道標
リズは老齢の侍従に連れられて庭園へと向かっていた。
老齢だがピシリとした真っすぐな背を追いかけながら、セシルからどんな話があるのだろうと、緊張で顔が強張る。
いい話なのか悪い話なのか見当もつかない。セシルの願いを聞き入れれば、蝕獏に近付くことが出来ると言われたが、あれはどういう意味だろう。
胸中では、期待と不安の波が交互に押し寄せている。リズは気を紛らわせるように、ポケットに忍ばせてきたオリヴァーからもらった金鳥のバッジをこっそりと握りしめ、大丈夫だと言い聞かせた。
退院してからオリヴァーとは会っていなかった。今頃何をしているのだろうか。また以前のように、お茶会が終わったらオリヴァーが迎えに来てくれたらいいのにと、少しだけ期待してしまう。早く会いたいと思うと、リズの胸はとくとくと音を立てた。
庭園まで来ると、護衛や使用人達が入ってすぐの所に並んでいたが、以前よりも数が激減していた。侍女と執事がそれぞれ二名ずつに、アンセル・エルゴードと金鳥騎士団の騎士である、リチャード・メルバーンの合計六名だ。
周囲に気を配ったが、庭の端の方に人の気配がポツポツとあるだけ。あんな事件があったから、信用の置ける者しかそばに置いていないのかもしれない。
「ようこそお越しくださいました。リズ嬢」
リチャードが出迎えてくれた。リチャードと会うのは久しぶりのことで、リズは緊張を忘れて顔を綻ばせた。
「お久しぶりでございます。メルバーン卿」
「大変な目にあったようだけど、元気そうでほっとしたよ。身体の調子はどうかな?」
リチャードは以前会った時のように気さくに話しかけてくれた。それで少し肩の力が抜けた。
「もうすっかり大丈夫です」
「それはよかった。私はしばらくの間、セシル殿下の護衛を勤めることになったので、今日はここで待機しているからね」
「はい」
柔らかい微笑みを浮かべるリチャードの隣を見やれば、アンセルがそこにいて、薄く微笑んだ。
「本日はお越し下さりありがとうございます。リズ嬢。お茶会を存分に楽しんできてください」
「はい。ありがとうございます」
なんだか含みのある言い方だ。考えすぎだろうかと思いながらもリズが頭を下げると、それではと侍従に促されて、庭の中央に設けられた席へと案内された。
席にはすでにセシルとブレンダの姿があった。二人は形は違えど、お揃いのような薄いブルーグレーのドレスを身にまとっていた。若い娘が着るには少々地味な色合いだが、ブレンダとセシルが着ると清楚で上品だ。
「マーシャル先輩。今日はお越し下さりありがとうございます。先日は大変な目に合いましたが、身体の具合はいかがですか?」
リズがそばまで来て礼をすると、ブレンダが席を立って言葉をかけてきた。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。体調もすっかり元に戻りました。本日は私のためにこのような場を……」
「そんな堅苦しい挨拶は必要ないですわ」
「そうですわ。勝手に呼び付けたのはこちらですもの」
「ですが……」
「それよりも、今日は美味しいケーキを用意したんですよ!」
「そうね。早速運んできてもらいましょうか」
待っていたかのように侍女二人が茶器とケーキを持ってやって来ると、あっという間にテーブルにケーキと紅茶を並べていく。
苺やイチジク、キウイ、ブルーベリー等、色とりどりの小さな丸いケーキが花びらを添えて綺麗に盛り付けされているのを目にして、リズは美味しそうと目を輝かせた。
「マーシャル先輩はケーキがお好きですか?」
「ええ!」
「喜んでくれたようで何よりですわ」
侍女がてきぱきと紅茶を入れて下がると、ブレンダがにこやかに告げた。
「さあ、早速いただきましょう!」
ケーキはどれも上品で洗練された味がした。リズはケーキを食べているこの時ばかりは、この後でどんな話があるのか考えずに済んだ。
