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リズの瞳  作者: 朋永実久
第一章
33/50

暗殺者



 放課後。ブレンダとキムがウォルターに生徒会の書類を届けるというので、オリヴァーはエリックも含めた四人で生物学準備室へ向かっていた。


 オリヴァーは、キムと楽しげに話すブレンダをちらと見やった。


 キムが、カイルの演奏を聴きに行こうと誘った時、ブレンダは笑顔で是非と答えていた。しかし、内心ではキムの唐突な誘いを訝しんでいたのではないか。


 ブレンダは学園では、親しみやすくて明るく可愛らしい少女といったイメージを持たれているはずだ。しかし、実際は冷静で思慮深い。次期女王として育てられたのだから、そうなるのは当然だった。


 ブレンダは恐らく、同じ生徒会のメンバーであるキムのことも心から信じてはいない。信じたいとは思っていても、心のどこかで、もしかしてと疑っているに違いなかった。


 オリヴァーは子供の頃からの付き合いだから、ブレンダの考えがなんとなく分かってしまう。人を信じきれずに一線置いてしまうのは、王女という立場上仕方のないことで。だからこそ、信用されているオリヴァーは、護ってやらないといけないと思う。


 そんなことを考えていると、キムがくるりと振り返った。


「きっとリズ、今頃オリヴァー様と会えるのを楽しみに待ってるわよ!」


「私も久しぶりに会えるから楽しみだよ」


「そうでしょう?私のおかげですからね!」


「感謝するよ」


 ふふんとキムは胸を張って満足気に笑った。


 リズとは王宮で会ってから話せていなかったので、キムの言うとおり、オリヴァーもリズと会えるのを楽しみにしていた。あまり話す時間はないかもしれないが、顔を見れるだけでもいい。オリヴァーは笑みを零した。



 中庭沿いの回廊を歩いていると、中庭に警備員が立っているのが目に入った。ブレンダが移動したので、中庭に集まってきたのだろうか。


 オリヴァーは横目で観察した。胸には学園の校章が入ったバッジと名札が下げられている。正規の警備員であることに違いない。

 伺っていると、警備員がこちらに軽く会釈をしたので、顎を引いて返しつつ、中庭を通過した。



 生物学準備室は校舎の奥まった所にある。そのせいか、普段から静かで人の気配が感じられない。


 オリヴァーは生物学準備室の前までやって来るなり、違和感を感じた。室内から物音が聞こえてこないし、人の気配が全くしないのだ。ウォルターは不在なのだろうか。


 オリヴァーは胸騒ぎを覚えた。なぜかは分からない。直感的に、嫌な予感がする。

 横目でエリックに視線をやれば、エリックもまた周囲を警戒して目をギョロギョロさせていた。オリヴァーが顎を引くと、エリックもまた頷き返す。その様子を見たブレンダが、緊張して身体を強張らせた。


「下がってて。私が先に入ろう」


 ブレンダはごくりと喉を鳴らした。キムもようやく不穏を察したらしく、戸惑いつつもドアから離れてブレンダのそばに寄った。その前にエリックが立つ。


 オリヴァーは影の気配を探った。恐らくだが、廊下の死角に何人か潜んでいる。きっと、リズの弟のジョエルもいるに違いないと検討をつける。何かあっても彼らが駆け付けてくれるだろう。


 オリヴァーはドアをノックした。だが、返事がない。

 振り返ってエリックに目線で問いかけると、エリックは短く顎を引いた。


「殿下、もっと下がっていてください」


 エリックに言われて、ブレンダとキムは大人しく下がった。それを確認してから、オリヴァーはドアノブに手を掛け、ゆっくりと回した。


 その瞬間、カチリと何かが外れる音がしたかと思うと、鼓膜をつんざくような爆発音が轟く。ドアノブを掴んだまま、オリヴァーの身体は爆風で後ろへと吹き飛ばされていた。


 背中から廊下の壁にぶつかって床に落ちる。激しい音を立てて窓硝子が割れた。廊下に爆風が吹き荒れて、生物学準備室から黒煙が流れ込んできた。


 耳鳴りがしていて、音から周囲の様子を伺うことは出来ない。上体を起こそうとして、背中がびきりと傷んだ。額から生温い液体が顎にかけて流れる。触ると、血だった。砕けたドアの破片で切ったのだろう。


