転回
第一王女暗殺は未遂に終わったとはいえ、被害は甚大だった。護衛側は重軽傷者合わせて二十名以上。敵側は、死傷者合わせて三十名以上。
生物学準備室のある奥校舎は二度の爆発によって半壊。音楽室も焼け、建て直しが必要な状態。学園はしばらくの間、休学が決まった。
暗殺未遂を企てた首謀者は、カイルの里親であるエンリク・グロスター伯爵。エンリクは蝕獏信教の過激派の幹部であった。
エンリクは王都にあるグロスター伯爵邸で逮捕されたが、犯行を否認。自分は何も知らないし事件には関わっていないと主張しているが、伯爵邸の隠された地下からは蝕獏信教の教本や信仰のための神具が大量に見付かった。
更に、エンリクが支援していた孤児院へ捜査が入ると、院長は孤児院を出た孤児達をエンリクの元へ斡旋し、見返りとして支援金という名目で金銭を受け取っていたことを自白した。
そして、蝕獏信教の過激派の潜伏場所も院長から聞き出した軍は、すぐに摘発に動いた。そうして芋蔓方式で信者達が捕まったが、聴取は難航。信者達の口は堅く、首謀者のことは誰も口にしない。
意識を取り戻したカイルは、あっさりと犯行を認めたが、誰の指示で犯行に至ったかは黙秘を貫いている。
しかし、カイルはエンリクに逆らえないと話していたというリズの証言がある。更に院長の証言や、数々の状況証拠によって、エンリクが暗殺を企てたことは言い逃れが出来なくなった。
「だけど、護衛に暗殺者を紛れ込ませる程の力はグロスター伯爵にはないわ。首謀者は他にいるわね。中央貴族の議員か、軍の上層部辺りかしら」
ブレンダは展示室に呼び出した玉兎騎士団副団長のアンセル・エルゴードと執事に告げた。アンセルは優雅に紅茶を飲むブレンダに、ええと短い返事をした。
「どちらもです」
「議員は多神教推進派の古狸ね。それから、軍の上層部は大佐の誰か……。近衛騎士団の人事に口を出せるのは、パーマスト大佐辺りかしら。そういえば、公式行事以外で彼とは一度も教会で会ったことがないわ」
「おっしゃる通り。そのお二方です。昨日深夜、邸宅へ強制捜査に入ったところ、隠し部屋を発見致しました。そこからは、グロスター伯爵邸と同じ流れです」
そう、とブレンダは呟いた。
なんの捻りもない首謀者の判明に、こんなものか、という白けた気持ちになった。
ふいに脳裏に信者の声が蘇る。
「あなたは神力を授かっていないでしょう?神から見放された王女殿下」
長年パーマスト大佐は近衛騎士団の人員配置を担当していた。ブレンダの情報を流したのもパーマスト大佐だろうが、それに対して怒りも悲しみもなかった。
これから証拠が上がっていけば、パーマスト大佐もエンリクも極刑はま逃れないだろう。
そしてカイルも、首が飛ぶことになるかもしれない。
自由人で人気のある生徒会長のカイルからは、呆れることと同じくらい学ぶことも多かった。真面目なだけでは人はついて来ない。カイルは魅力的であり、それでいて隙が多かった。だからこそ、常に人が集まっていた。ブレンダもその中の一人だったと思う。
それなのに、殺そうとするなんて。同じ生徒会の役員だったのに。敵としか認識されていなかったのか。笑い合って色々な話をしたのに。あれも演技だったの。どうしてなの。
カイルのことを考えると、一転して胸が苦しくなった。それでも、ブレンダは泣くまいと唇を噛み締めた。暗殺者に心を砕いてなどやるものかと。
そして、カイルがどうなろうと、最後まで見届けるのだと心に決めた。
ブレンダは気持ちを落ち着かせようと紅茶を飲み干すと、視線を上げてアンセルを見やる。
「近衛騎士団は一度解体して再建したほうがいいのかしらね。誰が信用出来るのか、私にはもう判断出来ないわ……」
「陛下の勅命で、近衛騎士団の団員全ての調査を進めております。調査が終わるまでは、セシル殿下の護衛は、金鳥騎士団副団長のリチャード・メルバーン副団長が。ブレンダ殿下の護衛は私がすることに決まりました」
「あら、そう。蝕獏を倒すべく戦っているあなた達ならば、信用出来るものね」
今回は、翼白が襲ってきた時以上に肝が冷えた。自身の護衛だと思っていた者に襲われて、死ぬかもしれないという考えが脳裏に過ぎった程だ。
自分だけならばまだしも、そばにはキムがいて、周りの護衛達は自分を護ろうと命がけで戦っている。敵のほとんどは死に、護衛達も負傷した。学園はひどい有様だ。
その状況を目の前にして、ブレンダは自分の立場を痛感し、そして何があっても生き残らなければいけないと思った。
ブレンダは今回の一件で、護衛やカイルの裏切りにひどく傷付きながらも、覚悟を決めて強くなったように思う。それを見越して、セシルは予見した今回の事件について事前に話さなかったのだろう。
「近衛騎士団の調査が終わって、大丈夫だと判断された者はまた私の護衛につくのよね?」
「そうなります」
ふと、ブレンダはジョエルを思い出した。窮地に陥った時に必ず駆け付けてきてくれて、護ってくれる。信頼出来るのは彼だ、と思う。
「ねえ。影の護衛を表立って私付きの護衛には出来ないのかしら?」
「それは……ジョエル・マーシャルのことですか?だとしたら、難しいかと。マーシャル家は代々王族に仕えながら陰ながらお護りしてきた一族ですから」
「そう……。ちょっと聞いてみただけよ」