ケーキを食べ終えて美味しかったと感想を言い合って、お茶を飲んでいると、ブレンダが切り出した。
「マーシャル先輩をお呼び立てしたのは、他ではありませんわ。先日の暗殺未遂事件でご助力いただいたお礼をしたかったからなんです。二度も助けていただいて、本当にありがとうございました」
「お礼だなんて……私は何も!」
「確かに、ご助力というよりかは、巻き込まれたと言ったほうが正しいかもしれませんわね」
「セシル……。何にせよ、マーシャル先輩には大変な思いをさせてしまいました。怪我が軽くて本当によかったですわ。後遺症はありませんか?」
「私は大丈夫です。それよりも、殿下は大丈夫ですか?怪我はないと聞きましたが」
会長が暗殺に加担していたことは、ブレンダもショックだったろう。精神的に参っていないかと心配になったが、ブレンダは平気そうに微笑んで見せた。
「色々ショックなこともありましたけれど、大丈夫ですわ。マーシャル先輩にもご心配おかけしましたね。皆様が支えてくださるからこうして今立っていられます。……本来なら、ジョエル様も一緒にお呼びするべきなのですけど、今回はお礼だけではなくて、どうしてもマーシャル先輩にお話したいことがあって、来ていただいたんですの」
リズはどきりとした。いよいよ本題に入るのだ。
「お話というのは……?」
「セシルから全て聞きました。学園で、私のことを気にかけて欲しいと頼まれていたのですね」
「あ、ええ……」
ちらとセシルを見やれば、いたずらがバレた子供のように小さく笑っている。
「本当になんと言っていいのか……巻き込んでごめんなさい」
そんな!と慌てて手を左右に振って気になさらないでくださいと言うと、ブレンダはにっこりと微笑んで礼を言った。
「それで、もうご存知かと思いますけれど、セシルには先見の眼がございますの。神から賜った神力がそれですわ」
リズは無言で頷いた。こんな大事なことをただの子爵家の養女に話していいのかと困惑したが、ブレンダは困ったように微笑んで、構わずに続ける。
「セシルには、今回の暗殺未遂事件のことはすでに見えておりましたが、敢えて私達にはそのことを話しませんでした。なんでも、女王になるには必要な試練なのですって。全くこちらの身にもなって欲しいですわね」
だけど、とブレンダは笑みを引っ込めた。
「今回のことで、私は身近な者達の裏切りに傷付きながらも、本当に信用の置ける者が誰なのか分かり、私のために命をかけてくれる彼らの忠義に感謝することが出来ました。そして、女王になるためにどれ程の覚悟が必要なのかも、少しだけ分かった気がするのです。……とはいえ、身内に裏切られている時点で、私は臣の信用を得られていません。まだまだ力不足だと痛感しているところです」
「ご覧の通り、護衛が減っているでしょう?しばらくの間、メルバーン副団長とエルゴード副団長に私達の護衛になってもらったりと、玉兎騎士団と金鳥騎士団にも影響が出ている始末。でも、こんな時でも魔物は待ってはくれません。今何か……例えば王都に魔物が襲ってきても、彼らはここを離れることが出来ません。ですから、早急に軍の内部の体制を整えているところなのです」
「そんな内部事情を私に話しても大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですわ」
ね、とブレンダとセシルが視線を合わせた。リズはそれが二人の合図なのだと悟った。これから何を言われるのか、いや、何を頼まれるのだろうかと、ごくりと喉を鳴らした。
「それで、軍の内部が大きく変わるこの機に、人員を増やすことになりましたの。近衛騎士団はもちろんのこと、少し前から欠員が出ていた玉兎騎士団にも、春を待たずして騎士を補充することになりました」
「近々、玉兎騎士団の入団試験が行われることが決定したんですのよ」
それを聞いた瞬間、リズの脳裏にロキの声が甦った。
――僕は玉兎騎士団に入りたいんだ!