 血を拭い顔を上げると、ひしゃげたドアが転がっていた。室内は黒煙が立ち込めていて、中の様子が分からなかったが、爆発物が仕掛けられていたのは間違いがなさそうだ。

 あの爆発でこれだけの怪我で済んだのは、吹き飛んだドアが壁となってオリヴァーを護ったからだろう。不幸中の幸いだった。


 それにしても、警戒していたにも関わらず、まさか爆発物がしかけられているとは想像出来なかった。ここは一旦引くべきだった。

 しかし、今は後悔している場合ではない。襲撃に合っているのだ。敵がいるかもしれない。


 オリヴァーはブレンダ達を探して辺りを見渡した。煙で周囲の景色ははっきりとしないながらも、少し離れたところに横たわる人影が目に入った。


「ブレンダ!」


 叫んだが、自分の声がブレンダに届いているかどうかは分からなかった。駆け寄ると、ブレンダとキムに覆いかぶさるようにしてエリックが倒れていた。咄嗟に庇ったのだろう。


「エリック!」


 エリックの肩を揺さぶると、ピクリと反応した。エリックはすぐさま身体を起こして、ブレンダとキムの肩を揺り動かした。二人はうっすらと目を開けると、ゆっくりと身を起こした。


「……私は大丈夫よ」


 キムも混乱しているようだったが、倒れた際に身体を打っただけで、大した怪我はないようだ。ドアから離れていたのが幸いしたのだろう。

 皆無事でよかったとほっとしたのも束の間、聴力が戻ってきたオリヴァーの耳に、多数の靴音が響いてきた。


 オリヴァーとエリックは、制服に隠していた組み立て式の剣を取り出して構えた。これは近衛騎士団から拝借した剣で、長剣程の長さはないが、以前使っていた暗器よりもずっと使いやすい。


 ブレンダとキムに下がっているように伝えると、二人は緊張で顔を強張らせながらも、素直に従った。


 廊下の先、煙の中から現れたのは、先程中庭で見かけた警備員と、教育実習生の男女、そして正門前で見かけた衛兵の姿もあった。

 応援に護衛達が駆け付けてきたのだと安堵しかけて、すぐにその考えは裏切られた。


「死んでない。それどころかろくに怪我もしてないじゃないか」


「火薬が少なかったようだ」


「焦って作るからこうなるんだ」


「設置した場所も悪かったな」


 会話を聞いて、護衛達がブレンダを狙っていた暗殺者だったと知り、オリヴァーは息を飲んだ。


 本当の護衛はどうした。なぜ来ない。

 ジョエルをはじめとする他の影が誰も現れないことに焦りを覚えた。廊下の先に目を凝らしたが、煙で見えない。

 しかしよく耳を澄ますと、剣を交える音と怒声が遠くのほうから聞こえてきた。恐らく、護衛と敵で戦いになっている。


「ブレンダ殿下をこちらに寄こせ」


 一歩前に出た男が言った。男はブレンダのクラスを担当していた教育実習生で、本来はブレンダの影だったはずだ。


「なるほどね……。影として紛れ込んだというわけ?先生」


 エリックの背後でブレンダが言った。


「これも殿下に近付くためです」


「翼白を使ったのも、護衛を増やしたタイミングで影として潜り込むためだったのね。……それで?なぜ私の命を狙うのかしら?」


「王族には退場してもらいたいのです。蝕獏を神の座に据えるために」


 ブレンダの眉がピクリと動いた。


「……そういうこと。あなた達は蝕獏信教の過激派なのね」


 オリヴァーは驚いた。蝕獏信教の名は知ってはいたが、実際に過激派の信者を前にしたのは初めてだった。


「影に紛れ込ますことが出来るなんて、誰の指示なのかしら?」


 男はこれには答えず、にやりと微笑みを返しただけに留まった。


「護衛もろとも殿下にはここで死んでいただく」


「あらそう。でも、私は神力を持つ王族なのよ。そうやすやすと死にはしないわ」


「そうでしょうか?私共が何も知らないとでも?」


「……どういうことかしら?」


「先見を除いて、神力は人相手には発揮されない。それに、あなたは神力を授かっていないでしょう?神から見放された王女殿下」


 ブレンダは一瞬何かを堪えるようにぐっと唇を引き結んだが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべた。


