反逆者
リズは混乱しながらも、状況を把握しようとカイルに質問をぶつけた。
「今の爆発音はなんですか?何が起こっているか知ってるんですか?もしかして、ブレンダ殿下が危ないのではありませんか?!」
「そうだよ」
カイルはあっさりと肯定した。
リズは困惑しつつも、ブレンダの身が危ないと聞いて、すぐさま扉へ向かった。しかし、鍵をかけた覚えはないのに、扉は開かない。押しても引いても叩いてもびくともしない。後方の扉へ向かおうとすると、カイルが止めた。
「無駄だよ。君が演奏に気を取られている間に、僕の仲間が外から扉を封鎖したから、開かないよ」
リズは驚き振り返った。
カイルは今、仲間と言った。ということは、カイルがリズを閉じ込めたということになる。
「仲間ってどういうことですか……?!」
「君を野放しにしておくと危険だからね」
リズは息を詰めた。
「会長が……ブレンダ殿下の暗殺を企てた犯人なんですか?」
「正確には僕が企てたわけではないけど、そうなるね」
「翼白を呼び寄せたのも……?」
「そうだよ。学園に翼白が現れて殿下が襲われたとなると、護衛を増やさざるおえない。そのタイミングで僕達の仲間が護衛として紛れ込むために、あの事件を起こしたんだ。それから、殿下の周りにどれだけの影がいるか把握したかったのもある。あのまま暗殺しようとしても護衛に阻まれるだけだからね」
カイルがあまりにあっさりと認めたものだから、リズは絶句した。
「混乱するのも無理はないと思うよ。生徒会長が暗殺者だなんて誰も思わないだろうからね」
「どうして?!……同じ生徒会のメンバーなのに!」
「ブレンダ殿下は入学すれば生徒会に入ることは確定していたから、近付くために前会長に取り入って生徒会入りしただけだよ」
ということは、二年前から暗殺を企てていたのか。
そこまでしてなぜ暗殺しようとするのか。カイルは一体何者なのか。なぜリズのことを調べていたのか。蝕獏について何か知っているのか。
聞きたいことは山程あったが、今は一刻を争う。ブレンダの命が危ない。ここを出て助けにいくのが先決だ。
「ここから出してください!」
「無理だよ。僕は君をここで足止めしておく役目を担っているんだ。翼白の時のようにはいかないよ」
カイルはおもむろにヴァイオリンケースに手を伸ばすと、中から細く短いレイピアを取り出した。
「翼白を倒す君は強かったと仲間から聞いたよ。あの場にいた護衛達の中で、君が一番の脅威になるかもしれないとね。なんてたって君は、ガーランドの血を引いているんだから」
切っ先を向けられたリズは、身を固くした。カイルは、人を傷付け殺めることを躊躇しない、真っすぐで暗い目をしていた。
魔物ではなく人に殺意を向けられるのは初めてだったリズは、足が竦んで声も出ない。
リズはこれは夢ではないかと疑った。カイルがこんなことをするなんて、信じられなかった。
しかし思えば、ヴァイオリンが上手で目立ちたがり屋で、生徒達から人気がある生徒会長ということ以外、カイルのことを何も知らない。人当たりのいいお調子者という認識でいたが、それはカイルが意図的に創り上げた人物像であって、本当のカイルは、人を殺すのを厭わない人だったのだ。
「どうしてこんなこと……」
震える声で尋ねると、カイルは薄く開いた唇から、冷めた笑いを漏らした。
「君は故郷を蝕獏に奪われて、蝕獏を倒したいと思うようになったんだよね?だから魔物に詳しいアクスブリッジ先生のところへ通っていたんだろ?」
「それが何だというんです?」
「君が蝕獏を倒したいと思うように、僕は王族を倒したいだけだよ」
「どうして……?」
「君は知りたがっていたね。蝕獏信教のことを。僕は、その蝕獏信教の信者なんだよ」
リズは雷に打たれたような衝撃を受けた。
蝕獏信教の信者ならば、蝕獏を倒す方法について何か知っているかもしれないと考えていたが、危険だし見付けることは難しいとウォルターに釘をさされていた。それなのに、こんなにも近くにいたなんて。
信じられない思いでカイルを見ると、カイルは可笑しそうにくすりと笑ってから、黙り込んだリズに説明を始めた。