入団試験を受けるには推薦が必要であることや、試験の内容についての説明をブレンダがしていたが、リズの耳には入ってこなかった。
玉兎騎士団に憧れてやまなかったロキが、剣を振る姿が鮮明に思い起こされて、リズの鼓動が速まっていく。
こんな場で感傷に浸るわけにはいかない。唇を噛み締めて顔を上げたその時、セシルの真っ直ぐな視線とかち合った。細められたその目は澄んでいて、リズの考えていること等、全てお見通しのように思えた。
「――そこで、マーシャル先輩」
名を呼ばれてはっとブレンダを見ると、ブレンダは生真面目な顔をしていた。
「お願いがありますの。私の推薦を、受けてくださいますか?」
一瞬なんのことを言っているのか分からずに、瞬きをした。
「マーシャル先輩が了承してくださるのなら、私が玉兎騎士団の騎士に、あなたを推薦しますわ。私は、信用の置ける方に騎士になってもらい、この国を共に守っていただきたいのです」
玉兎騎士団の騎士に、私を……推薦?
リズは意味をようやく理解して、言葉を失った。混乱で頭が回らない。淑女のマナーも忘れてぽかんと口を開けた。
「何を……おっしゃって……?!私が騎士だなんて、女の身の私には無理です!」
「だけど、マーシャル先輩はとても強かったですわ。私達の護衛が手こずった魔物を、剣一つで払いのけ、会長のことも制してみせましたわ」
「それは、私がガーランドの出で、魔物に対抗するために鍛錬していたからで……!騎士になるだなんて、そんなこと……女性の騎士だなんて、前例がありません!」
「確かに反対する者も出てくるでしょう。けれど、それは私が黙らせます。それに、私が次期女王になるように、これからは女性も活躍していく時代にしていきたいのです。そのためにも、マーシャル先輩にお願いしているのです」
ブレンダはきっぱりと言った。決意は固いようだったが、突然のことで、リズは戸惑うばかりだ。
「そう言われても……」
困惑しきったリズの声は、言いましたよね?というセシルの声でかき消された。
「玉兎騎士団に入れば、あなたは蝕獏に近付くことが出来るのですよ」
はっと息を止めたリズに、セシルが強い口調で言った。
「私の先見の眼と、あなたの心を見る眼があれば、蝕獏を倒すことも不可能ではなくなるのです。それにはまず、あなたが玉兎騎士団に入り、蝕獏出現の場に立ち会う必要があるのです」
蝕獏を倒す。そのために復讐心を胸に抱えて、どこに行けばいいかも分からずに暗闇を走ってきた。けれど、そんな暗い道を照らすように、黄金の光がセシルの胸に灯っていた。
その光を、一時の間食い入るように見つめる。そして、あまりに強く精錬な光から目を逸らした。
蝕獏を、本当に倒せるのだろうか。必ず倒すと誓ったけれど、いざ可能だと言われると、尻込みして、セシルの言葉を疑ってしまう。
「ですが……私が入団試験を受けるなんて、本当に可能でしょうか?私には実績はありませんし、しがない子爵家の養女です」
「大丈夫ですわ。お姉様を助けた実績があります。それに、玉兎騎士団は身分は関係ない実力主義。うるさい議員はお姉様に任せましょう。……とはいえ、試験は甘くありませんわ。お姉様からの推薦を受けた女性だからといって、手加減はされません。そして、受かったその後は、もっと過酷な試練が待ち受けているでしょう。でも、それも蝕獏を倒すために必要なことですわ」
どうする?二人の目がリズを伺っている。リズは眉根を寄せてぎゅっと目を閉じた。
ねえ、ロキ。どうしたらいい?
心の中で、自分の半身に問いかける。すると、胸の奥から、思い出が溢れてきた。
――なあリズ。騎士って最高にかっこいいよな!
主君や弱き者を守るんだ!最高だよ!……僕は騎士になれないけど、どうしても憧れるんだよな。……そうだリズ!僕の代わりに領主になってくれよ!
ガーランド領はもうない。それはもう無理なのだと、記憶の中のロキに告げると、ロキが目を輝かせて言った。
「……それじゃあ、リズが騎士になってくれよ!それで、騎士の話をたくさん聞かせてくれ!」
リズは深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。どくどくと鼓動が音を立てている。全身が脈を打ち、目の奥が熱い。喉を鳴らして唾を飲み込み、もう一度深く息を吸った。
掴むしかないと思った。蝕獏を倒すチャンスをブレンダとセシルがくれたのだ。それを、ただ掴むしかない。
「――入団試験を受けたいです。殿下、推薦をお願いします」