 オリヴァーは敵がその事実を知っていることに驚いていた。

 ブレンダは神力を持っていない。それは限られた人間、それこそ王族のそばにいる者だけにしか知らされていない重要機密だ。


「だから簡単に殺せると?舐めないでもらいたいわ。例えそうだったとしても、私の護衛達が阻止してくれるでしょう」


「さようですか」


 男が嘲るような笑みを浮かべると、やれ、と手を振った。そこからは乱戦となった。


 斬りかかってくる敵を、エリックと二人で手分けして倒していく。狭い廊下で戦うには、大人数のほうがやりづらい。

 オリヴァーとエリックは狭さを生かした攻撃を続けて、徐々に敵を減らしていくと、敵のほうが劣勢となっていた。

 相手も戦闘訓練を受けているようだが、エリックとオリヴァーのほうが上手だ。それでも、加減している余裕はない。


 警備員の一人がオリヴァーに斬りかかってきた。剣をギリギリと押し付け合いながら、オリヴァーは説得を試みた。


「騒ぎを聞き付けて近衛騎士団が駆け付けてくるぞ。観念して投降しろ」


「私達は王族を倒すためにここにいる。目的を達成するまでは引かない」


 よく見ると、見たことのある警備員だった。翼白が襲ってきたあの日、途中で気を失って、駆け付けてきたリズに助けられていた。


「お前は……リズに助けられていた警備員だな?以前から学園に潜り込んでいたのか」


「今頃気が付いたのか」


「あの時はわざと気絶したんだな」


「おかげで、あんた達やリズ・ガーランドの実力を知れてラッキーだったよ。あれで、あの子は厄介だと判断したから、別で手を打つことにしたんだ」


 リズの名前が出て、どくんと心臓が跳ねる。オリヴァーは動揺して、柄を握る手が一瞬震えた。


「リズに何かしたのか……?!」


「今頃音楽室で、カイルが相手をしているだろうよ」


 オリヴァーは愕然とした。


「まさか会長も仲間だというのか……?!」


 オリヴァーが動揺したのを見計らって、男が剣を押し返して間合いを詰めると、剣を振り下ろした。

 剣はオリヴァーの肩を縦に割いた。既のところで身体を捻って後退したおかげで傷は浅く済んだが、危ないところだった。

 オリヴァーは距離を取って男と向き合う。


 どくどくと心臓が鳴っていた。リズが危ない。今すぐ助けに行かなければと、焦燥感が募る。

 そんなオリヴァーを嘲笑うように、男は笑みを浮かべた。


「学園には我々の仲間が何人も潜り込んでいる。お前らはどうあってもここで死ぬんだよ」


 男がちらと視線を横にやると、隣でエリックと戦っていた教育実習生の男と視線を交わしてから、背後で控えていた衛兵に振り返った。


「こちらのほうが劣勢だ。もういい。……やれ」


 オリヴァーは衛兵が懐からオイルライターを取り出したのを見て、目を瞠った。衛兵が上着のボタンを外して前を広げると、身体に小型の爆薬が巻き付けられていた。


「ここにいる皆、巻き添えだ」


 衛兵は覚悟を決めた顔をして、震える手でオイルライターに火を付けた。ここで死ぬつもりだ。


「オリヴァー逃げろ!!」


 後方でエリックが叫んだ。オリヴァーはすぐさま背中を向けると、生物学準備室へ駆け出した。その瞬間、廊下に閃光が走った。衛兵の狂ったような笑いが聞こえたかと思うと、つんざくような爆発音がして、爆風が吹き付ける。


 背中を熱風で押されて準備室へ滑り込むように倒れ込むと、背中が焼けるように熱くなった。床や壁が剥がれて瓦礫が飛んでくる。オリヴァーは歯を食いしばって衝撃に耐えた。


 しかし先程と比べると、思いの外爆発は小さかった。背中に触れてみると、ひりひりと痛む。制服が破れて火傷しているようだったが、気にしている場合ではない。


 痛む身体をなだめながら廊下に戻ってみると、衛兵や近くにいた警備員と教育実習生の男は、悲惨な姿に形を変えていた。

 打ちのめされて、オリヴァーは思わず廊下に膝を付いた。胸が苦しくなって、うめき声が漏れる。


「どうして……」


 盲目的に突き進み暗殺を企み、自爆してまで、蝕獏を神にしたいというのか。どうしてここまで出来るんだ。なぜそんなに簡単に命を投げ出せるんだ?


 金鳥騎士団に入り、人のためにと魔物の瘴気を祓ってきたオリヴァーにとって、それは信じ難いことだった。



 

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