登校
二週間ぶりの登校日。ブレンダは学園へ向かう馬車に揺られていた。向いの席にはオリヴァーとエリック。そして、隣にはブレンダ専属の侍女が座っていた。
言わずもがな、オリヴァーとエリックはブレンダの護衛をするため、しばらくの間は登下校と昼休み、放課後を一緒に過ごすことが決まっていた。
他にも、学園には影の護衛や警備員が増えているはずだった。王宮にも学園にも、護衛ばかりが増えて、それで本当に暗殺から逃れることが出来るのだろうかと思う。
――否。これでは根本的な解決にはならない。暗殺を企てた者を捕まえない限り。
ブレンダは、馬車に乗り込んでから無言で車窓から外の景色を眺めていたが、学園に近付いてくるとふいに口を開いた。
「……ねえ、私を暗殺しようと思ったら、学園の中ではなくて、今この瞬間を狙ったほうがやりやすいのではないかしら?」
「物騒なことを考えてるね」
オリヴァーが小さく笑みを浮かべた。我が従兄ながら、キラキラした笑顔だと思う。女子生徒達が騒ぐのも無理はないと思うが、ブレンダはオリヴァーが彼女達に関心がないのを知っていた。
オリヴァーの関心はもっぱら金鳥騎士団のことと家族のことだけといっていい。学園のことは二の次だ。
まるで王子様のような完璧な容姿とは反対に、オリヴァーは存外面倒くさがり屋で抜けているところがあるので、そう思っていても不思議ではない。
そんなことを考えながらも、ブレンダはオリヴァーに問いかけた。
「もしも私が暗殺者だったら、どのタイミングでどんな方法で暗殺を企てるかと思ったのよ。ねえ、二人はどう思う?」
「私なら、護衛がべったり貼り付いている時は狙いませんね」
きっぱりとエリックが答えた。
エリックは、玉兎騎士団最年少にして、長剣を扱う手練だ。ブレンダも何度か玉兎騎士団の公式試合を見たことがあるが、エリックは中でも三本の指に入るくらい剣の腕が立つ、将来有望な騎士の一人だった。
性格は寡黙で、あまり個人的な話をしたことはないが、逞しくて男らしい美丈夫だ。おおらかそうなオリヴァーとは反対に近寄りがたい雰囲気から、女子生徒はあまり寄り付かないが、そこがいいといって人気が高い。
そんな二人と馬車に揺られて登下校して護られてるなんて、女子生徒達からしたら、自分はさぞ羨ましい立場だろうなと頭の端で考えつつ、エリックに尋ねた。
「それはなぜ?」
「もちろん私達に暗殺を阻止されるからです」
「でも、それじゃあなぜあなた達二人がいた中庭で襲ってきたのかしら?しかも、あんな魔物を使ってまどろっこしいやり方で」
「意表を突くためでは?」
「意表ね……。確かに学園に魔物が現れるとは思わないものね。でも、あなたの言うように見事に護衛達によって阻まれたわ。……オリヴァーはどう?」
そうだな、とオリヴァーは顎に手を当てて考えつつ言った。
「女性を使うのが確実かな。それこそ、護衛が付いていけない場所に潜り込ませて、そこを討つ」
「例えば浴室だとか?」
「そうだね」
「でもきっと、討った本人はすぐに捕まるわよ。その場に護衛がいなくても、そばには控えているもの」
「それは、そうなるだろうね」
「使い捨てなのね」
「客観的な意見さ」
「恐ろしいこと」
そう言いつつも、ブレンダはそれが一番あり得ることだと思った。実際に、過去にそういったやり方で暗殺を成功させた例はいくつかあったからだ。
こんな話をしていたら、嫌でも隣の侍女を意識してしまう。だが、彼女はもう五年近くそばにいる信頼の置ける侍女だ。
それこそ第一王女のお付きになるには、あらゆる審査と試験を通らなければならない。その難関を突破したのだ。信用しないでどうする。
彼女を疑うようなことを言わないで欲しいと、オリヴァーが少々憎らしくなって軽く睨み付けると、オリヴァーは肩をすくめてみせた。
「なんにせよ、あまり考え過ぎないように」
「けれど、対策を考えないと自分の身は守れないわ」
「疑心暗鬼になるのはよくないよ。私達が付いてるんだから、滅多なことにはならない」
「そうね……」
そうだといいのだけど、とブレンダは朝食の席でのセシルとの会話を思い出した。
「セシル、次は何が起こるの?」
