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ぼくらの町のヘンテコ世界地図――しゃべるリュック・ポッケと、消えた夏休み――  作者: 明石竜


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9/10

第九話 プラネタリウムの昔の光

 八回目の七月二十一日の朝、ぼくは早く目が覚めた。

 まだ蝉も鳴いていなかった。今日で、地図の最後の空白を確かめる。

集合したのは、今日は四人そろって時計台の前だった。

 ミウがいつものようにノートを持っていた。タイガが「今日で最後の場所だな」と言った。スズが時計台を見上げていた。

「行こう」

 ぼくが言った。四人で坂を上り始めた。時計台の針が、坂の下に見えた。止まったままだった。今日、最後のページを取り戻したら、次はあそこへ行く。坂を上っている途中で、タイガが地図を覗き込んだ。

「この地図、夏休みが終わっても続けようぜ」

「続けるって?」

「秋になったら、今度は山の方を調べる。冬は、雪が降った場所とか」

「雪、そんなに降らないよ」

 ミウが言った。

「少しくらい降るだろ」

「少しなら」

「じゃあ決まり。二学期も四人で地図を描く」

 タイガが、当然のことみたいに言った。ミウもノートに何かを書き足した。

「二学期の調査予定、って書いておく」

「ナギサくんも来るよね」

 スズが聞いた。すぐに「うん」と言えばよかった。いつもなら、そう答えていた。

「……そのときになったら、考える」

 変な答えになった。タイガがぼくを見た。ミウのペンが、一瞬止まった。でも、二人とも何も言わなかった。その沈黙が、責められるより苦しかった。

「行こう」

 ぼくは、みんなより先に坂を上り始めた。背中に三人の気配を感じた。だれも追いかけてこないわけじゃない。ちゃんと、ついてきている。それなのに、少しずつ離れていくような気がした。

 プラネタリウムの建物は、思ったより古かった。壁のペンキが剥げていて、入り口のガラスに「営業中」のプレートが貼ってあるけど、手書きだった。駐車場には車が一台もなかった。ドアを開けると、ベルが鳴った。

 受付に、若い女の人がいた。白いシャツを着ていて、名札に「星野ユイ」と書いてあった。ショートカットで、眼鏡をかけている。本を読んでいたのを、ぼくたちが入ってきたので顔を上げた。

「いらっしゃい。子ども達だけで来るのは、珍しいね。今日はどうしたの、四人で」

「プラネタリウムを見たくて」

「今日、上映は午後だよ。今は準備中だけど、待てる?」

「待てます」

「じゃあ、中に入っていいよ。展示室だったら今でも見られる」

 ユイさんが受付の奥に案内してくれた。

 展示室には、星座の図や、惑星の写真、宇宙望遠鏡の話などが並んでいた。手作りっぽいパネルが多くて、ユイさんが自分で作ったのかもしれなかった。

 一番奥に、星坂町の夜空の写真があった。

 古い写真で、少し黄ばんでいたけど、星がたくさん写っていた。

「きれい」

 スズが言った。

「昔の写真だよ」

 ユイさんが後ろから言った。

「二十年以上前。今より空気がきれいで、星がよく見えたころ。最近は、明かりが増えたから、あんまり見えなくなった」

「今も星は、そこにあるんですよね」

 ミウが聞いた。

「そうだよ。見えにくくなっただけで、なくなったわけじゃない。星の光って面白くてね、今見えてる光は、実は何年も何百年も前に出た光なんだよ。遠い星だと、光が地球まで届くのに何光年もかかる。だから、今夜空を見ると、昔の光を見てることになる」

