聴取
リズが軍病院に運び込まれた翌日。カイルとの攻防で出来た外傷は擦り傷や打ち身程度の軽いもので、喉も肺も軽度の火傷だと診断された。しかし、念の為に三日間入院することが決まった。
それから、医師から事情聴取をしてもよいと判断が下されると、リズの病室には、騎士や学園長、担任教師が入れ代わり立ち代わりやってきては、カイルとどんな話をしたのか、音楽室でどのようなことがあったのか事細かな質問をしていった。
その合間に、スコットやサマンサ、アンナやマーシャル家の使用人達が顔を出しては、なにかと気遣ってくれた。
スコットは立て続けに学園で暗殺事件が発生し、二度もジョエルとリズが巻き込まれたこともあって大忙しのようで、病院と王宮を行ったり来たりしている。日を追うごとに目の隈が濃くなっていて、リズは申し訳無い気持ちになった。
リズと同じく巻き込まれたジョエルは、面会に来た当初は顔に擦り傷を作り、腕や足にも怪我を負っていたが、どれも大したことはなく、病院にも通わなくてよいと聞いて、ほっとした。
ジョエルに事件当時のことを聞くと、暗殺者に襲われてブレンダから引き離され、苦戦したようだ。最終的にはブレンダの下まで辿り着けてなんとかなったというが、さすがに今回は肝が冷えたという。
今後また同じようなことが起こるかもしれないから、学園が休学の間は訓練に当てると言うので、リズも退院したら付き合うとジョエルと約束をした。
それからオリヴァーもまた、リズが入院している間は、毎日顔を出してくれた。聞くと、オリヴァーは背中に火傷を負っているらしく、入院こそしていないが、治療のためにしばらく通院することになったという。
そんなことも知らずに、病院に運ばれた日、オリヴァーの背中に手を回して抱きしめてしまったことを思い出したリズは、知らなかったとはいえ、痛かったのではないかと慌てた。
オリヴァーはにこりと微笑んで、リズのことで頭がいっぱいで、痛みなんて忘れてたよとけろりと答えてみせた。
リズは心配が一気に恥ずかしさに代わり、顔から火が出るかと思う程赤くなった。気が動転していたとはいえ、思い返せば返すほど、自分はなんて大胆なことをしてしまったのだろうと悶絶するリズを、オリヴァーはにこにこと嬉しそうに眺めていた。
あんなことがあったというのに、リズがカイルのことで落ち込まずにいられたのは、オリヴァーの存在が大きかった。オリヴァーがこの三日間そばにいて励まし続けてくれたから、カイルへの複雑な気持ちを落ち着かせることが出来たのだ。
オリヴァーには感謝してもしきれない。何かお礼をしたい。そんなことを考えながら、リズは三日間の入院生活をゆっくりと過ごした。
そして入院最後の日。最後の診察を受けて病室に戻ってくると、真っ黒な軍服を身にまとった玉兎騎士団副団長のアンセル・エルゴードがリズを待ち受けていた。
リズが突然のことで驚き固まっていると、アンセルは口端を上げてにこりと笑顔を浮かべ、ゆっくりと膝を折った。綺麗な礼をしてみせたアンセルに、リズも思い出したように慌てて礼を返す。頭を上げてアンセルと視線が合っただけで、緊張して身体が強張った。
「お久しぶりです。リズ・マーシャル嬢。王宮で会って以来ですね」
「お、お久しぶりでございます。エルゴード副団長」
「お身体の調子はいかがですか?」
「もうすっかりよくなりました」
「それはよかった。突然のことで申し訳ありませんが、今日はお話があってまいりました」
立ったままではなんだから、とリズを椅子に座らせたアンセルは、椅子を引っ張ってきてリズの向かいに座った。
病室の扉は鍵がかけられておらず、ほんの少しだけ戸が開いた状態になっているとはいえ、二人きり。退院のためにマーシャル家から迎えが来るのは午後からで、今日はオリヴァーも顔を出すことはないだろう。
これから聴取が始まるのかと思うと、リズの緊張が一気に増す。
リズは失礼にならない程度にアンセルの顔を観察した。こうして改めて見ると、アンセルはまるで作り物のような美しい顔をしている。だからだろうか。人間味が薄く冷たい印象を受けるため、どこか近寄り難い雰囲気をまとっている。
それに、リズを見る目は一見優しそうに微笑んではいるが、目の奥は鋭く、何かを追求しようとしているように見える。それは、聴取が始まる不安がそう見せているせいなのかもしれなかった。
「お話とは……カイル・グロスター会長のことでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、いいえと短い返事が返ってきた。