死ぬかもしれないと震えるブレンダの前に現れたジョエルは、開口一番に大丈夫ですと安心させるように言って、それでいて力強い眼差しを向けてきた。
あの時、胸の奥底に閉じ込めたはずの戸惑いや想いが溢れ出して、心臓が激しく音を立て、目頭や喉の奥がかっと熱くなった。
駆け出してその胸に飛び込んで、いっそのこと感情のままに身を委ねてしまいたい。そんな風に思ったのは、混乱と不安と恐怖に陥っていたからだと、今は自分に言い聞かせていた。
だが、それでも考えてしまうのだ。ジョエルが常にそばに居てくれたら、それだけで心強いのに、と。
こんなことではいけないと頭を振った時、扉をノックする音がした。
「はい」
執事が返事をすると、私よ、とセシルの高い声がした。どうぞと声をかけると、執事が扉を開いた。セシルは侍女と護衛のリチャードを伴って入室すると、ブレンダの向い側の席に腰掛けた。
リチャードと侍女は扉の前で黙って一礼すると、執事と共に控えている。アンセルもそれに習って一礼すると、扉のほうへと向かって隣に並んだ。
「お姉様、だいぶ落ち着きましたか?」
「ええ。私はもう大丈夫よ。首謀者もいずれ捕まるでしょう?」
「ええ。近いうちにね」
「それにしても、今回ばかりは本当にだめかと思ったわ」
「命の危険を感じましたか?」
「当たり前じゃない。今回はさすがに教えてくれたってよかったんじゃないの?」
唇を尖らせて言うと、ごめんなさいとセシルはいたずらげに微笑んだ。全く反省している様子はない。仕方ない子だとブレンダはため息混じりに聞いた。
「それで、どうしたの?」
「近衛騎士団がしばらく私達の護衛を離れることになったことは聞きまして?」
「ええ。つい先程ね」
「近いうちに、近衛騎士団の再編成に伴って、軍の上層部も入れ替えがありますの。そこで、それに合わせて春を待たずに欠員が出ていた玉兎騎士団も欠員を補充することが決定しました」
近衛騎士団、金鳥騎士団、玉兎騎士団は、毎年春に入団試験が行われている。
近衛騎士団は貴族や議員、近衛騎士団の団員からの推薦がないと入団試験を受けることは出来ない。王族の護衛に就くため選考も厳しく、貴族子息であり、見目がよく、実力のある者で二十五歳までと年齢も定められている。
金鳥騎士団は神力を持つ者でなければ入団試験を受けることが出来ないが、年齢は定められていない。
ただ、玉兎騎士団だけは、実力のある者ならば、身分も年齢も問わずに入団試験を受けることが出来ることになっており、実際に現在の団員の半分は平民出だった。
しかし、欠員が出ると時期に関わらずに臨時で団員を募集することがある。その場合は、春の試験とは違って玉兎騎士団であろうと、推薦する者がいないと試験を受けることが出来ない決まりであった。
「そうなのね。現在何人欠員が出ているのかしら?」
「一名ですわ」
「エルゴード副団長、誰か有望な方はいるのかしら?」
これには、いえ、と短い返事が返ってきた。
「それが、玉兎騎士団の団長からも周囲には推薦出来る者がいないという回答がありましたの。話を聞き付けた耳ざとい貴族や議員達は何名か候補を上げているそうですけど、聞けば、若すぎる方か、玉兎騎士団には不釣り合いな、家柄と矜持ばかりが高そうな軟弱そうな方々ばかりで……」
大袈裟にため息を吐いて困ったようにアンセルを見たセシルが、ねえ?と話を振ると、アンセルはこれは困りましたねと感情のこもっていない返事をした。三文芝居を見せられているような気になったブレンダは、全てを察した。
「あらそう……。それで、セシルは誰か推薦したい方がいるのね?」
セシルはぱっと顔を上げて両手を握りしめると、ええ!と嬉しそうに答えた。
「さすがお姉様。実はそうなんですの!私、どうしてもその方に入団試験を受けて頂きたいの。ですけど、私からの推薦だと言うと何かと角が立ちそうで……」
「私の名を貸せというのね。でも、あなたの名前で角が立つのならば、私でも変わらないのじゃない?」
同じ王族からの推薦なのだから。不思議そうに首を傾げるブレンダに、セシルは勢いよく首を振る。
「いいえ。お姉様が推薦するのはとても自然なことですから、大丈夫ですわ!」
ブレンダはそれを聞いて片眉を上げた。
「セシル……一体誰を推薦しようとしているの?」
「それは、お姉様も納得のお方よ。でも、その方に入団試験を受けさせるには、お姉様の推薦だけでは足りないかもしれません。それこそ、議員や貴族の推薦も必要かもしれなくて……。何よりまずは、本人を説得しないといけないんですけどね」
それを聞いたブレンダの脳裏に、ジョエルの顔が過ぎった。まさかと思い、セシルを凝視して尋ねる。
「……私の知っている方なのね。まさか、ジョエル・マーシャルなの?」
「違いますわ」
「それじゃあ、誰なのよ?」
セシルは笑みを深めた。
「リズ・マーシャルですわ」
まさか。ガーランド一族の生き残りの、リズを?
ブレンダは絶句した。
「……彼女は女性よ。無理だわ」
ようやっと絞り出した声で言えば、セシルは人差し指を顎に手を当てて思案した後、でも、と首を傾げてみせた。
「私、彼女以外は考えられませんの」
生真面目な顔をブレンダに向けて、セシルはきっぱりと言い切った。