「僕ら信者は、蝕獏こそが天の玉座に着くことを望んでいる。けれど、それを邪魔しているのが王族なんだよ。彼らは、天へ這い上がろうとする蝕獏を阻止するために、神から神力を授けられたんだ。だから、僕らの悲願を達成するには、絶対に王族を排除しなければならない」
「蝕獏を天の玉座に……?本気でそんなことを考えているんですか?!……だって、蝕獏は人も街も飲み込む魔物なんですよ!人の敵なんです!なぜそんなことが言えるんですか?!」
人の命を奪い続ける蝕獏が、どうして神に相応しいのか。蝕獏信教の思想は到底受け入れられるものではない。
険しい顔で問い詰めると、カイルは信じられないことを言い放った。
「僕は蝕獏に救われたからね」
「……救われた?」
「僕と君は同じ境遇にあるんだよ」
「……どういうことですか?」
「今から約十年前、僕の故郷の村も蝕獏の襲撃にあって壊滅したんだ。僕は村の唯一の生き残りなのさ」
リズは目を見開いた。
まさか。そんな。それが本当だとしたら、どうしてこんなことをするのか、尚更理解出来ずに叫んだ。
「それじゃあ、どうして蝕獏信教なんかに……?!憎むべき相手は蝕獏じゃないですか!」
「だから、さ。僕は貴族の生まれじゃない。捨て子なんだ」
カイルはゆっくりと落ち着いた声音で話し始めた。
カイルは赤子の時に捨てられて孤児院で育ったが、そこは虐待が日常的に行われている劣悪な環境だった。カイルは綺麗な外見をしているせいか、同じ孤児院の子供達からも嫉妬されていじめられ、孤独な子供時代を過ごした。
そして八歳の時に、日蝕が起こった。事前に王宮からは近々日蝕が起こると報せがあったが、まさか自分の住む村に蝕獏が現れるとは思ってもみなかった。
蝕獏はカイルの村を飲み込んだ。村の人も家畜も獣も、孤児院の子供も大人も、何もかもだ。
カイルが助かったのは偶然だった。その日、太陽が登る前に院長に叩き起こされたカイルは、逃げ出した山羊の捜索をするように言われて、一人山へ追いやられたからだ。昼になってようやく山羊を見付けた頃に日蝕が起こり、慌てて帰ってくると、村には誰もいなくなっていた。
「あの日、僕がどれだけ救われたか君には分からないだろうね。崩壊した孤児院を目にして、僕は悪夢から解き放たれた思いだった。そして、僕を虐げてきた悪魔を追い払ってくれた蝕獏に感謝したのさ。その日は喜びのあまり涙が止まらなかった。僕にとっての神は他でもない蝕獏なんだよ」
それから、生き残ったカイルを引き取りに、中央から迎えが来た。中央に領地を持つグロスター伯爵は、災害孤児や魔物で親を失った孤児を支援する慈善団体や教会を熱心に支援しており、カイルの話を聞き付けて、迎えをよこしたのだ。
それからグロスター伯爵と面会を果たしたカイルは気に入られ、養子となり貴族入りしたのだ。
リズは言葉もなかった。
リズからしたら、蝕獏は故郷を奪った憎い魔物。憎悪の対象となっても、人から感謝されるなどありえない。
それなのに、カイルは憎悪する人を消し去った蝕獏に、感謝している。王族の暗殺を企てて実行に移す程、崇拝して。
「だからね、君と僕は同じ生き残りであると同時に、蝕獏に魅せられた人間なんだよ」
「蝕獏に、魅せられた……?」
ひくりと口端が釣り上がる。リズの声は上擦っていた。
「そうだよ。だって君もまた、僕と同じように蝕獏を追いかけているじゃないか」
それを聞いた瞬間、リズの中で堰を切ったように怒りがとめどなく流れ出た。
「私は蝕獏に魅せられてなんかいないッ!」
激昂して叫ぶ。怒りのあまりに熱が一気に身体中に広がり、身体はぶるぶると震えていた。
そんなリズを見て、カイルは冷笑を返した。
「立場は違えど、崇拝と憎悪の対象である蝕獏に、僕達はとらわれているんだよ。同じじゃないか」
「違うわ!一緒にしないでッ!」
カイルがレイピアを手にしているのも忘れて、激情のままに掴みかかろうと足を踏み出したその時だった。リズの耳に、遠くの方で小さな爆発音が聞こえてきた。
はっと我に返って動きを止めたリズは、今の状況を思い出した。ブレンダの命が危ない。
リズは、少しだけ冷静さを取り戻した。