「事件の聴取は終わりました。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。すぐに終わりますから。今日は招待状をお持ちしました」
「……招待状?」
思ってもみなかった回答にリズが目を丸くすると、アンセルが懐から手紙を取り出して、リズに渡した。
「セシル殿下から、三日後に以前と同じようにお茶会を開くので、是非にと」
真っ白な便箋に一輪のゼラニウムの絵柄が入った招待状を受け取って顔をあげると、アンセルが言った。
「約束を果たしてくれたお礼がしたいそうです」
「約束……」
ブレンダの様子を一日一度見に行くこと。その約束は果たしたと言えるのだろうか。結果的に、事件当日はブレンダに会えなかったため、リズはブレンダを護れたとは言えない。お礼ならば、それこそジョエルにするべきなのでは。
眉根を寄せて考え込んでいると、アンセルがふっと笑う気配がした。
「難しいことは考えなくても大丈夫です。セシル様はただ、あなたにお礼がしたいのです」
「お礼だなんて、私は何もしていませんから」
「そうはセシル様は思っておりません。ですから、お茶会には必ずご出席するようお願い致します。よろしいですね?」
問答無用。そう言われてしまえば、リズはただ頷くしかなかった。
「それでは、当日はマーシャル家まで使いの者がお迎えにあがります」
「あ、はい。分かりました……」
「では、私はこれで」
要件は本当にこれだけだったらしい。拍子抜けするリズを置いて、アンセルはさっさと扉の前まで移動した。慌てて後を追うと、アンセルがくるりと振り返り、何か言いたげにリズを見下ろしている。戸惑っていると、アンセルが口を開いた。
「最後に聞いてもよろしいですか?」
リズはどきりとしながらも、短く頷いた。
「はい……。なんでしょうか?」
「はじめに殿下が翼白に襲われた時、あなたは襲いかかる翼白の群れを一人で迎え討ったと、エリックから聞きました」
「……はい。そうです」
「その時、どう感じましたか?」
「どう……といっても、あの時は、ただ夢中で……」
「では、翼白を手強いと感じましたか?」
アンセルにとっては、なんてことのない質問なのかもしれないが、これは聴取ではないか。
アンセルの瞳が何かを探るように、リズの瞳を捉えている。聞かれてまずいことはないというのに、緊張で握りしめた手のひらがじっとりと湿り気を帯びていく。
「翼白は、魔物の中では弱いですから……」
「容易かったということですね。……では、カイル・グロスターはどうですか?」
「それは……会長は戦闘訓練を受けているようでしたので、強く、とても苦戦しました」
「しかし、カイル・グロスターは武器を持っていたが、あなたは武器を持っていなかった。その状況で彼を制圧したのですよね?」
「制圧だなんて、そんな……。あの時もただ夢中で……結局私は彼を止められなくて……」
これまでの聴取では、どんな状況でカイルが火を点けるまでに至ったのかを重点的に聞かれた。起きたことを順を追って答えればよかったのだが、アンセルはリズの心情を聞き出そうとしている。なぜこんなことを聞くのか、質問の意図が分からず戸惑うばかりで、うまく答えられない。
アンセルの何もかも見透かされそうな瞳を苦手に思う。視線から逃げるように顔を俯けると、アンセルが薄く微笑んだ気配がした。
「これは失礼しました。聴取はしないと言ったのに」
「いえ、あの、うまく答えることが出来なくてすみません……」
「いいえ。こちらこそ困らせて申し訳ありません。それではこの辺で。病み上がりのところを失礼しました。また三日後にお会いしましょう」
わざわざありがとうございました、というリズの言葉が言い終わると同時に、アンセルは病室から出て行った。
一人きりになった病室の椅子に、リズは力が抜けたように腰を落とす。はーっと長いため息を吐き出して、白い天井を見上げた。
アンセルはなぜあんな質問をしたのだろう。何を知りたかったのだろう。落ち着かない気持ちになった。
考えても仕方がないと首を振ったところで、セシルからの招待状を思い出した。
先日のお礼がしたいので、三日後に以前と同じ庭園でお茶会を開くので是非参加してほしい。迎えの馬車を寄越すので、それに一人で乗ってくるように、と書かれていた。
「あら……」
招待状を封筒にしまっていると、ふと宛名に目がいって、手を止めた。先程は気が付かなかったが、そこには綺麗な字で、リズ・ガーランドと書かれていた。
マーシャルではなく、ガーランドと記されているのを見て、ただお礼がしたいだけではないのだと、それだけは分かった。




