翼白
※魔物相手ですが、暴力的な描写を含みます。
リズ達が走っていると、校舎と裏庭を繋ぐ石畳の通路が見えたところで、キイキイと翼白の鳴く声が響いてきた。
振り返ると、遠くの方でこちらに向かって飛んでくる翼白の姿があった。一羽、二羽、三羽と続いている。
校舎まであと少しだが、中に翼白を入れるわけにはいかない。
リズは焦ってニコル達の背に早くと怒鳴った。ニコル達も振り返って翼白に気付くと、リズを呼び出した時とは打って変わり顔面蒼白になって悲鳴を上げ、足がもつれそうになりながらも必死に走った。
石畳の通路に入りもう一度振り返ると、まだ距離はあるが、先程よりも翼白は距離を縮めていた。翼白は嘴で突く攻撃しか出来ない。弱点の頭部を打撃すればすぐに倒れる弱い魔物だが、仲間を呼び寄せて群れで来られたらひとたまりもない。ガラス扉は呆気なく破壊されてしまうだろう。
校舎のガラス扉の前まで来たリズは、扉を開いてニコル達を校舎の中へ押しやると、自分はもう一度外へ出た。
「校舎に入ったら先生にすぐに魔物が出現したことを知らせて、講堂へ向かってください!神官の下にいれば安全です!他の生徒にも外に出ないように伝えながら移動してください!」
リズは叫んで扉を外から閉めると、石畳の通路へ出た。
「何してるのよ?!あなたも早く中へ!」
ニコルが扉を開けて叫んだが、リズは校舎を真っすぐ示した。
「私は大丈夫です!いいから早く行ってください!」
一人の女子生徒が早く!と言って走り出す中、放っておけないのだろうニコルと二人の女子生徒が躊躇してその場から動けないでいる。
「だめよ!早くあなたも来て!!」
リズは静かに首を横に振った。
今、戦わなければいけない。
すでにニコル達の前で翼白を倒しているが、今度は三羽を一人で相手にするのだ。リズが普通の生徒ではないと、ニコル達もさすがに気付くだろう。そうなれば、今まで通り平穏な学園生活は送れなくなるかもしれない。腫れ物に触れるように、誰もリズに近付かなくなるかもしれない。
それでも、戦わないといけない。
リズは迷いを振り払うように鞄を捨てると、地面に転がる小石を拾い上げながら、小さく深呼吸した。
リズが三角谷の生き残りだということは黙っておこうと提案したスコットの顔が浮かび、心中で侘びた。
こんな状況の中で逃げ出すわけにはいかない。樹海の魔物から国を守ってきたガーランドの血を継ぐリズが、今魔物に立ち向かわなくてどうするのだ。
身許がバレたって構わない。はじめからガーランドの生まれだと隠れること等なかったのだ。堂々と胸を張ってガーランドを名乗ればよかった。
誰にどんな風に見られても、リズはガーランド一族であることを誇りに思っているのだから。
リズは、覚悟を決めて顔を上げた。
「私は蝕貘に滅ばされた最東端に位置する三角谷、ガーランド領のリズ・ガーランドです。魔物退治は得意ですから、ご心配なく。あなた達は早く避難してください」
リズはニコル達を安心させようと微笑んだ。ニコルが一瞬呆気にとられた後、リズの背後を指差して、危ない!と叫んだ。翼白が迫っていた。
キイキイと翼白が鳴いた。リズが横目で翼白を見やると、それぞれの頭部に赤い光が見えた。
「逃げて!」
ニコルが悲鳴を上げた。リズは軽く手を上げて、大丈夫だと頷いて見せた。そして、翼白の方へと振り向きざま連続して小石を投げた。
小石は一羽の額に命中し、もう一つは二羽目の翼にぶつかった。バランスを崩して降下したところを目掛けて小石を二つ投げると、二羽共に頭頂部に当たって落下し、地面の上をぐるぐるとのたうち回っている。
