招待
マーシャル家に、第二王女付きの執事が招待状を持ってやって来たのは、朝食を終えた直後のことだった。
前日に学園に翼白が出現した事件が起こり、学園はしばらくの間休校が決まったとスコットから聞かされたのは、学園から帰宅した直後のこと。
スコットはリズとジョエルから簡単な事情を聞き終えると、リズには自宅で待機するように言い、ジョエルには怪我が治るまでは家で療養するようにと言い置いて、慌てて王宮へと引き返して行った。それ以来、スコットは帰っていない。
翌朝、ジョエルの傷は大したことがないようで思いの外元気なので、今日は二人でカードゲームでもしようかなんて能天気な会話をしていたところに、王女二人との茶会に出席するようにとサマンサから聞かされたリズは、パニックに陥った。
「どうして私なのよ?!」
アンナに髪の毛を編み込んでもらいながらリズが言うと、それを眺めていたジョエルが鏡越しにさあなと返した。
「ジョエルは呼ばれてないの?」
「昨日玉兎騎士団の副団長に、怪我の容態を見て事情を聞きたいとは言われたから、近々王宮に呼ばれるだろう」
「事情を聞きたいって理由なら分かるけど、どうしてお茶会なのよ?」
「招待状には、ハンカチを返す場を設けましたと書いてありましたよ」
アンナに言われても、リズには今ひとつ納得がいかない。
「だからって、王女殿下お二人とお茶会だなんて恐れ多いわ。ねえジョエル、付いてきてくれない?」
「呼ばれてもいないのに行けるわけないだろ」
「でも、ジョエルだって昨日は必死にブレンダ殿下を護ったんだし……」
「今回呼ばれたのはハンカチを貸してもらったリズなんだ。いい加減に覚悟を決めて行ってこいよ」
リズはそれでも誰かに付いてきて欲しいと食い下がったが、一人で来るようにと指定されているのだからと、サマンサに強制的に馬車に乗せられると、ついに観念したのだった。
王宮に向かう馬車の中で、リズは気を紛らわそうと昨日のことを思い返していた。
玉兎騎士団がやって来て校舎内に避難した後、リズは怪我を負ったジョエルの手当てをするために医務室へと同行することになった。
ブレンダはすでに護衛に囲まれて講堂へと避難していた。リズは騎士達に連れられて講堂へと向かうキムに、怪我はないか声をかけた。キムはあれだけの翼白に囲まれたにも関わらずに怯えた風はなく、気丈に振る舞っていた。
「私は大丈夫だから、ジョエルに付いててあげて」
「ありがとう。あの、キム……驚かせてごめんね」
「そんなの大丈夫よ。マーシャル一家が強いことは知ってるもの。それに、リズとジョエルが来てくれて、本当に助かったわ。リズ、ありがとう」
キムはリズの手をしっかりと握って言った。
リズはキムがそんなことを言ってくれるとは思ってもみなくて、なんだか泣きたくなった。リズの戦う場面を見ても、キムが変わらない態度で接してくれたことが心底嬉しかったのだ。
リズはなんとか涙を飲み込むと、講堂にいるニコル達に無事を知らせて欲しいとキムに頼み込んだ。キムは任せてと胸を張って、リズの頼み事を引き受けてくれ、二人は別れたのだった。
リズは馬車に揺られながら、しばらく学園は休みだから、帰ったらキムに改めて手紙を書こうと決めた。
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王宮にやって来たリズが通されたのは、三角形に綺麗に苅り揃えられた低木に囲まれた小さな庭だった。真四角のシンプルな造りの庭には、植物は季節外れの鈴蘭が石畳の間から生えているだけだ。
リズが庭に現れると、庭の端に綺麗に整列した使用人達が一斉に頭を下げた。その中で、一人だけ一拍遅れた者がいた。黒い軍服を着た背の高い男だ。リズは男に見覚えがあった。
昨日、学園にやって来た玉兎騎士団の中にいた騎士の一人だ。エリックに指示を出していたのを見て、なんとなく騎士をまとめる立場にいることは察していたのだが、魔物討伐を主な任務とする玉兎騎士団の騎士がなぜここにいるのだろう。昨日のことがあってセシルの護衛を頼まれたのだろうか。
しかし、白い騎士服を着た王族専属の騎士も護衛として使用人の列に並んでいるのを見ると、どうしても男が場違いのように思えてならなかった。
疑問に思っているとふいに男が顔を上げたので、視線がかち合った。男が薄く微笑んだので、リズは慌てて会釈をした。
男は端正な顔立ちをしているが、どことなく冷たい印象を受ける。氷の微笑だと、リズがなんとなく落ち着かない気持ちになっていると、どうぞこちらへと、老齢の執事がやって来た。
リズは石畳の小路を進むと、真ん中に備え付けられたテーブルに向かった。そこには、すでにセシルの姿があった。セシルは裾に羽根のついた真っ白なドレスに身を包み、優雅に紅茶を飲んでいる。リズは一瞬天使が座っているのかと思った。
「お待たせ致しました」
リズがセシルの前まで来て深々と頭を下げると、セシルがくすりと笑う気配がした。
「頭を上げてちょうだい。そして、そこに座って?」
鈴を転がしたような声だ。リズは緊張で身体が強張るのを感じたが、言われた通りに腰掛けた。そして、四席設けられた椅子がニつ空いているのに目を留めた。
「お姉様には遅い時間を伝えてあるの。まずはあなたと二人で話したかったのよ」
セシルはにこりと微笑んだ。相変わらずセシルは十一歳にしては落ち着いていて、リズよりもずっと大人びて見えた。
「あ、あの……」
緊張で何から話したらいいのか分からず、とりあえずリズはラッピングされたハンカチを机の上に置いた。これを返しに来たのだから、覚えているうちに返してしまおうと思った。
「まずは、お礼を言わせてください。先日はありがとうございました。しかも、このような場を設けて頂きまして誠に……」
「堅苦しい挨拶はいいわ。それに、そのハンカチはわざと置いていったのよ。あなたと話をしたかったから」
セシルがハンカチを手にすると、いつの間にかやって来た執事に手渡した。次いで、侍女がショートケーキと紅茶を持って現れた。
紅茶を入れ終えた侍女と執事が去るのを見送ると、リズは、お話とは?と恐る恐る聞いた。
「もちろん、蝕貘のことよ。あなたは以前言ったわよね?蝕貘を倒すと」
「は、はい」
「それは、なんのために?ガーランドのため?亡くなった人々のため?」
ずい、とセシルが顔を寄せて早口に尋ねた。セシルの大きくて澄んだ瞳が、力強い光を放っているように見えた。
リズは気圧されつつも、なぜ?と自分に問う。なぜ蝕貘を倒したいのか?なぜこれ程までに蝕貘を追いかけるのか?
