乱戦
剣を構えたリズを見た瞬間、エリックの脳裏にはロキの姿がまざまざと思い出されていた。
左足を僅かに下げて剣を斜めに引き、口を引き結んで真っすぐ前を見据えるその姿は、数年前に対峙したロキと瓜二つだった。
双子だから似ているのは当然か。それにしても、リズはロキの姉で伯爵令嬢のはずだ。それなのに、剣を振ることなど出来るはずがない。
しかし、そんなエリックの考えは、リズが剣を振り下ろした瞬間に打ち砕かれた。
「リズ!!」
オリヴァーの焦った声を振り払うように、リズは斜めに剣を振り上げた。その一太刀で、三羽の翼白が斬り飛ばされ、間髪入れずに振り下ろされた剣がもう一羽の首を縦に斬り裂くと、別の一羽の顎を突く。今度は弧を描くように刀を振り、四羽一気に斬り捨てた。
リズは表情を崩さずに、飛んでくる翼白をどんどん斬り伏せて猛攻撃を続ける。翼白の群れに容赦のない太刀を浴びせるその様は、とてもただの伯爵令嬢だとは思えなかった。
その剣撃を目にして、エリックは絶句し、そして記憶の中のロキ・ガーランドの姿とリズを重ねて、瞬きをするのも忘れた。
リズは後ろから急降下してきた翼白を避けながら、前へ跳びざま二羽を斬り捨て、着地して体勢を変えると、横から突っ込んできた翼白の喉を突き、剣を引き抜き、真横に振る。
長いスカート丈の制服を着ているというのに、リズの動きは速くてしなやかで無駄な動きが一切ない。剣を振り下ろす肩は柔らかく、周りをよく見て、翼白の攻撃を上手く躱しながら、素早く次の攻撃に入り、迷いなく翼白の急所に剣を打ち込む。力んだところは一つもなく、速くて正確だ。
尋常でない動きで剣を振り続け、リズはついに向かってきた翼白の一群を全て倒してしまった。
エリックは今の状況を忘れて、足を止めて見入っていた。
「ロキ……」
それはまるでロキ・ガーランドだった。
かつて剣を交わした相手が、目の前にいて魔物相手に剣を振っている。あの頃と変わらない動きをして。いや、あの頃よりももっと洗練されて腕に磨きがかかっている。
――そうじゃない。違う。彼女はロキではない。
エリックは鳥肌が立っているのに気付き、ナイフを力強く握り締めた。心の奥底からふつふつと沸騰した熱い感情が沸き上がってきて、でもその感情が何か分からずに、ただ瞬きをして立ち尽くす。
最後の一羽を斬り捨てたリズが、エリックの視線に気付いてこちらを見やった。その目がエリックを捉えた瞬間、リズは僅かに目を大きくした。二人はほんの数秒間視線を交わし、そしてそれは唐突に名前を呼ばれたことで遮られた。
「エリック!」
エリックが我に返って校舎の方へと振り返ると、玉兎騎士団の騎士達が中庭へとなだれ込んでくるところだった。
学園からの連絡を受けて玉兎騎士団が駆け付けて来てくれたのだろう。素早く翼白への攻撃を開始した玉兎騎士団を見て、エリックは安堵しつつ今の状況を思い出して、すぐに自分も攻撃を再開した。
「エリック!剣を!!」
暗器のまま戦うエリックに、いつの間にか真横にいた若い騎士が叫んだ。訓練でよく一緒になる馴染みの騎士だった。騎士は腰に差していた剣をエリックに手渡した。本来は二刀流らしいが、見兼ねてエリックに貸してくれるようだ。
「やや短いが、それよりマシだろう」
「ありがとうございます」
近くで戦っていたオリヴァーを横目で見やれば、オリヴァーもいつの間にか剣を手にしていた。同じように騎士から借りたのだろう。
エリックは柄を握りしめると、剣を振り下ろした。二羽の翼白を斬り倒すと、次々襲いかかってくる翼白を斬っていく。
エリックは戦いながら、リズのことを思い出して周囲を見渡したが、中庭は翼白と騎士達が乱戦状態になっていて、リズの姿を見付けることは出来なかった。