リズは素早く左手に持った小石を右手に持ち直すと、こちらに急降下しようとしていた三羽目を狙って石を投げた。今度は胴体と左翼に当たり、血を吐きながらリズの真横に落下した。
すかさずリズは足を振り上げると、落下した翼白の頭頂部に踵を落とした。ギ、と鳴いて翼白は動かなくなった。
しんと辺りが静まり返る。それはものの数秒の出来事だった。
「どうした?!」
警備員が騒ぎを聞きつけてやって来た。ニコル達に促されて校舎から外に出ると、リズの前まで駆け寄ってきた警備員は、翼白がいることに驚いた。
「翼白がなぜここに?!いや、そんなことよりも……!」
警備員は腰に差していた剣を抜くと、地面に転がる翼白にとどめを刺して回り、全ての翼白の息の根を止めると、リズのところに帰って来た。
「魔物がいるなんて……」
「翼白は群れで行動しますから、おそらくまだいるはずです」
リズが魔物に詳しいのに驚きながらも、警備員は頷いた。
「そうだな。衛兵にすぐに連絡をして、校舎を見て回らなければいけない。君は校舎の中へ避難して!」
「分かりました」
他の生徒にも注意喚起して欲しいと頼まれて、リズは鞄を拾い上げると、ニコル達が待つ校舎内へと向かった。扉を開いて中へと入ると、ニコル達が駆け寄ってきた。
「あなた!大丈夫なの?!」
様子を見守っていた他の女子生徒達もリズに駆け寄る。気付けば、先に逃げたはずのもう一人の女子生徒も戻って来ていた。聞けば彼女が警備員を呼んで来てくれたのだという。リズは礼を言った。
「大丈夫です。皆さんは?怪我はありませんか?」
「私は大丈夫ですわ」
「私も」
言い合いながら、女子生徒達の目には恐怖のあまり涙が浮かんでいる。
「あの時、あなたが庇ってくれなかったら、今頃私は……」
思い出して恐怖が蘇ってきたのだろう。ニコルは震える腕を片手で抑えるようにして掴んだ。リズはその手を取った。
「もう大丈夫ですよ」
リズが落ち着かせるように言うと、ニコルの目から涙が流れ落ちた。ええ、と言って何度も顎を引く。
先程までオリヴァーのことで睨み合っていたのが嘘のように、リズとニコルは手を取り合った。そうしていると、リズも殺気立っていた心が落ち着いてきて、冷静さを取り戻すことが出来た。
「皆さんを守ることが出来て良かった。……今はとにかく、講堂へ避難しましょう。他にも魔物がいるかもしれません」
それは、予想というより確信に近かった。魔物はおそらくまだいる。それに、なぜ学園内に魔物が出たのかも気になる。王都には魔物はほとんど現れない。自然発生とは思えなかった。
リズは嫌な予感がして唇を噛みしめると、行きましょうと言ってニコル達と走り出した。
それから廊下を走りながら教室の扉を開けて生徒がいないか確認して、いれば一緒になって避難した。幸いなことに、すでにほとんどの生徒は帰宅した後のようで、いるのは部活動や勉強のために残っていた数人の生徒だけだった。
講堂は校舎の東側に隣接するように建っている。リズ達が講堂へ繋がる渡り廊下に出ると、突き当りに講堂の大きな木製の扉が見えた。扉は開け放たれていて、中から生徒達の不安げな声が聞こえてきた。他の場所でも魔物が出て、皆避難してきたのかもしれない。
早く早くと言って走る速度を上げると、中庭の方から女子生徒の悲鳴が聞こえてきて、リズはハッとして歩を止めた。耳を澄ますと、短い悲鳴がまた聞こえた。次いで、男の声がした。
「……殿下!」
切羽詰まったような声だ。リズは走るニコル達の背中に向かって、先へ行っててと叫ぶと、身を翻してもと来た道を走り出した。
「ねえ!戻って来てよ!」
ニコルが叫んだ。リズは顔だけで振り返ると、しっかりと頷いて微笑んでみせた。
