恋敵
茶会の翌朝、マーシャル家に事情聴取をしに玉兎騎士団の騎士がやって来た。しかし、そこにはアンセルの姿はなく、若い体格のいい騎士が二人来て、不審な人物を見かけなかったか、その日の一日はどこで何をしていたか等の簡単な質問をされただけだった。
聞けば、ジョエルが怪我を負っているので訪問しただけで、今後王宮に呼ばれることはないという。
リズは聴取があっさり終わったことに拍子抜けした。てっきりアンセルから直接話を聞かれるものだと思い込んでいたからだ。
これでオリヴァーに付き添ってもらう必要はなくなった。オリヴァーの手を煩わせることがなくなってほっとしたのと同時に、少しだけがっかりしてしまった。
ちなみにジョエルも騎士から同様の質問を受けたそうだが、どうやって翼白を学園に呼び寄せたかの情報は聞き出せなかったという。代わりに、ジョエルはいつから影の護衛をしているのか、卒業後の進路はどうなっているのか、玉兎騎士団に興味はあるか等、事件に関係のないことまで聞かれたという。
聴取にはスコットも同席していて、息子は騎士にはなりませんとピシャリと答えていたそうだ。
スコットは聴取が終わると、ジョエルとリズを労いつつ、自習をするように言い付けて、騎士と共に王宮へ行ってしまった。
残されたリズとジョエルは、言い付け通りにジョエルの部屋で自習をすることにした。リズは分からないところがあれば年下のジョエルに勉強を教えてもらった。
ジョエルは学園でこそ目立たないようにと成績は中間位を維持しているが、本来はとても頭がいいので、リズの質問に難なく答えてくれた。
それから昼食を終えて、キムに手紙を書こうと思っているところに、再び来訪者がやって来た。執事に呼ばれて玄関先に顔を出すと、そこにはキムの姿があった。
「キム!丁度あなたに手紙を書こうと思っていたのよ!」
「あらそうだったの!突然来てごめんなさいね」
「私は全然大丈夫よ!」
「あんなことがあって家にいると色々考えてしまって。リズと話したくなったのよ」
それからね、とキムは後ろを振り返った。リズはそこでようやく、玄関扉の影に誰かが隠れるようにして立っていることに気が付いた。
「家の前で会って、ここに来るつもりだったみたいだから、一緒に行かないかって声をかけて連れて来たんだけど……よかったかしら?」
キムがそうよね?と声をかけると、扉の影から現れたのは、リズを校舎裏に呼び出した張本人、ニコル・レーンだった。
ニコルはリズと目が合うなり、気まずそうに視線を逸して、あの、と恐る恐る口を開いた。
「この間のことを私も話したくて……手紙を出そうかとも思ったのだけど、直接話がしたくて、それで……」
もじもじと小声で話すニコルは、校舎裏に呼び出した時とは打って変わって静かで小さく見えた。
リズは小さく微笑んだ。
「そうでしたか。そういうことならば、中に入ってお茶でもしながらゆっくりと話しましょう。いいわよね?」
リズが遠慮がちに執事に問うと、もちろんですと執事が微笑んだ。
一同は二階にあるサロンへと場所を移した。
部屋は小さいが、二階の窓からはマーシャル家の小さくて背の低い花々が咲く素朴な庭園が見下ろせた。
リズ達は窓際の丸テーブルに着いた。執事が紅茶とバタークッキーを運んできて、どうぞごゆっくりと言って去って行ったのを見送ってから、キムが話し始めた。
「あの日ね、リズに言われた通りにニコル様にリズは無事だからって伝えたのよ。それなのに、ニコル様ったら気が動転してたみたいで、本当に大丈夫なのかって詰め寄ってきて……リズのことが本当に心配だったみたいなの」
「違うのよ!だって、あなたは絶対に戻って来るって言ったのに帰って来ないから、その、心配で……!」
ニコルは手を振りながら、必死に言い訳をした。
「ご心配をおかけしました。あの日は弟が怪我をして付き添うために医務室へ行くことになったので戻れなかったんです。すみませんでした」
「別にあなたが謝ることではありませんわ……」
ニコルは唇を尖らせて言った。
「それから、他にも言うことがあるんでしょう?」
キムはどうやらニコルにリズが呼び出されたことを知っているらしい。どこか呆れたような、でもニコルを後押しするように、そっと肩を叩いて話を促している。