すぐに答えは出た。それは常に胸に抱えていたからだ。
「……私は、私から大切なものを奪った蝕貘に、復讐したいのです」
「つまりそれは、自分のためだと言うのね」
「……はい」
短く頷くと、セシルはなぜか満足そうに頷き、リズに紅茶を飲むように促した。そして、リズがティーカップに口を付けたのを見ると、話題を変えた。
「ところで、昨日は翼白からお姉様を護ってくれてありがとう」
「いえ、私は何も……護ったのは護衛の方や玉兎騎士団の方々ですから」
「あなたももちろん護ってくれたわよ。とても強いのね。さすがはガーランド一族だわ」
「そ、そんな……」
以前も思ったが、なぜリズがガーランドだと分かったのだろう。エイデンと言い争っている時の会話を聞いていて分かったのだろうか。不思議に思っていると、セシルが尋ねた。
「……それにしても、なぜ翼白が襲ってきたのか、分かるかしら?」
リズはしばし考え、分からずに首を振った。
「いえ……翼白が王都に出るだなんて、異常事態です。しかも、ブレンダ殿下を狙っているように思えました」
「そう。狙っていたのよ。学園も安全とは言えない場所になってしまったわね。お姉様にとっては息抜きが出来る場所だったのに」
残念ね、とセシルは目を伏せた。リズは眉根を寄せた。
「でも、どうやって翼白を呼び寄せたのでしょうか?」
「魔物を誘導する方法なんていくらでもあるわ。問題はそこじゃないの。犯人は捕まっていない。お姉様は今も狙われ続けている。このままでは安心して学園生活を送れないわ」
「そうですね……。大変な事態になりました」
ブレンダのことを思うと、リズまで気持ちが沈みそうになった。俯きかけると、セシルが目線を上げた。上目遣いでリズを真っすぐに見ると、薄く微笑む。リズはドキリとして、思わず身を引いた。
「今日ここに呼んだ本当の理由はね、あなたにお願いがあるからなの」
お願い、とリズは口の中で繰り返した。
「そう。学園にいる時、お姉様を気にかけて欲しいのよ」
「それはつまり……私に影の護衛になれということでしょうか?」
「そうは言ってないわ。あなたの弟のように四六時中影から見ていろというわけではないの。一日に一度でいいから、お姉様の様子を見に行って欲しいの。いつでもいいわ。朝でも休み時間でも放課後でも」
それだけよ、とセシルが簡単なことのように言った。リズはじっとセシルを見つめ、目でなぜ?と問う。なぜ自分なのか?
影の護衛ならば学園内にたくさんいるはずだ。いくら戦いに慣れているからといえど、護衛の訓練を受けたわけでもない女の身のリズに、なぜそんなことを頼むのか。しかも、一日に一度様子を見に行くだけでいいだなんて、中途半端ではないか。
「そう長くならないわ。ほんの少しの間だけ」
断言して、セシルは斜め上に視線をやる。まるで何かが見えているかのように。これから何が起きるのか全て分かっているかのように。
「また、何か起こるのでしょうか?セシル殿下は……何か見えてらっしゃるのですか?」
思わず口に出てしまった。言った後で後悔してしどろもどろになっていると、セシルがくすりと笑った。
「私は王族ですもの。魔物に対抗する力はあるの。でも、そうでないあなたにだって、他人には見えないものが見えているでしょ?」
はっとして目を瞠ると、セシルが自身の胸に手を当てた。
そこに光が灯ることを、リズだけにその光が見えることを、セシルは知っている。
リズが返事をすることが出来ないでいると、セシルは手を離してにこりと微笑んだ。
「お願いを聞いてくれたなら、あなたは蝕貘に一歩近付くことが出来る」
えっと声を上げたリズに、セシルが笑みを深くした。
「ねえ、立ち止まることはしたくないと、エイデン・フォックス卿に言っていたわね?――リズ・ガーランド。私の頼み事を聞いてくださる?」
セシルの透き通るような大きな瞳に、驚いた表情をしたリズが写っていた。
きっとセシルはこれ以上の説明はしてくれないに違いない。この短時間でそれを感じ取ったリズは、それでもいいと思った。蝕貘に近付くことが出来るならば。
そして、リズは何も分からぬまましっかりと頷いた。
「承知致しました」
セシルはそう答えるのが分かっていたかのように小さく頷くと、タイミングよく庭へと現れたブレンダに目を向けて小さく手を振り、小声で言った。
「これは、あなたと私だけの秘密よ」
セシルはいたずらを企む子供のような顔をしてパチンとウィンクをして見せた。リズはようやく年相応のセシルを見ることが出来てほんの少し安堵し、それと同時に少しの恐れを抱いた。