直接的な質問に、セシルは僅かに顔を傾けた。
「そう心配しなくても大丈夫ですわ。そんなに時間はかかりませんから」
「それは、翼白を襲わせた犯人がもうすぐ捕まるということ?それは一体いつなの?」
「先を知れば動きがぎこちなくなって、相手にバレてしまいます。そうなれば、捕まるものも捕まらなくなりますわ。お姉様はただ、私の言葉を信じていつも通りの学園生活を送ってください」
「こんな状況でいつも通りだなんて、無理よ。学園でも気が抜けないなんて、最低だわ」
それを聞いたセシルはくすくすと笑うと、再度大丈夫だと念を押した。
「お姉様のことは、皆様が護ってくださいますから。どんと構えていてください。ね?」
諭すように言うセシルのほうが、余程姉のようだと思った。ブレンダは小さくため息を溢した。
渦中にいる身としては、たまったものではなかった。
学園に到着して馬車を降りるなり、正門にずらりと並んだ警備員の数に辟易した。玄関前には教師達が並んで生徒達に挨拶をしている。挨拶運動と見せかけた、厳重警戒態勢だ。
「さあ。にこやかに」
馬車から降りたオリヴァーに軽い調子で言われて、ブレンダはむっとしつつも、笑顔の武装をして歩き出した。
声をかけてくる生徒達に笑顔を振り撒きながら挨拶を交わしていると、ふと正門前に停車した馬車から二人の男女が降り立つのが遠目から見えた。
それは、リズとジョエルだった。二人は、馬車を見送ると並んで歩き出した。
ブレンダは二人を待つことも声をかけることもせずに、そっと校舎の中へと入っていった。
今まで親しくなかったというのに、ここで話しかけたら周囲が不思議がる。二人が翼白からブレンダを護ったことは伏せてあるので、困らせるのはよくないと思ってのことだった。
玄関ホールを抜けて廊下を歩きながら、ジョエルの姿を思い出す。
ジョエルは隣のクラスだったので、普段は話したことがない。ブレンダは同学年の生徒のことはある程度把握していたが、翼白に襲われるまでは、ジョエルが影だとは考えたこともなかった。
学園でのジョエルは、制服を着崩したり、カフスをしたり腕時計をするようなお洒落をすることもなく、どこにでもいるような平均的な男子生徒で、気にかけたことなど一度もなかった。
周囲に溶け込むこと。おそらくそれが、影としてとても重要なことなのだ。
ブレンダはふと思い立って、職員室へと向かうことにした。オリヴァーとエリックも後を付いてきた。
職員室に入り、教師が増えていることに素知らぬふりをしつつ、担任の教師に入試試験と夏期試験の順位表を見せて欲しいと言うと、あっさりと了承してくれた。いくら生徒といえど、品行方正の次期女王に逆らう教師は、この学園にはいない。
「なぜ今更試験結果なんか知りたいんだ?」
「いいから」
不思議がるオリヴァーを尻目に、ブレンダは成績表に目を落とした。
ブレンダが首席入学を果たした入試試験では、ジョエルは平均よりもやや上の成績で、Bクラスの中で十番目だった。次いで夏期試験を見ると、入試試験と同じ位置をキープしている。
更に各教科の点数が載った試験結果の詳細を見せてもらうと、入試試験と夏期試験の点数はほとんど同じで、差異は一点だけだった。
わざとだと思った。ジョエルは答えが分かっていて、わざと点数を落としているのだ。目立たないように、今のBクラスから外れないようにして。
ブレンダは教師に礼を言うと職員室を出て、オリヴァーとエリックに一年の教室まで送ってもらった。
教室に入ると、挨拶を交わしながら席に着いた。心配して寄ってきたクラスメート達と久しぶりの会話を楽しむふりをしながら、ブレンダは開きっぱなしの教室の扉越しに廊下を見ていた。
しばらくすると、ジョエルがさっと廊下を通り過ぎていった。こちらには目もくれなかった。
ブレンダは、マーシャル家が代々王族に仕える文官を排出していることを、休学中に調べて知った。ジョエルの父が現在国王の秘書官であることも。
本来ジョエルは頭がいいはずだ。それなのに、なぜBクラスなのだろうと、ブレンダは会話をしながら頭の片隅で考える。
護衛をするならば、ブレンダと同じAクラスに入ればいい。そのほうがずっと護衛がしやすいのではないか?