ニコルは意を決したように顔を上げると、眉を下げて謝罪の言葉を口にした。
「その……この間はごめんなさい。私、オリヴァー様があなたと付き合っているのかと思って、そうしたらいても立ってもいられなくなって……。それで、かっとなってというか、周りの子達に話を聞いたほうがいいと言われたのもあって、感情のままに呼び出したの。でも……あなたの立場になってみると、失礼なことをしたと今では思っているわ」
ニコルは涙目になりながら、それなのに、と続けた。
「あなたは魔物が襲って来た時、私を庇って助けてくれた。私、魔物を見るのは初めてだったから、とても怖かったわ。死ぬのではないかと思ったくらい。あなたが居なかったらどうなっていたか……。だから、ごめんなさい……。そして、ありがとう。それを言いたくて来たんですの」
ニコルは翼白が襲って来た時のことを思い出したのだろう。両腕を抱き込むようにして小さく震えている。
やはり、ニコルは悪い子ではなかったとリズは思った。この間はオリヴァーを想うあまりに感情を抑えきれなかったのだ。そして、そんな自分を自覚して反省し、こうして家まで尋ねて来てくれた。少し感情的だけれど、しっかりとした思いやりも持ち合わせている年相応の女の子なんだと思った。
「気になさらないでください。ニコル様の気持ちは充分伝わりました。わざわざこうして来てくださってありがとうございます。ニコル様の気持ちを聞けてよかったです」
「あんなことしたのに……怒らないんですの?」
「ニコル様は本当にオリヴァー様のことを想っているのが分かりましたから……」
それを聞いたニコルは、ぼんっと顔を赤くして、あたふたし始めた。そんなことはないだとか、ただ自分とオリヴァーは家格が相応で子供の頃からの知り合いで、だとか言い訳をたくさんした後で、好きなんですよね?とキムにストレートに聞かれて、最終的にはそれを認めた。そして開き直るようにして、今度はリズに質問をぶつけた。
「あなたもオリヴァー様のことが好きなのね?だから、私の気持ちが分かるってことかしら?」
ニコルは真っすぐにリズを見つめた。この間の責めるような視線ではなく、緊張して身を強張らせ、真意を確かめようと唇を引き結んでいる。その目はただの恋する乙女だった。
リズは、ニコルがそれ程までにオリヴァーを好いていることに驚き、そんなニコルが眩しく見えた。
「私は、オリヴァー様を尊敬しています。オリヴァー様のように強く優しい人になれたら、そんな風に思っています。いわば……憧れの人なのです」
「憧れ……」
疑いと納得が半々の表情で、ニコルは数度頷いた。
「その気持ちは、私にも分かりますわ。オリヴァー様は本当に尊敬に値する人ですし、素晴らしい方ですから」
「そうですよね!太陽のような方だと思います!」
「そうですわ!太陽!オリヴァー様にピッタリですわ!」
そこからは、なぜかニコルと意気投合したリズは、二人でオリヴァーのことを褒め合い、気付けば二人の間にあったわだかまりは薄れていた。
そんな二人をどこか呆れつつもほっとしたように見守っていたキムが最後のバタークッキーを食べて紅茶を飲み干すと、でもさあ、と横槍を入れた。
「なんにしても二人が恋敵なのは変わらないわね」
「こ、恋敵って!私は別に……!」
「でも、リズもオリヴァー様のことは気にはなっているでしょ?」
う、と言葉に詰まったリズに、ニコルが思い出したように鋭い視線を向ける。せっかく仲良くなれたと思ったのに、これではまた逆戻りだと焦るリズに、ニコルは突然立ち上がると、ぴしりとリズに人差し指を突き付けた。
「あなたが本当にオリヴァー様を敬愛しているのは分かりましたわ!でも、それが恋というのならば、キム様がおっしゃる通り私達は恋敵ということになりますわね!私、受けて立ちますわよ!」
「え?!ち、違いますよ!それはキムが勝手に言ってるだけで……!」
「例え今は憧れという気持ちだけであったとしても、あれだけ素晴らしい方なんですもの、いつそれが恋心に変わるかは分かりませんわ!」
そうねぇと、焚き付けたキムは納得して頷くと、大体皆オリヴァー様のことを一度は好きになるんだよね、と呟いた。