今はどこまでも平行線で交わることのないカイルの話を聞いている場合ではない。早くここから出てブレンダの下へ向かわないといけない。そう頭の隅では分かっていたが、完全に怒りを追いやることは出来ない。蝕獏のこととなると、感情をコントロール出来なくなる。
自分の未熟さにぎりぎりと奥歯を噛み締める。落ち着けと何度も言い聞かせて、カイルを睨み付けた。
「ここから……出してください」
「出来ないよ。私達は積年の恨みを晴らすために、今日という日を迎えたんだ。まずは次代の女王を葬り、次はセシル殿下を討つ。その後はいよいよ国王夫妻だ」
「そうはさせません」
「そう言うと思っていたよ。邪魔するのならば、仕方がない。容赦はしない」
カイルが手にしたレイピアを構え直すと、すっと表情が抜け落ちた。容赦なく殺気を向けられて、リズの額から顎に向かって大粒の汗が流れ落ちた。
ここから出してくれないというのならば、自らの力で出て行くしかない。
しかし、レイピアは短いけれど鋭利で、カイルの構えを見れば手練であることは一目瞭然だ。丸腰のリズがどう立ち向かえばいいのか。考えている暇は与えられなかった。
カイルは表情を消し去ると、リズに向かってきた。
大股で駆け寄ってきたカイルに、あっという間に距離を詰められた。素早く突き出されたレイピアをなんとか避けると、リズのいた扉にレイピアが突き刺さり、木屑が散った。容赦のない一撃に、目を剥く。
リズは扉から離れて木琴や金管楽器が並ぶ壁際を走って逃げる。カイルはレイピアを扉から抜き取ると、後を追ってきた。
全身から汗が吹き出す。捕まれば最後、カイルに殺されるに違いない。
「リズ、大人しくしてくれるならば、手は出さない」
あえて生徒会長の時のカイルのように明朗な声で言い放つ。嘘つき、とリズは心中で吐き捨てた。蝕獏信教の信者であると告白した時点で、リズを生かすつもりなどないくせに。
リズは音楽室の机の間を縫うように逃げながら、必死に考えた。
やるしかない。逃げてばかりではどうにもならない。反撃するのだ。そうは思うが、魔物ではなく、人を相手に戦うことに迷いが生じてしまう。
人に殺気を向けるのも、向けられるのも、ロキやエイデンとの模擬戦以外ではなかった。
自分にやれるのか。カイル相手に戦えるのか。カイルを傷付ける覚悟はあるのか。殺す覚悟は、あるのか?
自問自答をしていると、後ろからレイピアが突き出された。肩を引いて一撃を避けたが、制服の袖をレイピアが掠めた。ビッと布の裂ける音。後ろから尚も追いかけてくる足音。
足を早めながら首だけで振り返ると、カイルが見たこともない冷たい目でリズを捉えていた。それはまるで、樹海で対峙してきた魔物のような獰猛な目。リズは捕食される側なのだ。
「逃げるな!リズ!」
どんな強い魔物に囲まれても、ここまで恐怖を抱いたことはなかった。カイルの悪意が、殺意が怖い。逃げても追ってくる。逃げられないと思うと怖い。
そして、もしも反撃してカイルを殺してしまったらと思うと、それが何より怖かった。
恐怖で頭が支配されて周りが見えなくなった時、リズはピアノの椅子にぶつかった。派手な音を立てて椅子が横倒しになり、膝を打って前のめりに転倒した。
一瞬、今自分が何をしていたか忘れて頭が真っ白になり、すぐにカイルの存在を思い出して振り仰ぐ。
カイルは少し離れたところに立って、息を切らしてこちらを見下ろしていた。手足が震え、顔面蒼白になった。
「やっと……止まってくれたね」
カイルの唇が弧を描き、冷たくも美しい笑みを象ったその瞬間。
――ねえ、立ち止まることはしたくないと、エイデン・フォックス卿に言っていたわね?
突然セシルの声が脳裏に蘇って、リズははっと我に返った。
……そうだ。立ち止まりたくない。
ここで立ち止まったら、蝕獏を倒せない。こんなところでやられていたら、なんのために今まで必死に生きてきたのか。
床についた手を強く握りしめる。
恐怖している場合ではない。立ち向かわなければいけない。例え相手が、人だとしても。カイルを傷付けることになったとしても。
リズは強い眼差しでカイルを見上げると、ゆっくりとした動作で立ち上がり、対峙した。
そして覚悟を決めた時、リズの震えは止まっていた。