「昔の光が、今ここに届いてる」

 ぼくは、思わずつぶやいた。

「そう。星は昔の光だけど、今ここに届いてる。思い出も、それと似てるのかもしれないね」 

 ぼくは、その言葉を聞いた瞬間、何かが胸のあたりでちゃんと落ちた気がした。

 昔の光が、今ここに届いてる。思い出も、それと似てる。

 ユイさんが続けた。

「この施設も、もう長くないかもしれないけどね」

「閉まるんですか」

「お客さんが少なくなって、維持費がかかる。来年の予算が出るかどうか、分からない」

 ユイさんは笑って言ったけど、声の中に重さがあった。

「でも、こういう場所がなくなると、星のことを話せる場所もなくなるから、それが嫌で、続けてる」

 ポッケが背中で静かに動いた。

「ユイさん」

 ぼくは声に出した。

「はい?」

「時計台のことを、知ってますか」

 ユイさんがぼくを見た。

「時計台、ね」

 展示室の椅子を引いて座ると、棚から古いファイルを取り出した。ぼくたちも周りに座った。

「昔のことは、ここの記録に残ってる。このプラネタリウムができたころ、星坂町はもっとにぎやかだった。商店街にも、ここにも、子どもたちがたくさん来てたんだって」

「時計台は?」

「子どもたちの待ち合わせ場所だったみたい」

 ユイさんがファイルを開いた。古い写真には時計台の前で笑う子どもたちが写っていた。制服の子も私服の子もいる。

「今は、あそこに集まる子も少なくなった。商店街へ行く人が減って、時計台だけが残ったんだ」

「時計が止まったのは?」

「修理しようとしたら、中から変な音がするって、業者さんが断ったらしいよ」

「変な音?」

「泣いてるみたいな音だって」

 ぼくはミウを見た。地図の裏に浮かんだ言葉を思い出す。

 トキワスレは、時計台の中で泣いている。

「その音が何なのか、ユイさんは分かりますか」

「分からない。でも、場所にも記憶が残ることがあると思う。たくさんの人が集まった場所なら、なおさらね」

「その記憶が、泣いてるのかもしれない」

 スズが言った。ユイさんがゆっくりとうなずいた。

「誰にも来てもらえなくなって、さびしいのかもしれないね」

 ぼくは窓の外を見た。遠くに、時計台の丸い屋根が見えた。

 トキワスレが、あそこにいる。昔の夏休みをなくしたくなくて、時間を止めている。

 ぼくにも、分かる気がした。終わらせたくない。変わってほしくない。だから、ぼくも転校のことを言えなかった。

でも、昔の光は今ここに届いている。終わっても、届く。

その言葉が、胸の中に残った。

 

 午後になって、プラネタリウムの上映が始まった。

 ドーム型の天井に、星が映し出された。暗い部屋の中で、ぼくたちは寝転がって、天井を見上げた。星座の説明がユイさんの声でゆっくり流れた。

 タイガが隣で、珍しく静かにしていた。ミウはノートを持っていたけど、さすがに暗くて書けなかった。スズは天井を見ながら、小さく口を動かしていた。何かを、数えているのかもしれなかった。

 ぼくは天井の星を見ていた。今見えているこの光は、何年も前に出た光だ。

 ここに届くまでに、ずっと飛んできた。

 思い出も、それと似てる。星坂町で過ごした夏休みも、終わったからといって消えるわけじゃない。それでも、胸の奥にしまったままの言葉は、まだ重かった。


 上映が終わって電気がついたとき、ぼくたちはまぶしくて目をパチパチさせながら起き上がった。

 ユイさんが「どうだった」と聞いた。

「よかった」

 タイガが言った。珍しく、小さな声で。

「また来たい」

「来てね。まだこの施設がある間は、やってるから」

「なくなる前に、また来ます。また今度じゃなくて、また来ます。今言っておきます」

 ミウがそう言ったら、ユイさんが笑った。

「ありがとう。そういう言い方、好きだよ」


 ぼくたちは外に出た。夏の日差しが、まぶしかった。

 ポッケが背中で言った。

「ページは?」

 ぼくは鞄を見た。気づかないうちに、鞄の中に一枚の紙が入っていた。

 プラネタリウムのドーム型の天井に、星が映し出されている絵だった。

 暗い部屋の中で、四人が寝転がって、星を見上げている絵。ぼくたちの絵だった。

「全部のページが、揃った」

 ミウが言った。落ち着いた声だった。

 タイガが時計台の方向を、にらむように見た。

「次は、あそこだ」

「うん」

 ぼくはうなずいた。そのとき、空が急に暗くなった。遠くから、雷の音がした。違う。雷じゃない。時計台の方向から、音がした。

 ゴォン、と低い音が、町全体に響いた。ぼくたちは立ち止まった。

 ポッケが叫んだ。 

「まずい。夏休み一日目が、最初からなかったことにされるぞ!」

 空の色が変わった。白くなってきた。商店街が、薄くなってきた。消えていくみたいに、白く、薄く、なっていく。

「走れ!」

 ぼくはそう言って、坂を駆け下り始めた。

 時計台に向かって。ミウが走った。タイガが走った。スズが走った。

 白くなっていく町の中を、四人で走った。

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