成績を落としてまでわざとBクラスに入ったのは、護衛対象と近付きすぎると、対象にも周囲にも勘付かれる恐れがあるからだろうか。
先を知れば動きがぎこちなくなって、相手にバレてしまうという、今朝のセシルの言葉を思い出して、そこまでするのね、とブレンダは他人事のように思った。
外見を地味にし、成績をコントロールして、魔物が現れれば身を挺して護る。そこまでして、護られる存在なのね、私は。
先程からジョエルのことばかり考えている。よくない。ジョエルのことを調べたり考えるのはもうよそうと決めた。
しかし、そう決めたそばから、ジョエルが身を挺して護ってくれたことを思い返して、よくないよくないと頭を振った。
こんなことではいけない。そろそろ授業が始まるはずだと前を向けば、いつの間にか教師が教壇の前に立っていた。
「さて、今日から一ヶ月間うちのクラスを担当する、教育実習生を紹介する」
担任教師の隣には、若い青年が立っていた。キリリとした切れ長の目をした教育実習生は、中々の男前だ。女子生徒が色めき立ち、きゃっと声が上がった。
「今日から一ヶ月間よろしくお願いします」
にこりと微笑むと、拍手が沸き起こった。ブレンダはにこやかに手を叩きながら、内心でげんなりしていた。
どうせあなたも影なんでしょ?
影なら影らしく見えないところに潜んでて欲しいものだわ。
✴
放課後になり、生徒会室では会議が行われていた。
「音楽祭は開催するべきだ!」
「中止にすべきじゃないですか?」
「いいや!開催するべきだ!」
ブレンダはこめかみに手を当てて目を閉じた。先程から延々と続く論争に嫌気が差していたブレンダは、別のことを考え始めた。
お腹が減ったわ。今日の夕食は何かしら?
明日は声楽の先生が来るはずだから、生徒会の活動は早めに切り上げて帰らないといけないわね。週末は新しいドレスを新調すると言ってたわね。一緒に帽子も作るのかしら。
「――ブレンダ殿下はどう思う?」
ふいに生徒会長のカイルに意見を求められて、ブレンダは瞬時に頭を切り替えた。
「音楽祭を開催するかどうか、君の意見を聞かせて欲しい」
カイルは期待するような目で見ていた。視線が集まる。生徒会のメンバーは皆黙り込み、ブレンダの答えを待っている。
この論争が起きたのは、全てはブレンダの暗殺未遂事件があったせいだ。だから、今ここで狙われているブレンダが開催すると言えばそうなるし、しないと言えば中止になることは目に見えていた。
生徒会の中では総務という立場だが、ブレンダは次期女王なのだ。こういった場で発した言葉は、重く受け止められる。最終決定権はブレンダにあるといっても過言ではなかった。
「そうですね……。私を狙う犯人が他の生徒を害するようなことがあってはなりません。生徒や教職員の皆様の安全は絶対です。ですから、犯人が捕まるまでは延期。犯人が捕まり次第、予定を調整して開催ということでいかがでしょうか?」
「捕まらなかったら?」
「今年は中止になりますが、卒業パーティで合唱部と吹奏楽部の演奏を組み込みましょう」
無難な答えを出してやると、カイル以外の生徒会のメンバーは、無理に開催しなくてよくなり、ほっとした様子だった。
カイルはむうと唇を尖らせたが、生徒会顧問のウォルターが、それでいいな?とカイルに念を押すと、渋々頷いた。
「それじゃあ、私は犯人が早く捕まることを祈るしかないのか……」
「きっと大丈夫ですよ」
「その根拠は?」
「なんとなくです」
自信満々にキムが答えると、生徒会メンバーから笑いが溢れた。ブレンダは一緒になって笑いながら、心中では、恐らくキムの言葉通りになるはずだと冷静に考えていた。
セシルの言葉を信じるならば、長くはならない。近いうちに決着は付くはずだ。それが、どんな形になるかは分からなかったが。