「でもさ、別に同じ人を好きだってだけでお互いを敵視するのは違うと思うのよ。オリヴァー様が、リズかニコル様のどちらかを好きになるとは限らないんだし」
ずばり言ったキムに、リズとニコルは固まった。
「それは、そうですけど……!」
「だからさ、それぞれ頑張ればいいだけで、敵対せずに仲良くやればいいと思うのよ」
「恋敵が仲良く……?」
「そうよ。二人、案外気が合うと思うわ。さっきも意気投合してたし」
それを聞いたニコルはすとんと腰を下ろすと、ちらりとリズを見やった。それから顎に手を当ててしばし考えてから、分かりましたと言い放った。
「私達、オリヴァー様を想う気持ちは同じなんですもの。これからはお互いベストを尽くしつつも、良好な関係を築きましょう。もちろん、私はオリヴァー様に関しては決して負けませんけどね」
リズは色々と誤解されていると思いつつも、それを蒸し返すとまた論争が起こりそうで、リズがはいと静かに答えると、ニコルは胸を張って言った。
「これで私達は恋敵同士ね!」
なんでそうなるんだと思いつつも、リズはなんだか可笑しくなってきてくすくすと笑ってしまった。ニコルもまた、釣られて笑っている。
「ま、なんだかんだで仲良くなれてよかったわね!」
そして茶会は、キムが雑にまとめて終了となったのだった。
リズとキムは、先に馬車の迎えが来たニコルを見送ってから、キムの迎えが来るまでの間、庭で待つことにした。
木陰の下にある長椅子に並んで座りながら、キムがそれにしても、と口を開いた。
「私は魔物のことを話したかったんだけど、リズは何か聞いてる?」
リズはキムにこの間王宮に呼び出されて王女達と茶会をしたこと、今朝聴取があったことを話した。セシルとのことはもちろん秘密で、話せる範囲のことを掻い摘んで説明した。
すると、この間キムの家にも聴取に玉兎騎士団の騎士が来たことを教えてくれた。
「リズも詳しいことは分からないのね。でも、ブレンダ殿下を狙ってのことは間違いがなさそうね」
「ねえ、キムは不審な人物とかは見かけなかった?」
「それ、昨日も聞かれてずっと考えていたんだけど、思い当たらないのよね。私はあの時、ブレンダ殿下とオリヴァー様とエリック様の四人で中庭に出てたのよ。そうしたら、突然魔物が空から現れて、かと思ったらジョエルが飛び出してきて、庇ってくれて。それから、あちこちから学園の職員や用務員さんが駆け付けてきたの。あの人達は殿下の護衛だったのかってあの時初めて気付いたわ」
「それから?」
「ええと……それから少し遅れて警備員がやって来て応戦して、でも魔物に攻撃されて倒れてしまって、他の護衛の人達も必死で戦ってるから助ける余裕はなくって、どうしようと思ってたらリズが現れたのよ」
「そうだったの……。魔物が現れる前は何もなかったの?」
「それが特に。生徒会室で音楽祭について軽い打ち合わせをした後で、私と殿下が観客席をどうするか中庭に下見に行くことになったの。生徒会長は会議の後に吹奏楽部に顔を出すって言って、一緒に部屋を出て途中で別れて、副会長は予算案をまとめるからって生徒会室に残ってたはずよ」
いつもと何も変わらなかったわ、とキムは神妙な顔付きで言った。二人はしばしの間沈黙していたが、執事が迎えの馬車が来たことを報せに来たので、腰を上げた。
「ねえリズ。また、あんなことが起こるかしら?」
「ないとは言い切れないわ……」
「そうよね……。私、こんな調子だけどね、本当は怖いのよ」
怖い、と続けたキムの手を、リズは両手で握りしめた。キムが不安げな瞳をリズに向けた。リズはしっかりとその目を見返した。
「大丈夫。私が付いてる。ジョエルもいるわ。だから安心して」
キムは一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたが、すっと息を吸い込んでから、うんと小さく頷いた。
「リズ、お願いね」
キムが手を握り返した。リズは任せてと言って微笑んだ。すると、キムの胸に淡い黄色い光が灯った。
「頼りにしてるわ」
うん、とリズは力強い返事をして、大切な友人を必ず守ろうと心の中で誓った。