どこへ行ったんだと焦っているエリックの耳に、殿下をお助けしろ!と、騎士の声が飛び込んできて、エリックは一旦リズのことは置いて、オリヴァーと共に翼白の渦目がけて走り出した。
翼白の渦の中心では、ブレンダとキムを庇うようにして戦っている男子生徒の姿があった。男子生徒は一年生のはずだが、名前は知らない。しかし只者ではないことは明らかだった。
ブレンダとキムを庇いながら戦うのは至難の業だというのに、男子生徒はそれをやってのけていた。
武器はエリックと同様の暗器一つだというのに、尋常ではない身のこなしと素早さ、そして殺気を放ち、自らはあちこち怪我をしながらも、二人に翼白を寄せ付けていない。
何者だ、あの男子生徒。
「あの生徒は影か」
隣でオリヴァーが言って、エリックは納得した。影の護衛ということならば、合点がいく。
「――翼白はいつここに?」
オリヴァーではない低い声がして、エリックはビクリと肩を揺らした。ふと視線を横に向けると、いつの間にか玉兎騎士団副団長のアンセル・エルゴードが立っていた。
銀髪に青い瞳、細身で怜悧な印象のアンセルは、若干十八歳で玉兎騎士団副団長に任命され、今年で二十五歳になる。細みの剣を好んで使う剣の達人で、騎士達から慕われつつも恐れられている人物だ。
エリックは緊張しながらも、飛んできた翼白を斬りつけながら答える。
「放課後、中庭で殿下達と話していたところに上空から現れると、殿下達を取り囲んで旋回し始めました。私とオリヴァーは翼白の群れに攻撃されて、弾き出されてしまいました」
申し訳ありません、とエリックが恥じて唇を噛み締めると、アンセルはそれは後でと、怒るでも心配するでもなく返した。続けて、オリヴァーが言った。
「影の護衛はいち早く翼白の存在に気付くと、いつの間にか現れて、殿下とキムもろとも渦の中に」
「優秀な護衛だ。殿下達に怪我はなさそうだしね」
アンセルは興味深げに言った。関心しているようだ。
「これからどうしますか?」
「本当は火矢を放ちたいところだけど、殿下に火の粉がかかったり矢が当たったら大変だ。このまま斬り倒す」
はっ!と大きく返事をした時、バンッと大きな音がして、旋回していた翼白の渦に乱れがあった。
見ると、大柄な騎士が斧を振りかぶり、勢いよく翼白の一群に叩き付けている。再び大きな音がして、翼白がバタバタと地に落ちた。
騎士は豪快に笑うと、もういっちょ!と声を張り上げて再度斧を振り上げた。
騎士の名はブラッチ・コーヴ。見た目も性格も豪快な男で、力比べで右に出る者はいない、玉兎騎士団の中でも実力は上位に位置する者だ。
ブラッチのおかげで翼白の竜巻に乱れが生じた。旋回していた翼白が逃げようと外へ向けて散り始めたが、ブラッチはそれを逃さずに、斧で翼白を叩き付け、他の騎士もそれに続く。
おかげで、渦に大きな隙間が出来た。もう少しだと、勢い付いたところで、ジョエル!とリズの声が響き渡った。
はっとして声のした方を見やれば、いつの間にか渦の傍まで来ていたリズが、騎士に紛れて剣を振り上げていた。
「あれは……?」
アンセルが目を細めて怪訝な表情でリズを見やる。周りの騎士達も、なぜ女子生徒がこんな所にいるんだと驚いている。しかし、リズはそんなことはお構いなしに声を張り上げると、渦の方へと剣を投げた。
「受け取って!」
勢いよく投げ出された剣は、くるくると回転しながら翼白の隙間をすり抜けて、スピードを落とさずに渦の中へと向かっていった。
「殿下に当たったら……!」
どうするんだと焦っていると、ジョエルと呼ばれた男子生徒がぐんと膝を曲げて大きく跳び上がると、剣へと手を伸ばした。そして器用に剣を掴み取ったジョエルは、そのまま軽やかに着地すると、リズの方へと剣を掲げて見せた。