「絶対よ!」
ニコルは女子生徒達と一緒になって、心底リズを心配している顔をしていた。それを見て、やはりニコルは悪い子ではないと思った。
リズは大丈夫ですと叫び返すと、返事を聞かずに走る速度を上げた。
廊下を全力で走り、中庭へ飛び出したリズは、驚きのあまり目を見開いた。
翼白の大群が中庭に集まっていた。群れは竜巻のように噴水を囲んで旋回し、キイキイと鳴いて威嚇して翼をバタバタと上下に動かしている。一体何羽いるのか分からない。
なぜこんな大群が学園内に入り込んだのか。
リズは、翼白の起こす竜巻の中心にある噴水を見やった。すると、ブレンダとキムを庇うようにして立つジョエルを見付けて、叫んだ。
「ジョエル!!」
ジョエルが顔を上げた。手には組み立て式のナイフが握られており、切っ先から血がしたり落ちていた。
ジョエルの服はあちこち破れていたが、どれも浅い怪我のようだし、ブレンダとキムに怪我はなさそうだ。
「リズ!危ない!!中にいろ!」
ジョエルの言葉を無視してリズが噴水の方へと駆け出すと、中庭の端で翼白相手に戦う二人の生徒を見付けた。
それは、オリヴァーとエリックだった。
二人はなんとか噴水の方へ行こうと必死になって群れの外側から翼白に攻撃していたが、二人の持つ武器はジョエルの持っている組み立て式のナイフと似たような刃物で、一羽ずつ倒していかなければならず、苦戦していた。
更に辺りを見渡すと、中庭のあちこちで警備員と教師や用務員の格好をした職員達三名がそれぞれ剣を手にして戦っていた。恐らくジョエルと同じで、普段は職員として働きながら、ブレンダの護衛をしていた影だ。あまりの大群に、皆苦戦している。
他にも倒れている警備員もいて、その中に先程リズのところに駆付けてきてくれた警備員を見付けて、リズは思わず駆け寄った。
「しっかりしてください!」
警備員は外傷は見当たらなかったが、気を失っていた。転んで頭を打ったのかもしれない。
リズは脈があることを確認すると、警備員を校舎の中へと引きずっていき、廊下の隅に寝かせた。それから、警備員の持っていた剣が中庭に落ちているのに気付き、再び中庭へと飛び出した。
「リズ!ここは危ない!中へ入っているんだ!」
噴水を挟んだ向こう側から、リズに気が付いたオリヴァーが、翼白を殴り倒しながら叫んだ。リズが振り返ると、オリヴァーが早く!といつになく険しい顔で怒鳴り、急降下してきた翼白を蹴り倒した。
その隣で、エリックも翼白を斬りながら、目線だけでリズに行けと示している。
ジョエルもまた、二人を庇いながら戦っている。斬っても斬っても翼白は減っているようには思えず、中庭は翼白の血と羽根が舞い、土埃がたち、ひどい有様だった。
「早く行くんだ!」
オリヴァーが叫び、リズは奥歯を噛み締めた。
「逃げるわけにはいきません……」
静かに呟いて、リズは落ちた剣へと駆け寄り、拾い上げた。しっかりと柄を握り、背筋を伸ばして立ち上がる。
目を見開くと、一羽の翼白の目がギラリとこちらに向けられた。それに習って、こちらに見向きもしていなかった翼白の一群が旋回するのをやめて、リズの方へと向かってきた。
「危ない!!」
切迫したオリヴァーの叫び声を聞きながら、リズは向かってくる翼白を見据え、ゆっくりと左足を下げ、剣を構えた。
柄はリズの手には少し余る大きさだったが、重さは丁度いい。ぬらりと光る刀身も、よく手入れされているようだ。
「リズ!!」
目の端で、オリヴァーとエリックが焦った顔をしてこちらに駆け寄ろうとしているのが見えた。
「大丈夫」
リズは口の中で呟き、剣を振った。




