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リズの瞳  作者: 朋永実久
第一章
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襲来



 放課後の裏庭は静まりかえり、人の姿はなかった。誰でもいいから居てくれたらよかったのに。そうしたら、壁際に追い込まれて責められることもなかったのに、と小さくなりながらリズは心中で嘆いた。


「オリヴァー様とはどういうご関係なのかしら?」


 金の巻き髪の女子生徒の名前は、ニコル・レーン。中央貴族レーン侯爵家の長女だそうで、Aクラスに在席しているそうだ。他の女子三名もいずれもAクラスらしい。


 そういうわけで、彼女達が言いたいのはこういうことだ。Dクラスで子爵令嬢の二年生から入学してきたぽっと出のリズに、なぜオリヴァーが手紙を渡したのか?


 リズは、とりあえず今日何度も繰り返した説明を試みた。朝からずっとしてきたおかげで、つっかえることなくすらすらと話すことが出来たが、ニコル達の顔は一つも納得した様子はない。


「それで?」


「それで、終わりです……」


「お礼の手紙の返事というけれど、なぜあなたはオリヴァー様に助けて頂いたの?」


 ざっくりした説明ではやはり納得出来ないようだ。リズは思案した。

 三角谷のことを話せば彼女達は納得するのだろうか。また、それで?と言われて永遠に問答が繰り返されるのではないか。そう思い、何も答えることが出来ないでいると、ニコルの隣の女子生徒がリズに詰め寄った。


「どうなんですか?」


「その、家族を助けて頂いたというか、私の気持ちも助けて頂いたというか……」


「さっぱり分かりませんわね。助けて頂いたというのは嘘ではありませんの?」


 今度は一番端にいた女子生徒が言った。


「嘘ではありません!本当です!ただ、少し事情が込み入ってまして……。そちらこそ、なぜこんなことを聞くのですか?」


 このやり取りが段々と面倒になってきたリズが思い切って尋ねると、ニコルが胸を張って言った。


「オリヴァー様はあなたには手の届かない人だということを教えて差し上げようと思って」


「オリヴァー様にはニコル様のような高貴な方がお似合いなんです。ですから、オリヴァー様にちょっかいを出すのはおやめになってくださる?」


「あなたのような方がオリヴァー様の周りをチョロチョロしていると、オリヴァー様の迷惑になりますの」


 と、女子生徒達も続く。


「もしかして……ニコル様はオリヴァー様と婚約しているのですか?」


 リズがおずおずと尋ねると、女子生徒達は顔を見合わせて、気まずそうに視線を逸した。


「いいえ。そういうわけではありませんが……」


「それじゃあ別に……」


 いいではないか。婚約者でもないニコル達に、こんな風に責められる理由はないと思ったリズに、ニコルがすかさず言い募る。


「ですが、婚約者候補にはあがっているはずですわ!」


「そうです!」


 確かに、身分的にもニコルがオリヴァーの婚約者候補に選ばれている可能性は高い。しかし、はず、ということはまだ決定していないのだろう。

 リズはなんだか頭が痛くなってきて、うーんと唸った。


「とにかく、あなたみたいな方にはオリヴァー様には不釣り合いなんです!」


 女子生徒達の目がギラリと光る。親切心と責任感を装った嫉妬心が垣間見えて、今度はリズが視線を逸らす番だった。


 オリヴァーへの恋心を持った女子生徒は、この学園にどれだけいるのだろう。近づく者を牽制して足を引っ張り合って、それでもオリヴァーに近付けなくて、恋に苦しむ。

 憧れ慕う相手に近寄る女子がいれば、羨ましくて腹が立ち、こうして詰め寄らずにはいられなかったのだろう。

 

 もしもオリヴァーに婚約者や恋人が出来たら、自分は冷静でいられるだろうか。少しの間考え、リズの胸がちくんと小さく痛んだ。なぜだか、寂しくてたまらない気持ちになり、ニコル達の気持ちが少しだけ分かったような気がした。


