だからって!」
一人だけ厳しくすることないのに。落ちたらどうしよう、と頬を膨らませて憤慨するリズに、エイデンはため息を落としてから言った。
「……リズ。お前は、あの面々の中で蝕獏を倒すと言い切ったな?ならば、その意志の強さ、覚悟の硬さ、そして己の強さを見せ付けてみろ。現役の騎士と対戦して、全て勝利してみせろ。そうしたら、もう誰もお前のことを笑ったり馬鹿にしたりしない。お前が本気だということを皆が認めるだろう」
そうでもなければ、とエイデンはリズの頭にぽんと手を乗せた。
「蝕獏を倒すどころか、騎士としてもやっていけない。騎士はある意味で権力者の駒となり、貴族間の派閥争いにも巻き込まれることもある。だから、容易く操れないんだと知らしめるためにも、今のうちにああいう連中を牽制しておけ」
でも、と言い募ろうとしたリズの背後から、レーン侯爵とスコットが追い付いて来た。
「リズ嬢。あの場で言った私の言葉は、本物です。私も応援してますから、頑張って下さいね」
レーン侯爵は、ニコルに似た勝ち気そうな雰囲気を和らげて微笑んだ。
実は今から数日前、リズが騎士になるためには、大貴族の後ろ盾が必要だと判断したスコットは、レーン侯爵に内密に会いに行っていた。そこで、少々卑怯技ではあったが、ニコルを助けたことを出汁にして、後ろ盾になって欲しいと頭を下げると、ニコルの命の恩人のためならひと肌脱ごうと、あっさりと協力してくれたのだった。大貴族は器が大きい。
「う……ありがとうございます」
レーン侯爵のお陰で面談が通過したため、そう言われてしまったらもう文句は言えない。リズは頭を下げて、困ったように大人三人の顔を眺めた。それを、三人はなんだか可笑しそうに微笑み返した。
「リズ。お前が決めたことだ。実技試験まで、訓練を怠らないようにな」
リズはなんだか釈然としないまま、エイデンの言葉に頷いた。ともあれ、もう決まってしまったことだ。後はもう、ただ実技試験に合格するしかない。協力してくれた人達の顔に恥を塗らないためにも、絶対に合格してみせると、リズは決意を新たにした。
そして翌日、七日後に実技試験が行われるという報せが、王宮から届いたのだった。