「リズ!ありがとう!」
リズが頷き返すと、ジョエルは大きく剣を振り下ろした。右へ左へ翼白を斬り捨てて、渦へと駆け寄り、中から翼白の動きを止めていく。
リズとは違い、ジョエルは剣の振り方に粗さが目立つものの、見た目は細いが肩がしっかりしていて強く、一振りで何匹もの翼白を斬り落としている。
それでいて、背後のブレンダとキムにもきちんと気を配っている。見事なものだった。
「粗いが筋はいい。あんな奴がいたとはな……」
「エリック!うちの団には空きがあるんだ。後で勧誘しておけ!」
アンセルとブラッチに言われて、エリックは苦笑を返した。
そうして内側はジョエルが、外側は騎士達が攻撃を続けていると、竜巻と化していた翼白は完全に散り散りになり、大きな隙間が出来た。
その瞬間を見落とさなかったジョエルは、ブレンダとキムを庇いながら、校舎目指して走り出した。追いかけてくる翼白を斬り捨てながら、騎士の助けもあって、無事にブレンダとキムを連れて中へと避難することが出来た。
「殿下は無事に避難した!翼白を殲滅しろ!」
わーっと騎士達の声が上がる。エリックは翼白を斬りながら、ブレンダ達の後を追いかけるようにして校舎の中へと入っていったリズの背中を、しばらくの間眺めていた。
その後、翼白を殲滅してみれば、中庭は翼白の死体で酷い有様だった。
「これを片付けるのも俺達の役目……だよなぁ」
「とりあえず一箇所に集めておこうぜ」
「知ってるか?北の国の少数民族は鳥類系の魔物を蒸して食べるらしい」
「げぇっ!俺には無理です!魔物は臭みが強すぎて食べられないって聞きましたよ!」
「その地方には臭みを消す香草が生えるらしい!」
「本当ですか?!」
ブラッチや騎士達の会話を遠くの方で聞きながら、エリックは中庭の隅で、オリヴァーと共に一連の出来事を再度アンセルに聞かせていた。
「……翼白がどこから現れたのかは、分かりません」
エリックの答えに、ふんと息を吐き、アンセルは考え込んだ。
「翼白がなぜ現れたのかも気になりますが、なぜ殿下達を狙って囲んだのか、それなのになぜ集中的に殿下を攻撃しなかったのかも気になります」
オリヴァーが言って、エリックはそこでようやく奇妙なことに気付いた。
オリヴァーが言うように、翼白はブレンダ達を攻撃しているかのようにも見えたが、牽制するだけで直接的な攻撃はしていないように見えた。
エリックはそれを、ジョエルが庇って戦っていたから翼白がブレンダに手を出せなかったのだと思い込んでいたが、あれだけの数がいたのだから、一斉にかかればジョエル一人では防ぎきれなかったろう。
「確かに、変だ……」
「殿下に近寄ろうとも近寄れなかったのかもしれない」
「えっ……?」
「殿下は王族だから。それに、魔物のやることはよく分からない」
苦い顔で言い捨てて、アンセルはふと校舎の方へと視線を移した。
「翼白のことは専門家に調査してもらおう。……それと、あの女子生徒は?」
「それは、リズのことですか?」
オリヴァーが言って、アンセルは視線を戻した。その目が興味を示したように、僅かに見開かれる。
「リズ……?」
「リズ・マーシャル。うちの生徒で私達と同学年です」
「リズ・マーシャル……。彼女からも追々話を聞かないとならないな」
言って、アンセルは背を向けた。
「ここはまだ安全とは言えない。君達は殿下についていてくれ。私は学園長と話してくる」
言い置いて、アンセルは歩き出した。
エリックはオリヴァーと顔を見合わせると、短く頷いて校舎へと向かった。
「何が起こったんだろうな」
「正確には、何が起こってるか、だな」
エリックは苦い顔でそうだなと返事をした。