 リズは自分に言い聞かせるように言った。


「そんなことは、よく分かっています。私はただ、オリヴァー様に恩を感じて尊敬しているだけですから……」


「それじゃあ、オリヴァー様とはなんでもないのね?」


「……そういうあなたはオリヴァー様をお慕いしているのですね」


 リズがストレートに聞くと、ニコルは先程までのツンとした態度が嘘のように顔を真っ赤にさせて、しどろもどろになった。


「な、何を仰るのかしら!私はただ!あなたに親切に忠告してあげようとしたのです!」


 リズが目を丸くする程、ニコルは慌てふためいていた。耳まで真っ赤で、リズは怖くて鬱陶しいと思っていたニコルが、意外と可愛い人なのではないかと思えた。


 リズがぽかんとしていると、ニコルがそんなことよりも!と、令嬢らしからず地団駄を踏み、きっと睨み付けて、念を押す。


「オリヴァー様とはなんでもないのですね?!」


 リズは弱々しく頷いた。


「ええ。……友達なだけです」


 少し前までは友達になれたことが恐れ多くて、でも嬉しくてたまらなくて、喜びはしゃいでいたというのに、今ではオリヴァーとリズがただの友達なだけだと思うと、寂しい。自分はどうしてしまったのだろうと、リズは俯いた。


 なんだか、泣きたい気分だ。

 しかし、そんなリズの気持ち等知る由もないニコルが、悲鳴のように叫んだ。


「友達ですって?!」


「あなたが、オリヴァー様と?!」


 ニコル達の驚愕した声を聞いて、リズはしまったと口を抑えた。火に油を注いでしまったかもしれない。

 気付いたところでもう遅い。顔を上げると、ニコルの目がくわっとこれ以上ない程見開かれていた。リズはひっと声を上げて半歩下がったが、ニコルが大きく一歩踏み出して、リズに詰め寄った。


「聞き捨てなりませんわね!」


「ひぃ!聞き捨ててください!」


「いいえ!きちんと説明してくださいませ!」


 リズは鞄を前に押し出して、反射的に顔を背けた。その時だった。遠くの方でキィキィと高い音がしたのは。


 聞き覚えがあると気付き、空を仰いだ。耳を澄まし目を凝らすが、何もない。真っ青な空に鱗雲が浮かんでいるだけだった。ぬるい風がリズの頬を撫でる。


 気のせいかと思った瞬間、もう一度キィ、と今度はすぐ近くで鳴って、青褪めた。ばっと顔を上げると、黒い瞳と視線がかち合った。


 楓の木の上に止まり、茶色に白い斑模様の入った翼を広げ、黒く長い尾を垂らして、鋭く長い黄色い嘴を開いて、キィキィ鳴く。それは翼白(よくはく)と呼ばれる鳥型の魔物だった。


 ゾクリと背筋に震えが走った。なぜ学園内に魔物がいるのか。

 翼白がこちらに向かって飛び立った。翼白に一番近いのはニコルだが、背中を向けていて四人は気付いていない。考えている暇はなかった。


「危ない!」


 リズはニコルの腕を掴んで引き寄せると、体勢を入れ替えて翼白の前に飛び出した。翼白がリズに真っすぐ向かってくる。考えるよりも早く手が動いた。手にしていた鞄を右肩に担ぎ上げるようにして持つと、そのまま駆け出す。


 ようやく異常事態を察したニコル達が悲鳴を上げた。

 リズは目を見開いた。翼白の頭部にぼんやりとした光が灯っているのが見えた。


 リズは翼白との距離を詰めると、頭部めがけて斜めに鞄を振り下ろした。鞄は狙い通りに頭部を強打し、翼白と共に地面に叩き付けられた。翼白の嘴から血が吹き出し、衝撃で抜けた羽根が地面に散る。


 ニコル達の悲鳴が大きくなり、リズは浅い呼吸を繰り返すと、空を見上げた。翼白は弱い魔物だから、単独で行動せずに常に群れで行動する。ということは、他にもいる。


 リズは目を閉じて耳を澄ました。遠くの方でバサバサと翼を仰ぐ音がした。まだいる。


「な、何でこんなところに魔物が……?!」


「王都に魔物が出るなんて、ありえません!」


 ニコル達は真っ青になって、身体を寄せ合い声を震わせて叫んだ。


「ここは危険です。早く校舎の中へ。講堂へ避難しましょう!」


 講堂には天燦教の教会が併設されている。学園専属の神官もいて、神力の溢れる場には翼白程度の魔物ならば、近寄れないはずだった。


「あれは何ですの?!」


「翼白という魔物です。皆さん、とにかく落ち着いて中へ入りましょう!」


 混乱の境地に達しているニコル達の背中を押すと、リズも一緒になって駆け出した。


 しばらくの間、いつも以上に殿下に気を配るようにと、ジョエルが言ったことを思い出して、リズの表情は一層険しくなった。


 王都に、ましてや学園内に翼白が現れる等只事ではない。どうやって魔物が入り込んだのかは分からないが、これは異常事態だ。


 何かが起こっている。でも、何が?

 考えても分からないまま、リズは走り続けた。



 

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